坂倉準三の精神を大阪で受け継ぎ成長させた、坂倉建築研究所大阪事務所と太田隆信の展覧会が開催中

Pocket

 戦後の日本でモダニズムの建築を主導した建築家のひとり、坂倉準三は事務所を東京と大阪に開いていた。坂倉建築研究所の大阪事務所で、2代目所長の西澤文隆氏の後を継ぎ、1982年から2005年まで所長を務めたのが太田隆信氏だった。昨年、亡くなられた太田氏の業績に光を当てながら、坂倉建築研究所大阪事務所の建築作品を振り返る展覧会が1月19日から始まっている。

大阪市中央公会堂2階会議室の展示空間全景(写真:磯達雄)

 JIA-KIT建築アーカイヴスの公開展示として開催されたもので、会場は大阪市中央公会堂(設計:岡田信一郎/辰野金吾、竣工:1918年)。この建物の保存・再生も、坂倉建築研究所大阪事務所が設計を手がけている(竣工:2002年)。展示が行われているのは、2階の会議室で、歴代作品の写真、図面、スケッチがパネルで並べられ、部屋の隅にあるモニターでは太田氏のインタビューが流れる(早稲田建築アーカイブスの映像)。

 作品は戸建て住宅から都市デザインまで、さまざまな規模やビルディングタイプが並ぶ。戸建て住宅では、「正面のない家」(喜多邸、1962年)など一連のコートハウスが、時代を画する作品だったことが、模型による展示も併せて、改めて思い知らされる。その他のビルディングタイプで特に多く手がけたのが、野外活動センター/少年自然の家のシリーズで、その始まりだった「大阪府総合青少年野外活動センター」(1965-79年)は、鉄筋コンクリートの壁に木造の架構を載せた建物。その先進性は、太田氏がインタビューで指摘している通りであろう。

 野外活動センター/少年自然の家のシリーズの図面を見ると、設計者がそれぞれ楽しみながら設計したであろうことが伝わってくる。それは子供を対象にした施設だったこともあるだろうし、あるいは事務所を率いた太田氏の人柄に由来するものかもしれない。太田氏による手描きのスケッチにも、楽しみながら手を動かしている様子が現れているように感じられるからである。

 手描きによる建築表現の力は、太田氏以外の所員にも共有されていて、橋本健治氏が担当した「RICセントラルタワー」(1992年)の施工指示図などは見入ってしまった。

太田隆信氏が愛用した月光荘のスケッチブック群

 なお、部屋の中央に並べられているのは、太田氏が描き続けたスケッチブック。すべては月光荘のスケッチブックで、太田氏は生涯、これを愛用していた。色鮮やかな表紙が、展示空間を鮮やかに彩っている。

 展覧会は1月25日(日)までと会期が短いので、お見逃しなきよう。(磯達雄)

大阪市中央公会堂の保存・再生も坂倉建築研究所大阪事務所の設計による

■展覧会概要
坂倉建築研究所大阪事務所と太田隆信展
日時:2026年1月19日(月)~1月25日(日)

開催時間:10:00-19:00
会場: 大阪市中央公会堂 2階会議室
主催:特定非営利活動法人建築文化継承機構/JIA-KIT建築アーカイヴス
共催:金沢工業大学建築アーカイヴス研究所
協力:株式会社坂倉建築研究所、神戸芸術工科大学
後援:公益社団法人日本建築家協会、一般社団法人日本建築協会
観覧料: 無料

詳細はこちら