いよいよ大阪・関西万博の年となった。開幕は2025年4月13日(日)。建築界の片隅を担う人間として、やるからには建築への関心を高めたい。筆者が注目している万博施設について、余力のある限りお伝えしていく(一応言っておくと、この万博シリーズはすべて自腹取材である)。
今回リポートするのは、日本ガス協会が出展するガスパビリオン「おばけワンダーランド」だ。日建設計が基本設計、日建設計と奥村組の設計共同体が実施設計、奥村組が施工を担当した。

ガスパビリオンは「化けろ、未来!」をコンセプトに、おばけのキャラクターが案内役として登場する体験型の施設。専用のゴーグルを装着し、AR(拡張現実)やVR(バーチャルリアリティー)の技術によって、おばけの世界に入りこみ、温室効果ガスの削減に向けた取り組みやエネルギーの大切さを遊び感覚で理解してもらう。
少し前になるが、10月下旬に、日建設計設計グループアソシエイトの石原嘉人氏と、奥村組の中川英臣所長に現場を案内してもらった。着工したのは2023年11月。演出用の内部の工事はこれからだったが、建築工事はほぼ完了していた。


設計担当の石原嘉人氏とは現地で初めて会って名刺交換したのだが、何だか名前を見たことがあるなと取材中にずっと気になっていた。東京に帰ってから、「NBF 大崎ビル」や「桐朋学園大学音楽学部調布キャンパス1号館」の担当者だと気づいた。前者では、本サイトでおなじみの山梨知彦氏と連名で日本建築学会賞作品賞を受賞している。後者も作品賞を取ったプロジェクトだ(こちらの受賞者名義は山梨氏・向野聡彦氏となっている)。
本サイトでリポートしたこれ↓の設計も担当していた。
どれもかなりの挑戦系プロジェクト。そんなことを知って、このパビリオンの貪欲な挑戦にも納得がいった。
山留め用のリース鉄骨を構造材に使用
場所は大屋根(リング)の西側。隣にある「西陣織パビリオン」(設計は高松伸氏)と並んでかなり目立つ。鉄骨造で、延べ面積は約1558m2。最大高さ約18mの複数の三角形で構成される造形と、銀色に光る膜素材がデザインの特徴だ。

石原氏をやたらとフィーチャーしてしまったが、もちろん1人で設計しているわけではない。日建設計では、小谷陽次郎・石原嘉人・土田昌平(元所員)の3氏が担当。実施設計以降は奥村組との共同だ。
設計チームの挑戦としては、大きく2つのポイントがある。①「エネルギー負荷の軽減」と、②「3R」(リデュース、リユース、リサイクル)だ。
①に関しては「スペースクール(SPACECOOL)」という新素材を使っており、見た目のインパクトも強烈。そのため、このパビリオンに関するこれまでの報道を読むと、どれもスペースクールの説明だけで書く方も読む方も力尽きてしまう。しかし、あまのじゃくの筆者が注目したいのは②の方。この記事は、①は後回しにして、②から説明する。
②の「3R」で特に注目すべきは「Reuse(リユース=再利用)」。パビリオンを支える構造部材に、再利用が可能なリース品の鉄骨部材を使用しているのだ。こんな大きな鉄骨がリース? 使い回すところないでしょ? と思ってしまうが、通常は仮設工事の「山留め」に使うものなのだいう。大型建築の基礎工事などで、掘削時の一時的な土留めのために使用される規格品で、利用後はリース会社に返却される。

「リースの鉄骨が建築の構造体に使われることは極めて珍しい」と石原氏は言う。それはそうだろう。
当然のことながら接合部に工夫がいる。もともと空いている穴も使うが、ガセットプレート(部材を取り付けるための「受け」のプレート)を溶接して接合する部分もある。通常の山留めでもそういう箇所が発生するので、少量であれば返却時に元の状態に戻して再利用できるとのこと。




