谷口吉郎と谷口吉生。言わずと知れた日本を代表する建築家の親子である。『磯崎新・磯崎新 建築図鑑』(2025年3月1日発刊)という“建築界最強師弟”の本を書き終えた筆者が、「次に図鑑を書くとしたら“建築界最強父子”かな…」とぼんやりと考え始めていたところに、知人から夢のような誘いがあった。「谷口吉郎、谷口吉生が設計した慶應義塾幼稚舎の建築見学会が開催されるので取材してはどう?」と。
なんと、親子共演のキャンパスが見られるチャンス! 案内状(慶應義塾所属もしくはDOCOMOMO会員限定)にはこう書かれていた(太字部)。

第5回 慶應義塾幼稚舎 建築見学会
2025 年3月8日(土)9:30~11:00 / 12:30~14:00
事前申込 参加無料 主催 慶應義塾幼稚舎 選択授業「幼稚舎の建築」
慶應義塾幼稚舎の校舎は谷口吉郎氏と谷口吉生氏が設計しています。父子2代にわたる学校建築群は世界的にも珍しくこれまで豊かな建築文化を育んできました。2020年から小学5 年生と6年生を対象に建築研究会がスタートし、2024年からは小学6年生を対象に選択授業「幼稚舎の建築」が始まりました。毎日、何気なく使っている校舎を建築的な目線で観察し研究しています。見学会では活動内容の紹介と各校舎をご案内します。今回は谷口吉生氏と槇文彦氏の追悼展示も行います。谷口吉生氏が生まれた1937年。その年に父谷口吉郎氏が設計した本館校舎が完成しました。その時に幼稚舎生として通っていたのが槇文彦氏です。幼稚舎とゆかりのある二人は同じ建築家という道を歩み国内外で活躍されました。
そうか、「選択授業」の一環として幼稚舎の児童が案内するものなのか。筆者の好きな谷口父子の建築が見られるだけでなく、“初等建築教育”の現場を垣間見ることができるのだ。これは行かないわけがない。見学会の中心になっている慶應義塾幼稚舎の岩井祐介教諭に連絡を取り、OKをもらった。

慶應義塾幼稚舎は東京メトロ・広尾駅から徒歩7~8分、天現寺交差点近くにある。見学会は午前・午後の2部制で、筆者が参加したのは9:30~11:00の午前の会。集合は父・吉郎が設計した自尊館というホール(1964年)で、ここで早くも心をわしづかみ。



グラウンドの南側にある自尊館で幼稚舎の歴史を岩井教諭からざっくり聞いた後、グラウンドの西側から左回りで児童たちに各建物を案内してもらう。

屋外と連続するかのような教室
まずは「本館」へ。1937年竣工。ひゃー、これが90年前の建築? 外観ではそのすごさが伝わりづらいが、このクオリティは重要文化財級だろう。






谷口吉郎は1949年に第1回の建築学会賞作品賞を「慶應義塾大学校舎4号館及び学生ホール」と「藤村記念館」で受賞している。だから、戦後に慶應の教育施設を設計するようになったというイメージあるが、こっちの方が10年古いのだ。それなのに、この先進性…。しかも、吉郎の年齢を計算してみると完成時33歳。いろいろな意味でアンビリーバブル。
案内してくれた児童から、「本館の設計は谷口吉郎と曾禰中條建築事務所が協働した」と説明があった。なるほど、慶應の三田キャンパスも初期の校舎は曾禰中條だ。このあたりの歴史は「三田評論」に解説があったので参考に引用する(太字部)
曾禰中條建築事務所の後、慶應義塾の建築家と言えるのが谷口吉郎だ。関わりの始まりは1937年に完成し、今も現役の慶應義塾幼稚舎である。校舎の設計を当時、慶應義塾常任理事を務めていた槇智雄が依頼したのだった。谷口はまだ20代であり、助教授を務める東京工業大学の水力実験室と数棟の住宅しか手掛けていなかったが、谷口は従来の校舎のありかたを継承するのではなく、新しく考え直して、良いと思うものを設計した。モダニズムと呼ばれる手法だ。(引用元のサイトはこちら)

吉郎・吉生の体育館比較もテンションが上がる!
この調子ですべての建物を詳しく書いていくと大論文になってしまうので、あとは写真中心で雰囲気だけ感じてほしい。
「百周年記念棟」↓。1976年竣工。ここでは図書室を見学。内装はアトリエヒルサイドが担当している。

「小体育館」↓。本館と同じく1937年竣工。谷口吉郎の体育館は初めて見た。リベットを強調した立体トラスが萌える。


東側は、父親を引き継いだ谷口吉生ゾーンだ。


「新体育館」の内部↓。1987年竣工。ひゃー、梁が仕上げと面一(つらいち)! こんな体育館見たことない。


「新館21」の食堂↓。2002年竣工。ここも構造材の削ぎ落とし方が極限。

旗振り役の岩井祐介教諭は非建築出身
いやいや、すごいものを見させていただきました。説明してくれた児童の皆さん、ありがとうございました。

冒頭の案内状にあったように、この見学会は今回が5回目。2020年から小学5年生と6年生を対象に建築研究会がスタートし(いわば部活)、2024年から小学6年生を対象に選択授業になった。なんでも、6年生の4人に1人が希望した人気の選択授業らしい。

ところで、この選択授業「幼稚舎の建築」を立ち上げた慶應義塾幼稚舎の岩井祐介教諭、てっきり大学で建築を学んだ人なのかと思ったら、筆者と同じ非建築系だった。「ピタゴラスイッチ」で知られる慶應SFCの佐藤雅彦研究室で学び、別の仕事を経てから慶應義塾幼稚舎の司書教諭となった。着任後に「すごい校舎がたくさんある!」と感銘を受け、通信教育で京都芸術大学の建築デザインを卒業したという。
いやいや、そっちの話もすご過ぎます。ぜひいつか一緒に子ども向けの建築本つくりましょう!(宮沢洋)