大賞はVUILDの「学ぶ、学び舎」、推薦委員会ベスト1は伊藤博之氏「天神町place」に──「みんなの建築大賞2024」結果発表

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左からVUILD代表取締役CEOの秋吉浩気氏、大賞となった「学ぶ、学び舎」、伊藤博之建築設計事務所を主宰する伊藤博之氏、推薦委員会ベスト1に選ばれた「天神町place」(写真:左2点はVUILD、右2点は宮沢洋)

 みんなの建築大賞推薦委員会(委員長:五十嵐太郎)は2月15日、文化庁協力のもとで実施した「みんなの建築大賞2024」の大賞を「学ぶ、学び舎」(設計:VUILD)に、推薦委員会ベスト1を「天神町place」(設計:伊藤博之建築設計事務所)にそれぞれ授与することを発表した。大賞はX(旧Twitter)上での一般投票で最も多く「♡(いいね)」を獲得したもの、推薦委員会ベスト1は、「この建築がすごいベスト10」を選定する推薦委員会の場で最も評価の高かったものに与えられる。

 なお、X上での一般投票の獲得票数トップ3は、上位から順に「学ぶ、学び舎」、「天神町place」、「花重リノベーション」(設計:MARU。architecture)だった。

大賞:「学ぶ、学び舎」(設計:VUILD)

 東京学芸大学(東京都小金井市)の「学ぶ、学び舎」は、スタートアップ支援などを手掛けるMistletoe(ミスルトウ、孫泰蔵代表)と東京学芸大学が2019年から本格始動したプロジェクト「Explayground(エクスプレイグラウンド)」の拠点。VUILDが設計を担当した。人が運べる大きさの木材パーツを3D木材加工機で切り出し、コンクリート躯体の打ち込み型枠(コンクリート打設後もそのまま仕上げとする型枠)として使用した。木材パーツは1000以上あり、すべて形が異なる。葉脈のようなひだ(梁)は、全体の強度を高めるために導かれた形である。

(写真:Japan-Architects)

 東京学芸大学は教員育成や教育研究に特化した大学だ。次代の教育はどのようなものかという議論の中で、「遊びと学びをシームレスにつなげ、生涯にわたり主体的に学び、探求し、新しい価値の創造を愉しむことを支援することを通じて、新しい公教育を創造していくこと」が掲げられた。2018年に孫泰蔵が代表を務めるMistletoeと同大学により一般社団法人東京学芸大Explayground推進機構が設立され、「Explayground推進事業」が展開されている。「Explay」は「実験的で・拡張的で・究極的な遊び」という造語だ。

 「学ぶ、学び舎」は、その活動の拠点として建てられた建築である。「HIVE棟」とも呼ばれている。

 「建築」といっても、屋根と東西の傾斜した壁しかない。幅約23m、奥行き約13m、天井平均高さ約3.3m(最高軒高約6.5m)。

(写真:市川紘司)

 発注者はVUILDに、公教育の変革に挑戦していく「Explayground」の象徴となるような建物を求めた。VUILDの秋吉浩気代表取締役CEOは発注者と何度も話し合い、屋根の下にCNC(木工用数値制御)ルーターなどの製作機械を置くことは決めたものの、明確な用途は絞らずにプロジェクトを進めた。計画段階では両面にガラスをはめた案もあったが、計画をつくり込んだ空間からは創造的な発想は生まれないということから、「屋根だけがある“初期条件としての建築”」(秋吉氏)にしようということになった。「ここからさまざまなプロジェクトが生まれる巣のような場所」(同氏)を目指した。

 天井面は900パーツ以上のCLT(直交集成板)のパネルから成る。CLTは、薄い木の板を直交方向に重ねて接着したもので、大きく厚い板をつくることができる。梁部分のCLTも合わせると1000パーツ超となる。これは「人の手で運べる極小の部品で、極大の空間をつくるには」という秋吉氏の問題意識を深めていった結果だ。

(写真:Japan-Architects)
(写真:市川紘司)

 木造も検討したが、梁やスラブの途中に継ぎ手があるCLT架構は、建築確認を得るために構造実験などで検証しなければならない。また、耐火性能も求められたため、今回は構造を鉄筋コンクリート造とした。3D木材加工機で切り出した木材パーツを型枠に使うという発想は、秋吉氏が和菓子屋に飾られていた「和菓子の木型」を見て思いついた。

