高架下建築図鑑04:路地状通路のオープンモールもある、地域に寄り添う商業施設「ビーンズ阿佐ヶ谷」/画:遠藤慧

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「高架下建築図鑑」では鮮やかな水彩イラストが人気の遠藤慧さんとともに、高架下建築の魅力と奥深さをひもとく。連載4回目は、JR阿佐ケ谷駅の高架下にある商業施設「ビーンズ阿佐ヶ谷」を訪れた。ここは3つの施設から成り、今回のお目当ては東側(高円寺側)に位置するオープンモール型の「ビーンズてくて」だ。

【取材協力:ジェイアール東日本都市開発】

平屋の店舗を中心に開放感のある商業施設

 ジェイアール東日本都市開発は東京・神奈川・埼玉エリアのJR駅で「ビーンズ」ブランドのショッピングセンターを13店運営している(2024年12月現在)。「ビーンズ阿佐ヶ谷」はその1つで、「ビーンズてくて」「ビーンズぷらす」「ビーンズくるく」という3つの施設で構成される。今回クローズアップする「ビーンズてくて」は、阿佐ケ谷駅の東口改札正面に位置する「ビーンズぷらす」を抜け、中杉通りを渡ったところにある。「ビーンズくるく」は西口改札に直結している。

(画:遠藤慧、以下の3点も)

 「ビーンズてくて」はかつて存在した「ゴールド街」という名の高架下商業施設の跡地につくられ、2017年7月にオープンした。そしてこの開業に合わせて、既存の高架下商業施設「ディラ阿佐ヶ谷」と「阿佐ヶ谷ダイヤ街」はそれぞれ「ビーンズぷらす」と「ビーンズくるく」に名称変更した。

 阿佐ケ谷駅が高架化したのは1966(昭和41)年。ゴールド街はその翌年に開業し、「ビーンズてくて」の開発計画が始まったときは50年経っていた。当然ながら建物・設備は老朽化しており、災害対策の建て替えの一環として建物を取り壊すことになった。

 ゴールド街から生まれ変わって出来た「ビーンズてくて」はオープンモール型の商業施設で、10のショップが集まる。駅側のメインエントランスは建物をセットバックして前面に広場を設けていて、その開放的な雰囲気は中杉通りで信号待ちをしているときから伝わってくる。

 「駅前広場には人が寄り集まれる場所がほとんどないので、まちにとっての人のたまり場のようになれば、という思いが形になりました」。今回の案内役の一人であるジェイアール東日本都市開発・開発事業本部の西村尚史氏(開発当時はショッピングセンター事業本部)はこのように話す。地域の名物イベント「阿佐谷ジャズストリート」ではエントランス広場が演奏会場になる時間もあるという。ゴールド街はクローズド型の商業施設だったから、この変貌ぶりはまちへのインパクトも大きい。

 駅側から見ると手前右手の店舗は2階建て、他は平屋だ。「ゴールド街はすべて2階建てでしたが、天井が低く圧迫感がありました」。もう一人の案内役、ジェイアール東日本都市開発・施設管理本部の橋本壽挙氏が振り返る。高架橋の高さは約9mだが、梁が大きく出っ張っている部分がある。「全体を2層にして面積を稼ぐのか、高くできるところだけ2層にして開放感をもたせるのか、社内で話し合った結果、後者に決まりました。そして最も高さを確保できるのがメインエントランス周辺だったことから、広場に面した1店舗だけ2階建てにしました」

2010年のゴールド街の様子(写真:ジェイアール東日本都市開発)
 

歩いて楽しい路地のような空間を雁行配置で実現

 「ビーンズてくて」は施設の中央に東西を結ぶ共用通路を設け、両側に店舗を配置。通路は駅へアクセスする地域住民の生活動線の一部になっていて、朝から夜までたくさんの人が行き交う。ちなみに施設名には「てくてく歩いてほしい」という思いが込められている。

「ビーンズてくて」のメインエントランスを中杉通り越しに見る。右手前の店舗「和ごはんとカフェ chawan」のみ2階建て(写真:特記以外は長井美暁)
エントランス広場の高架橋脚は先端に向かって細くなる特徴的な形状

 共用通路は通り抜けられるが、一直線ではない。阿佐ヶ谷は路地の多いまちで、小道が入り組むことでまちの表情に様々な奥行きが生まれている。それを参照して各店舗のファサード面をずらし、いわゆる雁行配置にしたからだ。これにより各店舗が点在するような見え方にもなり、「奥まで見通せないので期待感の高まりにつながります」と西村氏。さらに北側にも出入口を2つ設け、実際に路地のように楽しく歩ける空間にした。

