清水建設は、明治期から140年の歴史をもつ「東京木工場」(江東区木場2丁目)の全面建て替えを完了し、2月19日、メディアに初公開した。大きくは「工場棟」と「来客棟」の2棟で構成される。いずれも鉄骨造・一部木造で、屋根と耐力壁などの構造体に木材を使用。木工場ということもあり、木部に技術的な挑戦が数多く見られる。

筆者(宮沢)は前職の「日経アーキテクチュア」時代、“都市木造番”だったので、この手の建築を見るとテンションが上がる。

技術的な話の前に、まずは建て替えの経緯をプレスリリースから(太字部)。
東京木工場は、1884(明治17)年に清水組の木材加工場として現在地に開設され、多くの匠によって磨かれ、受け継がれてきた精巧な木工技術は数多くの歴史的建造物にも採用されています。東京木工場の施設群は、戦後の経済成長とともに工場設備を拡充しながら木工事の需要に応えてきましたが、老朽・狭あい化から工場としての機能向上や作業・執務スペースの集約による業務効率化に向け、2021年4月に全面建て替えを機関決定しました。
建て替え前の東京木工場は、工場や事務所棟など11棟、総延床5,555.45m2の施設群から構成されていました。着工後、木工場の稼働を続けながら、順に解体、新築を進め、第1期工事(2022年3月~23年7月)として「来客棟」を建設。完成した来客棟を仮工場として使用しながら、第2期工事(23年8月~25年2月)で「工場棟」を建設し、分散していた工場機能を工場棟に移転・集約する一方、事務所の機能を本来の来客棟に移転。

最後の第3期工事(25年3月~26年1月)でエントランスとなる「森のギャラリー」や植栽により都市を潤す「体験の森」などの外構工事を行い、全ての建て替えプロジェクトが完了。東京木工場は、建て替えプロジェクトのコンセプトに掲げた「木の文化・技術・魅力の発信拠点」に生まれ変わりました。
では、技術面の話へ移る。リリース(太字部)+筆者の補足で見ていこう。
■工場棟(S造一部木造3階建て、延床面積3,814.98m2)

工場棟は3階建てで、耐火建築物。1階が技術開発ゾーン、2~3階が伝統技術ゾーン。
主要2棟(工場棟と来客棟)の耐震壁(構造壁)は、木材により構成されています。工場棟は集成材による「CLT耐力壁」を採用し、来客棟は一般流通材による「高耐力木質面材壁」を 採用しており、スリムで高い構造耐力と木質ならではの温かい質感を兼ね備えています。


工場棟の屋根架構(スパン15.9m)は、上弦材に集成材を使った「スリム耐火ウッド張弦梁」を、下弦材に鋼材を用い、上弦材の圧縮力と下弦材の引張力により、無柱の大空間を実現。スリム耐火ウッド張弦梁構造は、耐火性能を有する革新的な木質構造として、ロングスパンの建物への採用拡大が期待されています。

補足すると、耐火木造は構造材である木部(芯材)にいかに熱が伝わらないようにするかが技術的な肝となる。一般的な耐火木造ではシンプルな直線の梁が普通で、接合部も含め外から金属部材が見えることはまずない。金属部の温度が高くなると芯材に着火してしまうからだ。ここでは下弦材と上弦材が接する部分にモルタルを挿入することで、熱が伝わらない仕組みにした(下の写真の赤丸部分)。

もしこれが張弦梁でなかったら、集成材の梁せいが倍くらい必要になるという。
■来客棟(S造一部木造2階建て、延床面積1,354.26m2)

来客棟は地上2階建てで、準耐火建築物(ロ準耐1)。1階は資料館と木育室。2階は事務室と会議室。
来客棟の屋根架構(スパン10.8m)には、新開発の「木質アーチ梁・千鳥継手システム」を採用しています。梁の構成に大きな特徴があり、中材とこれを両側から挟み込む側材を千鳥状に配置し、クサビとビスのみの簡易な接合ながら、明確な弱点をつくらずに力を伝達する新しい仕組みです。一般流通材を使用した均一部材の組み合わせによって、さまざまなスパンの木質構造を実現することができます。






工場棟に用いたCLT耐力壁は48枚(合計416m2)、来客棟の高耐力木質面材壁は36枚(216m2)で、耐震壁の木材使用量は工場棟が87m3、来客棟が26m3。また、両棟での木質架構の適用により、最上階天井の木材使用量は工場棟(天井面積1,054m2)が127m3、来客棟(539m2)が65m3で、これに仕上げ材の木材を加えた今回の建替えプロジェクトの木材使用量は工場棟232m3、来客棟95m3、森のギャラリー(木ルーバー)59m3を合わせ、全体で386m3となりました。

大ゼネコンの自社施設ということでチャレンジ満載ではあるが、特に“スパン方向”の挑戦に特色があると言ってよいだろう。
ところで、清水建設の前身は、1804年(文化元年)に大工棟梁・清水喜助が江戸で創業した「清水組」であることは多くの人がご存じであろう。創業者もすごかったのだが、筆者は個人的に、その跡を継いだ二代・清水喜助をリスペクトしていて、昨年暮れに「ライフルホームズプレス」にこんな記事↓を書いた。ぜひそちらもご覧いただきたい。(宮沢洋)

