隈研吾氏の鎌倉彫ファサード「BAM」が9月23日に開館、徒歩数分のカマキンと併せて考えたい“小建築の力”

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 隈研吾氏が設計した英国アンティーク博物館〈BAM鎌倉〉が9月23日にオープンする。「隈研吾氏が鎌倉彫をモチーフにした伝統的デザイン」と書かれた案内状が届き、『隈研吾建築図鑑』の著者である私(自称・隈研吾ウオッチャーの宮沢)としては見ないわけにいかない。9月17日午後に行われた懇親会と内覧会に参加してきた。

(写真:宮沢洋)

 立地は鶴岡八幡宮の参道・若宮大路沿い。鶴岡八幡宮の三の鳥居から数分。英国文化にひとかたならぬ情熱と知識を持つ土橋正臣氏(鎌倉アンティークス代表)による私設ミュージアムだ。

 たくさんの報道関係者が来ていたので、英国アンティークの貴重な展示物については他の記事を見てほしい。私はファサード(正面外装)についてだけ書く。

 建物は鉄骨造・地上4階建てのペンシルビル。リリースの写真で想像していたよりも小ぶりな印象だ。なぜ写真だと大きく見えるかというと、正面のルーバーの彫刻風パターンが上にいくほど小さくなっていて、遠近感が強まるから。この辺りの“映え効果”にまず「さすが」と思う。

 「鎌倉彫」というのは「カツラやイチョウなどの木を用いて木地を成形し、文様を彫り、その上に漆を塗って仕上げた工芸品で、鎌倉市及びその周辺地域で作られたもの」を言う(鎌倉彫工芸館のサイトより)。

 この外装は、木ではあるが漆を塗ってはいない。鎌倉彫風はその制作方法ではなく、鎌倉彫の背景にしばしば現れる魚のウロコのような凸凹だ。建築の仕上げでいうと、「ちょうな」を使った「はつり仕上げ」だ。

 このファサード、確かに「鎌倉彫」と言われると「そうか!」と思う。伝わりやすさはさすが隈氏。

左が隈氏、 右が土橋正臣氏

 でも、「英国アンティークになぜ鎌倉彫?」と思った。そこはリリースには書いていなかったが、懇親会で隈氏が自ら説明した。「ちょうなで木をはつる文化は日本だけでなく、イギリスにもあった」と。

 なるほど! 記憶に残る逸話。「ちょうな」というプリミティブな木工具が、家具制作の盛んなヨーロッパで使われていたことは、考えてみたら当たり前のことなのだが、そこをきれいに結び付けて語るプレゼン力は、見事としか言いようがない。

天井ルーバーはファサードの「写し」

 以下は、現地で設計担当の吉里光晴氏(隈研吾建築都市設計事務所設計室長)に聞いた話。

 外装の木ルーバーはヒノキで、1階天井の木ルーバーはスギ。鎌倉彫ではかつてヒノキも使われていた。

 3次元の曲面は、家具を加工する機械で削った。

 当初は1枚ものの板を削ることを考えていたが、不燃加工にするのが困難であるため、不燃の既製品の木材をルーバー状に並べることにした。

 外装のヒノキルーバーと1階天井のスギルーバーは、曲面加工する段階で1本ずつ交互に並べて、一度に削った。

 これも、なるほど、である。ということは、1階天井のスギルーバーは外装のヒノキルーバーの写しになっているということか! こういうのも人に話したくなる小ネタだ。

 外装のヒノキルーバーは縦方向に4分割され、全体では20以上のパネルをつなぎあわせて壁面を構成している。よく見ると、曲面の棟の部分にパネルの継ぎ目が見える。

 近年、隈氏が外装に木ルーバーを使う建築では、木材に液体ガラス処理を施して変色しにくくしているものが多いが、ここではクライアントが自然なエイジングを重視したため、そうした処理はしていないという。5年後、10年後にどんな見え方になっているのか楽しみだ。

英国アンティーク博物館〈BAM鎌倉〉施設概要
所在地:神奈川県鎌倉市雪ノ下1-11-4-1
営業時間:10:00-17:00(変更になる場合あり)
休館日:月曜(祝日の場合は開館)
開業日:2022年9月23日(金・祝)
発注者:鎌倉アンティークス(代表 土橋正臣)
設計:隈研吾建築都市設計事務所
施工: キクシマ
相談役:北原照久(ブリキのおもちゃ博物館 / トーイズ代表取締役)
〈BAM鎌倉〉公式ウェブサイト
https://www.bam-kamakura.com/

小建築でも歴史はつくれる

 ところで、建物以上に驚いたのは、招待された関係者と報道陣の多さ。4階建ての小さな建物に、である。こういう都市の中小ビルを80年後半から90年代序盤には「アーバンスモールビル」と呼んでいた(少なくとも古巣の日経アーキテクチュアでは)。アーバンスモールビルは、大型建築や公共建築を目指す若い建築家たちの登竜門だった(こちらの記事参照→池袋建築巡礼11:直径45mの見えない球体? バブル期USBへの熱き挑戦を「フラグメント・ビル」に読む

 「国立競技場」を設計した隈氏がこの規模の建物でこれだけの人を集めてしまうのだから、若手はかなわんだろうなと思う。でも、「ちぇっ」とばかり言っていないで、せっかくならばこれを見て、「自分なら一体どうするか」を考えてみるとよいのではないか。私は設計を全くやらないが、「自分ならば」と考えてしまった。

 そして鎌倉まで行くなら、必ずここも見たい。歩いて数分の旧神奈川県立近代美術館(1951年)。

 坂倉準三(1901~69年)の代表作である旧神奈川県立近代美術館(通称カマキン)は、2016年に閉館し、2019年6月に「鎌倉文華館 鶴岡ミュージアム」となり、さらに今年1年間は「NHK大河ドラマ館」となっている。その建築的素晴らしさはこちらの記事(日曜コラム洋々亭03:いよいよベスト3!「令和」建築界グッドニュース)を読んでいただくとして、ここで言いたいのはその小ささだ。鉄骨造・地上2階建て、1575㎡。

 隣にあった新館がなくなってから見たことのない人は、行ってみた方がいい。本当に小さい。あっという間に見終わる。こんな小ささでも、歴史に残る建築はつくり得るのだと、逆に心を打たれる。

「鎌倉文華館 鶴岡ミュージアム」 になってからはこちらの大階段は閉じられていたが、「大河ドラマ館」の間はこっちが入り口なので、それも見どころ

 隈氏の鎌倉彫ファサードを見て「自分だったら」と闘志に火をつけ、さらにカマキンを見て「自分だったら」と考えてみる1日は悪くないのではないか。この秋、鎌倉はお薦めである。(宮沢洋)