君は倉吉を見たか? 槇文彦氏の「鳥取県立美術館」開館でさらに魅力増す“建築の聖地”

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 槇総合計画事務所の美術館としては11作品目となる鳥取県倉吉市の「鳥取県立美術館」に行ってきた。今年3月30日に開館した。全国初となる公立美術館新設・運営のPFI事業(BTO方式)で、大和リースを筆頭とする鳥取県立美術館パートナーズ株式会社が施設を建設・運営する。構成メンバーには槇総合計画事務所、竹中工務店、丹青社などが含まれる。

東側のアプローチ(写真:宮沢洋、以下も)

 この美術館が掲載された『新建築』6月号を見ると、設計者のクレジットは「槇総合計画事務所・竹中工務店共同企業体」となっている。施設が竣工したのは1年前の2024年3月末。2025年3月末のオープニングには、3日間で約2万人が来場したという。

南からの遠景。右が鳥取県立美術館、左は倉吉未来中心

 ベテラン世代は、槇文彦氏(1928~2024年)による“幻の鳥取県立美術館”の計画があったことをご存じかもしれない。1998年、当時は鳥取市郊外に建設予定だった県立美術館の設計競技で、槇氏が最優秀に選ばれた。基本計画まで進むも、首長の交代などにより中止となった。

 四半世紀の紆余曲折の末、敷地が倉吉市に代わり、PFI事業となった今回の計画。2020年にPFI事業者を決める公募型プロポーザルが行われ、前述の大和リースチームに決まった。槇氏がPFIに加わってまでリベンジしたかったプロジェクトとは、一体どんなものなのか。隅々まで“執念”のオーラが漂う建築を想像して見に行ったのだが、予想とはかなり異なる、なんともおおらかでカラッとした建築だった。

 地上3階、鉄筋コンクリート造・一部鉄骨造・鉄骨鉄筋コンクリート造。延床面積約1万598.89㎡。施工は竹中工務店・懸樋・丹青社共同企業体。敷地は倉吉市の旧・市営ラグビー場があった場所で、面積は約1万7900㎡。南側の広々とした芝生地は、実は美術館の敷地ではなく、国指定史跡「大御堂廃寺跡」を含む倉吉市の土地。西隣には「倉吉パークスクエア」がある。

 開館時に鳥取県が出したプレスリリースから美術館のコンセプトを引用する(太字部)。

「OPENNESS!」をキーワードに誕生する、鳥取県立美術館

長年鳥取県の文化の発展に寄与してきた鳥取県立博物館から美術部門を独立させる、新しい県立美術館の整備が決定されてから約10年にも及ぶ年月を経て、ほぼ全国最後発であることを強みとし、様々な新しい可能性を取り入れ、新時代の美術館として出発します。

施設の中心となる1階の「ひろま」

■ブランドワードは「OPENNESS!(オープンネス)」

館内は美術館としては珍しい、自然光が差し込む明るく開放的な空間が特徴です。「ひろま」は3階までの吹き抜けの、木のぬくもりが感じられる居心地のよいスペースで、様々な価値観を広く受け入れる美術館の精神を表します。

3階から「ひろま」を見下ろす。天井は鳥取県産のスギのルーバーで、「倉吉絣の織模様」がモチーフ

メインルームのひとつとなるのが、約1000㎡もの空間を有する3階の「企画展示室」。壁面や室内に柱がない無柱の大空間を実現しており、稼働間仕切りが展示ごとに異なる空間を創出します。屋外階段でつながる「展望テラス」は、鳥取砂丘の風紋や伝統工芸である倉吉絣の織模様を思わせる天井が印象的。美術館前の大御堂廃寺跡を一望できます。

3階の展望テラス
展望テラスから屋外階段で2階に下りられる

建築の特性のみならず、さまざまな価値観に対して開かれ、新しい価値を創り出すことを恐れない美術館の精神を象徴し、方針の決定や事業者や建築の選定にあたっても常に情報を公開してきた美術館整備の歴史とも重ねることができます。(ここまでプレスリリースからの引用)

