旧横浜市庁舎で最終見学会、見納めの村野ディテールをリポート

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新横浜市庁舎(設計:竹中工務店、デザイン監修:槇文彦)の完成により村野藤吾(1891~1984年)設計の旧横浜市庁舎は、惜しまれながらも今年6月、その歴史に幕を下ろした。一部を残して解体することが決まっている旧市庁舎の見学会が12月18日、19日に行われた。東京工業大学修士課程に在籍する加藤千佳さんが見学会に参加し、今後予定されている保存活用を含めてリポートする。(ここまでBUNGA NET)

市会棟側からエントランスホール「市民広間」を眺める。旧市庁舎の顔とも言えるこの空間はどうなってしまうのか…(写真:加藤千佳、以下も)

 近年、近代建築の保存活用が盛んに行われるようになった。成功している事例がある一方で、安易に外壁面のみが保存されるなど、歴史的価値を尊重しているとは言えない事例もみられる。60年以上もの間、市民に親しまれた旧横浜市庁舎(1959年竣工)も、部分的にコンバージョンされることが決定している。今後の活用に注目しながら見学会に参加した。

保存されるのは行政棟のみ

 まず気になるのは、保存事業の方針だ。横浜市が事業案を公募し、審査を行った結果、三井不動産を代表企業として構成されるコンソーシアム「KANNAI 8」が選出された(2019年9月発表)。

 旧市庁舎は竣工当時からある行政棟と市会棟1号に加え、増築した市会棟2号・3号、中庭棟からなる。事業案では、行政棟のみを保存し、星野リゾートによる「レガシーホテル」とすることを提案している。関内エリアのシンボルとなり、観光拠点となることを期待しているようだ。(詳細はこちらのサイト

横浜公園入り口から行政棟を眺める。行政棟と横浜公園・横浜スタジアムはみなと大通りを挟んで面している。土曜日の午後に訪れると人通りが多く、観光施設を建設するのに好立地だ
解体予定の市会棟内に位置する議場

人々から親しまれた村野デザイン

では、見学会のリポートに移ろう。

 「市会棟と中庭棟は解体される」という話を聞いて、市会棟と行政棟の間に位置する市民広間はどうなるのかと気になられた方も多いはずだ。残念ながら、現状の事業案では市民広間も解体されることになっている。見学会で配布された資料には、市民広間に関して次のような説明がされていた。

 “(略)市民広間は市民相談の場として運用されていたことがあり、時には(略)市長が自ら市民の質問に答えることもあったといいます。(略)飛鳥田市長が始めたという横浜市民広間演奏会も広く市民に愛されていました。”

保存される行政棟から、解体予定の市民広間を眺める
市民広間の有名な大階段も解体される可能性が高い

 もちろん市民から愛されてきただけではない。市庁舎で働く職員や議員からも愛されてきた逸話をうかがうことができた。下の写真に写る階段の手すりをよく見ると、テープが巻かれていることがわかる。なめらかな曲線を描く村野の手すりは、美しい上に手になじむため、長年使用して愛着をもった議員が新市庁舎へ移したいとして切断を試みた跡だという。他にも趣向を凝らした形や素材を随所に見ることができる。解体時には保存し、どこかに再利用してほしい。

市会棟内議場付近の階段
議場の扉。Z形の取っ手はプロポーションが絶妙だ
円形の照明と木や鳩といった平和の象徴を題材にしたレリーフが施された議場の天井。壁と机、床と椅子は素材が揃えられている。レリーフの柄に茶色と緑色の組み合わせが魅力的だ
艶のある青いセラミックタイルを使用した壁。1枚ごとにタイルの色合いが異なり、表情を生んでいる

 このように市民やそこで働く人と歴史を刻み、親しまれた市会棟の解体が残念でならないと感じるのは、自分だけではないはずだ。市が旧市庁舎活用事業の検討を始め、市会棟と中庭棟の解体を発表すると、日本建築学会は2017年12月に「横浜市庁舎の保存活用に関する要望書」を提出した。この要望書では次のように主張している。

 “(略)市会棟(市民広場含む)については(略)解体が視野に入れられており、建物の歴史的価値が充分に理解されていない状況が危惧されます。(略)これまで長い間、市民に最も親しまれてきた市民広場の内部空間については、将来のこの地区の活性化と魅力向上に不可欠のものであることは間違いありません。”

保存される行政棟に残る不安

 ここまでは解体予定部分のインテリアに触れたが、保存が決定している行政棟はどうなるのだろうか。

 見学会で案内を担当されていた市職員の方に、行政棟内のインテリアの保存方針をうかがったところ、計画初期段階の現時点では詳細が決まっていないとのことだった。老朽化が進んでいることに加え、全く異なるプログラムであるホテルへの転用という条件を考えると、コストや収益性といった問題から、インテリアの保存がごく一部にとどまることもあり得る。

 保存予定とされる行政棟だが、どの程度の保存なのか大いに不安を感じた。村野建築特有の豊かな細部には歴史的価値があり、これをなくして村野建築を保存したとは言えないように思う。

重要な部屋の壁には木が、床には絨毯が張られているとのこと。インテリアを保存すれば、ホテルを利用する際に、その場所が市庁舎時のどの部屋にあたるのかを想像することできて面白いのではないだろうか
行政棟でも美しい取っ手を発見。全体的に、なめらかさと艶やかさを感じるディテールが目立つ
時計は何種類かのデザインを見ることができた

 ただし、事業の詳細が決まっていないということは、逆に言えば、これからの協議次第でより良い保存につなげられるということだ。そう信じて述べるならば、旧市庁舎の歴史的価値を尊重し、行政棟はもちろんのこと、どんな形であれ市民広場の保存も視野に入れて事業詳細を検討してほしい。「レガシーホテル」の名にふさわしい歴史的価値のある施設になることを期待するばかりだ。(加藤千佳)

真砂町2丁目側から市会棟を眺める。すでに仮囲いが設置されているが、2021年10月以降に予定されている解体開始までは、外観を見ることができるだろう