「サッポロビール園」で知る明治の開拓心とポストモダンの熱気(札幌/1993年)─TAISEI DESIGN【レジェンド編】

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一般の人が“名建築”として思い浮かべる建物は、いわゆるアトリエ系建築家が設計したものとは限らない。大組織に属する設計者がチームで実現した建築にも、世に知ってほしい物語がある。大成建設が設計を手掛けた名作・近作をリポートする本連載。第7回は、前回の「サッポロファクトリー」に続き、札幌市の「サッポロビール園」を訪ねた。

[協力:大成建設設計本部]

 札幌シリーズの後編は「サッポロビール園」である。前編のサッポロファクトリーからJRを越えて北に1kmほど、歩くと15分、車で5分ほどのところにある。当初はまとめて1本にしようかとも思っていたのだが、どちらも建築好きにはたまらない物件だとわかり、2本に分けることにした。今回はサッポロビール園にある「サッポロビール博物館(開拓使麦酒記念館)」と「ポプラ館」を中心にリポートする。どちらも大成建設設計本部が深く関わっている。

(イラスト:宮沢洋)

 建築を紹介する前に、どうしてサッポロビールの施設に大成建設が関わることが多いのかをお教えしよう。というか、教えたくてうずうずしている。博物館の展示を見て、驚きの事実を知ったのだ。案内してくれた大成建設札幌支店設計室シニア・アーキテクトの松尾伸治氏もこれは知らなかった。たぶん、大成建設の社員でも多くの人が知らないのだろう。

 もったいぶり過ぎ、と言われそうなのでこの写真を。

(写真:宮沢洋)

 大倉組のビール! ラベルには名前が入っていないが、サッポロビールの前身はあの「大倉組」だったのだ。大倉組というのは、実業家の大倉喜八郎(1837~1928年)が1873(明治6年)に立ち上げた会社で、その建設部門として1893年(明治26年)に生まれたのが大倉土木組、現在の大成建設だ。

 大成建設の人ですら知らないのも無理もない。大倉喜八郎は経営センスがあり過ぎて、さまざまな事業を立ち上げたうえ、事業判断が早く、このビール事業は期間が短い。

 前編でも書いたように、もともと北海道のビール事業は1876年(明治9年)に北海道開拓事業の一環として官営で始まった。これがある程度軌道に乗り、民間への払い下げが決まる。名乗りを上げたのが大倉喜八郎で、10年後の1886年11月に大倉組(正確には当時、大倉組商会)に払い下げられ、大倉組札幌麦酒醸造場となる。ところがさらなる拡大のため1887年12月に、新1万円札の渋沢栄一が委員長となって札幌麦酒会社が設立される。大倉組単独のビール事業はわずか1年だった。

ビールの歴史を説明してくださったサッポロビール博物館館長の栗原史館長
ビール事業民営化の立役者たち(博物館の説明映像より)

 その前後の話もサッポロビール博物館の館長の栗原史館長が詳しく説明してくれたのだが、本題からどんどん離れてしまうので、札幌に行って展示を見るか、いつか大河ドラマになることを期待しよう。

レンガ造の室内側に新たな構造柱を新設して補強

 そんなことを知っているとサッポロビール園の建築がより楽しめるのではないかと思い、長い前振りとなった。

 現在のビール園はサッポロビールの札幌工場第2工場の跡地だ(サッポロファクトリーは第1工場)。新工場が恵庭市にできたことに伴い、一部を残して再開発され、ビール園となった。その中核ともいえるのが、保存再生した赤レンガ建築、「開拓使麦酒記念館」だ。主要な機能としてサッポロビール博物館が収まる。

 1986年から始まるこの施設の保存再生を担っているのは大成建設だ。2008年に「第17回BELCA賞ロングライフ部門表彰」を受けており、その解説文があまりによくまとまっているので、まるっと引用させていただく(太字部)。

サッポロビール博物館は、北海道開拓の歴史を刻むレンガ造の産業遺産として札幌苗穂地区の工場・記念館群の一つに数えられている。1890年(明治23年)、旧北海道庁舎と同時期に、ドイツ・サンガーハウゼン社の設計によって製糖工場として創建され、その後、製麦場、サッポロビール園へと転用を繰り返し、1987年にサッポロビール博物館として再出発するに至っている。その間、取り壊す議論もある中で保存の決断をし、1986年にレンガ建築の外観を将来に亘って存続させるための大規模な改修に着手した。

サッポロビール博物館となった工場の建物を西側から見る

大改修にあたって、80cm厚のレンガ造外壁を構造壁としては使わず、その室内側に独立の構造柱を新設し、既存床スラブをレンガ壁の振れ止めとして活用、鋳鉄製の中柱はコンクリートで巻いて補強し、屋根と木造小屋組みを鉄骨で全面的に葺き替えることで耐火耐震補強とした。

内部は博物館としての展示によって大幅に手を加えられているが、レンガ造の連続ヴォールト天井は後から塗られた漆喰を剥がして旧に復し、また、シンボルとしての煙突もピンニングによって補強されている。

(中略)

工場群の移転に際し、無造作に置かれた付属倉庫類も撤去、建屋の四周が開放されて見えるようにした上で、改めて後背部のレンガ外壁周りを修復し、同時にバックスペースを収める増築部においても意匠と素材感の継承に留意している。また、ステンドグラスや鋳鉄製螺旋階段など往時を物語るアートワークも保存・展示の継続が期待されている。

