内藤廣氏の「多摩美術大学新棟・講堂」が完成、2棟の対比は“赤鬼・青鬼”のバトルの産物?

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 内藤廣氏が設計した「多摩美術大学 上野毛キャンパス新棟」(本部棟・講堂)の内覧会が3月30日に行われた。新棟ができた多摩美術大学上野毛キャンパス(東京都世田谷区)は環状八号線からよく見えるので、気になっていた人も多いだろう。筆者もその1人だ。

多摩美術大学の新本部棟(左)と講堂(右)。環八と駒沢通りが交わる多摩美大前交差点(北側)から見る
おお、講堂の内部はこうなっていたのか!

 設計者は同大学の第11代学長を2023年から務める内藤廣氏だ。BUNGA NETで内藤廣氏といえば、“赤鬼・青鬼”。しかも、この建築、見るからに赤鬼と青鬼の対比に見えるではないか。

 このプロジェクトは『建築家・内藤廣 BuiltとUnbuilt 赤鬼と青鬼の果てしなき戦い』(内藤廣著、2023年刊、グラフィック社)の中で、両鬼の対話形式で紹介されているので、その引用と併せて内覧会の写真を見ていこう。

多摩美術大学新棟・講堂 2023年~/東京都

環状八号線沿いにある多摩美術大学上野毛キャンパスの本館と講堂の建替え計画。2025年に控える創立90周年記念事業である。本館は階高を高くして可変的な空間であり、清々しくおおらかで質実剛健な大屋根、講堂は学生の創作活動と地域とのつながりを育む、凹型シェルの大屋根で多摩美の新しい象徴となる。

[青] この大学の総括責任者である理事長の青柳正規さんから設計の依頼を受けた。

[赤]青柳さんといえば、文化庁長官も務めた人。この国の文化の元締めみたいな人だから、ちょっと緊張する。

[青] それに人脈と知識の情報量が格段に多い。以前からいくつかのつながりがあったけど、かなり突然の依頼、それも大学の重要な記念事業。ちょっと驚いたけど、いただいた信頼と重責、これは重いね。

パッションの赤鬼と理性の青鬼。内藤廣氏が描いた赤鬼・青鬼に、宮沢洋が一部加筆(このイラストはBUNGANETの連載時のものです)

[赤]多摩美っていえば、住居No.14筑波・黒の家のクライアントの井上雅之さん、住居No.27の堂本右美さん、志摩芸術村のコミッティーで一緒だった中村錦平さんと小清水漸さんと秋山邦晴さん。そして富山県美のユニフォームを特別にデザインしていただいた三宅一生さんは、晩年、交流があった。あと、グッドデザイン賞の審査委員長、オレたちの次が深澤直人さん、その次が永井一史さん、その次が柴田文江さん、その次が安次富隆さん、みんな多摩美の教授。すごいメンバー。何か縁を感じる。

キャンパス内の案内図。赤枠部分が今回のプロジェクト
模型

[青] 学内手続きを経て、設計することになった。敷地は環八に面した上野毛のキャンパスで、ここが発祥の地。この大学にとっては象徴的な場所。そこにある本部棟の建て替えだから責任は重い。途中から上野毛キャンパス全体の将来計画をつくるビジョンも求められた。

[赤]この建物を起爆剤に全体を変えていこう、という理事長の意気込みがひしひしと感じられたな。

[青] キャンパスの敷地がそれほど大きくないので、25mの高さ制限いっぱいまで使って容積を確保する必要があった。無駄のない筋肉質のしっかりとしたフロアを積み重ねること。

キャンパス内から見る。右が新本部棟、左が講堂
新本部棟1階のギャラリー「サーラブルゥ(Sala Blu)」。天井高約6mの大空間を可動パネルで分割できる。ガラスは、環八から活動が見えやすいように高透過低反射ガラスを使用

[赤]デザインや芸術の領域は、情報革命の最中でどんどん変わっていく可能性があるからね。先が読めない。

[青] 将来、どんな時代がきても使い続けられるような建物。そのためにはどうしたってシンプルな構成にしておく必要がある。

[赤]このキャンパスの中庭は貴重品で、大きな銀杏やケヤキが茂っている。中庭を中心に校舎が囲んでいるので、この中庭を最大限活かした建物にしたかった。大きな庇を中庭に差し掛けて、象徴的な半外部空間をつくるつもり。

