去る2025年5月11日、「ニシイケバレイ」の新築棟である「TELAS」のお披露目会、「OPEN TELAS!」が開催された。その様子を見て、「これは地域主催のお祭りか!?」と自分の目を疑い、この「池袋建築巡礼」でずっとスルーしてきたことを大いに反省した。ひょっとしたらこれは、“令和のヒルサイドテラス”と呼ぶべき地域再生建築のエポックかもしれない。


ニシイケバレイは池袋駅西口から徒歩5分ほど、駅前通りと立教通りの間の住宅街にある。オープンしたのは2020年7月。我がOffice Bungaの事務所から数分の距離なので知ってはいたが、コロナ禍の真っただ中だったこともあり、「池袋でこんな事業がいつまで続くのだろうか」くらいに思っていた。
ところが、いつ行っても人がいるのである。特に、エリアの中心にあるカフェ「Chanoma」には、平日でも行列が当たり前の風景となった(といっても、木陰に座って順番を待つゆったりな列)。


説明するのが難しいニシイケバレイ
行ったことのない人に、ニシイケバレイが何なのかを説明するのはかなり難しい。公式サイトではこう説明している(太字部)。
「西池袋 (ニシイケ) 」のビル群の下、さまざまな支流が合流する「谷 (バレイ) 」のような場所に広がる街、ニシイケバレイ。
住んでいる街の1階に足を運べば、元気な声、薫る緑、豊かな空間が拡がる。そんな風景を共有したくて、今、少しずつまちびらきを始めています。
目指すのは、この地域の人々の拠り所となり、健康で文化的なくらしをみんなで育んでいく、“まちの家”になること。
「Chanoma(茶の間)」「Syokutaku(食卓)」「Attic(屋根裏)」など、それぞれのエリアを部屋に見立てながら、現在進行形で再開発に臨んでいます。
この挑戦に共感してくれる人々と、一日でも早く、この谷で合流できることを願って。丁寧に、大胆に、エリアリノベーションを進めていきます。
うーん、気持ちは伝わってくるが、何なのかはほとんどわからない(書かれた方すみません)。以前、オーナーの深野弘之氏をOffice Bungaの長井美暁がインタビューしたことがあって、そこではこう説明していた(太字部)。
「ニシイケバレイ」は、飲食店やシェアスペース、住居がある複合的な空間だ。オーナーの深野弘之さんは理解ある協力者たちとチームを組み、先祖から受け継いだ土地や建物を活かし、特徴あるまちづくりを進めている。
うーん、これだと結構ありがちに思える…。この記事を含めていくつかの記事を読んだのだが、筆者の読解能力が低いのか、どれも空間や機能が具体的にイメージできない。開発チームの想いやプロセスに関する情報量が多すぎて、最終形を頭の中に描く前に疲れてしまう。まあ、「後は実物を見てね」という誘導効果は大きいと思うのだが、今頃になって取り上げる「BUNGA NET」としては“結果”、つまり建築空間としての特質をお伝えしたいのである。
近接する複数建物の居室を改修して非住宅利用に
結果を伝えるには、余計な文学的な形容はない方がいい。箇条書きでいく。
・ニシイケバレイがあるのは駅前の大通りから1本南側に入った住宅街。地元民ですら行ったことがないような場所。
・大通り側には中高層のビルが立ち並ぶ。それらに対してこのエリアは低層建築が多い“ビルの谷間”のような場所であることから、「バレイ」と名付けた。

・当初の主要施設は、近接する3棟の低層建築。2020年から2021年にかけて、それぞれの居室の一部をリニューアルして段階的にオープンした。順番は下記。
▼2020年7月、中核施設として、築70年超の木造平屋をリノベーションしたカフェ「Chanoma(チャノマ)」がオープン。


▼2021年5月、木造アパートの1階を改修した「和酒酔 処わく別誂」がオープン。

▼2021年6月、木造アパートの2階を改修したコワーキングスペース&シェアキッチン「Attic」がオープン。
▼2021年7月、コーポ紫雲の1階を改修した「うつわ base FUURO」がオープン


・開発者の深野弘之氏は江戸時代から代々、このエリアに居住してきた。2019年に父親が他界して深野家17代目当主となり、それを機に、再生に着手。
・大通り側にある地上14階建ての集合住宅「MFビル」も深野氏の所有で、ニシイケバレイの構成建築の1つ。
・改修の設計はいずれも須藤剛建築設計事務所。

・デザイン的には、強い図像となる表現は少なく、各部の収まりの丁寧さと植栽や外構で居心地の良さを感じさせる手法。
・各施設の境界がぼやっとしており、エリア全体の範囲も体感としてはよくわからない。



・2021年8月に雑誌『新建築』に掲載される。
・2025年3月、駐車場などがあった敷地に新築の「TELAS」が完成。鉄筋コンクリート造・地上3階。賃貸集合住宅9戸。1階にはデリカとお酒のお店「PŪL」、パルクール&アスレチックジム「PLAY STREET」、シェアスペース「3rrrd」が入る。

・新築棟は、十字形の路地を挟む4つの分棟のような構成。屋外階段やブリッジで結ばれており、実際には「一の建築物」。


あえて強い図像をつくらず、継続を促す
今回出来上がった新築棟の「TELAS」を見て、初期の改修部分の“図像としての弱さ”や、“ぼやっとした領域性”が、“わざと”なのだということがはっきりした。
空間としては安藤忠雄氏の初期の商業建築のような迷路体験なのだが、神殿的ではなく、路地的。冒頭に挙げた槇文彦氏のヒルサイドテラスとの比較でいえば、あちらはエリア内を輝かせることで周囲の底上げを図るというデザイン手法であったのに対し、こちらは最初から「周辺を含めたエリアをぼやっと輝かせる」というデザインなのだ。その中にあまりに強い図像を持ち込むと、中心がはっきりし過ぎて、周囲の価値が高まらないということなのだろう。
プロジェクトとしては、新築棟が完成して事業としては大きな区切りなのだそうだが、たぶん誰が見ても「この先も何かが続く」ように見えると思う。

言い方は悪いかもしれないが、まわりの別の建物あるいは土地の所有者も、「このくらいなら自分でも何かできるかも」と思うのではないか。そういう“継続感”、あるいは“頑張り触発感”は、大手デベロッパーが関わらない街づくりではとても重要なことだと思う。
…と、そんな偉そうなことも、実際ににぎわいが継続しているのを5年近く見ているので書けるわけで、2021年8月時点でこれを掲載した『新建築』はすごいと思う。今年で100年の歴史なのに大御所べったりの“守り”に陥らず、その先見性は見事。こういうプロジェクトは盛り上げていく第三者の存在も大切だと思うので、そちらも褒めてみた。
なお、Office Bunga・長井美暁によるオーナー・深野弘之氏のインタビュー記事はこちらでPDF版が読めるので、開発の想いはじっくりそちらをご覧いただきたい。(宮沢洋)