建築の愛し方06:「ホルツ・バウ」のハイクオリティー漫画に業界騒然!─冨永祥子氏

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日本建築学会賞作品賞の建築家にして、工学院大学建築学部教授。そのうえ、こんなハイクオリティーな漫画が描けるってどういうこと? ずるいっ! 今回は、福島加津也+冨永祥子建築設計事務所を共同主宰する冨永祥子さんに、話題の「Holz Bau(ホルツ・バウ)」の件で宮沢が緊急インタビュー!

(漫画・画像提供:冨永祥子、以下も)

──「Holz Bau」を拝読してびっくりしました。絵のうまい建築家の方はたくさん知っていますが、この漫画は「うまい」とかそういう次元ではありません。こんなものが突然描けるわけはないので、ぜひお話をうかがいたいと…。

 ありがとうございます。そんなに興味を持っていただけるなんて、頑張って描いた甲斐がありました(笑)。

──「Holz Bau」は、パートナーの福島加津也さんと建築史家の本橋仁さん、所員の佐脇礼二郎さんの4人で、近代初期のドイツ木造建築をリサーチしてまとめた本ですね(本の詳細はこちら)。本の内容の素晴らしさは私以外の誰かが熱く語ると思うので、そこは飛ばして(笑)、要所に挟み込まれた冨永さんの漫画について聞かせてください。これは最初から漫画を描くつもりでドイツに?

 当初は展覧会をやろうか、という案もあったのですが、最終的には「作品としてのリサーチ本」を作ろうということになりました。ドイツに行ったのは2018年の秋ですが、その時点で漫画を描くことは決めていました。

「Holz Bau(ホルツ・バウ) 近代初期ドイツ木造建築」 編集・企画:福島加津也、冨永祥子、本橋仁、佐脇礼二郎 執筆:ポール・メイエンコート、ケイトリン・ミューラー、長谷川豪、ヤン・タイセン デザイン:西村祐一/Rimishuna 出版:ガデン出版、発行:2020年5月30日 日英併記 360ページ 295×182mm ISBN 978-4-9911456-0-5 「この本は、東京にある小さな建築設計事務所が行った、近代初期のドイツ木造建築のリサーチを記録したものである」(写真:書影や見開きの撮影は宮沢洋、以下も)


 以前、「建築ジャーナル」でやっていた漫画の連載はモノクロだったので、今回は初のカラーに挑戦しました。大変でしたが、正直ハマりました(笑)。

建築ジャーナル2016年8月号「澤原家住宅」

──「建築ジャーナル」の連載は、私も見たことがありましたが、あれはプロの漫画家が絵を描いているんだと思っていました。さきほど、建築学会の図書館(三田)でバックナンバーを見てきて、そっちにもびっくりしました。

 あの連載は、2016年から18年まで3年間続きました。

──で、その連載の中の冨永さんのプロフィルを見て、さらにびっくりです。「建築家でありながら、2010年には漫画家として、ちばてつや賞を受賞」と。漫画小僧だった私からしたら、「なんじゃそりゃ!」ですよ(笑)。WEBで調べてみたら、本当に2010年に準入選されてました。「あしたのジョー」のちばてつや先生が、講評で冨永さんの絵を絶賛していましたね。

ちばてつや賞準入選作品『ミクロマンの頃』

 賞を取った翌年、5回だけですが、「モーニング」という週刊漫画誌で短編の連載もやっていたんですよ。

──なるほど。「プロ顔負け」ではなく、プロなんだ…。

 いえいえ、「自分は日本の漫画システムにはマッチしていない」ということを思い知らされました。漫画の連載はしんどいです。連載されている漫画家さん、心の底から尊敬します!(笑)

──そのまま連載を続けていたら、建築学会賞が危なかったのではないですか(「木の構築 工学院大学弓道場・ボクシング場」で福島加津也氏ともに2015年度日本建築学会賞作品賞を受賞)。建築界としては、漫画に見切りをつけてもらって良かったのか…(笑)。

温泉旅行の日記漫画がきっかけ

──この絵を見ると、小さい頃から漫画家を目指していたのでしょうね。

 いえ、絵を描くのはずっと好きでしたが、漫画を描く子どもではありませんでした。本格的に描いたのは、ちばてつや賞に応募したときです。

──えっ、賞に出すときに初めてコマを割って漫画を描いたのですか?

 応募する少し前に、友達と温泉旅行に行ったことを20ページくらいの漫画にしたら、それが好評で(笑)。空間は描ける自信があったので、人物を描けるようになればそれなりのものになるのではないかと、賞に出すために人物を練習しました。(パートナーの)福島が漫画オタクで、いろいろな漫画を持っているんですよ。その頃は、高浜寛さん(たかはまかん、女性漫画家)が描く人物をかなり模写しましたね。

──それで、賞に応募して、いきなりの受賞? 漫画家を夢見て、ずっとアシスタントをやっている人が泣きますよ…。でも、そんなすごいプロフィルは私も知りませんでしたし、建築界ではそれほど知られていないのでは?

 そうかもしれませんね。当時は建築と漫画はあまりフィットしないと思っていたので、それぞれ別のものでいいや、と割り切っていたかもしれません。

──建築家としては、事務所を立ち上げて間もない「中国木材名古屋事業所」(2004年)の頃から注目されていましたよね。2010年に漫画賞に応募しようと思ったのは、建築家として何か迷いが?