通路では正面の店舗に自ずと視線がぶつかる。左手のポケットパークでは散歩中の高齢者がよく椅子に座って一休みしている。高架柱の塗装色は、色彩の専門家である遠藤さんによると「マンセル値がN7.5程度なので、コンクリートより1段階ほど明るいグレーです」

「ビーンズ」ブランドはナチュラルをコンセプトにすること、また、阿佐ヶ谷は緑や木々が豊かな環境であることから、各店舗の外壁のフレーム部分は焦げ茶色の木調サイディング、床はそれに合わせて臙脂色のカラーアスファルトを採用。ただし、外壁のフレーム部分以外はデザイン規制をかけず、各店舗の協力のもと、そのコンセプトを表現してもらった。店舗ごとの個性が滲み出すことで、路面店が集まっているように見えることを意図した。

 照明計画では、高架橋が高いので、高架橋に照明を取り付けても通路まで明るさが届かない。そこで、店舗の外壁に照明を取り付けて通路を照らす他、店舗の通路側をガラス張りとし、営業時間中は店舗照度が通路に明るさを与えるようにしている。

この通路部分では屋根を架けて2棟をつなぎ、1棟の扱いとなるようにしている。実際に分棟形式で建てようとすると様々な制約があるからだ

 実は、この敷地は真ん中に暗渠がある。その上には荷重をかけられないので建物を2つに分けなければならなかったことも、路地状の通路が生まれた理由の1つだ。暗渠や水路を商業施設内に取り込むことへの協力を得るために、この施設がいかにまちに役立つかを計画段階で杉並区によく説明したという。

 暗渠があることからも分かるように、敷地は非常に軟弱な地盤だ。N値は0だという。これにどう対応したのか、橋本氏が次のように教えてくれた。「当社では通常、高架下に1層の建物をつくるときは浅層地盤改良を行い、その上に基礎を載せます。ただここの地盤は非常に軟弱で、その方法だと建てても次第に沈んでいく。そのため杭基礎か、深層地盤改良の上に独立基礎かの二択でした。前者よりも後者のほうが鉄道の土木構造物への影響が少ないので、最終的に深層地盤改良を行いました。支持層は地下31mです」

暗渠があるため建物が分かれる場所。店舗のパラペット部分にはフェイクグリーンを帯状に配置している
スターバックスコーヒーの共用通路側の外壁
北側の外観。奥にJR阿佐ケ谷駅
 
東側エントランス。道路を挟んで向かいにも「ゴールドストリート」「al:ku(アルーク)阿佐ヶ谷」といった高架下空間が高円寺駅まで続く

子どもと一緒に食事を楽しめる“昼の店”

 阿佐ケ谷駅は1日の乗降客数が8万人。新宿・中野と荻窪・吉祥寺に挟まれ、ベッドタウン型の駅だ。駅前には複数のスーパーと商店街があり、よく知られる「阿佐谷パールセンター商店街」には約240店舗が立ち並ぶ。また、飲み屋も多く、それらは夕方以降に活気づく。

 一時は“オーバーストアなまち”と言われていたこともある阿佐ヶ谷で、高架下に新しく商業施設をつくるに当たっては、まちとの共存共生をどう考えるかという視点が求められた。「近隣に既にたくさんあるから、居酒屋はあえて誘致しなかったんです。まちと連携できる商業施設の開発を目指しました」と西村氏は語る。

 阿佐ヶ谷のまちの消費動向と店舗分布を分析したところ、来街者はほとんどいないことも分かった。逆に、客は新宿や吉祥寺などに流出している。そこで地域間競争での立ち位置は“地元に根差す”ことにした。

 さらに事前調査で、20〜40代の女性が駅前で買い物を楽しむ姿が見えないことに着目。阿佐ヶ谷の居住者の4分の1を占めるこの客層に向けたサービスや商品を提供すれば、他の地域に流出している女性客を呼び戻し、駅前を活性化させることができるのではないか。こうして地域住民の日常に寄り添ったテナントミックスというリーシングの方向性を見いだした。

