小さくても「対等」、安藤忠雄氏が「坂の上の雲ミュージアム」に増築した「こども本の森 松山」の真意──世界のANDO国内注目作①

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 正直、「ここに増築して大丈夫なのかなあ…」と心の中では不安に思っていた。いやいや、さすがは世界のANDO。筆者(宮沢)の凡人な想像力のはるかに上をいく「こども本の森 松山」であった。

夕景。右の楕円平面の部分が「こども本の森 松山」(写真:宮沢洋)

 近年は海外でのプロジェクトの方が多い安藤忠雄氏。この春以降、国内の話題作が立て続けに完成したので、安藤巡りに出掛けてきた。まずは愛媛県松山市から。

 2007年に開館した「坂の上の雲ミュージアム」(竣工は2006年、愛媛県松山市一番町三丁目20番)の北西側前庭部分に、2025年7月28日、「こども本の森 松山」が開館した。安藤氏が設計し、建設費を負担して松山市に寄贈した施設だ。施工は既存施設と同じ、竹中工務店が担当した。安藤氏は全国の自治体に「本の森」を寄贈する取り組みを行っており、松山は5施設目となる。

 まず、外観から言うと、増築前と見比べても全く違和感がない。初めて来た人は、最初からこういう外観だと思うだろう。

 「坂の上の雲ミュージアム」は、安藤建築の中でも変わった形をしている。平面が三角形。地上4階建てで、1階(収蔵庫)よりも2階、3階と階が上がるほど平面が大きくなる。来館者は、丘の上に立つ「萬翠荘」に向かう途中の坂道から2階に入り、正三角形のコアのまわりに巡らせたスロープを折り返しながら、4階までの展示空間を巡っていく。

改修前の北側外観。2021年12月撮影。左手がミュージアム入り口(2階)へのアプローチ(写真:宮沢洋)

 どっしりと安定した印象のものが多い安藤建築のなかでは、不安定な感じのする建築だった。当然、「坂の上の雲」に手を伸ばそうとする上昇感を表現しようとしたのだと思う。増築によってそれが失われることはなく、安定感が増した。

 なぜなら今回、増築された部分は楕円形平面で、既存部と同じように上が大きいので(1階は完全なピロティ)、上昇感は維持される。それでいて、2つの棟が接続されて「足」が増えたことで、全体の安定感も増した。

増築後。動線は変わらず、2階のミュージアム入り口から室内に入る

 そして、もう1つの懸念であった「萬翠荘が見えにくくなるのでは」という点は、「真逆」だった。

 既存部(ミュージアム)のエントランスホールから連続する2階の増築部に入り、壁のような書棚を左右どちらかに回ると、どーんとこんな風景↓が広がる。

あ、萬翠荘!

 かえって以前よりも「萬翠荘」が近くに見えるではないか。そうか、安藤氏はこれがやりたかったのか。すべてが一気に腑に落ちた。

 普通、この形の既存部に図書施設を増築するならば、わざわざ1階をピロティにせず、1階に閲覧室を置き、2階の屋上を既存部とつなぐ方法をまず考えるはずだ。その方が建設費が安い。だが、それだと閲覧室からはこれといった景色は見えない。安藤氏は、「本を読みながら萬翠荘が見える場」をつくりたかったのだ。しかも、子どもたちの方が大人(ミュージアムを利用する人々)よりもよく見える。

既存のミュージアムからもこれまでどおり萬翠荘は見える。これは3階。だが、本の森の室内から見た方が近くでよく見える

 萬翠荘は、大正11年(1922年)、旧松山藩主の子孫にあたる久松定謨(さだこと)伯爵が別邸として建設した。設計は木子七郎。国重要文化財。詳しく知りたい方は下記の記事を。

 本棚にはクラウドファンディングで集めた資金などで購入した本や市民から寄贈された本など約4300冊が並ぶ。名著の漫画版も多くて、大人も読みたくなる。

ミュージアムとの接続部分から室内を見る

 胎内のような楕円形の空間、ゴージャス過ぎない優しい質感の什器など、安藤氏の子どもたちへの想いが詰まっている。既存部の延べ面積3122.83m2に対し、増築部は約130m2と、20分の1にも満たない。しかし、筆者の個人的な感想ではあるが、「増築によって建築の主従が逆転している」か、少なくとも「対等」であるように感じた。

選書はブックディレクターの幅允孝氏が担当した

 おそらくそれは、「司馬遼太郎が子どもたちに対してとっていた態度」を踏まえたものであるように思う。館の入り口の棚に置いているこの本(右の写真)を改めて読んで、そう思った。司馬遼太郎著『21世紀に生きる君たちへ』はミュージアムのショップで購入できるので、あなたもぜひ。(宮沢洋)

利用案内などはこちら→https://kodomohonnomori-matsuyama.jp/

「世界のANDO国内注目作②」を読む↓。(10月20日公開予定)