この記事をご覧になったタマディック(3番目に紹介)の広報の方から「建物内の写真を載せてもOK」と連絡があったので、1階エントランスホールの写真を追加した。(本文の青字部は2022年6月16日に加筆、黒字部は 2022年6月10日公開)
私(宮沢)が前職の日経アーキテクチュア編集部にいた頃には、「名古屋」×「木造」で思い浮かぶのは、河村たかし名古屋市長がぶち上げた「名古屋城天守木造再建計画」くらいだった。名古屋は木造とは縁遠い印象の都市だった。それがここ1年ほどの間に急変。立て続けに話題の木の建築3件が完成した。実際に見て回ると、どれも面白く、「これまでの木造のイメージを打ち破る」という意味で、私はこれらを“名古屋シン木造御三家”と名付けたい。なお、最初に言っておくが、すべてが構造上の木造というわけではない。
まずは新幹線高架下の木造オフィスへ
最初に見たのは、3件の中で一番新しく、名古屋駅からも近い「ささしま高架下オフィス」。JR名古屋駅から南へ十数分歩いた新幹線高架下にある木造オフィスだ。JR東海の子会社である名古屋ステーション開発が建設したもので、2022年3月から使用されている。設計者はMARU。architecture(マル・アーキテクチャ)、施工者はシーエヌ建設だ。
木造・地上2階建てで、延べ面積は約985m2。高架下といっても高さは約10mあり、ぱっと見には3階建てにも見える。
地元のスタートアップ企業であるスタメン(名古屋市)が全体を1棟借りし、ここに本社を移転。70人ほどの社員が働いている。見学ルームがあるわけではないので、MARU。architectureからスタメンの方を紹介してもらい、オフィス内を見学させてもらった。感謝。
実は、私は2020年の独立後、日経ビジネスの広告企画で2年間ほど高架下開発の連載をやっていたので、高架下建築にはちょっと詳しい。
高架下建築は既存の構造物に負荷をかけられない
高架下建築の大原則であり最重要課題でもあるのは、「高架の柱や梁などの既存構造物に、新たな負荷をかけられない」ということである。建築を考えても分かるが、既存の構造に新たな構造物を直接つなげたら、当初の構造計算値と性能が変わってしまう。だから、高架下の建築は、高架の柱や梁に依存せず、独立して立っている。地中にも高架の基礎や設備類が埋設されているので、スペースや重量が限られる。
それを知ると、「木造」という選択に納得がいくだろう。一般的には高架下建築は鉄骨造で建てるが、木造の方が重量が軽い。軽さを生かして構造材を減らすことができれば、内部が広く使える。
この敷地では、高架の柱が約6mグリッドで並んでいる。新たに建てる柱は、できるだけその周囲に集め、柱無しのスペースを広く取りたい。それを実現したのが、帝人が開発した炭素繊維を複合した木材「LIVELY WOOD(ライブリーウッド)」だった。ライブリーウッドは曲げ剛性が通常の木材の約2倍と高い。これを日本で初めて採用した。梁として使用したライブリーウッドの本数は76本。最大スパンは12.385m、2階のはね出し寸法は2.635m。構造設計は、坂田涼太郎構造設計事務所が担当した。
空間の考え方については、MARU。architectureのサイトから引用する(太字部)。
改めて高架橋を見つめると、土木と建築の違いが強く意識される。スケール、素材、精度が圧倒的にかけ離れていて、都市生活を支える巨大インフラでありながら、人間の身体には無縁のように感じられます。そこで、私達はこの高架橋をいかに身体に近づけるか、そのための建築をつくることを目指しました。(中略)
新設の木構造体は、高架橋に構造的に依存することなく、それぞれが自律的にオーバーラップする構成としました。高架と異なるリズムで自由度の高い構造を実現するために、木の積層材と炭素繊維を組み合わせた新建材「LIVELY WOOD」を採用することにより、梁せいを最小化し、ロングスパンで跳ね出しの大きな構造を可能としている。これによって、異なるレベルの分節された床が、高架の躯体フレームの中に、様々に展開する構成を実現しています。
実際に中を見せてもらった印象としては、高架の柱がほどよく隠れ場所をつくっていて落ちつく感じだ(自分の会社員時代を考えても、柱の陰の席が好きだった)。列車の音は聞こえはするが、うるさいというほどではない。これも、むしろシンと静まり帰ったオフィスよりも、多少の雑音があった方が落ち着くように感じた。
見た目は木造の「浅沼組名古屋支店」
2件目、3件目はアポを取って行ったわけではないので、さらっと紹介する。
「ささしま高架下オフィス」から南東方向に歩いて10分ほど。「浅沼名古屋支店改修」(名古屋市中村区名駅南3-3-44)だ。2021年9月に竣工した。
これは、木造ではない。既存の建物は鉄骨造。地下1階・地上8階建て、延べ面積は2779.64m2。しかし、西側正面に並ぶ丸太の列柱から想像されるイメージは木造だ。
改修前の西面はガラス張りだった。西日が差し込むため、常にブラインドを下ろしていたという。改修では従来の窓面から2.5mセットバックし、新たにベランダ空間を設けた。吉野杉の列柱や植栽を設けた半屋外空間とした。
川島範久建築設計事務所と浅沼組が設計を手掛けた。施工は浅沼組。
実際に木造でないとしても、「木を使っているように見える」あるいは「木を使うと気持ちよさそうだと感じる」ということは、これからの木質建築の普及拡大にとってとても重要だ。と思ったので、“名古屋シン木造”の1つとして紹介した。
「タマディック名古屋ビル」 はCLTが型枠兼構造
3件目は、浅沼名古屋支店から北に車で5分ほど。坂茂建築設計が設計した「タマディック名古屋ビル」(名古屋市中区丸の内2-15-25)だ。2022年1月から業務を開始した。タマディックは自動車や航空・宇宙関連などの製品を開発する会社だ。
地下1階・地上8階建てで、これも主構造は木造ではない。構造は鉄筋コンクリート造、一部木造・鉄骨造・鉄骨鉄筋コンクリート(SRC)造の混構造。かつ免震構造だ。
コンクリートの柱がCLT(直交集成板)で覆われており、CLTが地震時の水平力に抵抗する。 CLTは主構造ではないが、構造材の一部ではある。このCLTは、コンクリート打設時の型枠であり、仕上げ材でもある。構造設計は、陶器浩一+飯島建築事務所+高橋俊也建築構造研究所。施工者は大林組
外周の柱もCLTで覆われているが、外部側にガラスがあるため、光が反射して遠目には木だとは分からない。かなり近づくと、「あ、木だ!」という感じだ。前述の浅沼組名古屋支店の方は、ぱっと見で木造に見えるので、そこはちょっと考えさせる。だが、木とは思わなくても、かなり高級感のある外観に見えるので、商業建築などで構造に木を使うときの参考になりそうだ。
1階はショールームのような待合スペースで、中に入ると、まさに木の空間。今回はアポなしで行ったので、内部の写真は差し控えたい※。
※タマディックの方から内部写真掲載のOKが出たので、以下に1階エントランスホールの写真を追加した。
さて、「木造に見える」も含めての“名古屋シン木造御三家”、いかがだっただろうか。外観を見るだけなら2時間弱で3件回れると思うので、名古屋出張の空き時間に弾丸ツアーを組み込んでみては。(宮沢洋)