師弟対決の軍配は? 妹島和世氏「水明」@浜離宮庭園、江戸と現代をつなぐ3000分の1勾配の“大河”

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 「パビリオン・トウキョウ 2021」の師弟対決、前回の石上純也氏「木陰雲(こかげぐも)」に続き、今回は妹島和世氏による「水明(すいめい)」である。ともに中国の史書に出てきそうなタイトルをつけるのもやっぱり師弟だなあ、とまずはそこから感心してしまう。

「水明」。手前から奥に向けてゆっくりと流れている(写真:宮沢洋、以下も)

 「パビリオン・トウキョウ 2021」は、ワタリウム美術館が企画し、東京都、公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京、パビリオン・トウキョウ2021実行委員会の3者の主催で開催されているアートイベントだ。新国立競技場周辺エリアを中心とする東京都内各所に藤森照信、妹島和世、藤本壮介、石上純也、平田晃久、藤原徹平の各氏らが仮設のパビリオンを設置する。会期は2021年7月1日(木)~9月5日(日)。

 「水明」の設置場所は汐留の東側、国の特別名勝・特別史跡に指定されている「浜離宮恩賜庭園」。その入り口を入ってすぐのところにある「延遼館跡」という芝生のエリアだ。

 まずは、公式サイトにある妹島氏本人の説明文を読んでいただきたい。

 「浜離宮は水とともにある庭園と言えると思います。その風景に現代を表すような水を足してみたいと考えました。曲水は、遠くから見ると留まっているように見えます。でも、近づいて見ると静かに流れていることに気づきます。このゆっくりとした水は、過去、現在、未来のつながりを表しています。」(妹島和世)

 えっ、これだけ? 石上氏に比べて説明文が短い。運営側もさすがに短いと思ったのか、こう補足されている。 

 「浜離宮恩賜庭園は、潮入の池(海水を導き潮の満ち引きによって池の趣を変える池)とふたつの鴨場をもつ江戸時代の代表的な大名庭園です。妹島和世(1956年~)は、汐留の高層ビル群を背に広がるこの伝統的な庭園を『歴史と現代という東京のふたつの側面にふれることができる場所だ』と確信し、多様な水場をもつ庭園に合わせて、曲水(平安時代の庭園にあった水路)をイメージしたパビリオンを設計しました。

 鏡面の水路に浅く張られた水は、空や周囲の風景を映してきらきらと輝きます。設置されたのは明治初期に整備された迎賓館『延遼館』があった場所です。タイトルの『水明』は、澄んだ水が日や月の光で美しく輝く様子を示す言葉です。東京のこれまでを映しながらも常に変わり続ける水面から、清らかな未来を想像できるように、という期待が込められています。」(公式サイトより)

 正直、これを読んで現地を見ても、すごさがよく分からないかもしれない。「風景を映してきらきらと輝く」という表現が実際とはちょっと違う気がするのだ。

 それはどういうことか。建築好きは、とにかくこれを知ってから見てほしい。

 「3000分の1勾配」。

 なぜ説明文に書かないのか、もちろんそういう苦労は微塵も感じさせないのが美徳なのだはと思うが、筆者は6月30日の開会式のオンライン配信で、妹島氏の口から「3000分の1」という言葉が出たとき、耳を疑った。「水明」の水路の傾斜である。

 「3000分の1」と言ったら、長さ30m(3000cm)に対して片側が1cm上がっているということだ。水平に思えるビルの屋上でも「100分の1」程度は勾配があるものだ。「300分の1」でも「えっ」と思うが、「3000分の1」である。こんな緩勾配を調整するのはさぞや大変だったに違いない。

 この緩やかな傾斜により何が起こるかというと、水面がほとんど波立たないのである。どっちからどっちに流れているかもよく見ないと分からない。カーブの部分で少しだけ水面がゆらゆらするが、あとは普通に水を張ったようなのである。「きらきら」という表現に違和感を持ったのはそのためだ。

 こんなに波立たないと妹島氏は想像していたのであろうか。「当初の狙いと違ったのでは?」と最初は思った。しかし、考えてみれば、高さに余裕がないわけではなく、傾斜をきつくするのは簡単だったはずだ。そうすれば水面はきらきらする。妹島氏はきらきらを目指したのではなく、気付かないほど緩やかな流れを目指したのだ(多分)

6月30日に行われた開会式で説明する妹島氏(オンライン配信のキャプチャー)

 妹島氏は「水路に花や石を置いて水の流れを変えることで、水がこぼれるのを回避した」と話していた。なるほど、花は見た目だけではないのか。

 筆者の勝手な見立てになるが、これは「大河」のイメージなのではないか。海が近づいて川幅が広がり、一見、どちらに流れているのか分からないほどゆったりと流れる大河。それを50㎝ほどの川幅の中で再現したのではないか。

 物理的な極限を追求するインスタレーションは、弟子の石上氏の得意とするところだが、今回はそのお株を奪う妹島氏の先鋭さ。びっくり度では師匠の妹島氏に軍配を上げたい。

 ただ、残念なのは、この「水明」は芝生内に入って見ることができない。水路まで近いところでも2m以上は離れている。あらゆるところからじっくり観察したくなるが、それができない。なので、「体験」としては石上氏の「木陰雲」に軍配が上がる。つまりはドロー。…と、筆者は思ったわけだが、都内近郊の方はぜひ自分の目でご判断いただきたい。会期は9月5日(日)まで。(宮沢洋)

■パビリオン「水明」
鑑賞時間・アクセス
会場:浜離宮恩賜庭園 延遼館跡
東京都中央区浜離宮庭園 浜離宮恩賜庭園 〈大手門口〉より
鑑賞時間: 9:00〜17:00 (入園は16:30まで)
*見学には、浜離宮恩賜庭園への入園料が必要です。
入園方法の詳細・注意事項は、浜離宮恩賜庭園公式サイトをご覧ください。(当面の間入園するためには事前予約が必要となります。)
https://www.tokyo-park.or.jp/park/format/index028.html
アクセス:都営地下鉄大江戸線「築地市場駅」「汐留駅」より徒歩7分。ゆりかもめ「汐留駅」より徒歩7分。JR線・東京メトロ銀座線・都営地下鉄浅草線「新橋駅」より徒歩12分

施工協力:有限会社工藤工務店/有限会社オーツー/株式会社クリック
素材協力:リンテックサインシステム株式会社

■Tokyo Tokyo FESTIVAL スペシャル13 パビリオン・トウキョウ 2021
開催時期:2021年7月1日(木)~9月5日(日)
鑑賞時間:各パビリオンごとに異なります。最新情報を公式サイトにてご確認ください。
*一部のパビリオンには休館日がございます。また、入場料や事前予約が必要な会場がありますのでご注意ください。
会場:新国立競技場周辺エリアを中心に東京都内各所
パビリオン・クリエイター:藤森照信、妹島和世、藤本壮介、石上純也、平田晃久、藤原徹平、会田誠、草間彌生
特別参加:真鍋大度 + Rhizomatiks
主催:東京都、公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京、パビリオン・トウキョウ2021実行委員会
企画:ワタリウム美術館
公式サイト: https://paviliontokyo.jp/