2026年4月、筑波大学の教授に就任した落合陽一氏。4月7日には、落合氏がプロデューサーとして関わった大阪・関西万博のシグネチャーパビリオン「null²(ヌルヌル)」(※1)の会期終了後、横浜国際園芸博覧会(GREEN×EXPO 2027)への移設の詳細が発表された。その翌日というタイミングで、筆者は筑波大学のデジタルネイチャー開発研究センターにある落合研究室を「みんなの建築大賞」事務局スタッフとして訪れ、大賞トロフィーを授与。万博で多くの人々を魅了した「null²」について、自身や周辺に及ぼした影響から今後の展開まで、詳しく聞いた。(聞き手:加藤純/本記事はJBpressからの転載)
※1 作品名のフリガナ「ヌル」は正式表記(半角)に準じている

── 改めまして、「みんなの建築大賞2026」の大賞受賞おめでとうございます。落合さんには、Xなどで大いに盛り上げていただきました。
落合陽一(以下、落合):藤本壮介さんが設計された万博の「大屋根リング」と僕たちの「null²」が最初から同じくらいの得票数で、接戦が続いたのが良かったですよね。私自身はアートやコンピューター、サイエンスの世界にいるのですが、建築はわりと閉じられている印象があるんです。その点で「みんなの建築大賞」は、一般の人で盛り上がって大賞を決める、面白いメディアだなと思いました。

── 受賞作の「null²」についてお伺いしたいのですが、落合さんが取り組まれてきたさまざまな要素の結晶のような存在だと思います。落合さんが意図されたことを、「null²」で実現できた感触はありましたか?
落合:そうですね。「null²」では、人間が見たことのない光学的変換をするような建築であり、彫刻であるということが重要なテーマでした。素材をつくり、動きを入れて建築的につくり、映像化することは、けっこうできたかなと思っています。ただ、もっととんでもないアイデアがたくさんあったんですよ。全体が動くとか、ボクセル(注:キューブ型の空間単位)自体がロボットアームにつながっていて、ボクセルがグインと飛び出してくるとか。みんなで面白いアイデアを出していたのですが、制約上実現できなかったものが多くあるので、まだまだやりたいことはたくさんあります。

── 制約が多い一方で、建築ならではの魅力は、どういったところにあると感じられましたか?
落合:パビリオン自体は、特殊なものです。いわゆる商業施設や公共建築は、人が過ごすためにトイレなどの機能的なスペースが内部に必要ですが、万博の場合は機能と展示が一致していれば、いわゆる建築空間として成立します。しかも仮設建築なので、わりと自由が利いて、作品的で良かった。展示と「内と外」がシームレスにつながることで、中に物を置いただけではない状況をつくり出すことができ、これが万博パビリオンの醍醐味だということを今回すごく実感できました。

── 会期中も、ご自身たちでプログラムを常に書き換えて展示内容が変化していた様子は、衝撃的でした。
落合:ソフトウェアだけでなく、ハード面でロボットアームなどのアクチュエーターを新しく設置することも、会期中によくやっていました。外皮が、膜でできていたことが大きいですね。1970年大阪万博での「太陽の塔」は硬かったのですが、それに対して「null²」は柔らかい。膜を動かすアクチュエーターをいろんなところに置いて、動きを試し続けることができました。

── 来場者の反応はさまざまだったと思いますが、その中で予想していなかったことはありましたか?
落合:意外とみんなが「null²」をつくるのが面白かったですね。模型をつくってきてくれる人から、建築のコスプレをする人まで現れて。目玉が付いた、銀色の人が出てきたんですよ。あれはすごく面白かった。
── 「みんなの建築大賞」を受賞されたときの反応はいかがでしたか?
落合:「みんなの建築大賞は、「null²」のことを好きだった人たちが盛り上げてくれたおかげで獲れた賞です。ユーザーというか、実際にそれを見た人たちが盛り上がってくれたのが、すごく良かったなと思いました。「null²」も「大屋根リング」も、建築物としてというよりは、みんなの記憶によってつくられた物語を背負っているように感じたのですよね。多くの人が関わった人生の形が賞になって現れてくるというのは、これまでにはなかった珍しいことだなと思って。建築というのは、人類がつくっているメディアのなかでは、スケールが大きいですよね。その大きいメディアをどう受け入れるのか、どのように関わるのかという問題に、我々全体がシフトしていることを感じていて、すごく面白いと思います。

