日曜コラム洋々亭15:黒部の吉田建築ワールドついに見た!これぞ「建築の愛し方」

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 YKK APの「統合報告書2020」が手元に届いた。なぜ、そんな硬い経営報告書の話をこの息抜きコラムでするのかというと、そこに掲載されている吉田忠裕相談役のインタビュー記事を私(宮沢)とスタッフの長井美暁で担当したからだ。

前沢ガーデンハウス。設計:槇文彦、竣工:1982年(写真、宮沢洋、以下も特記以外は同じ)

 富山県黒部市にあるYKKグループの建築群を見て、吉田相談役に「建築への想いをインタビューしてほしい」という夢のようなオファー。黒部には行ったことがあったが、YKKグループの建築群は市内に点在しているので、なかなか「ついで」に見て回るのは難しい。この話をいただいたのは前職を辞めた直後の2月で、それからコロナで取材が延び延びとなり、実現したのは6月下旬だった。

 完成したインタビュー記事はPDF版を無料で見ることができる(こちら)。最近の経営報告書はこんなに柔らかくつくるのか、と学ぶ点が多いと思うので、お時間のある方はぜひ見てみてほしい。そして、その中でも特に柔らかいのが吉田相談役のインタビュー記事だ。

吉田忠裕氏(写真:長井美暁)

 「相談役」と書いているが、吉田社長、吉田会長の方がイメージしやすいかもしれない。吉田忠裕氏はYKK創業者である吉田忠雄氏の子息で、 1947年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業、72年米国ノースウェスタン大学経営大学院(ケロッグ)修了。72年YKK(旧吉田工業株式会社)入社。ファスナーに続くサッシ部門の立ち上げに注力し、90年YKK AP代表取締役社長。93年YKK代表取締役社長。2020年6月の株主総会で両社の会長職を退き、相談役となった。

 「ファスナーのYKK」から、「建築」というもう1つの看板をつくり出した立役者である。吉田相談役は、そんな企業経営の傍ら、YKKグループが建設する実際の建築でも陣頭指揮をとってきた。インタビュー記事には、私のイラストしか載せられなかったので、写真でその素晴らしさの一端をお伝えしたい。竣工年順に行こう。

◆前沢ガーデンハウス。設計:槇文彦、竣工:1982年。ゲストハウス、研修施設として建設された。地域に貢献してきた建築を 顕彰するJIA(日本建築家協会)25年賞を受賞。

◆YKK50ビル。設計:YKKプロジェクトチ ーム(𠮷田忠裕、木村俊彦、遠藤精一、北村修 一 、大野秀敏 、高須貞夫 )、竣 工: 1984年。オフィスや展示場、国際会議場 などからなる複合施設。2006年など過去数回の改修が行われている。

◆YKK黒部寮。設計:ヘルマン・ヘルツベ ルハー、小澤丈夫、竣工:1998年。YKKグ ループ社員のための男女共用の単身寮。オランダを代表する建築家ヘルマン・ヘルツ ベルハーの国内唯一の作品。

◆YKK黒部堀切寮。設計:teonks (小澤丈夫、末廣香織、末廣宣子)。竣工:1999年。YKKグループの女性社員のための単身寮。

◆丸屋根展示館。設計:大野秀俊、吉田明弘、竣工:2008年。YKKグループのモノづくりの技術や歴史、YKK創業者・𠮷田忠雄氏の理念などを一般公開する施設。丸屋根が特徴的な、YKK黒部事業所における最古の工場を再生活用。

◆YKK AP R&Dセンター。設計:日本設計、竣工:2015年。建物は、技術の総本山のシンボルとしてアルミのシルバーとクリアなファサードが特徴。

◆パッシブタウン。上の写真は第2街区の周辺。第1街区と第2街区は新築、第3街区は既存建物を活用したリノベ ーション。第1街区は設計:小玉祐一郎、竣工:2016年。第2街区は設計:槇文彦、竣工:2016年。第3街区は設計:森みわ、竣工:2017年。ランドスケープ設計は宮城俊作。

根底にあるのはピュアな「建築愛」

 吉田相談役にインタビューして驚いたのは、その建築愛の深さ。YKKグループのイメージアップを狙って戦略的にこういう建築をつくり続けているように思えてしまうが(経営者なのでそれもないわけでないと思うが)、それ以前にとにかく「建築が好き」なのだ。インタビュー中の雰囲気は、このサイトで連載している「建築の愛し方」とほとんど変わらなかった。大企業のVIPに話を聞くというピリピリさは微塵もなく、互いの建築の楽しみ方を共有し合う1時間。こんな話なら何時間でも聞ける。

(写真:長井美暁)

 ちなみに、このインタビューは、私が黒部のYKK50ビルに行って吉田相談役とツーショット写真をササッと撮った後、別室に分かれてモニター越しに行った。さすがのコロナ対策。そこはやはりVIPなのだと大企業のリスク管理にも感心した。

 吉田相談役、またゆっくりと建築の話を聞かせてください!(宮沢洋)