施工では、段階的な仮設足場も含めBIMを駆使して検討することで、効率的な計画を行った。
「宇宙に熱を捨てる」新素材・スペースクール
①の「エネルギー負荷の軽減」の目玉は、新素材「スペースクール(SPACECOOL)」。大阪ガスが開発し、同社出資のSPACECOOL社が利活用の開発と販売を行っている「日中放射冷却素材」だ。「宇宙に熱を捨てることでゼロエネルギーで冷える革新素材」を謳う。なんだかSF的。

この素材は2024年のグッドデザイン賞金賞を受賞している。同賞の公式サイトではこう説明されている(太字部)。
【デザインのポイント】
・放射冷却原理により宇宙に熱を捨てることで、日中でもゼロエネルギーで冷えるという革新的な素材。
・光工学の技術を駆使した、独自設計の多層構造を持つしなやかな厚さ0.1mm未満の麗美な光学シート。
・地球温暖化による暑熱課題へのソリューションとなり、カーボンニュートラル社会の実現に寄与。
【背景】
ゼロエネルギー冷却という新たな概念の実現を目指し、開発をスタート。独自設計の多層構造を持つ厚さ0.1mm未満の光学シートが完成。夏場の屋外環境で外気温と比較し、最大約6℃の温度低減を立証。お客様が持つ屋外資産の表面に使用するため、素材の質感にもこだわった。素材の表面にエンボス加工を施した白と銀の2色展開により、洗練された出で立ちを実現。屋外資産のさらなるデザイン性向上を目指し、フィルム、膜、マグネットシートなど、様々な素材と融合させた製品を開発し、各資産に最適な佇まいを与えられるようにした。導入先は多様で、洗練されたシルバーの外観を持つCOOL分電盤、広大な市松模様を織りなすルーフシェード、未来を感じる先進的な外観の2025年大阪・関西万博のガスパビリオンなど。いずれも美麗なデザインを創出している。
放射冷却の仕組みを詳しく知りたい方はSPACECOOL社の公式サイトを見てほしい。


この素材の使用により外壁を構成する部材が減り、「Reduce(リデュース=材料の削減)」にも大きく貢献する。
いかにも万博らしい素材だ。素材自体も面白いのだが、筆者が驚いたのはこれの取り付け方。解体時に取り外しやすいように、ロープでとりつけているのである。それなのに安っぽいテントには見えない。素晴らしい!



「リユースだからこの程度かと思われないようなデザインを目指した」と石原氏。筆者のようにいちいち驚く人間を見ると、「してやったり」といったところだろう。実際、筆者の過去の記憶をフル回転で思い起こしても、この規模でここまで3Rに挑んだパビリオンを筆者は知らない。
奥村組の中川英臣所長は「いつもの現場とはすべてが違う感じの現場だったが、新しいことにチャレンジするのはとてもやり甲斐があった」と語る。
伝説のパビリオンに寄せている?
ところで、見出しに「コルビュジエ越え」と書いたのは、形がこれ↓に似ているからだ。

ル・コルビュジエが、当時スタッフだったヤニス・クセナキスとともに設計したブリュッセル万博(1958年)の「フィリップス館」だ。造形の斬新さと、後に音楽家となるクセナキスが主導した前衛的な音楽・映像は万博建築史の“伝説”となっている。
石原氏に「フィリップス館に寄せてますよね?」と質問すると、石原氏はニヤリとしただけで何も答えなかった。

公式回答としては「設計チームでは全く意図してなかった」ということだが、間違いなく寄せている、と筆者は思う。子どもたちは、パビリオンのテーマである「おばけの形だ」と喜ぶのだろうと思うが、大人、特に建設関係者には別の意味を持つダブルミーニングなのだ。
筆者が想像するに、「かつての万博では外観と演出が優れていれば伝説になれたが、これからは、それに加えて環境的な提案を競う時代なのだ」というメッセージなのではないか。石原氏のニヤリに、勝手にそういう思いを読み取ったのであった。(宮沢洋)