私見だが、これは筆者のような“モダニズム建築好き”の人たちにとって、この10年間で最もハッピーなニュースなのではないか。


解体寸前だった坂倉準三の旧上野市庁舎(伊賀市旧本庁舎)をマル・アーキテクチャ(MARU。architecture)が改修して「図書館+ホテル」に再生したプロジェクトだ。「SAKAKURA BASE」となった旧市庁舎に、ホテルが2025年7月21日にオープしたのに続いて、伊賀市中央図書館が2026年4月1日にオープンする。

3月29日に、改修設計者であるマル・アーキテクチャが主催する内覧会が開かれた。家具デザインを担当した藤江和子氏も同行して説明してくれた。

2階のホテルは昨年7月の開業時に速報しているので、そちらを見ていただきたい。
図書館は施設の延べ面積の7割強を占める。1階と中2階は一般書架や閲覧スペース、地下1階は児童書架を置き、計約23万冊を収蔵する。


















ホテルについても少しだけ。昨年7月に取材したときよりも、2つの中庭の緑(クローバー)が存在感を増していた。

前回の取材の時には知らなかったのだが、客室の入り口の木枠は、元からあったものだという。



ホテルの宿泊客は、予約時に好みのジャンルの本を伝えると届けてくれるそう。伊賀市は「全国初の『泊まれる図書館』」とアピールする。
保存再生に粘り強く闘い続けた前市長の存在
内覧会の前日の3月28日に記念式典が行われた(筆者はこれには出ていない)。人づてに聞いた話だが、その式典に、最大の功労者とも言えるこの人↓は来ていなかったらしい。

行政的にはそうなのだろうとは思うが、改修が決まる前から取材していたBUNGA NETとしては、「すべてのモダニズム建築好きは、この人に感謝すべし」と言いたい。
そもそもの始まりは2004年。上野市や伊賀町ほか計6市町村が合併して伊賀市が誕生。老朽化が目立ち始めた旧上野市の庁舎群(いずれも坂倉準三の設計)を建て替える話が持ち上がる。
2012年夏には公民館と北庁舎の解体が開始。南庁舎は移転を段階的に進めるために解体が後回しになったが、新庁舎の設計は進んでいた。
そんな中で行われた2012年11月の市長選に、旧庁舎の保存活用を掲げて出馬したのが岡本氏だ。前職は民放テレビのアナウンサーだった。
岡本氏は大差で当選。市長になると、すぐに解体工事を止めた。

しかし、そこから議会との駆け引きが10年にわたって続く。
新庁舎の移転新築を決めるまでに2年。その後も、残った庁舎をどうするかの議論はなかなかまとまらなかった。
筆者が初めて訪れたのはそんな頃で、実はこのBUNGA NETで一番最初(サイト公開前の準備期間)に書いた記事は、庁舎の先行きを案じるこんな記事↓であった。
坂倉準三の旧上野市庁舎、民間企業との「対話型」調査で保存なるか(2020年3月23日)
2019年1月に新庁舎(設計:日建設計)が完成。2年後の2021年にようやく議会で民間参加のPF I事業とする方向性がまとまった。
この事業はPFIとしては珍しい発注条件で、新築と改修の2つがセットになっていた。新築は、上野市駅の南西側にある成瀬平馬屋敷跡に建てる「忍者体験施設」。改修は、旧庁舎の「図書館・観光まちづくり拠点等」への変更だ。旧庁舎単独の再生事業としては長らく議会の合意が得られなかったものを、2つをセットにし、面的なまちの活性化を促すということで議会の賛同を得た形だ。
2022年にPFI事業者を決める公募型プロポーザルを実施。3月に応募が締め切られ、5月に優先交渉権者が公表された。それを見て、筆者は歓喜の声をあげた。
応募したのは1グループのみで、そこが当選した。なんだ、競争にもならなかったのか、と最初は気持ちがダウンした。しかし、構成メンバーをよく見ると…。
代表企業:株式会社ヒト・コミュニケーションズ
構成企業:
・株式会社図書館流通センター
・株式会社JNCエンタープライズ
・船谷建設株式会社
・有限会社マルアーキテクチャ
・株式会社伊藤工務店
・株式会社丹青社
おお、マルアーキテクチャ!! その時に、嬉々として書いた記事がこれ↓だ。
坂倉準三・伊賀市旧庁舎再生事業の交渉権者決定、「MARU。architecture」の参画でさらに期待(2022年9月30日)
岡本氏は市長を3期12年務めたが、工事が進む中で行われた2024年11月の選挙で落選した。伊賀市政に詳しくないので、岡本氏の他の業績についてはほとんど知らないし、どういう批判があったのかも知らない。しかし、このプロジェクトについての舵取りの素晴らしさは、施設の入り口に銅像を立てたいくらいだ。完成間際で表舞台から去るのは、さぞや無念だっただろう。

