NOIZが設計したパビリオン「null2」は鏡の効果でデジタルとリアルの境界を揺るがす──万博プレビュー08

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 大阪・関西万博2025のシグネチャーパビリオンのひとつ、「null2(ヌルヌル)」のプレスプレビューが3月7日に行われたので、報告する。「いのちを磨く」をテーマに掲げたこのパビリオンのプロデューサーは、筑波大学准教授で、デジタルネイチャー開発研究センターのセンター長も務めるメディアアーティスト、落合陽一氏。そして建築の基本設計を、NOIZの豊田啓介氏が担当している。

シグネチャーパビリオン「null2(ヌルヌル)」の外観(写真:磯達雄、以下も)

プロデューサーの落合陽一氏(右)と、建築の基本設計を担当したNOIZの豊田啓介氏

 デジタルテクノロジーによって大きく変貌した世界で、人間と自然と関係はいかなる関係を築けるのか。それを落合氏は追求してきた。このパビリオンでも、コンセプトとして「デジタルネイチャー(計算機自然)」が設定されており、それを表現するものとして、「鏡」が建物の内外に多用されている。

 外観はボクセルによる構成。ボクセルとは、「ボリューム」と「ピクセル」の合わせた用語で、コンピューターで3次元の空間を表す際の単位となる立方体のことだ。建物はサイズの異なる立方体が積み重なって、全体ができている。ゲームの「マインクラフト」で見られるオブジェみたいな感じといえば、伝わるだろうか。そしてその表面はすべて鏡になっている。万博会場を見渡すと、多くのパビリオンは茶色か白色だ。全面がメタリックな鏡面で覆われたこのパビリオンは、異彩を放っている。しかも、ところどころで表面が、微妙に揺らいでいるのだ。

ボクセルの表面に周囲の風景が映り込む
ウーファースピーカーで動かしている鏡面の外装膜

 実は鏡のように見えている面は太陽工業による膜材で、それを動かしている。動かし方は2通り。1つはロボットによるもので、膜についたアームのようなものを押したり捻ったりして、表面を動かしている。映し出される風景がぐんにゃりと歪んで、通常の鏡ではあり得ない映像効果を上げている。もう1つが、ウーファースピーカーからの音で動かしているもので、周波数によって振動が変化し、映し出される風景がぼやける。これをスマートフォンで動画撮影すると、時間あたりの撮影コマ数との関係で、見え方がまた違ってくる。実際に目で見ている様子よりも、撮影した動画の方が生々しく感じられるところも面白い。鏡面の膜は自然の風でも微妙に振動していたりするので、それを合わせれば3通りの動き方とも言える。

 ツルリとした鏡面が、液体のように波打ったり、反射像が滲んだりするのは、見たことがない物質感だ。思い起こせば、2010年の上海万博で、最も高い評価を得たパビリオンが、トーマス・ヘザウィックの設計による英国館だった。細い突起で建物をびっしりと覆い、「タンポポ」とも形容された姿は、それまでに味わったことがない建築の質感を体験させた。それと似たような衝撃を、このパビリオンは見る側に与えてくれる。

シアターの内部はミラーの効果により生成される映像に包まれる
シアターを解説するプロデューサーの落合氏

 一方、内部にはシアターが設けられている。こちらは鏡を使って、床、壁、天井をすべて映像で取り囲んだ空間で、リアルタイムで生成された映像が、視界を埋め尽くす。そこには、デジタルスキャンされた観客の映像も混じってくるという。床にはモノリス状の映像装置が、天井にはロボットアームの先にキューブがあり、それぞれ映像とリンクして動く。観客はここで、没我的境地を味わうことだろう。

 「ミラーワールド」という概念がある。リアルな世界と対になるものを、デジタルな空間につくり上げてしまおう、という考え方だ。このパビリオンでは、物理的な「ミラー」を用いることで、リアルとデジタルの境界侵犯を、相互に引き起こしていると捉えられる。「デジタルネイチャー」を、建築の内外で体験するパビリオンとして注目しておきたい。(磯達雄)

建築概要
建築主:公益社団法人2025年日本国際博覧会協会
設計者:NOIZ(基本設計)、フジタ・大和リース特定建設工事共同企業体(実施設計)
施工者:フジタ・大和リース特定建設工事共同企業体
施工面積:672.54㎡
延べ面積:655.46㎡
構造:鉄骨造
用途:展示場
階数:地上2階(棟1)、地上1階(棟2・3・4)