著名建築家の小品が集まり、“日本のヴィトラミュージアム”とも言えそうな山梨県北杜市の「清春芸術村」。その敷地内に新たに設置された2つの「こどものための建築」を見てきた。
今年6月に完成披露された内田奈緒氏(nao architects office主宰)の設計による「遊びの塔(tower of play)」と、このほど完成した秋吉浩気氏(VUILD主宰)による「ホワイト・ループ(White Loop)」だ。秋吉氏は今年2月、東京学芸大学内の「学ぶ、学び舎」で第1回「みんなの建築大賞」に選ばれたこと(こちらの記事)も記憶に新しい。
「こどものための建築」プロジェクトは、これまで清春芸術村が力を入れてきた「アート」「建築」に加え、「遊び」の要素をプラスする取り組みだ。プロデューサーを公益財団法人清春芸術村理事長の吉井仁実氏が務め、プロジェクトディレクターを慶應義塾大学SFC特別招聘教授の白井良邦氏が務める。ちなみに白井氏は「みんなの建築大賞」の推薦委員でもある。
プレスリリースの中で、白井氏はプロジェクトの経緯をこう説明している(太字部)。
これから本格的に到来するAI時代を生きていく子供たちにとって、感性を育むことは、今以上に大切で重要になってきています。では感性はどのようにして磨かれていくものなのでしょうか。その答えのひとつは“遊び”の中にあると言えます。今回のプロジェクトは、南アルプスのほど近く、自然豊かな山梨県北杜市にある芸術文化施設からの依頼で始まりました。最初の話し合いのなかで、小さな子供たちにも「本物の“建築”に触れて欲しい」「“建築”という世界があることを知って欲しい」という考えに至り、世界的に著名な建築家、谷口吉生氏や安藤忠雄氏の設計した美術館が建つ敷地内に、新たに子供のための遊びの場を建築家が提供するという「こどものための建築」プロジェクトがスタートしました。(白井良邦=プロジェクトディレクター/慶應義塾大学SFC特別招聘教授)
「こどもの遊具」でも「こどもが遊べる彫刻」でもなく、「こどものための建築」である。これは、依頼された方も「建築とは何か」に立ち返らざるを得ない。
家づくりの序章としての「ホワイト・ループ」
後からできた「ホワイト・ループ」の方からリポートすると、こんな「建築」だった。
以下はプレスリリースより、秋吉氏による説明。(太字部)
「こどものための建築」と聞いて、真っ先にイサム・ノグチの彫刻を思い浮かべた。先日、札幌の大通公園にある『ブラック・スライド・マントラ』を見に行った際、子供たちが螺旋状に旋回しながら、登っては降りてを繰り返し遊んでいる姿が印象に残った。この情景を思い出しながら、「白樺の木々の間をすり抜け、大きく面的に旋回しながら、子供達が登ったり降りたりして、互いに追いかけ合っている姿」を頭の中に思い描いたのが最初の着想であった。
また同時期に読んでいた絵本『バーバパパ』からも大きな影響を受けた。愛らしい膨よかな身体が、変幻自在に変化し、時には動物に、時にはジェットコースターへと変化し、親しみやすい色と形で子供達を柔らかく包み込む。興味深いのは、彼らの家づくりの方法だ。自らの体に樹脂を巻きつけ、体を膨らました後に小さくなって抜けることで、有機的な空間を創り出していく。この発想は、樹脂を溶かしながら積層し造形していく3Dプリンターによる家づくりのようであり、その先見性に驚かされた。
この2つのインスピレーションから、樹脂3Dプリンターを用いて滑り台をつくるという方針が定まった。
いざ様々な滑り台を観察してみると、滑りたくて登ったけれど逆走してくる子に戸惑ったり、滑りたくて並んだけれど横入りされて泣いたりと、滑り台を巡る希望と失望のせめぎ合いに直面した。この軋轢を解消するには、滑ると登るの間をシームレスにつなぎ、滑り台と階段の形を同一化すると良いのではと考え、現在の「メビウスの輪」のような形に辿り着いた。
白い洞窟のような空間に「潜り」、滑り台型の階段を慎重に「登り」、風景を見渡しながら「座り」、晴れやかな気分で「滑り」、また期待を膨らましながら「走る」。この一連の経験(シークエンス)こそが3Dプリンターによる家づくり原初的な建築体験であり、この小さな建築で遊ぶことを通じて建築への興味が芽生えることを願っている。(秋吉浩気/建築家・メタアーキテクト VUILD主宰)
なるほど、発想のヒントは「バーバパパ」の家づくりなのか…。秋吉氏は以前、「学ぶ、学び舎」のヒントになったのが「和菓子をつくる木型」だったと説明しており、その辺りの着眼点にもこれまでの建築家との違いを感じる。
