師弟対決の軍配は? 石上純也氏「木陰雲」@kudan houseは空を切り取る“もう1つの庭”

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 なるほど、こうきたか…。凡人(私)の想像を裏切り続けるこの発想、さすが石上純也氏である。

(写真:特記を除き宮沢洋)

 今回の五輪で、コロナ禍は別の話として、「このままでは建築が盛り上がらない」と思っていた人は多いと思う。日経ビジネスの記事(新旧五輪施設プロセス比較、コロナで緩和された「がっかり感」)にも書いたように、いわゆるアトリエ建築家で新設競技施設を手掛けたのは隈研吾氏1人。日本に7人いるプリツカー賞受賞者は誰も設計に関わっていない。これでいいのか日本? そんなモヤモヤを建築界からでなく、アート界から晴らしてくれたのがこのイベント「パビリオン・トウキョウ 2021」である。

 ワタリウム美術館が企画し、東京都、公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京、パビリオン・トウキョウ2021実行委員会の3者の主催で実施されているアートイベントだ。新国立競技場周辺エリアを中心とする東京都内各所に、藤森照信、妹島和世、藤本壮介、石上純也、平田晃久、藤原徹平の各氏らが仮設のパビリオンを設置する。会期は2021年7月1日(木)~9月5日(日)。

 その企画を聞いたとき、個人的にどうしても見てみたかったのが妹島和世氏と石上純也氏の2人のパビリオンだった。ご存じかとも思うが、石上純也氏はSANAAの出身。あの金沢21世紀美術館の担当者でもあった。独立後の活躍は書くまでもないだろう。あっと言う間に「世界の石上」となってしまったこともあり、国内で2人が同じ土俵で何かをやったのを見たことがない。

 筆者は6月半ば頃から、スタジアムでの五輪観戦はほぼ無理だろうと思っていたので、こちらの方が楽しみになっていた。開幕前日(6月30日)の開会式がオンラインで配信されたときには、2人が同じ壇上に並んでいるのを見ただけでテンションが上がった。

オンライン配信された開会式の様子(画面キャプチャー)
開会式で説明する石上氏 (画面キャプチャー)

 しかも、その会見では、石上氏のパビリオン「木陰雲(kokage-gumo)」は明日(7月1日)の初日には間に合わない、と報告があった。うーん、それでこそ石上純也! 余計に期待が高まる。

 場所は九段下駅から徒歩5分ほどの「kudan house 庭園」。パビリオンは5日遅れで7月6日から公開されたが、撮影を申し込んでいた日に追加工事が入って延期されたりいろいろあって、ようやくBUNGA NETでの記事公開となった。

構造体を「焼き杉」の技術で焼く

 まずは、筆者の余計な解説は抜きにして、写真と公式サイトにある石上氏本人の説明文で見ていただきたい。 

 「九段下に昭和2年、実業家の山口萬吉によって建てられた古い邸宅がある。設計には東京タワーの構造計画をおこなった内藤多仲も関わっている。この邸宅の美しく古い庭に2021の夏期限定で、日差しを柔らかく遮る日除けを計画する。

 新しく計画される日除けが、歴史ある風景に溶け込むように、新築であるにも関わらず、はじめから古さを含み持つようにと考えた。具体的には、木造の柱と屋根を庭いっぱいに計画し、その構造体を焼き杉の技術を用いて焼いていく。

 様々に火力を調整しながら、杉の表面を炭化させ、場所によっては構造体そのものを焼き切る。庭に広がる木の構造体が、既存の庭に生い茂る老木を避けるように、焼かれながらしなやかに形状が整えられていく。

 炎で炭化した真っ黒の構造体は、廃墟のような趣もある。新築から廃墟の状態に、瞬時に駆け抜け変化したようでもあり、建築が経年によって得られる移り変わりを一気に獲得したかのようだ。

 昭和初期の時代にはまだ存在していなかった周りの高層建築を黒い構造体が覆い隠し、構造体に開けられた無数の穴からの無数の光の粒が、樹木からの木漏れ日と混ざり合う。樹木の間から覗く現代の風景は消え去り、夏の強い日差しは和らぎ、訪れる人々はこの庭のなかに流れる古い時間とともに過ごす。真っ黒の構造体は、夏の午後に老木の間を漂う涼し気な影である。」(石上純也)

リアル庭園の上に、もう1つの庭?