── 建築の賞ではパビリオンが候補に上がらないことが多く、今回は賞のあり方も考えさせられました。
落合:意匠は重要ですけど、建築に関わる何万人の物語が重要という切り口は、意外と建築の文脈では、あまり語られなかったのかなと思います。例えば、コミュニティデザインやランドスケープデザインでも、つくった後に発生した人のつながりは目に見えにくいですよね。こうした「つながり」が賞によって投票に変換されるという考え方は、今風だなと思います。
── 今風ということでは、落合さんの関わり方としてXやnote、あるいはクラウドファンディングなど、プロデューサーご自身が盛り上げていたことも印象的でした。
落合:コミュニティをどうつくるかという話に加えて、私はアーティストで研究者なので、自分で手を動かして何かを見るということが、実体験としてすごく重要なんです。それをどうつくっていくかということでは、2025年はAIの力もあり、やりやすい時代だったのかなと思います。
── 「null²」は、今後も一つの活動の軸として続いていくのでしょうか?
落合:そうですね。今、「null⁴(テトラヌル)」というのを園芸博(横浜国際園芸博覧会)でやっています。これは、パビリオン自体が回転している建物なんです。表面も波打っていて、これまでできなかった回転形状ができます。自然景観が映り込みながら、気配を変えるイメージです。

── 万博とはまた違う形になるのですね。
落合:だけど、みんなこれを見て「確かにこれはnull²だ」と言ってくれます。その感じは、面白いなと思って。デザインモチーフとして、「null²」は素材と質感なんですよね。そこに意匠と名前がつながっています。普通、建築やプロダクトは、意匠や形からつくります。でも「null²」は素材と質感で立体物が構成されているので、形状が変わっても映像や立体の動き、質感と名前が連結して、記憶として人間に残っている。それが想起されて、「同じようなプロジェクトだ」と思われるということです。
そして、以前から鏡の作品はよくつくっていて、まだまだつくっていこうと思っています。今年は「null²ⁿ(ヌルヌルネクサス)」というシアターもランドマークタワー内につくりますが、それも大きな鏡がヌルヌルとしている。このヌルヌルとした感じは、みんなの記憶の中では重要なシーンになっていると思います。


── ヌルヌルが、中にも外にも展開するのですね?
落合:そうです。もともと「テトラヌル」の形は、ずっとつくっている「浮いてる彫刻」のモチーフから来ています。そして回転によって視点が変わる面白さは、万博のボクセル形状だとなかなか実現できなかったので、次は回転対称形でつくってみたら、もっと特殊な質感をもつのではないかと思っています。浮かせないけれど、何トンまでだったら動かせるのかと総重量を気にしながら検討しています。
── 横浜での展開は、万博の時点から構想されていたのですか?
落合:万博が開会する時期に、閉会後は「null²」をどこか別の場所に引っ越さないといけないと思い、会期中はずっと園芸博覧会と交渉していました。それで、西の大阪と東の横浜のセットで考えた側面もありますね。片方は人工島の中にあってボクセル形状で、園芸博では自然の中にあって角がない曲線形状ができている。構造体としても、面白いかなと思っています。

── 設計や制作チームは、万博と同じメンバーでしょうか?
落合:ほとんど同じですが、チームの規模としては絞っています。「null²」で建築担当だった笹村佳央さんに、独立後も引き続き意匠面でご協力いただいています。「null⁴」の元々の形は僕がつくった3次元レーザー彫刻なので、それを建築的な機能からリシェイプして、さらに膜をつくる太洋工業の担当さんが貼るための形状に落とし込んでいきました。そこに今はロボットメーカーが入って、どのように動かすかを検討しています。映像はコスト的に厳しいので、僕が一人でつくることになりそうです。

── さらに将来も、「null²」のような作品をつくり続けるのでしょうか?
落合:この先も、大きな彫刻物をつくりたいですね。彫刻と建築物の中間地点を探っていくのは楽しいなと思って、やっています。
インタビュー前には多種多様な研究や作品制作を行う研究室を案内いただき、インタビューでも触れられた創作と思考の現場を垣間見た。落合氏は「null²」プロジェクトのさらなる展開に向けて、動き出している。大阪・関西万博で多くの人々の記憶に刻まれた鏡面の建築は、今年は横浜ランドマークタワーで、来年には横浜の自然の中で新たな姿を見せることになる。
null²プロジェクト総合HP:https://null2.art
2027年国際園芸博覧会HP:https://expo2027yokohama.or.jp/
null⁴公式HP:https://expo2027.digitalnatureandarts.or.jp
null²ⁿ公式HP:https://null2.nexus
文・特記以外の写真:加藤 純/編集者・建築ライター、「みんなの建築大賞」事務局
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