かつて建築家の菊竹清訓は“ミスター万博”と呼ばれた。菊竹亡き後、その称号を継ぐ建築家がいるとしたら坂茂氏ではないか。過去の万博での功績は長くなるので割愛するが、今回の万博でも坂氏のパビリオンは輝きを放っていた。特定非営利活動法人ゼリ・ジャパンが出展する「BLUE OCEAN DOME(ブルーオーシャン・ドーム)」だ。

ミスター万博の称号を筆者が与えたいのは、その“一歩先行く感”と“伝わりやすさ”が理由だ。
まずは施設の概要から。以下、万博の公式サイトより(太字部)。
BLUE OCEAN DOMEは、2019年のG20大阪サミットで発表された、海洋プラスチックごみによる追加的な汚染を2050年までにゼロにすることを目指す「大阪ブルー・オーシャン・ビジョン」の実現に向けて、海洋資源の持続的活用と海洋生態系の保護をテーマとした、来館者が楽しみながら環境保護の考え方を学べるパビリオンです。
海をテーマにした当パビリオンで、「海の持続的活用」の保全と啓発促進、「ブルーオーシャン宣言」実現に向けた取り組みを実践していきます。


施設は3つのドームが一部でくっつく形で構成される。建築の説明は、ゼリ・ジャパンのサイトから(太字部)。
ドームA:竹のドーム
竹は3〜5年で成長する持続可能な素材です。そのままだと直射日光により割れやすいという弱点を、最新の技術を用いて集成材にすることで払拭しました。軽量かつ木材より強く、加工もしやすい竹集成材を、新しい建築構造素材として提案します。


待合スペースとなるドームAは竹集成材。いいところを突いている。竹集成材については書くと長くなるので、このパネルを見てほしい。

プラスチックごみを問う空間であえてプラスチックを構造材に
続いてドームBへ。宇宙空間のような漆黒のシアター。高精細のLEDスクリーンに映し出されるのは、青く輝く水の惑星・地球。いのちの誕生から、躍動する魚の群れ、サンゴ礁の豊かな生態系、未知の深海生物、そして海中を侵していくプラスチックごみまで。建築的にはこんな特徴がある。
ドームB:CFRPドーム
建築の軽量化を命題に、航空宇宙や自動車などに用いられるCFRP(炭素繊維強化プラスチック)を主構造として採用。鉄の1/5の軽さでありながら同等の強度を持つこの素材により、杭を打たずに建設し、廃棄物を出さずに撤去できるパビリオン建築を実現しました。


ドームBの映像は、プラスチックごみの問題提起で終わる。それなのに素材が炭素繊維強化プラスチック(CFRP)。単純に「プラスチック=悪」としない坂氏の問題提起が深みを与えている。人間の未来はプラスチックをどう使うのか、なのだと。
内部の見た目も新鮮。「塩ビ管?」と思うような細い構造材と、バンドを使った接合に建築好きは萌える。ゴムチューブ接合は、構造家のフライ・オットーと組んで実現した「ハノーバー万博日本館」へのオマージュか(ハノーバーは「布地テープ」接合)。


最後のドームCへ。
ドームC:紙管のドーム
坂 茂の建築を象徴する建材として、災害時の仮設住宅から恒久的な公共施設まで国内外で用いられている再生紙の紙管。通常は紙や布などの巻き取り芯材として使われるこの素材を、パビリオンの構造材として展開しました。

この説明だと「いつもの紙管」みたい読めるが、坂茂ウオッチャーとしては(※筆者は前職時代、『NA建築家シリーズ 坂茂』という書籍をつくったことがある)、紙管のジョイントに注目してほしい。木製の球形ジョイント!

金属や樹脂でつくれば簡単そうだが、循環がテーマなので木。しかも形が球形。これって、大阪万博「お祭り広場大屋根」(丹下健三+川口衞)の鋳鋼球形ジョイントへのオマージュでは?
さすがに「球形ジョイント」にテンションが上がるのは建築関係者だけだと思うが、竹・CFRP・紙という構造素材の新しさは一般の人にも伝わると思う。もちろんそれは坂氏が“伝わりやすさ”を大事にしているからで、それは日本でなく米国の大学で建築を学んだ(鍛えられた)影響だと、先に挙げた『NA建築家シリーズ 坂茂』の取材時に語っていた。
今回のパビリオンは、坂氏と旧知の仲であるデザイナーの原研哉氏が展示プロデューサーを務めていることもあって、さらにわかりやすくなっているのだろう。
解説パネルによると、閉幕後にはモルディブに移設されることが決まっているという。これも、さすがは行動派の坂氏だ。

出展者の「ZERI JAPAN」とは?
ところで、このパビリオンを見て「ZERI JAPAN」という組織を初めて知った。サイトの説明では「ZERI JAPANとは資源とエネルギーを循環再利用し、廃棄物を0に近づける「ゼロ・エミッション構想」(ZERI:Zero Emissions Research and Initiative)を出発点として、日本における環境教育の啓発と実践、産業クラスター(連環)の構築、会員企業への情報提供や技術指導などを行い、循環型社会を実現するために2001年に設立されたNPO法人です」とある。
何が出資母体なの?と思ったら、公式サイトにこんな説明が。
「ZERI JAPAN理事長 更家 悠介 1951年生まれ。1974年大阪大学工学部卒業。1975年カリフォルニア大学バークレー校修士課程修了。1976年サラヤ株式会社入社。1998年代表取締役社長に就任、現在に至る」
パビリオンの出口で、この消毒液を見ると納得。

サラヤってこの会社か!(本社:大阪市東住吉区、1952年創業)

家族や恋人と万博を訪れる人は、建築のウンチクばかりでは呆れられると思うので、ぜひこのうんちくも最後に加えていただきたい。(宮沢洋)
