隈研吾氏やカナダ館は「そうきたか」の3Dプリント作品、バーレーンは伝え力で金獅子賞──ヴェネチア・ビエンナーレ体験ルポ02

Pocket

 隈研吾氏のこの展示は、日本のメディアはまだどこも報じていないのではないか。ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展2025の企画展示に、隈氏が日本のAIの第一人者である松尾豊東京大学教授、構造エンジニアの江尻憲泰日本女子大学教授とともに出展した「Domino 3.0 / Generated Living Structure」である。

(写真:宮沢洋、以下も)

 筆者も現地に行くまでよくわかっていなかったのだが、ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展には大きく2つの会場がある。前回リポートした日本館やポーランド館など国別パビリオンが立ち並ぶのがヴェネチア本島東端にあるジャルディーニ地区。そこから西に10分ほど歩いたところにあるアルセナーレ地区は、古い造船工場の建物の中が企画展スペース+集合型の国別パビリオンとなっている。

 正確に言うと、それ以外にも街なかに単独の国パビリオンがあったり、ビエンナーレとタイミングを合わせた関連展が行われていたりで、街中が建築祭りだ。

アルセナーレ地区の展示の入り口
アルセナーレ地区の企画展スペース

 で、隈氏らの展示は、アルセナーレ地区の企画展スペースにある。これは前回の日本館の展示とは対称的に、実物とモニターの説明映像を見ていれば大体意味がわかるものだが、隈事務所から公式説明文がもらえたので、それとともに写真を見ていこう。

Domino 3.0 / Generated Living Structureーー隈研吾

AIを全体テーマとして開催されているヴェネチアビエンナーレ国際建築展(2025) のために、森に帰るための家 Domino3.0 を提案した。人が森に帰り、再び自然の中で 暮らすために、AIは最強の助手となるだろう。AIは人と自然とを切り離すためにあるのではなく、人と自然とをつなぎ直すためにこそ使われるべきである。

素材として用いたのは、2018年10月暴風雨 Vaiaによって根こそぎ破壊され、放置されていた樹木である。倒れた樹木を3Dで完全にスキャンし、それを AIの助けを借り、構造的整合性をとりながら森の中に融けるような姿で組み立てていった。動きに追従し、自由に形を変える、やわらかなジョイントを3Dプリンターで制作し、樹木の枝 分かれの部分にはめこみ、樹木同士はやわらかにつながった。

コンセプト資料(資料提供:隈研吾建築都市設計事務所、下の2点も)

コルビュジエのDomino(1914)は人間を合理的に自然から切り離すための道具であ った。そこでは単一のルール、単一の寸法に基づいた標準化がテーマであった。それを超えるために、単に材料を替えただけの Dominoが今までも様々に提案されたが、標準化という方法自体を転換しようとしないそれらの試みは Domino2.0に過ぎない。

我々は、全体から部分へというトップダウン型で演繹的な方法自体を見直し、特殊で自由な個体(倒木)を、そのままの形を保ったままで組み立て、やわらかくつないでいった。そのようにして硬く冷たかった Dominoを、やわらかく暖かい森の世界へと帰し、標準化というモダニズムの方法自体を転換しようと試みた。

(資料提供:隈研吾建築都市設計事務所)

そのために日本のAIの第一人者である東京大学の松尾豊教授と、構造エンジニアで日本女子大学の江尻憲泰教授とコラボレーションした。

最先端の技術は、人間を自然から遠ざけるためにあるのではなく、人間が自然へ帰る ためにこそ存在するということを、実際の樹木を用いて提案し、社会に対して問いかけようと試みた。

 「ああ、なるほど」である。「AI は人と自然とを切り離すためにあるのではなく、人と自然とをつなぎ直すためにこそ使われるべき」という下りは前回リポートした青木淳氏とほとんど似たようなことを言っているようにも思うが、恐ろしいほどにわかりやすいまとめに帰着させるのはさすが隈氏。説明文の序盤にある「暴風雨 Vaia」が「2018年秋に北イタリアとその周辺地域に大きな被害をもたらした暴風雨」だと知ると、さらに「うまい!」と膝を打ちたくなる。

 それにしても、3Dプリントした接合部のこのごつさ…。筆者は自宅の浴槽の蓋を思い出してしまった。せめて半透明の樹脂にすればいいのにとも思ったが、そこはあえて自然と人工の対比を狙ったのだろう。