PFI事業のもう一方の核である忍者体験施設は、伊賀鉄道の線路の南側、図書館からは徒歩10分ほどのところに「伊賀流忍者体験施設『万川集海』」として2025年8月にオープンした。


筆者が日経アーキテクチュアの取材で岡本氏にインタビューした時(2022年)、岡本氏はこんなことを語っていた(太字部)。
かつて伊賀上野の小学校に通う子どもたちは、先生から「市役所や小学校の建物は有名な建築家が設計した」と教えられた。だから、私も子どもの頃から誇りに思っていた。坂倉建築を壊す話が出てきたときには、「地域の宝なのに、なんてことを言い出すのか」と思い、保存活動に加わった。(中略)
どこの自治体でも首長が確信を持って「この建物には価値がある」と言い続ければ、保存活用はできる。途中で折れないこと。そのためには結論を急がないことも重要で、時間をかけるうちに反対する人も徐々に考えを変えていく。
それと、自分を振り返ってみても、子どもたちに文化の価値をしっかりと教えることが、とても大切だと思う。
(日経アーキテクチュア2022年7月28日号/有名建築その後/旧上野市庁舎(伊賀市旧南庁舎)(1964年竣工)/「坂倉のパルテノン、覚醒」 より)

ちなみに「SAKAKURA BASE」という名称は、事業者側からの提案ではなく、市の内部から出てきた案らしい。その話を聞いてすごく嬉しくなった。「子どもたちに文化の価値をしっかりと教えることが、とても大切だ」という岡本氏の思いがしっかり引き継がれているではないか、と。
どなたかこれを読んだ伊賀市の方、岡本さんにそうお伝えください!(宮沢洋)
旧上野市庁舎 SAKAKURA BASE
■建築概要
伊賀市旧庁舎(旧南庁舎)再生プロジェクト
所在地:三重県伊賀市上野丸之内116
ホテル名称:泊船(はくせん)
主要用途:図書館、観光交流施設、宿泊施設(ホテル客室数19)
構造:RC
規模:地上3階(既存)
延床面積:約6,000m²
改修設計:MARU。architecture
構造設計:構造計画研究所
設備設計:シンフォニアエンジニアリング
環境デザイン:deXen
施工:船谷建設・伊藤工務店・上野ハウス
公式ウェブサイト・グラフィックデザイン:UMA/designfarm・SHEEP DESIGN Inc.
施設運営:船谷ホールディングスグループ
(全体の概要データはMARU。architectureウェブサイト プロジェクトページより)
■ホテル概要
施設名:泊船(はくせん)
ホテル開業日:2025年7月21日
所在地:三重県伊賀市上野丸之内116 旧上野市庁舎 SAKAKURA BASE
施設内容:ホテル(全19室、バリアフリー客室1室含む)、公共図書館、観光案内、カフェ
運営:船谷ホールディングスグループ
公式サイト:https://hakusen-iga.com/
設計:MARU。architecture
スタイリング:NOTA&design
家具:天童木工(坂倉準三建築研究所デザイン)
アート:安永正臣、壺田太郎、藤本玲奈
ロゴ・サイン:UMA / design farm
ウェブサイト:SHEEP DESIGN Inc.
■ホテル運営会社概要
会社名:船谷ホールディングスグループ
創業年:1877年
本社所在地:三重県伊勢市村松町1364番地8
代表者名:船谷哲司
公式ウェブサイト:https://funatani-hd.jp/
(泊船開業時のプレスリリースより)