 鉄筋コンクリート造なので、木部がなくても構造的に成立するが、コンクリートは極限まで薄い。一方、木部については今後を見据えて、コンクリートなしで自立するように設計した。曲面全体では、単純なボールトの3倍以上の強度を持つ。

型枠の施工中の様子。溝状の部分がコンクリート打設後に梁となる(写真提供:VUILD)
コンクリート打設の様子(写真提供:VUILD)

 構造設計を担当したのは佐藤淳構造設計事務所。サインカーブ(正弦曲線)の位相を3分の1波長ずつずらして並べることで、全体の強度を高めるという考えで構造を検討した。結果として、葉脈を思わせる有機的な梁となった。

 工期は約6か月。建築工事の費用は約1億円、うち型枠費用が約3000万円だった。「既存の鉄筋コンクリート造の自由曲面構造と比較しても約6割のコストで収まった」と秋吉氏は見る。

 本格的な利用開始は2024年春の予定だが、すでに学生らが思い思いのやり方で使っている。(宮沢洋)

(写真提供:VUILD)

■概要データ
学ぶ、学び舎
所在地:東京都小金井市貫井北町4丁目750-2/発注者:Mistletoe Japan/設計者:VUILD/設計協力者:佐藤淳構造設計事務所(構造)、Arup(設備)/施工者:アトリエ海/構造:鉄筋コンクリート造/階数:地上1階/延べ面積:295.90m2/施工期間:2022年9月~2023年4月

工作機械と3D設計で“木工デジファブ”を切り開くVUILD

(写真提供:VUILD)

秋吉浩気(あきよしこうき)。VUILD(ヴィルド)代表取締役CEO。1988年大阪府生まれ。芝浦工業大学工学部建築学科卒業後、慶応義塾大学大学院政策メディア研究科でデジタルファブリケーションを専攻。2017年に建築系スタートアップのVUILD(川崎市)を創業。工作機械と3次元デザインツールを組み合わせた木工のデジタルファブリケーション分野を切り開いている。秋吉氏は起業家であると同時に、「建築家/メタアーキテクト」を名乗り、「建築の民主化」を目指す。設計した主な建築物に「まれびとの家」(2019年竣工、2020年度グッドデザイン賞金賞)、「琲庵」(2021年)、「小豆島The GATE LOUNGE」(2023年)などがある。著作に『メタアーキテクト──次世代のための建築』(2022年、スペルプラーツ刊)。

 慶応義塾大学大学院時代に、米国で1995年に生まれた3D木材加工機「ShopBot(ショップボット)」と出会い、木工技術を変える大きな可能性を感じる。一方で、唯一無二の「作品」をつくろうとする既存の建築家像に疑問を抱いていたため、供給側・需要側の双方で「開かれた木工技術」を実現すれば、「建築の民主化」につながると考えるようになる。連続起業家の孫泰蔵氏らに背中を押され、29歳でVUILDを創業。3D木材加工機「ShopBot」の販売、設計と加工を結ぶクラウドサービス「EMARF(エマーフ)」の提供、自分好みの家をアプリ上でカスタマイズし注文できるサービス「NESTING」の提供などを行う。それらと並行して、一級建築士事務所としての建築物の設計や施工も行う。

推薦委員会ベスト1:天神町place

 「天神町place」は東京・湯島の住宅街にある賃貸集合住宅だ。三方向を高層建物に囲まれた旗竿敷地に、中庭を囲む自由曲線の平面計画により、計35戸の各住戸が異なる魅力を享受できるように計画された。2023年夏に数日間行われた関係者見学会では、SNS上で見学者の感嘆の声が広く拡散された。

(写真:Japan-Architects)

 建物の平面は馬てい形の両端を狭めたような形をしている。中庭に足を踏み入れると、誰もが上を見上げてしまう。

 敷地は湯島天神の参道沿いで、周囲にはかつてホテルが立ち並んでいたが、近年はその多くが集合住宅に建て替わっている。建て主もこの地域で数棟のホテルを経営していた。近くに所有していたホテルを2019年に伊藤博之建築設計事務所の設計で集合住宅に建て替えたことに続いて、今回も同事務所に設計を依頼した。

(写真:Japan-Architects)