筆者の理解では、これは「建築」であることの前提を「つくり方」に求めたということなのだろう。同じ形を、型枠を使ってFRPなどでつくることもできる。たぶんその方が簡単だ。だが、それだと遊ぶ目的のためだけの「遊具」になってしまう。そうではなく、あくまで「3Dプリンターによる家づくり」に向かう序章としての「小さな建築」なのだ。
では「こどものための」はどうなのか。筆者が訪れたのは9月前半の3連休だったが、まだ30度超えの暑さだったので、遊ぶ子どもの姿は見られなかった。残念ながら大人は物理的に中に入れない。以下の写真はプレスリリースにあった子どもたちが遊ぶ様子だ。体験した子どもが何を感じているのかは写真から想像していただくか、涼しくなったら清春芸術村に行って見てみてほしい。
内田奈緒氏の「遊びの塔」はザ・モダニズム
そして、先に完成した「遊びの塔(tower of play)」。設計者の内田奈緒氏をご存じない方もいるかもしれないので、こんな人だ。
「遊びの塔」に関する内田氏の説明をプレスリリースから引用する。(太字部)
昨年清春芸術村を訪れた際、広い芝生にポツンと建つ、小さな塔のような「エッフェル塔の階段」に登らせてもらいました。少し揺れる心許ない階段を空へ向かって登りながら、少しの高さの違いで移り変わっていく情景に心が弾みました。そして、例えば登るといった身体的な行為によって自分の周りに広がる空間を知覚し直すこと、これが幼いときの「遊び」の原点となる感覚なのでは、と考えました。
この清春芸術村に、もう一つ小さな塔を建てるとしたら、その塔がどんなだったら、子どもたちにもその感覚を体験してもらえるでしょうか。少しねじれたネットの床を空に向かって積層させるイメージから、「子供のための建築」のプロジェクトは始まりました。
ほとんどの建築は、水平と垂直の要素で構成されます。これは私たちが重力の中で安定して身体の平衡を保てるように自然に形式化した在り方ですが、この塔ではむしろ、じっとしているだけでも身体と建築との間のエネルギーのやりとりが意識されるような、そんな体験をして欲しいという想いがありました。
マルク=アントワーヌ・ロージエが唱えた「原始の小屋」のように、まずは基本的な建築言語である、四本の柱と梁と屋根でプリミティブな塔のフレームをつくり、その中に傾斜した柔らかい床を重ね、階や部屋といった要素を意識しながらも、上に向かって緩やかに連続するような塔の建築をつくりました。この建築の中で、身を委ねる床と、外の景色との関係性を絶えず変化させながら、これからの時代を生きる子どもたちが身体いっぱい遊び、感性を育んでいってくれることを願います。
なるほど、内田氏は「柱と梁と屋根」そして「床」に、「建築」の根拠を求めたようだ。秋吉氏が志向する“新時代の建築”に対し、“王道のモダニズム建築”だ。本人の説明にはないが、床のねじれが線織面になっているのも「ザ・モダニズム」と言いたくなる。
こちらも遊ぶ子どもの姿は見られなかったので、プレスリリースにあった子どもたちが遊ぶ写真を…。
そして、詳細の発表はまだ先のようだが、第3弾も計画されている。誰がどんな「こどものための建築」をつくるのか。2つだけだと正直、少し寂しい感じがしたが(設置場所も離れているので)、これが10個くらいになったら清春芸術村の新たな目玉になるだろう。そんな日を気長に待ちたい。
そもそも「清春芸術村って何?」という方もいるかもしれない。谷口吉生ファンの筆者はこれを書き始めると超大作になってしまうので、すっきりまとまった以下の公式説明文をご覧いただきたい。(宮沢洋)
■清春芸術村の概要
1980年、清春小学校の跡地を再活用しスタートした芸術文化施設。建築家・谷口吉生の設計による<清春白樺美術館>(1983年開館)や<ルオー礼拝堂>(1986年開堂)をはじめ、藤森照信の茶室<徹>(2006年完成)、安藤忠雄の<光の美術館>(2011年開館)、新素材研究所/杉本博司+榊田倫之のゲストハウス<和心>(2018年竣工)など、敷地内には名建築が立ち並ぶ。
住所:山梨県北杜市長坂町中丸2072
開館時間:午前10時~午後5時(入館は4時30分まで)
休館:年末年始・月曜日(祝日の場合は翌平日休み)
入館料:一般1500円 大高生1000円 小中学生は入場無料
https://www.kiyoharu-art.com/
https://www.instagram.com/kiyoharu.art.colony