 「ビーンズてくて」の開業後、西村氏は地域住民から、驚くほど多くの褒め言葉をもらったという。店前の流動は1.5倍に増え、潜在顧客層の掘り起こしに成功した。

 メインエントランス傍の「和ごはんとカフェ chawan」は、西村氏のリーシングの転機を象徴する店だ。「阿佐ヶ谷には子連れで行ける店がない」と気づいたことが方向転換につながった。「この店では子どもと一緒に食事を楽しむことができるし、酒を飲まなくても過ごせます。阿佐ヶ谷に多い“夜の店”ではなく、いわば“昼の店”なんです」

2017年の開業時の様子。「和ごはんとカフェ chawan」はすかいらーくグループの運営(写真:ジェイアール東日本都市開発)

 同店の入り口の吹き抜けには電球色のペンダントライトがいくつも吊り下げられ、ガラス越しにも目を引いて印象的だ。橋本氏は「店側からイメージパースが届いたとき、この雰囲気ある照明が映えるように、施設側の照明は暗めで良いだろうと判断しました」と話す。

 取材後は皆で同店へ。ちょうど食事時ということもあり、選ぶ人が一番多かったのは季節メニューの「とろけるビーフシチュー&選べる副菜」だ。副菜は10種類から、ごはんも3種類から選べ、他にデリ小鉢と味噌汁と漬物が付くという充実ぶり。ビーフシチューは柔らかく煮込まれていて美味しい。

 この店は気軽に入れてメニューが豊富、手頃な値段でお腹も心も満たすことができ、確かに日常に寄り添ってくれる。近所に欲しいと思う人は多そうだ。(長井美暁)

※阿佐ヶ谷の地名は、行政上は「阿佐谷」だが、本稿では「阿佐ヶ谷」とした。駅名や施設名、イベント名に含まれる地名はそれぞれに準じた表記とした。

【用語解説】
・マンセル値:「マンセル記号」とも言う。アメリカの画家・美術教育者のアルバート・マンセルがつくった「マンセル表色系」は、色彩を客観的に捉える方法として確立されたシステムで、色相・明度・彩度の3属性の組み合わせによって1つの色を表す。無彩色は色相の区別がなく、彩度がゼロと定まっており、ニュートラルの意味を表す「N」と明度を表す数字で表示。11段階あるが、明度10・明度0はそれぞれ光の全反射・全吸収という状態を表し、現実には表現できない色であるため、白は9.5、黒は1で表示するのが一般的。塗料の色番号は日本塗料工業会がマンセル値をもとに設定している。
・N値:「標準貫入試験」によって求められ、地盤の強さを表す。標準貫入試験は「ボーリング調査」とも呼ばれる。一般的に、固い締まった地盤ほどN値は高くなる。
・地盤改良:建物や橋梁などの構造物を地盤上に構築するにあたり、自然のままの地盤では安定性が不足することがしばしばある。このようなときに人工的な手を加えて地盤または土の性質を改良すること。
・パラペット:建物の屋上や勾配のない平らな屋根(陸屋根)の外周部に、防水のために設けた立ち上がり壁。

■著者プロフィル

遠藤慧(えんどうけい):一級建築士、カラーコーディネーター。1992年生まれ。東京藝術大学美術学部建築科卒業、同大学院美術研究科建築専攻修了。建築設計事務所勤務を経て、環境色彩デザイン事務所クリマ勤務。東京都立大学非常勤講師。建築設計に携わる傍ら、透明水彩を用いた実測スケッチがSNSで人気を集める。著書に『東京ホテル図鑑: 実測水彩スケッチ集』(学芸出版社、2023)。講談社の雑誌『with』にて「実測スケッチで嗜む名作建築」連載中

長井 美暁(ながいみあき):編集者、ライター。日本女子大学家政学部住居学科卒業。インテリアの専門誌『室内』編集部(工作社発行)を経て、2006年よりフリーランス。建築・住宅・インテリアデザインの分野で編集・執筆を行っている。2020年4月よりOffice Bungaに参画。編集を手がけた書籍に『堀部安嗣作品集 1994-2014 全建築と設計図集』『堀部安嗣作品集Ⅱ 2012-2019 全建築と設計図集』『堀部安嗣作品集Ⅲ 2019-2024 全建築と設計図集』(いずれも平凡社)、『建築を気持ちで考える』(堀部安嗣著、TOTO出版)、編集協力した書籍に『安藤忠雄の奇跡 50の建築×50の証言』(日経アーキテクチュア編、日経BP社)など

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※本連載は不定期掲載です。これまでの記事はこちら↓

(ビジュアル制作:遠藤慧)