2階のコレクションギャラリー。床に置かれている5つの箱は、目玉の所蔵作品の1つ、アンディ・ウォーホルの「ブリロ・ボックス」。購入費用が約3億円ということでも話題を呼んだ
「T」を並べたロゴマークは、公募で選ばれた原寿夫氏のデザイン

聖地・倉吉で必ず見るべきは丹下健三の「倉吉市庁舎」

 この美術館を見に行く人は、言われずとも西隣の「倉吉パークスクエア」を覗くだろう。多目的コンサートホール「倉吉未来中心」を核とする複合文化施設で、2000年に竣工した(グランドオープンは2001年)。設計したのはシーザーペリ・大建設計共同企業体。目玉のアトリウムは、鉄骨とマツの集成材によって形成され、木漏れ日のような柔らかな光が差す。

倉吉パークスクエアの東側(右)に美術館ができた。両者を結ぶ位置にあるカフェ&ショップも槇総合計画事務所の設計

 これらを見るのは当然として、せっかく倉吉まで来たならば、それだけで帰ってはいけない。建築好きが必ず見るべきは、そこから20分ほど西に歩いた「倉吉市庁舎」だ(車なら数分)。

 打吹(うつぶき)城跡のふもとに立つ鉄筋コンクリート造、地下1階・地上3階の市庁舎は、丹下健三が東京大学の師である岸田日出刀と共に設計したもの。岸田は倉吉に隣接する北条町(現・北栄町)出身だ。竣工は1956年。主要部はほぼコンクリート打ち放し。モダニズムらしい水平線を強調したデザインでありつつも、庇や手すりが「日本」を感じさせる。丹下はこの建築で、愛媛県民会館(現存せず)、図書印刷原町工場に続き3度目の日本建築学会賞を受賞した。

 1998年に耐震補強が実施され、2007年には国の登録有形文化財となった。この建築は拙著『丹下健三・磯崎新 建築図鑑』で取り上げているので、イラストルポはそちらを見てほしい。

旧円形校舎は必見、あの「投入堂」も近い!

 そして、見るべき建築がもう1つ。倉吉市庁舎からさらに西に15分ほど歩いたところにある「円形劇場くらよしフィギュアミュージアム」だ。旧明倫小学校の校舎をコンバージョンしたもの。この外観を見たら、わかる人にはわかるのではないか。

 そう、元の旧明倫小学校校舎は、建築家の坂本鹿名夫が設計した円形校舎だ。それも1955年に竣工した最初期のもの。鉄筋コンクリート造・4階建て、延床面積約1515 ㎡。明倫小学校が新校舎に移転後、円形校舎は公民館などとして使用されたが、2006年に閉鎖。築60年を超え、解体か保存かをめぐり市議会などで論議を巻き起こしたが、市民有志らから提案されたフィギュアミュージアム構想を受け、市から株式会社円形劇場への無償譲渡が決まった。

 2017年から耐震補強、エントランスの新設などのリニューアル工事を実施し、2018年、円形劇場くらよしフィギュアミュージアムとして開館。 開館前年の2017年にはDOCOMOMO(ドコモモ) Japanにより「日本におけるモダン・ ムーブメントの建築」(連番は212、詳細はこちら)に選定された。

 現存する坂本の円形校舎は少ない。「神戸モダン建築祭」では昨年、「神戸市立美野丘小学校」が公開され、筆者も見に行った(下記の記事参照)。

 フィギュアミュージアムはこれとほとんど同じつくりだった。全部が展示室になっているのではなく、3階の1室が当時のままなのが素晴らしい。

 屋上にも出られる。神戸の小学校は建て具がアルミサッシに替わっていたが、ここは木製建具のまま。屋上階(4階)の室内には、保存改修の工事記録も展示されていた。

 フィギュア好きなら、半日楽しめそう。

(観光ポスターの模写 by宮沢洋)

 そして1泊する余裕があるならば、倉吉か三朝(みささ)温泉に泊まって、三徳山三佛寺の「投入堂(なげいれどう)」(国宝)も訪れたい。倉吉中心部からは車で約30分ほど。これは書くと長くなるのではしょるが、筆者が最も感動した日本の古建築の1つだ。

 隣町(三朝町)の投入堂も含めて、「倉吉」は建築好きなら一度は訪れたい建築の聖地である。(宮沢洋)