 筆者は、完成予想図を見て、焼き杉でつくる雲が、金属の細い柱でふわりと持ち上げられたものをイメージしていた。金属との対比で焼き杉を印象的に見せるのかと思っていたのだ。しかし、実際は柱も焼かれた木材で、柱も雲も全体が有機的で同じような質感。新たにつくったという感じでなく、もともとそこにあるかのような立ち方だ。それでも非現実感はすさまじい。

 石上氏の建築はいつも例えに困るのだが、筆者には石上氏の「水庭」(2018年、栃木県那須町)を宙に浮かべたもののように感じた。水庭は、森の中に、あり得ない数の池を並べたものだ(水庭の写真を見たい人はこちら)。この木陰雲は、現実の庭の上に、たくさんの空を切り取るもう1つの庭があるような感じだ。

 その例えが適切かはさておき、石上氏ができるだけ「自然な穴の形」にこだわったことは間違いないようで、筆者が撮影に訪れた日の開館前にも、ぎりぎりの時間まで穴の輪郭を微修正していた。あくなきこだわりだ。

内藤多仲ら豪華設計陣による「kudan house」

 ところで、木陰雲の会場は「kudan house 庭園」だが、本体の「kudan house=旧山口萬吉邸」の方も、建築好きならばいつかは見てみたい名建築だ。

東京人8月号。宮沢は「旧久米邸洋館」の記事を書いてます

 石上氏も書いているように、山口萬吉邸は構造家の内藤多仲のほか、建築家の木子(きご)七郎、今井兼次が設計に参加し、1927年(昭和2年)に完成した。2018年から、東邦レオの関連会社NI-WA、東急、竹中工務店の3者が会員制シェアオフィスとして活用している。詳しく知りたい人は公式サイトをご覧いただくか、相棒の磯達雄が書いた「東京人」2021年8月号の記事を。

次回↓は妹島和世氏の「水明」@浜離宮庭園をリポートする。

師弟対決の軍配は? 妹島和世氏「水明」@浜離宮庭園、江戸と現代をつなぐ3000分の1勾配の“大河”

■パビリオン「木陰雲」
会場: kudan house 庭園
東京都千代田区九段北1-15-9
鑑賞時間:10:00〜18:00
休館日:7/22〜27、8/2、8/10、8/16、8/23、8/30*入場制限を行う場合があり、ご入場をお待ちいただく可能性がございます。 事前予約が必要となる場合もあります。
アクセス:東京メトロ東西線・半蔵門線、都営地下鉄新宿線「九段下駅」1出口より 徒歩5分。東京メトロ東西線・有楽町線・南北線、都営大江戸線「飯田橋駅」A5出口より徒歩9分。JR中央・総武線「飯田橋駅」西口より徒歩7分

 
協賛:東邦レオ株式会社/Cartier/株式会社 中川ケミカル/北京益汇达清水建筑工程有限公司/袁鑫工程顾问(上海)事务所/重庆纬图景观设计有限公司/株式会社ユニオン/株式会社 資生堂/大成建設株式会社
素材協力:株式会社門脇木材/株式会社 山大/大光電機株式会社/株式会社サンゲツ

■Tokyo Tokyo FESTIVAL スペシャル13 パビリオン・トウキョウ 2021
開催時期:2021年7月1日(木)~9月5日(日)
鑑賞時間:各パビリオンごとに異なります。最新情報を公式サイトにてご確認ください。
*一部のパビリオンには休館日がございます。また、入場料や事前予約が必要な会場がありますのでご注意ください。
会場:新国立競技場周辺エリアを中心に東京都内各所
パビリオン・クリエイター:藤森照信、妹島和世、藤本壮介、石上純也、平田晃久、藤原徹平、会田誠、草間彌生
特別参加:真鍋大度 + Rhizomatiks
主催:東京都、公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京、パビリオン・トウキョウ2021実行委員会
企画:ワタリウム美術館
公式サイト: https://paviliontokyo.jp/