 もちろん設計は面白いのですが、建築は1人ではつくれませんよね。建築主がいて、施工者がいて、もろもろの条件があって。その点、漫画はすべて1人で世界を作れる。でもホントはそれが一番逃げ場がなくて大変なんですけどね(笑)。その頃は、「自分の最大の武器は描くことだから、ここで挑戦しなければ死ぬ前に絶対後悔する!」という思いに突き動かされ…。

──で、賞を取り、連載をやり、連載漫画家には向かないと分かったと。

 描くこと自体は好きなんですよ。でも、ペースがきつい! 「バンド・デシネ※」ってありますよね。ああいう表現方法や作業の進め方が自分には合っているんだと悟りました。

※バンド・デシネ(bande dessinee)は、フランス・ベルギーなどを中心とした地域の漫画のこと。『タンタンの冒険』などをはじめとする作品群は、世界各国の漫画やその他の芸術に大きな影響を与えている(Wikipediaから抜粋)

──なるほど、今回の「Holz Bau」の漫画は、カラーなので、そういう雰囲気がありますね。

 今回、初めてフルカラーの漫画を描くということで、私が尊敬するバンド・デシネの巨匠・ルスタル先生※の絵をかなり研究しました。

※ジャック・ド・ルスタルはフランスのコミックス作家(画風を知りたい方はこちら

木造は線画を描くのがつらい!


──Holz Bauに収録された漫画の中で、私が一番感動したのは、「フェルトキルヘン基地の格納庫」のこのカット(上の写真)です。カラーであることによって、空間の暗さが強調されていると思います。モノクロではたぶんこの感じは難しい。それに、せっかく細かく描いた天井の梁を、私にはこんなに黒くは塗れない(笑)。

 ありがとうございます! 私もこの絵は気に入っています。印刷したら思ったより黒くなったのですが、実際の印象としてはこの暗さだったので、結果的によかったです。梁の下側が少し光っている感じがいいでしょう?

──そう、この細い白いラインがいい!(笑)。この光のために全体を描いたくらいの気持ちですよね。分かるなあ。冨永さんはこれを最初からデジタルで描くのですか。

 いえ、最初は安い万年筆で線画を描いて、それをスキャンしてからフォトショップで色を塗っています。

──木造は、小屋組みの線画を描くのが大変ですよね。

 そう、大変。線画は苦行です。影をつけるのは楽しいのですが。影付けのプロセスは、その空間に自分が入り込んで再体験している時間ですね。

──分かる分かる。この話、共感するのは私だけかもしれませんが(笑)。ご自身で気に入っているカットは?

 「ベルリン・フリードリヒスハインのプロテスタント教会」の導入部分は、ルスタル先生の絵を研究して、夜の人工照明の色だけで描いてみました。

──ああ、なるほど。車の色も服の色もなくて、照明の色だけ。いい雰囲気ですね。

 タイムスリップした建設中の場面は、右ページの大ゴマだけ古写真があったのですが、他は想像で描いてます。資料がないシーンを描くのはストレスも大きいですが、不思議とその方がのびのびした絵になることが多いですね。高い位置から見たカットは、描いていて気持ちが良かったです。

──こんな絵が描けたら、そうでしょうねえ(笑)。

正確さにとらわれず、空気感を伝えたい

──話は尽きませんが、漫画の今後については?

 今回カラーで描いてみて、また漫画魂に火が点きました。自分の限界も感じましたが、もっと練習すればもっといいものが描けるのではないかと(笑)。建築を正確に書く、という縛りを外したいですね。

──もう建築とは別の世界に行ってしまうのですか?

 ネタは幅広くやりたいですが、常に「空間」は描きたいです。建築で染みついた「パースの正確さ」にとらわれず、空間と人間の関係を2次元で表現したい。

──確かに、冨永さんの描く空間は、ディテールを細かく見たいというより、独特の空気感を味わいたい感じなので、そういう方向はぜひ見たいです。次回作が楽しみです。

 そうなんです。その場にいるような臨場感を大事にしているので、そう言っていただけるとうれしいです。次回作はいつになるか分かりませんが、只今構想中ですのでご期待ください。

──私との漫画コラボ企画もそのうちにお願いします(笑)。本日はありがとうございました。

 こちらこそ苦労が分かっていただけて楽しかったです。ありがとうございました!

←「自画像を描きませんか」とお願いしてみたのだが、「苦手(笑)」とのことで、今回も宮沢が描きました。以下は、事務所のサイトより。「冨永祥子。1967年福岡県生まれ。1990年東京藝術大学美術学部建築科卒業。1992年東京藝術大学大学院美術研究科修了。1992年~2002年香山壽夫建築研究所。2003年~福島加津也+冨永祥子建築設計事務所。現在、工学院大学建築学部建築デザイン学科教授」。工学院大学を紹介する進学相談サイトには、こんなプロフィルがさらりと載っていた。「2011年4月より、工学院大学建築学部建築デザイン学科に着任。絵を描くのが好きで、2010年には第57回ちばてつや賞に準入選し、2011年には週刊モーニングで連載を持っていたほどの腕前」。もっと早く知りたかった! 福島加津也+冨永祥子建築設計事務所のウェブサイトはこちら(似顔絵:宮沢洋、背景:冨永祥子)