マル・アーキテクチャが旧上野市庁舎を改修した「SAKAKURA BASE」が全面開館、図書館は坂倉の骨格に照明や家具が彩り 

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 私見だが、これは筆者のような“モダニズム建築好き”の人たちにとって、この10年間で最もハッピーなニュースなのではないか。

再出発を祝うかのようなサクラに囲まれる「旧上野市庁舎 SAKAKURA BASE」

 解体寸前だった坂倉準三の旧上野市庁舎(伊賀市旧本庁舎)をマル・アーキテクチャ(MARU。architecture)が改修して「図書館+ホテル」に再生したプロジェクトだ。「SAKAKURA BASE」となった旧市庁舎に、ホテルが2025年7月21日にオープしたのに続いて、伊賀市中央図書館が2026年4月1日にオープンする。

 3月29日に、改修設計者であるマル・アーキテクチャが主催する内覧会が開かれた。家具デザインを担当した藤江和子氏も同行して説明してくれた。

左から高野洋平氏、藤江和子氏。森田祥子氏。高野洋平氏は1979年名古屋市生まれ。2001年名城大学卒業、2003年千葉大学大学院修了。2003~2013佐藤総合計画。2013年、MARU。architecture共同主宰。森田祥子氏は1982年、茨城県つくば市生まれ。2008年早稲田大学大学院修了。2010~2013年NASCA。2010年MARU。architecture設立。藤江和子氏は1947年富山県生まれ。68年武蔵野美術短期大学デザイン科を卒業後、宮脇檀建築研究室(69~72年)、エンドウ総合装備(73~77年)を経て77年に独立してフジエアトリエを主宰。87年に藤江和子アトリエを設立して現在に至る。建築家とのコラボレーションによる家具デザインを数多く手掛ける。マル・アーキテクチャの2人とは、伊東豊雄氏が主宰する伊東建築塾で知り合ったそう

 2階のホテルは昨年7月の開業時に速報しているので、そちらを見ていただきたい。

 図書館は施設の延べ面積の7割強を占める。1階と中2階は一般書架や閲覧スペース、地下1階は児童書架を置き、計約23万冊を収蔵する。

メインエントランス付近の床、既存の六角形のタイル(写真手前側)と同じ色のタイルを新たに焼いて、床全体に敷き詰めた。エモい…。段差は、既存の床の上に輻射のためのパイプを設置したため。ここはあえて段差を見せているが、なだらかにつながる部分もある
メインエントランスを入ってすぐのところにある、見せ場の階段。さすが階段の名手、坂倉準三
これは庁舎時代に撮った同じ階段の写真
1階には波紋を描くように書架が並ぶ
天井の配管を目立たなくするために、白いメッシュの短冊を並べた。むしろ以前よりも梁が浮き立つ
庁舎時代はこんな感じで、梁の存在感は薄かった
ふさがれていたトップライトも復活
書棚は藤江和子氏が既存開口部のスチールサッシに触発されてデザインした
もちろんソファやテーブルも藤江氏のデザイン
照明デザインは岡安泉氏。これもスチールサッシとばっちり合っている
こんなシャンデリアも
外回り。六角タイルが屋外から室内に連続しているのがわかる。もともとそういうデザインだった
改修前のボロボロのスチールサッシ。スチールサッシとガラス(単板)は交換せずに既存のものを使っている。伊賀市の文化財に指定されているため、変えないことが条件だった
旧議場(2階)は学習・集会室に。両側にトップライトがある
ここには坂倉建築研究所がデザインした既存の椅子(手前)と、藤江和子氏によるテーブル、椅子が共存する
旧議場の前の廊下。なんて品のある椅子

 ホテルについても少しだけ。昨年7月に取材したときよりも、2つの中庭の緑(クローバー)が存在感を増していた。

2階の中庭。旧煙突は、下部のコンクリートを増し打ちして補強した

 前回の取材の時には知らなかったのだが、客室の入り口の木枠は、元からあったものだという。

既存の扉を取り外して、新たな扉を90度向きを変えて内側につけ、廊下からも見えるギャラリーのような空間にした
客室もマル・アーキテクチャによるデザイン
開口部は既存のスチールサッシの内側に障子を加えた

