今回の大阪・関西万博の施設を取材していると、「大きさ」が人々の共感や驚きに結びつかなくなっているということを強く感じる。シンボルの「リング」は別として、スケールを強調する技術やデザインはほとんど目につかないし、あったとしてもあまり驚きを感じない。筆者以外の感想を聞いても同様で、おそらく70年万博のときとは人の意識が相当変わっているのだ。(だから「70年万博はすごかった」的な単純比較にはあまり意味がないとも思う)
そんなことを早くから察知していたのか、会場内で最も小さい部類でありながら高い共感を呼びそうなプロジェクトがこれである。その名も「森になる建築」。竹中工務店が大阪・関西万博の休憩所として提供する仮設建築だ。

これは2025年日本国際博覧会協会が建てる休憩施設でもなく、企業や団体のパビリオンでもないので、公式の会場マップにも「休憩所」ではなく、「森になる建築」と記載されている。「森になる」とは一体なんぞや。まずは、竹中工務店が2024年11月20日に出したプレスリリースから概要を引用する(太字部)

■「森になる建築」について
「森になる建築」は、2020年から2021年にかけて当社グループ従業員を対象に実施した「竹中グループが提案する日本国際博覧会(大阪・関西万博)パビリオンに関するアイデア」提案コンペにおいて「Seeds Paper Pavilion(シーズペーパーパビリオン)」として、最優秀賞に選定されたものです。
使い終わると廃棄物になる建築ではなく、みんなでつくる建築が種となり、使い終わったら森になるという未来の建築を描いた提案で、最先端の3Dプリント技術と手づくりを融合させてつくる建築です。
その後、このアイデアを具現化すべく本格的な技術開発体制を構築し、昨年5月より千葉県印西市の竹中技術研究所にて大型3Dプリンターでの試験を開始。本年(2024年)4月に実物サイズの出力試験に成功しました。

大阪・関西万博では、「Seeds Paper Pavilion(シーズペーパーパビリオン)」を「森になる建築」と名付け、休憩に使える仮設建築物(2025年日本国際博覧会における建築基準法第85条第7項の規定に基づく)として、直径4.65m、高さ2.95mの建築物2棟を会場内に提供します。8月に万博会場敷地内「大地の広場」にて着工しました。
今後は、伝統工芸の職人によってつくられた和紙に加え、ワークショップでつくる植物の種をすきこんだ和紙「シーズペーパー」と福祉施設でつくられた和紙を組み合わせて構造体に貼る外装工事、緑化工事を進め、来年(2025年)4月の完成を目指します。

■「森になる建築」の概要
建築地:万博会場敷地内 大地の広場
設計施工:竹中工務店
工事期間 :2024年8月~2025年4月
大きさ:直径4.65m、高さ2.95m
棟数:2棟
構造:酢酸セルロース造
主要仕上材:<外装>紙、植物の種子・苗/<内装>酢酸セルロース表し/<床>三和土
植物由来で高い生分解性を持つ「酢酸セルロース」が構造材
小さな施設なので、まだあまり知られてはいないだろう。筆者は、今回の万博で「3Dプリンター」を使った施設はないのかと調べてこれを見つけた。3Dプリンターを使った施設は今回の万博でいくつかあるのだが、筆者の調べた限りでは、「本体の構造材」として使っているのはこれだけだ。しかも「酢酸セルロース造」という、何それ?という構造である。これは建築の今を社会に伝える者として絶対に見なければ…。
ということで、4月13日の開幕に向けて、最終段階の「シーズペーパー」を貼る作業中の現場を訪ねた。前述の竹中工務店・藤川敏行氏と同社大阪本店設計部設計第6部門設計3グループ主任の大石幸奈氏が案内してくれた。
大石氏は社内提案コンペで、「Seeds Paper Pavilion(シーズペーパーパビリオン)」を提案したチームの1人だ。メンバーは同社の山崎篤史氏(プロジェクトリーダー)と大石氏(意匠設計)、濱田明俊氏(構造設計)、那良幸太郎氏(施工計画・現場管理)の4人だ。

