田中仁氏は、JINSの中でも特に重要なプロジェクトの数々を谷尻誠氏と吉田愛氏が共同代表を務めるSUPPOSE DESIGN OFFICEチームに依頼してきた。建築家であり、起業家でもある谷尻氏やパートナーである吉田氏と共に空間をつくることは、「学び」であり、「発見」でもあったと振り返る。両氏は田中氏のおぼろげな思いを言語化し、JINSの新たな方向性を示してくれる指南役のような存在だ。(ここまでBUNGA NET編集部)

建築家の谷尻誠さんと初めて出会ったのがいつだったか、正確な記憶はもう曖昧になりつつある。けれど、2011年のある日、私がSNS(交流サイト)で谷尻さんに連絡を入れたときの感触は、いまでも鮮明に覚えている。ちょうど、JINSが全国へと広がりはじめ、私自身も建築に対する関心が高まっていた頃だ。自分たちの店舗がどう見えるか、その空間にどんな体験が宿るか、建築とビジネスの間にあるものを知りたくて、国内外の情報を夢中でかき集めていた。そのときふと目にとまったのが、谷尻誠という建築家だった。
彼の建築には、言葉にしにくい“余白”があった。強さや個性を主張するのではなく、ただそこにある空気に自然と寄り添っていくような、そんな佇まい。そこに私は引かれた。そして、思い切ってSNSのDMを送ったのが、すべての始まりだ。
「標本箱」の発想でディスプレーのジレンマを解決
最初にお願いしたのは、2011年の「宇都宮インター店」。続いて翌年の「原宿店」、さらに「水戸店」や「前橋南店」(2023年にリニューアル)、そして前橋のサテライトオフィスがある「ばばっかわスクエア」(2024年)。気づけば、JINSの中でも特に重要なプロジェクトを次々と谷尻さんと吉田愛さんのチームにお願いするようになっていった。いま思えば、それは単にデザインが良かったからではなく、彼らと一緒に空間をつくること自体が、私にとって“学び”であり、“発見”だったからだ。


谷尻さんを語るとき、私がいつも頭に浮かぶのは「仕事を断らない人」という姿だ。建築家の中には、仕事を選び、世界観を整え、一定の距離感を保ちながらプロジェクトを進める人も多い。けれど谷尻さんのチームは違う。いただいた依頼は原則すべて受ける。相手が小規模であれ、大きなプロジェクトであれ、その人の持つ“背景”に寄り添って、一緒に考え、一緒に悩む。
だからこそ、彼らの提案は年々精度を増していった。経験というのは、単に数をこなせば蓄積されるものではなく、それを自分の中でどれだけ“血肉化”できるかが大事だ。谷尻さんは、訪れた現場や出会ったクライアントの思想をまるごと体内に吸い込み、時間をかけて熟成させ、それをまた別の場所で応用していく。その積み重ねが、彼らの建築に深みを与えている。
私が「雑にフィードバックしてしまうタイプ」だとすれば(笑)、谷尻さんはそこから本質を読み取り、さらに良い案に昇華してくれる人だ。こちらが言語化できていない“欲しているもの”をすくい取ってくれる。その感覚があるからこそ、私は彼らに多くを託すことができた。
JINSの店舗では、途中からメガネのディスプレーに“マス目什器”を用いていた。整然と並ぶ網目の中に、商品を淡々と入れていくあれだ。しかし、商品が多くなればどうしても視覚的なノイズが生まれ、整然と並べるほど違和感が増すというジレンマがあった。


この問題を、吉田さんは「標本箱」の発想で一気に解いてしまった。
一つのメガネを一つの“四角い箱”にそっと置く。余白が生まれる。商品が“商品として”でなく、“作品として”見えてくる。その発想は、単なる什器デザインの話ではなく、「モノの見せ方を変えるだけで、世界が変わる」という気づきを私にくれた。
彼らはそういうチームだ。課題に対して、既存の枠の中で答えを探すのではなく、そもそも“枠そのもの”を問い直してしまう。
建築とは、地域の未来の「器」を形づくる最も強力な手段
谷尻さんの一番の特徴は、肩書に収まらないことだ。建築家でありながら、経営者であり、旅人であり、コミュニティのつくり手である。ひと言でいえば、好奇心の塊のような人という表現がしっくりくる。
彼には、建築家にありがちな“先生然”としたところがまったくない。誰に対してもオープンでフラット。初対面でも分け隔てなく話せる。そこには、変に背伸びしない、人間としての無垢(むく)さがある。それはまるで“少年のまま大人になった人”のようだ。
おそらく、建築という仕事の枠が、彼にとっては狭すぎるのだと思う。だからこそ、建材検索サービス「TECTURE」を立ち上げ、自邸の「HOUSE T」を事業の視点からつくり、自然を生かした宿泊施設のプロジェクトにも挑む。建築そのものより、その先に広がる“人の体験”に関心があるのだろう。
私は長年、前橋という都市で「まちづくり」に携わってきた。民間の力で公共空間を再生し、人の流れや文化をつくり直す取り組みを続けてきた。そのプロセスの中で強く感じるのは、「建築とは、建物をつくることだけではない」ということだ。
建築は、人を呼び、関係を生み、産業をつくる。建築は、地域の未来の“器”を形づくる最も強力な手段だ。谷尻さんのプロジェクトを見ていると、まさにその思想が透けて見える。
あるプロジェクトでは自然との共生を軸にした宿が地域の価値を引き上げたり、公共トイレのような“あたりまえの風景”をデザインで再定義したり、自宅を事業として設計したり。どれも「建築の外側」に作用するプロジェクトばかりだ。
私は長らく、建築家と一緒に店舗をつくりながら気づいてきた。デザインとは、決して“形の話”ではない。そこに人がどう集まり、どう感じ、どう行動を変えるか、その一つひとつを考える営みだと。
谷尻さんはその営みを、建築の中だけでなく、外の世界にまで広げている。


谷尻さんを見ていると、一つの答えにたどり着く。建築家とは、本来、未来をつくる仕事なのだと。図面を描き、建物を建てることは手段にすぎない。目的は、その場所に新しい価値を生み、人と人をつなぎ、そこにあるべき未来の形を立ち上げることだ。
彼が仕掛けるプロジェクトには、その未来が確かに見えている。谷尻誠は“建築家”という肩書では収まりきらない。彼は「枠を超えていく建築家」であり、「未来をつくる実践者」であり、そして、いつまでも好奇心を失わない“少年”のような人だ。
そんな谷尻さんは、これからどんなことを仕掛けていくのだろう。建築を通じて、人とまちと産業をつくり続ける彼の歩みは、その旅路を目にする私たちに、“人は誰でも自由でいられる”ということを、自然に思い出させてくれるに違いない。(田中仁)
※次回は2026年1月半ばに掲載予定


