「最もリスキー」な案を実現、エバーフィールド木材加工場は熊本の建築文化底上げの象徴

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 いま、熊本の建築が再び熱い。「再び」というのは、くまもとアートポリスのスタート時(1990年代前半)の熱気を知っている50歳代以上の人は共感してくれると思う。「なぜ再びなのか」については、この記事に思うところを書いた(→「事件」より「継続」、磯崎新がくまもとアートポリスで選択した実験の正しさ)。いろいろ要因はあるが、くまもとアートポリス事業が長く続いたことで、自治体の職員や民間発注者の意識が変わってきたことが大きいと筆者は考えている。

エバーフィールド木材加工場(写真:特記以外は宮沢洋が2023年8月に撮影)

 象徴的なのがこのプロジェクト↑ではないか。熊本市の建設会社、エバーフィールドがくまもとアートポリスに参加して実現した木材加工場だ。設計者は小川次郎/アトリエ・シムサ+小林靖/kittan studio+池田聖太/3916。2020年に実施された公募型プロポーザルで選ばれた(審査員長はくまもとアートポリスコミッショナーの伊東豊雄氏)。小川次郎氏はアトリエ・シムサを主宰し、日本工業大学建築学部建築学科教授を務める。

設計の中心になった小川次郎氏

 伊東氏は審査講評でこう評していた。「最優秀賞の『小川次郎/アトリエ・シムサ+kaa』の提案は、これまでに見たこともないような木構造の提案でした。審査員から小中断面材で構成されるレシプロカル構造を試みるという意味ではプロジェクトのスケールに向いているという意見がありました。5案中、最もリスキーな要素も多いが、圧倒的な独創性を持った提案であることが審査員一同で共有されました。解決しなくてはならない施工上の問題などが幾つか残っておりますが、実現した折には広く見学者がやってくる斬新な建築になると確信しているところです」。

 「最もリスキー」な案を選ぶってどういうこと?と突っ込みたくなるが、関係者に聞いた話ではこの案を強く推したのは審査員の1人であったエバーフィールドの久原(くばら)英司代表であったという(それ以外の審査員は桂英昭氏、末廣香織氏、曽我部昌史氏)。

 エバーフィールドというのは只ものではない会社で、筆者が『日経アーキテクチュア』の編集長を務めていた2017年には、「編集部が選ぶ 10大建築人2017」の1人に久原氏を選んでいる(こちらの記事)。

 施主の腹のくくり方がすごければ、やはり建築家も全力でそれに応えるものなのだろう。プロポーザル案から全く弱まることなく、「これまでに見たこともないような木構造」(伊東氏)が実現している。構造設計は山田憲明氏だ。

 以下は、くまもとアートポリスの公式サイトからの引用だ(太字部)。

エバーフィールド木材加工場は、建設会社の木材加工場として計画された
熊本県産の小国杉を使い、小中断面で材長4m以下の製材が互いにもたれかかるように支え合う「木造レシプロカル構造」により、これまでに見たことのない、新しい木造空間が実現できた。この美しい空間の実現にあたっては、建築家と構造家の提案力、プレカット施工者との間で作成した3次元の施工図を基に、施工を行った大工の高い技術力が集結された。自然災害からの住まいの再建の原動力となる木造建築産業のさらなる活性化のため、また、大工の育成や技術力の向上を図るためのスペースとしても計画されており、さらに、地域の災害時の一時的な避難所としての活用も期待されている。

■建築概要
(中略)
ここでは、小中断面で材長4m以下の製材が互いにもたれかかるように支えあう〈木造レシプロカル構造〉により、無柱大空間が成立している。この建築における〈木造レシプロカル構造〉とは、主に4寸角(120mm角)とその半割の部材からなる3角形のユニットを単位として、これらが互いに〈支えるー支えられる〉という関係を繰り返すことで、建物全体が構造的に安定する仕組みである

一般に、〈木造レシプロカル構造〉は屋根架構に限定して用いられることが多いが、この建築では屋根、壁を含むすべての構造的部位が同システムで構成されている点に特徴がある。ドーム状の大屋根と壁をスムーズ接合しつつ敷地境界を越えないように平面形状を雁行させる、間口の小さい敷地に大型車がアプローチしやすいように平面を隅切りして搬入口を設けるなど、意匠と構造が連動し全体を滑らかに構成する上で、柔軟性に富むこのシステムが有効に機能している。

木は「生物材料」と呼ばれることがある。生き物のように気候に応じて水分を増減させ痩せたり太ったりする、曲げやすくしなりに強い、フィトンチッドの効果により人々をリラックスさせ、CO2を吸着して地球環境の保全に貢献する、等々。含水率や強度のバラツキ、ヒビの有無、木目や色味の偏りといった一見デメリットと思われる性質も、材料それぞれの個性として捉え、適材適所に用いて活かすことができる。こうした木の性質に根差した、あたかも呼吸するかのような建築がここに実現している。

■建築データ
名称 エバーフィールド木材加工場
所在地 上益城郡甲佐町大字府領892
主要用途 工場(木材加工場)

事業主体 株式会社エバーフィールド
設計者
 建
築 小川次郎/アトリエ・シムサ+小林靖/kittan studio+池田聖太/3916
 構造 山田憲明構造設計事務所
 設備 環境エンジニアリング
施工者
 建築・機械 株式会社エバーフィールド
 電気 株式会社TM・エージェント
敷地面積 1,595.41m2

建築面積 859.17m2
延べ面積 638.98m2
階数 地上1階
構造 木造
外部仕上げ

 屋根 ガルバリウム鋼板縦はぜ葺き
 外壁 ささら子下見板張りの上自然保護塗料塗布
施工期間 2021年12月~2023年10月
総事業費 300百万円

 実は、筆者が見学したのは1年前の夏だったのだが、外回りがまだ工事中だったので、同じくまもとアートポリス事業の「高森駅」のリポート(こちらもレシプロカル構造、この記事)と合わせて今、公開することにした。以下は工事完了後の写真だ。

(写真提供:くまもとアートポリス)
(写真提供:くまもとアートポリス)
(写真提供:くまもとアートポリス)
(写真提供:くまもとアートポリス)
(写真提供:株式会社エバーフィールド)

 エバーフィールドのサイトを見たら、木材加工場の見学申し込みのぺージが出来ていた。興味のある方はこちらへ。(宮沢洋)