このテーマは、今年の夏ごろから「早く書かなきゃ」と思っていたのだが、年末ぎりぎりになってしまった。でも、論争は1年ほど続いたので、それも含めて50年ということで許していただきたい。何の論争から50年かというと、建築評論家の神代雄一郎(こうじろゆういちろう、1922~2000年)が「巨大建築に抗議する」という論考を『新建築』誌上で発表したのが1974年9月なのだ。それから“巨大建築論争”と呼ばれる意見の応酬が続いたことをご存じの方は多いだろう。2024年は巨大建築論争50周年なのだ。その節目に、これからの超高層ビルの評価軸について提案したい。
もちろん筆者はリアルタイムではこの論争を知らない。ざっくりこんな内容だ。
神代は西新宿に超高層ビルがばんばん立ちつつある中で、建築が小規模の「いい建築」と大規模の「いやな建築」に2極化していると指摘した。批判対象とされたのは、「新宿三井ビル」(日本設計、1974年)、「住友ビル」(日建設計、1974年)のような超高層ビルのほか、「NHKホール」(日建設計、1972年)、「最高裁判所」(岡田新一、1974年)など。一方、「いい建築」として褒められたのは「ノア・ビル」(白井晟一、1974年)、「倉敷アイビースクエア」(浦辺鎮太郎、1974)、「丸亀武道館」(大江宏、1973年)、「瀬戸内海歴史民俗資料館(山本忠司、1973年)など。意外なのは、「東京海上ビル」(前川國男、1974)は「いい建築」に入っていることだ。

「いい建築」と「いやな建築」という言葉遣いに、神代が論争を“仕掛けている”感が伝わってくる。今でいうと“炎上”狙いだったのだろう。
反論が掲載されたのは翌年に入ってからで、有名なのは、林昌二の「その社会が建築を創る」(新建築1975年4月号)だ。林の反論がなかったら、たぶん50年後まで語り続けられる論争にはなっていなかっただろう。
林の反論は、そのタイトルを見てもわかるように、1つには巨大建築こそが社会の要請であり、それに応えることが大規模事務所の社会的責務である、と日建設計の大前提を述べる。そして、「東京海上ビル」が「いい建築」とされているが、レンガタイルを超高層に使うのは現実的な回答としては疑問であるとした。
さすがは林で、その反論を読むと、まあ、そうだよねと思ってしまう。ただ、筆者はこの論争を初めて読んだとき(30年くらい前)になんとなく違和感があった。神代の指摘だけでなく、林の反論も含めてだ。違和感の理由が何なのかそのときは分からなかったのだが、後になって、それはこの論争が“ビルそのものの話”ばかりしているからだということに気づいた。地上にできる広場についてはほとんど触れられていない。
そのことに気づかせてくれたのは、当の林だった。前職の『日経アーキテクチュア』記者時代の2004年末、筆者は「超高層を背負う近代建築は都市の風景を美しくしているか」というテーマに対して、林の意見を聞きに行った。いわゆる「腰巻き保存」の是非についてだ。

こちらとしては都市景観がどうだとか、容積緩和をこう見るとか、そういう意見を予想していたのだが(実際、他の取材先はそういうコメントだった)、林の指摘は全く別方向の「オープンスペース」の意義についてだった。以下、その時の林のコメントを引用する(太字部)。
「これまで建築の保存というと、古い建物の視点からだけ考えられてきた。それが全体像としてどういう意味を持つのか、論じるべき時期に来ている。
保存建築と一体化した超高層ビルは、超高層の原理に反すると私は思う。そもそも何のために超高層化するのか。それは建ぺい率を減らして、ビルの足元にオープンスペースを生み出し、気持ちのいい都市空間をつくろうという発想から来たものだ。その足元に威圧感のある近代建築がどんと構えている姿は、超高層のあるべき姿とは違う。保存とは関係ない一般的な超高層についても、1階が都市に開かれたものが少ないのが残念だ。これは私たちの世代が、魅力的な都市のオープンスペースをつくってこれなかったということでもある。」(林昌二談。日経アーキテクチュア2005年1月10日号特集「建築デザインの論点」に掲載。当時の林は日建設計名誉顧問)
足元に気持ちのいいオープンスペースをつくることこそが、「超高層の原理」である、と。この指摘を聞いて、筆者は「巨大建築論争」への違和感の原因を自覚することができた。他人はどうかわからないが、筆者は超高層ビルを体験するときに、ビルそのものについてはほとんど意識していない。体で感じるのはオープンスペース(広場)のよしあしだ。神代の指摘も、もし「東京海上ビルの広場は、ビル本体の赤レンガと連続していて心地いい」という観点であったなら、自分にも納得できたろう。
もちろん、ビルそのもののデザインに意味がないとは思わない。例えば、大阪の梅田スカイビルは、筆者の頭の中の超高層ビルランキングでは日本一、いや世界一だ。でも、何でもかんでもあれほどデザインにこだわることは不可能だというのもわかる。
ここで今回の結論。超高層ビルは、「足下のオープンスペースの魅力」と「ビルそのものの魅力」を2段階で評価してはどうだろう。オープンスペースが「規定演技」で、ビルそのものが「自由演技」。フィギュアスケートの審査のイメージだ。
「規定演技」と「自由演技」の配分は5:5でいいと思う。筆者は超高層ビルの設計をしたことがないので正確にはわからないが、おそらく規定演技(オープンスペース)に力を入れる方がコストバランスとして現実的だろう。その方が街の魅力アップに直結する。
筆者は超高層ビルだけの建築賞があってもいいのではないかとずっと思っている。建築の賞があんなにたくさんあるのに、超高層ビルが賞に選ばれることは極めて少ない。だから、競い合うことがない。自分は今のところ「みんなの建築大賞」の運営で手一杯だが、どこかの団体がやろうということであれば、ぜひお声がけいただきたい。
長くなり過ぎるので、実例は後編で。筆者がこの1~2年で見た超高層ビルのオープンスペースだけを振り返ってみたいと思う。(宮沢洋)