実は、社内提案コンペは「実施」を前提にしたものではなかったという。しかも、「酢酸セルロース」という材料にもたどりついてはいなかった。それでも「絶対にこれを実現させたい」という4人の熱意に万博推進室の藤川氏らが動かされ、技術研究所のメンバーも巻き込んで計画が進んだ。
コンペ段階では、ペースト状の紙を3Dプリンターで施工するアイデアだったという。しかし、紙は3Dプリントできても雨に耐えられないとわかり、それに代わる生分解の材料をいろいろ調べて、酢酸セルロースにたどりついた。材料開発に協力したダイセルのサイトには、「酢酸セルロースは、非可食性植物由来の「セルロース(植物繊維)」と天然にも存在する「酢酸」を原料として製造される半天然高分子です。高い生分解性を持ち、環境と人体に優しい素材です。」とある。聞き慣れない素材だが、家具などではこれを使ったものが出始めているという。
まるで「下町ロケット」、時間ギリギリで試作に成功
建築に使うにあたって最も苦労したのは、3Dプリンター出力後の収縮による割れをいかに防ぐかだったという。試作では何度も割れてしまい、万博開幕から逆算してギリギリの2024年4月にようやく実物サイズの出力に成功した。まるで「下町ロケット」のよう。
筆者はプレスリリースを見て、壁の中に鉄筋に代わる何か(生分解性を持ち引っ張り力にも強い素材)が縦に通っているのかと思っていたのだが、そうではなかった。構造体は純粋に酢酸セルロースだけなのだ。壁の中に全部それが詰まっているのではなく、三角形の繰り返しによる“一筆書き”になっている。割れない理由の1つは一筆書きで打ち継ぎ目地がない、完全なモノコックであること。それと、知財の関係で詳しくは言えないが、3Dプリンターからの出力の方法(量や粘度など)にも鍵があるそうだ。



壺のようなかわいらしい形は、真ん中に3Dプリンターを置いてグルグルと一筆書きでつくりやすいからだ。技研での試験体施工の様子は下記のユーチューブで見られる。
コンセプト動画「森になる建築 3Dプリントした構造体が完成 /Foresting Architecture」
https://www.youtube.com/watch?v=aHRyv4nRleI
会場にあるものは、技研から移送したものではなく、現地で新たに出力したもの。出力に要した期間は約3週間。プリンターは24時間動きっぱなしなのだという。確かに、一筆書きだから、夜もプリンターを止められない。「24時間無休で施工できる」というのは3Dプリンターならではの強みだ。
先のリリースに「休憩に使える仮設建築物(2025年日本国際博覧会における建築基準法第85条第7項の規定に基づく)」とあるように、強度試験を行い、建築確認を受けて検査済証を取得している。日本初の「酢酸セルロース造」だ。
(ちなみに建築基準法第85条第7項は「仮設建築物の許可」。万博施設などの「仮設興行場等」(法第85条 第5項)は、法第37条(建築材料の品質)への適合は求められないが、法第20条(構造強度)については安全性の確認が求められる/BUNGA NET調べ)
万博の会期後は、竹中工務店の社有林に移設し、経過を見守る予定だ。実際に使えなくなるまでどのくらいの時間がかかるのかも今後の研究材料だ。

革新技術とは対照的なホッコリ感
内部は酢酸セルロースの“打ち放し”。上部には屋根がなく、丸い穴が空く。これは3Dプリンターのアームを最後に取り出すための穴だ。床は三和土(たたき)、椅子は3Dプリンター。椅子に座ると、自然と上を見上げてしまう。


外部には、子どもたちがワークショップでつくった手漉き和紙を貼る。大半が和紙で包まれ、上部のみが酢酸セルロース打ち放しとなる。

この和紙には植物の種が漉き込まれていて、やがて緑に包まれる。昨年10月26日・27日の「イケフェス大阪2024」で、紙漉きワークショップを御堂ビルで開催したときのものだ。なるほど、いろいろな場をからめてうまいなあ。

小さい壺(下の写真の手前)はクールチューブの空気取り入れ口だ。温度の低い地中に空気を通し、夏場は氷も使って空気を冷やし、2つの休憩所に冷気を送る。

「クールチューブ」といえば、建築好きは藤井厚二の「聴竹居」(1928年)を思い出す。藤井厚二(1888年~1938年)は竹中工務店の大先輩。小さくても物語性の密度は高い。
何度も小さい小さいと書いているが、場所はいいところにある。

これは、企画を聞いた会場デザインプロデューサーの藤本壮介氏が「面白い!」と言ってここに決めたのだという。
何も知らずに会場を歩いていても目にとまると思うので、家族と見に行こうと思っている人は、見つけたら上のうんちくを家族に披露してほしい。きっと一目置かれますよ。(宮沢洋)
