「荻外荘」と書いて「てきがいそう」と読む。3度にわたり内閣総理大臣を務めた近衞文麿(このえふみまろ)の旧宅だ。JR荻窪駅から南に徒歩15分ほどの住宅街(東京都杉並区荻窪2-43-36)で2024年12月、伊東忠太の設計による「荻外荘」が一般公開を開始した。そして2025年7月16日、道を挟んだ東側に、隈研吾氏が設計した「荻外荘 展示棟」(カフェ・ショップを併設)がオープンした。

以下、杉並区広報課の案内文(6月26日付)から引用する(太字部)。
荻外荘は、政治家・近衞文麿の旧宅であるとともに、建築家・伊東忠太の設計による現存する数少ない邸宅建築の一つです。区は、地域からの保存を求める声をきっかけに、2度の移築を経て、創建の地・荻窪に復原された荻外荘を観覧できる「荻外荘公園」を、昨年12月に開園しました。
来園者数は開園から半年で3万5000人を超え、歴史に触れながら楽しめる杉並の新たな名所となっています。

その荻外荘公園の施設として、荻外荘の向かいに新設された「展示棟」ですが、設計は建築家・隈研吾氏によるもの。1階には大きなガラス窓から庭の木々の緑や荻外荘を見ることができる明るい空間のカフェ、2階にはしっとりとした雰囲気の照明で落ち着いた空間の展示室があり、対照的な空間を楽しむことができます。また、区内店舗のお菓子とお茶のセットなどがいただける“杉並のおいしいものを楽しめるカフェ”では、一部のメニューをテイクアウトして、荻外荘の芝生広場で味わうこともできます。
つまりここに行くと、まだ見ぬ伊東忠太と隈研吾の建築が一度に見られるのである。
もともとは伊東忠太の義兄の別邸
炎天下に荻窪駅から15分歩くのはけっこうしんどいが、展示棟にはカフェもあるということで行ってきた。後で調べたら、杉並区の「グリーンスローモビリティ」という乗り物があって、荻窪駅からこれに乗ると「荻外荘公園」下車すぐだということがわかった。夏場に行く人はそちらをお薦めする(運行時刻表はこちら)。
まずは、伊東忠太(1867~1954年)が設計した「荻外荘」から。

「伊東忠太が設計した荻外荘」という書き方は、実はあまり正確ではなくて、正しくは「伊東忠太が設計した楓荻荘(後の荻外荘)」だ。
もともとは伊東忠太が1927年(昭和2年)に、大正天皇の侍医頭も務めた入澤達吉の別邸として建てたもので、その後、入澤家の本邸として住まわれた。入澤と伊東は妻同士が姉妹であり、義兄弟という関係。伊東は、義兄が余生を過ごす邸宅として和洋折衷の平屋の家を設計した。庭には楓(かえで)の木が多く、入澤はこの家を「楓荻荘(ふうてきそう)」と呼んだ。


これを1937年に、近衞文麿が入澤から譲り受けて移り住んだ。近衞は首相就任以降、別邸を東京郊外に探していた。以前から親交があった入澤が住まう楓荻荘を訪れ、遠くに富士山を望む自然豊かな景観や建築そのものに魅せられた。「荻外荘」という名は、近衞の後見人だった元老・西園寺公望が命名したという。

近衞は1937年から亡くなる1945年までをここで過ごした。日独伊三国同盟締結につながる荻窪会談(1940年7月)や、対米開戦の回避を模索した東条英機陸相らとの荻外荘会談(1941年10月)など、昭和戦前期の政治の転換点となる重要な会議の舞台となった。

近衞が命を絶った書斎も公開
近衞は1945年12月16日早朝、この家の書斎で青酸カリを飲んで亡くなった。GHQがA級戦犯として逮捕指令を出した出頭期限の日だった。近衞は憲政史上、自ら命を絶った唯一の首相となった。


すごい話である。さほど歴史に詳しくない筆者でも、書いていて背筋が伸びる。
2016年に国の史跡に指定され、杉並区が一般公開に向け整備を進めてきた。一時期は、建物の東側部分が豊島区内に移築されていたが(天理教東京教務支庁舎)、再び荻窪へ戻され、近衞が暮らしていた当時の姿に復原された。

そんな歴史もすごいのだが、建築好きはやはり伊東忠太らしさを探してしまう。デザイン的に面白いのは、東側(移築されていた部分)の応接室だ。






当初の施工者は竹中藤右衛門(竹中工務店)。復原整備設計は文化財保存計画協会、復原整備施工は竹中工務店が担当した。
入場料は一般300円。開園時間は9:00〜17:00(最終入園16:30)。水曜休園。
「杉並建築展」でも展示されていた隈研吾氏の計画案
そして、隈研吾氏が設計した展示棟へ。

伊東忠太と隈氏はともに東京大学建築学科で学び、教べんを執った“建築の王道”の系譜である(そもそも「建築」という言葉を世に定着させたのは伊東である)。隈氏の師の1人は内田祥哉氏なので、直系と言っていいかもしれない。が、そういう理由で設計者に推薦されたわけではなく、2022年に公募型プロポーザルにより選ばれた。
2人とも王道なのに、デザインが王道然としていないのが共通項かもしれない。

筆者はこのプロジェクトを昨年2月の「杉並建築展 2024」で見て知っていた(展覧会の記事はこちら)。そのときの隈氏の展示がこれ↓。「ケヤキの樹の下に人々が集まるイメージを建築化した」と説明している。


すごく複雑な屋根に見えるが、この説明文を読むと二次曲面の組み合わせであるようだ。さすがはコスパを大切にする隈氏。

そのときの内観イメージ図では、2階の垂木が木質の仕上げに見えたのだが、鉄骨に耐火被覆をしたものになっていた。建設費高騰のなかでコストが相当厳しかったのだろう。それでも、構造を構造として見せるデザインはダイナミックでよい。施工はスターツCAM。

展示室では開業記念として「特別展 近衞家 荻窪でのくらし」を2025年11月3日まで開催している。入場は無料。水曜休館。開館時間は午前9時~午後5時(展示室の入場は4時30分まで。カフェは午前10時~午後4時まで)。


荻外荘と展示棟(カフェ・ショップを含む)は、「とらや」グループの虎玄(こげん)が指定管理者として運営している。杉並区は荻外荘の整備を契機として、同じく荻窪駅南側にある「大田黒公園(音楽評論家大田黒元雄屋敷跡)」、「角川庭園(角川書店創業者角川源義旧邸)」の3つの庭園を「荻窪三庭園」と総称し、にぎわい創出を目指す。3つは徒歩圏で、いずれも虎玄が指定管理者となっている。民間の力を使って歴史遺産を連携させるというのは、なかなか面白い取り組みだ。
筆者は東京の人間だが、荻窪は駅前しか見たことがなかった。なんでも荻窪駅周辺は、かつて文化人や政治家が多く暮らし、「西の鎌倉、東の荻窪」と称されていたらしい。へー、そうなのか。涼しくなったら残り2つの庭園も見に行ってみよう、っと。(宮沢洋)