新本部棟の見上げ

[青] これが目玉。この半外部空間が最大の個性になる。傍らに演劇などもできる講堂をつくることも求められ、こちらは本体とは対比的なコンクリートのシェル構造の建物をつくることにした。ここは環八と駒沢通りの交差点に面しているので、道路からの騒音も遮断しなきゃならない一方で、通りからのランドマークとして役割も担うわけだから、これがベストだと思う。

講堂
新本部棟から講堂を見下ろす。ボールをつぶしたような形のドーム屋根は、メッシュ型枠(トラスウオール工法)でコンクリートを打設した
講堂内。「オクルスホール」という名前に。「オクルス(Oculus)」はラテン語で「眼」を意味し、古代ローマ建築にも見られる天窓の形式を指すとのこと。柱はコルビュジエの「ユニテ」を思わせる異形柱

[赤]やっぱり、どこから見ても際立ったキャラをもたせなきやね。

[青] 設計を始めて数ヶ月が過ぎたある日、青柳さんから面談を求められた。あー、何か進めている内容に満足していないのかな、って覚悟はしていたんだけど、内容はまったく違う方面のことだった。

[赤]学長をやってくれないか、って。最初は何か聞き間違いじゃないかと思って、聞き直した。どうも本気らしい(絶句)。ちょっと考えさせてください、といって考える時問を少しもらうことにした。

[青] どうやら、設計の途中で、大学のことなどいろいろ話をさせてもらっているうちに、コイツは使えるかもしれない、と思ったんじゃないかな。光栄なことだけど。

[赤]まず真っ先に事務所のメンバーと相談、近しい友人にも聞いたんだけど、やっぱり、いいかどうかわからない。歳も歳だし、建築家としてのラストスパート、そこに全力を集中すべき、という考え方もあったかも。

[青] この歳になると、金も名誉も権力もいらない、欲もなくなる。鬼がおとなしくなるってことだよね。若い人はわからないだろうな。

環八側をセットバックして公開空地とすることなどにより、高さの緩和を受けている
バス停にもベンチができた。これはきっと近隣の人たちにもうれしい

[赤]でも、建築では回り道ばかりしてきたので、やってこなかったこと、やり残したことが山のようにある。残っているのは、それらに対する欲かな。

[青] もともと、東大を早期退職して建築に専念するはずだったのに、3.11が起きてしまってその対応に十年奔走した。その三陸の復興も一段落したし、これからようやくっていうときに、また違うものがやってきたわけだ。

[赤]どうも神様はオレたちが建築に専念するってのをやらせたくないみたい。きらわれているのかも。

[青] そういじけた見方をするもんじゃないよ。東大の土木に行ったときも、本当のところはわからなかったじゃないか。

[吉阪隆正]でも、わからない、っていうときはそこに踏み出すんだろうね。知らない世界を見ることができるのは、心踊ることだよ。出る杭は打たれるっていうけど、だったら出てみたらいいじゃないか、ってキミにいったことあるだろうずいぶんな歳になったけど、出てみるんだね。打たれるってのも、冒険だよ。

[青] これまで先生に煽られて、ずいぶん苦労してきたんですけど。

[吉阪隆正]今のところ、俺より十年も長く生きているんだから、それくらいのことはしろ。俺の人生のばらつき方なんて、ハンパじゃないからね。キミの人生なんておとなしいもんだよ。まだまだ。

[赤]っていうわけで、学長になりました。いろんなことに巻き込まれて、よくわからないけど。責任がより重くなった感じ。

内藤廣氏。新本部棟5階の学長室前のバルコニーにて

[青] 建物に関しては、発注する側とされる側を兼務するのは自邸以来、四十年ぶり。気になったので、発注者と受注者の整理をし、手続き的なことや法律的なことは整理してもらった。

[赤]要はより公正さを保つってこと。あとは、できあがる建物と空間がすべてを語ってくれるはず。

[青] オマエがヘマをやらかさなきや大丈夫だよ、たぶん。

バトルの末に生まれた講堂と新本部棟の対比

 両鬼(+吉阪隆正)によるこのやりとりは、2023年9月~12月に島根県立石見美術館(島根県芸術文化センター「グラントワ」内)にて開催された「建築家・内藤廣/BuiltとUnbuilt 赤鬼と青鬼の果てしなき戦い」展のために書かれたものだ(展覧会のリポートはこちら)。設計の最終コーナーでの想いをつづったものと思われる。学長を打診されたときの葛藤が生々しくて面白い。

