「ひとまず解体延期」のいま改めて考える、旧香川県立体育館vs旧上野市庁舎の“お得感”─日曜コラム洋々亭78

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 丹下健三らが設計した「旧香川県立体育館」(1964年竣工)の解体工事について、香川県の池田豊人知事は、工事着手が年度をまたいで「2026年4月以降」になることを3月30日の定例記者会見で明らかにした(こちらの記事など)。県と県教育委員会はこれまで、3月中に工事に着手すると何度も発言してきた。しかし3月20日に行った近隣住民対象の説明会で、新たに確認されたアスベストへの対応や地盤沈下などに対する不安の声が多く上がったことなどから、池田知事は「回答保留の質問の回答などの今整理をしてまして、整い次第、工事着手をしたい」と説明。現時点では予定通り2027年9月までに工事を終える方針を示した。

 一方で、旧香川県立体育館再生委員会は、解体にかかる公金支出の差し止めを求めて県を提訴している。すでに第1回口頭弁論が2026年3月10日、高松地方裁判所で開かれており、係争中だ。その行方とは関係なく、予定通り2027年9月までに解体を終える、と県は繰り返したわけだが、役所の事業で「年度内に始まらなかった」という意味は大きい。そもそも来年9月までに終えないと何か別の計画に影響が出るわけではない。立ち止まる猶予が生まれる。

 そこで、この写真の対比を見てほしい。

(写真:宮沢洋、以下も)

 左は、いつ解体工事が始まるかわからない旧香川県立体育館。右はすでにこの記事で報じた「SAKAKURA BASE」である。SAKAKURA BASEは、坂倉準三が設計した旧上野市庁舎(伊賀市旧本庁舎)をマル・アーキテクチャ(MARU。architecture)が改修して「図書館+ホテル」に再生したプロジェクトだ。ホテルが2025年7月21日にオープンしたのに続いて、伊賀市中央図書館が2026年4月1日にオープンした。

 SAKAKURA BASEの魅力は元の記事を読んでほしいのだが、その記事に書いていなかったことをこの記事では1つ加えておきたい。それは公的資金について。この施設はPFIによって再生されたが、完全に民間資金だけで改修されたわけではない。事業プロポーザルの応募要項では、耐震補強を含む改修費について「予定対価25億3400万円」としていた。最終的な契約額は聞いていなかったのだが、新聞などの報道では「約30億円を投じて再生」とされている(こちらの記事など)。

耐震補強はどこに何を施したのかほとんどわからない見事さだが、唯一、旧煙突の下部が太くなっているところで補強されたことがわかる

 つまるところ、お金である。同時期に議論となり、結局解体された羽島市庁舎(設計:坂倉準三)を取材したときには、担当部署の人が「うちには伊賀市さんのようなお金は…」とボソッとつぶやいていた。羽島市の人口は約6万6000人。伊賀市の人口は約4万人なので、規模の小さい伊賀市がいかに腹をくくって旧庁舎の再生にかけたかがわかる。

 SAKAKURA BASEの誕生はとてもハッピーなニュースではあるが、あちこちで同じことが起こるかというと、そう楽観はできない。

結局解体された羽島市庁舎。羽島市は坂倉準三の生誕地

 ひるがえって、旧香川県立体育館は、再生委員会が「民間で購入して再生する」と言っている。しかも、街のにぎわいに貢献する公共性の高い施設にすると。購入金額は県が交渉に応じてからの話になるが、少なくとも公的負担は確実に「ゼロ」なのだ。

 それを、県は地元建設会社に解体させようとしている。落札金額は8億4700万円。もし解体した後に、何かを建てたら何十億円か、100億の大台くらい、さらにかかるわけだ。

壊した後に何かを建てるには、解体費の何倍、何十倍のお金がかかる。更地にして土地を売却するつもりなら、今の状態のまま、公共性のある提案先に売った方がいい…

 筆者は長く保存活用の問題を取材してきたが、こんなに魅力的な活用提案をかつて見たことがない。

 この問題にあまり関心をもっていないようにも見える香川県の人たちには、再生委員会の案の“お得感”が伝わっていない気がするのである。もちろん、「そんなうまい話は信じられない」と、内容をジャッジしたうえで反対というなら外野がとやかく言うことではない。だが、このお得な内容、本当に伝わっているのだろうか(具体的な提案内容は下記の記事を)。よく考えないうちに壊されてしまったら孫たち・ひ孫たちに申し訳が立たないだろう。

 
 SAKAKURA BASE(旧上野市庁舎)についてもう1つ付け加えると、これは坂倉が設計した旧上野市の庁舎群の解体工事が進む中で、まさに工事着手の寸前で工事が泊まった。建築がある限りは再生の可能性はあるのだ。解体着手の年度またぎが転機だった、と後で言えるようになることを祈る。(宮沢洋)