 伊藤博之氏は、光の入りにくい旗竿敷地であっても、建物を薄い板を折り曲げたようなボリュームにすることで、周囲のビルの隙間と中庭の両方から住戸に光や風、視線の抜けが得られる、と考えた。「高層マンションに見られる廊下に囲まれた“吹き抜け”は、人の経験や生活とは無関係なただの暗い空隙であることが多い。それを人にとって意味のあるものにできないか。あるいは“吹き抜け”を“中庭”にできないか、という試行錯誤の連続だった」(伊藤氏)。

 伊藤氏は、深い中庭を人間にとって居心地のよい空間とするため、3つのことを行った。

①メゾネット住戸の配置を工夫し、影を落とす中庭の壁に沿った廊下を減らすこと。

②吹き抜けに面して横穴を開け、共用部や住戸のバルコニーとし、様々な方向から光や風を入れるよう
にすること。

③わずかな光も感じられるように、コンクリート面にテクスチャーを与えること。

(写真:宮沢洋)
(写真:Japan-Architects)

 中庭空間は直径が約9mの平面に対し、高さが約30mある。伊藤氏は、「中庭が明るいと言ってもらえることが多いが、実際に地上レベルの照度が高いかというと、そういうわけではない。中庭に突き出す廊下を減らし、コンクリート表面のテクスチャーで変化を与えることで“明るく感じる”空間になった」と説明する。

コンクリート打設に使用した型枠(資料提供:伊藤博之建築設計事務所)

 中庭側のコンクリートの型枠には、千葉県山武市の「木の駅プロジェクト」で集められた丸太材を使用した。木の駅プロジェクト とは、山林所有者が運び出した間伐材や林地残材を“木の駅” と呼ばれる集積所で買い取ることで健全な森を維持する活動。サンブスギの産地でもある山武市は近年、菌により幹が不朽し溝状に変形するスギ非赤枯性溝腐病のまん延で林業が低迷。伊藤氏は以前、サンブスギの溝腐病被害木を利用して家具をデザインしたことがあり、今回はこれを型枠とした。流通材の型枠用実付きスギ板を使うよりも安い約1000円/m2で型枠を製作できた。

 住戸は、馬てい形を各フロアで3~5戸に区切って住戸としている。メゾネットもある。平面形はS字形や扇形。どの住戸も中庭側と敷地外側の両面に開口を持つ。間口が4mほどの薄いボリュームであるため、窓は大きくないものの、明るい印象だ。

(写真:宮沢洋)

 中庭には残念ながら住人だけしか立ち入れない。だが将来的には、オートロックの位置を変えて地下1階の住戸を店舗に変えるプランも想定している。(宮沢洋)

(写真:宮沢洋)

■概要データ
天神町place
所在地:東京都文京区湯島3丁目/設計者:伊藤博之建築設計事務所/設計協力者:多田脩二構造設計事務所(構造)、坂井初構造設計事務所(構造)、テーテンス事務所(機械設備)、EOSplus(電気設備)/施工者:サンユー建設/構造:鉄筋コンクリート造/階数:地下1階・地上8階/延べ面積:2448.55m2/施工期間:2021年6月~2023年8月

数々の集合住宅で専門家をうならせてきた伊藤博之氏

(写真:宮沢洋)

伊藤博之(いとう ひろゆき)。1970年埼玉県生まれ。1993年東京大学工学部建築学科卒業。1995年同大学大学院工学系研究科修士課程修了。1995~1998年日建設計勤務。1998年O.F.D.A共同設立。1999年伊藤博之建築設計事務所設立。2019年より工学院大学教授。代表作に「シモキタハウス」(2010年)、「GRID」(2011年)、「Hotel & Residence Roppongi」(2012年)、「BLOOM」(2014年)、「辰巳アパートメントハウス」(2016年)、「ウエハラノイエ」(2018年)「三組坂flat」(2019年)、PRISM Inn Ogu」(2022年)など。

 日本最大の設計事務所である日建設計に入社するも、27歳で独立。きっかけは、友人の父親が住宅の設計を依頼してきたことだった。その後、個人住宅や集合住宅、オフィスビル、ホテル、インテリアデザインなどを中心に設計活動を展開。特に集合住宅では、専門家をうならせる大胆な発想と緻密な裏付けによる佳作が多い。

 上記の2作を含む「この建築がすごいベスト10」はこちらの記事を参照。

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