開幕速報:赤鬼が毒を引き出す「建築家・内藤廣」展@グラントワ、会場のイラスト案内図も現地で!

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 開幕前から大きな話題になっている「建築家・内藤廣/Built とUnbuilt 赤鬼と青鬼の果てしなき戦い」が、いよいよ9月16日(土)から島根県芸術文化センター「グラントワ」の島根県立石見(いわみ)美術館で始まる。会期は12月4日(月)まで。

「Unbuilt」の展示の1つ。「名護市庁舎」のコンペ応募案。これだけでも内藤ファンは見る価値あり(写真:宮沢洋、以下も)

 筆者は、会場設営追い込みの9月8日に、内藤廣氏が展示をチェックするのに同行した。最終の展示とはやや異なるかもしれないが、いち早くリポートする。(注:一般の方が撮影OKなのは、前室のインスタレーション、バナー類、展示Cの言葉の壁、静止画の映像のみ)

展示室Aは「Built」。写真は会場でもあるグラントワの展示
展示室Dは「Unbuilt」と「Ongoing(進行中プロジェクト)」。広くて数も多い! 会場設営中の写真なので、実際とは異なる可能性も
「Unbuilt」の中でも特に内藤氏の思い入れが深い「アルゲリッチハウス」。アルゲリッチは世界的なピアニスト

 前回の記者発表時のルポで肝心なことを書き忘れたので、まずそれから。それは、会場の「グラントワ」(内藤廣氏の設計で2005年完成)が島根県益田市にあるということ(益田市有明町5-15)。松江ではない。松江にあるのは島根県立美術館で、内藤氏の師匠である菊竹清訓氏の設計だ。益田ってどこ? なんか遠そう…。 いやいや、萩石見空港からアクセスすると、空港からJR益田駅までバスで十数分、そこから徒歩10分ほど(あるいはバス)なので、むしろ島根県立美術館よりも早く着く。日帰りも余裕で可能だ。1泊して松江方面や萩方面を見るのも楽しい(両都市の間にある)。

 なぜ、筆者が内藤氏の現地チェックに同行しているかというと、筆者が会場で無料配布されるイラスト案内図(A3判の表と裏)を描いたからだ。資料をもとに描いたイラスト↓が正しいかの現地チェックでもあったのだ。

イラスト案内図の表の一部。表は美術館内をカラーで紹介している
裏面の一部。裏はグラントワ全体の見どころをモノクロで紹介。個人的には裏面の落ち着いた感じが好き

 主催者側に片足を突っ込んだような立場であったので、前回のルポで盛り上げながらも、実は少し心配していた。会場がとにかく広い。「Built(ビルト=建設された建物)とUnbuilt(アンビルト=実現しなかった建物)」という2本立ては面白いが、会場の設営イメージ図を見ると、目玉の大物が乏しいように感じた。1分の1模型とか、天井まで届きそうなインスタレーションとか…。イラストに書きやすい“中心性”がないように感じたのである。内心、内藤さん、大丈夫ですか?…と。

これが切り札か! 赤鬼が引き出す毒気

 だが、会場を見て安心した。なるほど、これが切り札か!と感心した。内藤さんが自ら書いた赤鬼・青鬼の対話(果てしなき戦い)がめちゃめちゃ面白いのである。情熱的で自己主張の激しい赤鬼と、まじめでクールな青鬼。会場内の約80のプロジェクトに、すべて赤鬼と青鬼のやりとりが付いている。これをじっくり読んでほしかったから、いや「読ませる自信」があったから、あえてフラットな構成にしたのだろう。

手前が赤鬼と青鬼の対話。赤字が赤鬼で、青字が青鬼

 予想以上の鬼コメントのボリュームと内容の濃さに、「これはどのくらいかかって書いたんですか?」と内藤さんに聞くと、「3日くらいで集中して書いた」とのこと。アンビリーバブル…。これ普通の人が書いたら1~2か月かかるぞ。