 ホテルの宿泊客は、予約時に好みのジャンルの本を伝えると届けてくれるそう。伊賀市は「全国初の『泊まれる図書館』」とアピールする。

保存再生に粘り強く闘い続けた前市長の存在

 内覧会の前日の3月28日に記念式典が行われた(筆者はこれには出ていない)。人づてに聞いた話だが、その式典に、最大の功労者とも言えるこの人↓は来ていなかったらしい。

旧市庁舎の保存再生を掲げ、粘り強く闘い続けた岡本栄・前市長

 行政的にはそうなのだろうとは思うが、改修が決まる前から取材していたBUNGA NETとしては、「すべてのモダニズム建築好きは、この人に感謝すべし」と言いたい。

 そもそもの始まりは2004年。上野市や伊賀町ほか計6市町村が合併して伊賀市が誕生。老朽化が目立ち始めた旧上野市の庁舎群(いずれも坂倉準三の設計)を建て替える話が持ち上がる。

 2012年夏には公民館と北庁舎の解体が開始。南庁舎は移転を段階的に進めるために解体が後回しになったが、新庁舎の設計は進んでいた。

 そんな中で行われた2012年11月の市長選に、旧庁舎の保存活用を掲げて出馬したのが岡本氏だ。前職は民放テレビのアナウンサーだった。

 岡本氏は大差で当選。市長になると、すぐに解体工事を止めた。

図書館に展示されている模型。岡本氏の市長当選で、南庁舎(現・SAKAKURA BASE)だけが残った。手前が公民館、右が北庁舎

 しかし、そこから議会との駆け引きが10年にわたって続く。

 新庁舎の移転新築を決めるまでに2年。その後も、残った庁舎をどうするかの議論はなかなかまとまらなかった。

 筆者が初めて訪れたのはそんな頃で、実はこのBUNGA NETで一番最初(サイト公開前の準備期間)に書いた記事は、庁舎の先行きを案じるこんな記事↓であった。

坂倉準三の旧上野市庁舎、民間企業との「対話型」調査で保存なるか(2020323日)

 2019年1月に新庁舎(設計:日建設計)が完成。2年後の2021年にようやく議会で民間参加のPF I事業とする方向性がまとまった。

 この事業はPFIとしては珍しい発注条件で、新築と改修の2つがセットになっていた。新築は、上野市駅の南西側にある成瀬平馬屋敷跡に建てる「忍者体験施設」。改修は、旧庁舎の「図書館・観光まちづくり拠点等」への変更だ。旧庁舎単独の再生事業としては長らく議会の合意が得られなかったものを、2つをセットにし、面的なまちの活性化を促すということで議会の賛同を得た形だ。

 2022年にPFI事業者を決める公募型プロポーザルを実施。3月に応募が締め切られ、5月に優先交渉権者が公表された。それを見て、筆者は歓喜の声をあげた。

 応募したのは1グループのみで、そこが当選した。なんだ、競争にもならなかったのか、と最初は気持ちがダウンした。しかし、構成メンバーをよく見ると…。

代表企業:株式会社ヒト・コミュニケーションズ
構成企業:
・株式会社図書館流通センター
・株式会社JNCエンタープライズ
・船谷建設株式会社
・有限会社マルアーキテクチャ
・株式会社伊藤工務店
・株式会社丹青社

 おお、マルアーキテクチャ!! その時に、嬉々として書いた記事がこれ↓だ。

坂倉準三・伊賀市旧庁舎再生事業の交渉権者決定、「MARU。architecture」の参画でさらに期待(2022年9月30日)

 岡本氏は市長を3期12年務めたが、工事が進む中で行われた2024年11月の選挙で落選した。伊賀市政に詳しくないので、岡本氏の他の業績についてはほとんど知らないし、どういう批判があったのかも知らない。しかし、このプロジェクトについての舵取りの素晴らしさは、施設の入り口に銅像を立てたいくらいだ。完成間際で表舞台から去るのは、さぞや無念だっただろう。