東側から見た全景

 筆者にこれ以上、有益な建築情報は書けないと思い、楽をさせてもらった。

冬の銀世界でも文句なく美しい

 一方の「ポプラ館」は1992年に新たに建てられたものだ。こちらは、予想外のポストモダン建築だったので、筆者の出番だろう。

ポプラ館を南から見る

 前回の冒頭で、「北海道の建築はおとなしい印象がある」と書いた。だが、これを見ると前言撤回である。これほどエッジの立ったデザインの飲食施設は東京にもあまりないのではないか。かつてあったとしても、ほとんどが流行の荒波の中でなくなっている。

 ポプラ館の外壁には、保存するレンガ建築と合わせてレンガが使われている。が、単純に「調和」とは言えない造形だ。先の尖った庇、ボリュームがぶつかり合う複雑な軸線、説明しづらい造形の塔。この塔は何?と思ったら、足下の説明板で、かつて工場の煙突についていた「カブト」という排気口であることが分かった。おお、まさに磯崎新的謎かけポストモダン。

 設計の中心になったのは大成建設設計本部第1部設計室に久保勝彦氏で、当時、『新建築』誌にこう書いている。「過去の様式を使いながら、変動するプログラムを実行しようとすれば、形態との不連続を起こし、ひと皮だけの建築様式に成り下がってしまう。そこで、形態の引用だけでなく、『開拓使麦酒記念館』のもつ空間の質とテクスチャーを継承することとした。青空を背景としているときも、冬の銀世界でも赤いレンガは文句なく美しいのである」──。今ではあまり見ない、力強い設計趣旨文だ。雪景色も見てみたくなる。

 内部はさらにインパクト大だ。なんだこれは。スチームパンクの世界観?

エントランスのある北側の吹き抜け
1階と2階で約800人が利用できる。この写真は2階
塔の下の部分の吹き抜け

 設計者の意図を知りたくなる。が、この内装の具体的な説明は、残念ながら書いてなかった。

多用された星形(五稜星)は開拓使の旗印

 ただ、設計趣旨文を読んで面白いことがわかった。ポプラ館の軸線を決める際、仮想の「円形広場」を敷地中心に置いたうえで、記念館との関係性が星形に重なるように考えたというのである。絵で示した方が早いだろう。こういうことだ。

 この円形広場はあくまで「仮想」で実際にはない。ポストモダン絶頂期のエネルギーを感じる説明文だ。

 それを知って、室内に星形が多いことは腑に落ちた。5つの角がある星形(五稜星とも言う)は、もちろんサッポロビールのマークであるが、遡ると、元は開拓使団のシンボル「北辰旗」だ。提案したのは蛭子末次郎で、五稜郭の設計の中心になった武田斐三郎(あやさぶろう)の門下生だった。久保氏は書いていないが、きっと明治維新の攻防から北海道開拓に至る物語が、スチームパンク風の内装に込められているのではないか。

 そんな妄想はさておき、一緒に見て回った大成建設の松尾氏は、「建設会社の設計の人間が当時、ここまでデザインにこだわれたことに驚くし、今もきれいに維持されていることにもっと驚く」と感想を述べる。全く同感だ。収容人数約800人と規模も大きいので、細部のメンテナンスは相当に大変だろう。

サッポロビール園を運営する新星苑取締役経営戦略室長の瀬恒健太氏(左)と同札幌支社担当部長の橋場浩太郎氏
大成建設札幌支店設計室シニア・アーキテクトの松尾伸治氏

 これについて、案内してくれたサッポロビール園を運営する新星苑取締役経営戦略室長の瀬恒健太氏は、「確かに手入れは大変ですが、遠方からやってくるお客様に、ここでしかできない体験をしていただき、思い出にしてもらいたいので」と話す。室内に段差がないので、配膳のロボットを導入するなど運営の合理化を図りつつ、建設当初のデザイン意図は守っていきたいという。

 開拓者マインドの建築と、それを受け継ぐ現代の建築技術、そして1990年代初頭のポストモダンの熱気──。1か所で3つの醍醐味を味わえるサッポロビール園。公共交通機関で行けば、ビールも味わえる! 新千歳空港からの直通バスもあるので、建築好きはぜひ訪れたい。(宮沢洋)

施設内を散策するだけなら無料。東側に隣接する商業施設「アリオ」(ここも工場跡地の再開発)も含めて、散策ルートが設定されているのもすごい

概要データ
〔サッポロビール博物館〕
所在地:札幌市東区北7条東9丁目2-10
竣工年:1890年
改修年:1987年、2006年
設計:サンガ―ハウゼン社、北海道庁建築課、大成建設(改修)
施工:元施工者は不明、大成建設(改修)
構造:鉄筋コンクリート造(改修)
階数:地上3階

延べ面積:1420㎡
工期:2005年6月~2006年4月

〔サッポロビール園 ポプラ館〕
発注者:サッポロビール
設計:大成建設
施工:大成建設・伊藤組土建JV
構造:鉄筋コンクリート造・鉄骨造
階数:地下階・地上階
延べ面積:2668.75㎡
工期:1991年9月~1992年7月

■参考文献
第17回BELCA賞ロングライフ部門表彰物件講評
『新建築』1992年9月号