 鬼コメントは「Built」の展示物にもついているが、やはり面白いのは「Unbuilt」の方。例えば、「日立市庁舎」こんな感じ。

こんな市庁舎ができたら画期的だったはずなんだけど。

ブチブチいうなよ。妹島和世さんの故郷なんだから仕方ないだろ。情熱と執着に負けたんだよ。審査委員長は古谷誠章さんだった。最終選考に残ったけど、惜しくも………。

実現した当選案は………。

行ってみたけど、不思議な半外部空間のシェルターだなー。理解できない。たぶんオレたちの想像力が貧しいんだろうなー。

オレらの案の屋根は合理的だね。木の梁もスパンがそんなに飛んでいなくてモジュール化されているから、つくるのは案外簡単にできるかもしれない。

どこかでまた挑戦してみるか。

 なんて本音…。これは内藤さんでないと書けない。

 こういう文章を読むと、内藤廣ツウであれば思い出すのは、若き日(早稲田の大学院時代)に『新建築』に書いていた『月評』であろう。実作もないのに、最前線の磯崎新を批判する恐れのなさ…。近年の(といってもこの20年くらいの)内藤さんは、公職もあってその発言や文章からそういう毒気は影を潜めていた。本展でいう青鬼的な発言になっていた。しかしここでは、情熱的な赤鬼が煽ることで、クールな青鬼も本音を吐露する。内藤氏の毒が存分に味わえるのだ。

勢いと冷静さの共存は「VIVANT」的?

 鬼たちは自分の案の方がよかった、とぼやくだけではない。人の案を褒め、自らを省みているプロジェクトもある。例えば、「明治神宮ミュージアム」。

負けが続いているときの提案って、何が足りないんだろうね。

やっているときは没入しているから、これが絶対にいいって思っているけど、後から見ると何かが足りない。この案なんか、敷地の条件を考えれば、構成も平面も技術もベストだと思うんだけど、やっぱり理解してもらうためのパースが弱いのかなあ。

このコンペは、新国立競技場問題が白紙撤回になった後なので、立場は全然違うけど、なんかリベンジするみたいな気持ちがあったなー。

さんざん揉めたからねー。これを取ってスッキリしたかった。

でも結果は真逆で、ここも隈研吾さんが当選した。神宮とは相性がいいのかな。交通動線の処理の仕方など、ちゃんと提案していたりして、やっぱりうまいね。

このそつのなさがオレたちに欠けているところだね。

かなり欠けている。

なにかそれほど大事でもない問題、後から考えるとなんとかなるような問題、そういうところから丁寧かつ鮮やかに解かれたかのような案を示されると、事務局や審査委員は、そこまで考えてくれているのか、ってよい印象を持ってしまうんだよ、きっと。

オレたちは、とかく、大事なものをどこまで押さえられるっている生真面目な方向でつい考えてしまうけど、コンペっていう短期間でそんなものはなかなか見つからないし、見つかったとしても、それを提案の中心に置いてしまうと、なにか啓蒙的な上から目線のトーンが出て、審査する側から見るとウザイのかもしれない。キミにいわれなくたってわかってるよ、とか。

 なんて冷静な自己分析。今、テレビで話題の「VIVANT」の主人公を見るようだ。(当然、本展の企画はその放映のずっと前から始まっている)

 会場内の赤鬼・青鬼の対話をすべて読んだら、3時間くらいかかった。でも、全く読み飽きない。次は?次は?と、ぐいぐい引き込まれた。

展覧会をグラントワで開く意味

 そして、イラストを描くために何度かグラントワを訪れて、内藤氏がなぜこれだけの規模の展覧会をここで開くことを引き受けたのかも分かった気がした。内藤氏の人気なら、都内でいくらでも展覧会が開けるはずである。それをここでやるのは、グラントワを実際に見てほしいからだろう。WEBメディアをやっている人間が言うのも何だが、写真でわかる情報なんて現地で感じることの数%である。メディアに載らない個人的な気づきにこそ、実は建築体験の本質がある。

搬入口がこんなにかっこいい建築ってほかにないのでは…

 繰り返すと、会期は12月4日(月)まで。充実した図録が出るようなので内容はそちらでも分かると思うが、筆者としてはこの機に空間を体で感じることをお薦めしたい。イラスト案内図もぜひ現地で。(宮沢洋)

■「建築家・内藤廣/Built とUnbuilt 赤鬼と青鬼の果てしなき戦い」
[会期]2023年9月16日(土)~12月4日(月)
[開館時間]9:30~18:00(展示室への入場は17:30まで)
[休館日]火曜日
[会場]展示室A・C・D

公式サイトhttps://www.grandtoit.jp/museum/hiroshi_naito_built_unbuilt