グラントワで開催された「建築家・内藤廣/BuiltとUnbuilt」展にて

 今回の内覧会での筆者の印象を言うと、「赤鬼が大暴走」と思っていた講堂が意外に青鬼的空間で、「青鬼が理性的に進めた」と思っていた本部棟が意外に赤鬼大暴走だった。

だって、展覧会でこの模型を見たときには、「絶対に赤鬼でしょ!」と思った
何だこの形は…。まさにパッションの造形
ところが内部に入ると、この理性的な光…
音響のためのこの木ルーバー(ラジアタパイン)が気持ちを落ち着かせる
逆に、理性的に思えた新本部棟のこの片持ち庇のダイナミズム。これは体験しないとわからないかも…
大屋根の下で突発的なイベントが始まった
環八側では庇が街を映す。「無駄のない筋肉質」って言ってるけど、筋肉つけ過ぎでしょう
これも赤鬼の暴走? 保存した環八側の樹木を新本部棟のスラブで支えている。後付けではなく、構造計算に含めて設計したそう

 「こっちは赤鬼主導、こっちは青鬼主導」と分けて進めたのではなく、それぞれがバトルの末に生まれた対比なのだ。

 ちなみに、多摩美術大学の公式サイトには、完成を間近に控えた「学長」としての内藤氏の説明文も載っていたので、それも引用しておく。

建設に寄せて 多摩美術大学学長 内藤 廣

この建物の設計に取り掛かってしばらくして、青柳理事長からメモ書きをいただきました。

「雨露を凌ぎ、凍えることなく鉛筆が持て、熱中症の心配がない、そして友と師とがふれ合い、競い合い、絆を結ぶことのできる清朗な覆いさえあればいい」

これが設計に託された内容であり、この建物のコンセプトです。近年の建設費が高騰していますが、そんな中、質実剛健な建物を要望されたのだと理解しました。

まず、上野毛キャンパスの中心となる本館です。

特徴としては、仕上げは簡素ですが、その代わり教室などの天井を高くとっています。こうすれば、将来の転用もやりやすいし、冷暖房としてもゆとりのある空間になります。「凍えることなく鉛筆が持て、熱中症の心配がない」おおらかな空間になります。さらに、建物周囲にはバルコニーを廻らせています。これは、内部空間にゆとりをもたらすとともに、緊急時の避難にも役立ちます。

南東側から見る。確かに一見、質実剛健

1階のギャラリーは、天井を高く取り、さまざまな利用ができるようになっています。ここは表通りである環状8号線に向けて開かれており、いわば上野毛キャンパスのショーケースのような空間になります。

最上階の5階は、執行部と事務関係が入りますが、一番眺めの良い中庭を望める空間には学生サロンを設けています。「友と師とがふれ合い、競い合い、絆を結ぶ」、そんな空間がここに出現します。そしてこの上に、「雨露を凌ぐ」「清朗な覆い」である建物全体を覆う大屋根が掛かっています。

次に講堂です。

ここは大きな交差点の角に面しています。通りかかる人や車から目に止まるような建物にしてほしい、これも理事長からのご要望です。お椀を伏せたような個性的な建物です。この屋根の下、学生たちが集い、演劇や音楽などの催しができる空間を作ります。ギャラリーが開放的なのとは対照的に、こちらは、守られ、包み込まれるような空間になります。

上野毛新棟は、多摩美術大学の未来に新しい刻印を刻む建物になると思っています。大学のモットーである「自由と意力」の旗印のもと、ここが新たな教育と文化創造の拠点になるはずです。

新本部棟地下1階のメディアラボ

 なるほど、これは青鬼が書いた感じ? 学生たちには、赤鬼・青鬼の葛藤ももっと知ってほしい気もする…。

 いや、人間はそんなにわかりやすい二項対立ではない。多元的な真実を解き明かすことこそがクリエーション──というのが「自由と意力」を掲げる美術大学における、内藤学長のスタンスなのかもしれない。見た目と違う講堂と新本部棟の対比がまさにそうであるように…。(宮沢洋)

■建築概要
所在地:東京都世田谷区上野毛3-15-34
敷地面積:15,878.32㎡
延床面積:6,411.86㎡(本部棟)、795.62㎡(講堂)
構造:鉄骨造、一部鉄筋コンクリート造
階数:地上5階・地下1階(本部棟)、地上2階、地下1階(講堂)
設計・監理:内藤廣建築設計事務所
施工:前田建設

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