これは空想生物か? カナダ館のびっくり展示

 隈氏は「AIを全体テーマとして開催」と書いているが、正確に言うと、今回の国際建築展の総合テーマは「知。自然。人工。集合。」だ。筆者がジャルディーニ地区とアルセナーレ地区を見た印象では、「3Dプリント」をテーマにしたものが最も多かったように思う。その中では隈氏の展示のひねりもなかなか光っていたと思うが、筆者が一番衝撃を受けたのはカナダ館(ジャルディーニ地区)のこの作品。

 見た瞬間に「うわ、ギーガー(※エイリアンをデザインした造形作家)の空想生物?」と思ったのだが、あながち間違ってはいなかった。生物なのである。

 「ピコプランクトニクス(Picoplanktonics)」と名付けられたこの展示は、生きたシアノバクテリア(藍藻)を含んだ3Dプリント構造物だ。この構造物は空気中の二酸化炭素(CO₂)を吸収し、鉱物に変換して固定化する。

 展示の主催者であるカナダ芸術評議会(Canada Council for the Arts)の公式サイトからポイントを拾ってみる。

世界的な気候危機が進行する中、リビングルーム・コレクティブは、人間と自然の協働の可能性を提示する展示を開発した。

「ピコプランクトニクス」は、リビングルーム・コレクティブを率いる建築家兼バイオデザイナーであるアンドレア・シン・リンと多様な分野の協力者による4年間の共同研究の集大成である。

3Dプリント構造体に炭素固定能力を有する生きたシアノバクテリアを封入した「ピコプランクトニクス」は、地球を「搾取」するのではなく「修復」する空間を共創することで、生きているシステムとの協働の可能性を探求する作品である。

パビリオンは、「ピコプランクトニクス」の構造物内の生きたシアノバクテリアが成長し、繁栄し、変化するための十分な光、湿度、そして暖かさを提供するように設計された。展示期間中、管理者が現場で構造物の管理を行っており、ケアと管理をデザインの不可欠な要素として強調している。

世界的なCO2が持続不可能な水準に増加し続ける中、「ピコプランクトニクス」は再生可能な建設システムの可能性を提示している。

 未来感がハンパない。展示室全体が理科実験室のようなのも、他のパビリオンと一線を画していて新鮮。筆者ならこれを金獅子賞するなと思ったのだが、あくまで「建築展」なので、空間性やリアリティーに賛否があったのかもしれない。

金獅子賞のバーレーンは伝わりやすさの勝利?

 実際の金獅子賞はどこだったかというと、アルセナーレ地区の集合型パビリオンにあるバーレーンだ。日本ではバーレーンの展示がどこにあるのかの情報がなくて、探した探した…。

 バーレーンの展示テーマは「Heatwave(熱波)」。このパビリオンでは、伝統的なバーレーンの方法にヒントを得たモジュール式インフラを提案している。採風塔や日陰の中庭といった伝統的要素と、地熱と外気の循環の現代技術を組み合わせ、猛暑の負荷を軽減する。屋根は、1本の柱で支えられた片持ち構造で、建設現場などの屋外に設置しやすいモジュール式のデザインとしている。これを展示室内に再現した。

 どこの国でも考えていそうなパッシブ技術なのだが、技術そのものより、技術の伝え方がなるほどだった。見に来た人が、砂袋のようなソファにゴロゴロと寝転がるのだ。中央のダクトと金属の天井をぼおっと眺めながら…。見学の疲れを癒す絶好の場だ。

 寝転がると確かに涼しい。とはいえ、その涼しさが説明パネルの仕組み通りの効果によるものなのかはよくわからなかった。そもそも既存の建物の中に煙突や井戸をつくれるとは思えない(筆者が見に行ったときには質問に答えてくれる説明者がいなかった)。でも、訪れた人はその仕組みの効果だと思うだろう。やっぱり金獅子賞というものは、伝わりやすさに軍配が上がるのかなとこれを見て思った。

 次回はヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展2025とタイミングを合わせて開催される関連展「TIME SPACE EXISTENCE 2025」をリポートする。(宮沢洋)

ヴェネチア・ビエンナーレ体験ルポ03(2025年7月4日公開予定)

01はこちら↓。