岡本氏は伊賀市を「忍者市」として国内外に発信した。最寄り駅である伊賀鉄道伊賀線・上野市駅の駅舎には、でかでかと「忍者市駅」と書かれている

 PFI事業のもう一方の核である忍者体験施設は、伊賀鉄道の線路の南側、図書館からは徒歩10分ほどのところに「伊賀流忍者体験施設『万川集海』」として2025年8月にオープンした。

忍者体験施設の4階から許可を得て撮影。4階のレストランを利用すると、これとほぼ同じ光景が見える

 筆者が日経アーキテクチュアの取材で岡本氏にインタビューした時(2022年)、岡本氏はこんなことを語っていた(太字部)。

かつて伊賀上野の小学校に通う子どもたちは、先生から「市役所や小学校の建物は有名な建築家が設計した」と教えられた。だから、私も子どもの頃から誇りに思っていた。坂倉建築を壊す話が出てきたときには、「地域の宝なのに、なんてことを言い出すのか」と思い、保存活動に加わった。(中略)

どこの自治体でも首長が確信を持って「この建物には価値がある」と言い続ければ、保存活用はできる。途中で折れないこと。そのためには結論を急がないことも重要で、時間をかけるうちに反対する人も徐々に考えを変えていく。

それと、自分を振り返ってみても、子どもたちに文化の価値をしっかりと教えることが、とても大切だと思う。

日経アーキテクチュア2022年7月28日号/有名建築その後/旧上野市庁舎(伊賀市旧南庁舎)(1964年竣工)/「坂倉のパルテノン、覚醒」 より)

日経アーキテクチュアの記事の見出しに「坂倉のパルテノン」とあるのは、当時の坂倉事務所のスタッフが「丘の上に立つパルテノン」をイメージして設計を進めた、と証言したことによる。この角度から見ると、確かにパルテノン。ゆっくりと丘に上る右手の階段は、今回の工事中に“発掘”され、それを生かしたもの

 ちなみにSAKAKURA BASEという名称は、事業者側からの提案ではなく、市の内部から出てきた案らしい。その話を聞いてすごく嬉しくなった。「子どもたちに文化の価値をしっかりと教えることが、とても大切だ」という岡本氏の思いがしっかり引き継がれているではないか、と。

 どなたかこれを読んだ伊賀市の方、岡本さんにそうお伝えください!(宮沢洋)

旧上野市庁舎 SAKAKURA BASE
■建築概要

伊賀市旧庁舎(旧南庁舎)再生プロジェクト
所在地:三重県伊賀市上野丸之内116
ホテル名称:泊船(はくせん)
主要用途:図書館、観光交流施設、宿泊施設(ホテル客室数19)
構造:RC
規模:地上3階(既存)

延床面積:約6,000m²
改修設計:MARU。architecture
構造設計:構造計画研究所

設備設計:シンフォニアエンジニアリング
環境デザイン:deXen
施工:船谷建設・伊藤工務店・上野ハウス
公式ウェブサイト・グラフィックデザイン:UMA/designfarm・SHEEP DESIGN Inc.
施設運営:船谷ホールディングスグループ

(全体の概要データはMARU。architectureウェブサイト プロジェクトページより)

■ホテル概要
施設名:泊船(はくせん)
ホテル開業日:2025年7月21日
所在地:三重県伊賀市上野丸之内116 旧上野市庁舎 SAKAKURA BASE
施設内容:ホテル(全19室、バリアフリー客室1室含む)、公共図書館、観光案内、カフェ
運営:船谷ホールディングスグループ

公式サイト:https://hakusen-iga.com/
設計:MARU。architecture
スタイリング:NOTA&design
家具:天童木工(坂倉準三建築研究所デザイン)
アート:安永正臣、壺田太郎、藤本玲奈
ロゴ・サイン:UMA / design farm
ウェブサイト:SHEEP DESIGN Inc.

■ホテル運営会社概要
会社名:船谷ホールディングスグループ
創業年:1877年
本社所在地:三重県伊勢市村松町1364番地8
代表者名:船谷哲司
公式ウェブサイト:https://funatani-hd.jp/

(泊船開業時のプレスリリースより)