建築の愛し方21:「ブラタモリ」でやり残した“人知”の面白さを「すこぶるアガるビル」では前面に──NHKエデュケーショナル・相部任宏氏

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 2024年は“建築文化の民主化元年”だ、という話をあちこちでしている。2月に第1回「みんなの建築大賞」が発表となり、5月に第1回「東京建築祭」が開催された。筆者(宮沢)はどちらにも関わっているが、それぞれは別のところで話が持ち上がり、たまたま同じ年にスタートを切った。いわば“時代の共振”。そして、気になっていたもう1つの共振が、NHKの番組「すこぶるアガるビル」だ。コロナ禍の2021年11月に初回が放送。その後、5話が不定期に放送され、今年4月から5月にかけて一挙6話が毎週水曜日に放送された。

番組タイトル(NHKの公式サイトより)

 見ていない人のために、過去放送のラインアップは下記のとおり(放送順)。

●すこぶるアガるビル(パレスサイドビル・日生劇場 ・京王プラザホテル・新宿三井ビル)/初回放送日:2021年11月13日
●ホテルニューオータニ・新宿小田急百貨店/田中卓志&清水ミチコ/初回放送日:2022年5月20日
●中野サンプラザ&中野ブロードウェイ/初回放送日:2022年12月16日
●大阪城天守閣【田中卓志・篠原ともえ・ビルの声は板尾創路!】/初回放送日:2023年1月12日
●大阪・梅田スカイビル【田中卓志・篠原ともえ・徳永えり】/初回放送日:2023年1月13日
●池袋SP【サンシャインシティ・東京芸術劇場】/初回放送日:2023年6月28日

・・・ここから2024年・・・
●【ホテルニューグランド】サプライズ尽くし!横浜の迎賓館/初回放送日:2024年4月3日
●【読売会館】有楽町で逢いましょう!家電量販店は元百貨店/初回放送日:2024年4月10日
●【国立代々木競技場】世界を驚かせた!吊り屋根の秘密/初回放送日:2024年4月17日
●【大阪城天守閣】実はビル!なにわのシンボルは市民の悲願/初回放送日:2024年5月3日
●【目黒区総合庁舎】華麗なる区役所は元保険会社/初回放送日:2024年5月8日
●【ニュー新橋ビル】戦後史を生きぬいたオヤジビル/初回放送日:2024年5月15

 この番組については、企画意図やタイトルなどいろいろ聞いてみたかったので、NHKに取材を申し込んでみた。「こんな弱小メディアを相手にしてくれるかしら」と思いつつ…。すると、快くOK。応じてくれたのはNHKエデュケーショナルコンテンツ制作開発センター美術・教養グループの相部(あいべ)任宏チーフ・プロデューサーとNHK第1制作センター新領域の城(たち)秀樹チーフ・プロデューサー。取材日は、東京建築祭終幕の翌日(2024年5月27日)だ。

左がNHKエデュケーショナルコンテンツ制作開発センター美術・教養グループの相部任宏チーフ・プロデューサー。右がNHK第1制作センター新領域の城(たち)秀樹チーフ・プロデューサー(写真:宮沢洋)

──本日はお時間をいただき、ありがとうございます。

相部(以下、答えているのは基本的に相部氏):東京建築祭、盛り上がってよかったですね。

──あ、行っていただいたんですか。

建築に興味がある一般の人ってあんなにいるんだ、と驚きました。

──私は建築専門誌「日経アーキテクチュア」の編集者を経て、今は「BUNGA NET」という建築ネットマガジンを…。

「建築巡礼」もよく知っています。

──そうですか! では、自己紹介は飛ばして本題に。「すこぶるアガるビル」はどういう狙いで始まったのでしょうか。

私(相部)は以前に「ブラタモリ」という番組を担当していまして、最初の頃のパイロット版で「表参道」を取り上げたんです。そのときに、町が育つということとビルの形が変わるということが結びついているのが面白いなと思ったんです。それで自分がやる回ではなるべく「建築」というものを入れるようにしていました。

建築の専門家の話って面白い!

──ブラタモリも担当されていたんですね。相部さんは建築を学んでいた人ではないのですよね?

興味はありましたが、全く知識はありませんでした。ブラタモリではその後、「日本橋」を取り上げて、東京建築祭でも公開していた「三井本館」を主人公にしました(2009年11月26日放送)。ブラタモリでは珍しく、ストレートに「建築」の回だったんです。ゲストの鈴木博之先生(1945~2014年)に話を聞いて、歴史家の見方って面白いな、と。

東京建築祭でも大人気だった日本橋の三井本館(2024年5月26日に撮影)

──なんと、ブラタモリにあの鈴木博之先生が!

我々は建築のことを何にも知らないから、頼めるっていうのがありますよね。そういう専門家の先生の話って一般の人が聞いても面白い。でも、知る機会があまりない。

──そうなんですよ、建築史の先生の話ってとても面白いんです。

私の知り合いにも建築の歴史をやっている人がいて、彼に話を聞くと、首都高の景観には歴史的な意味があるとか、下に架かる金属の橋のリベットがすごいとか、今まで全く考えなかった視点に気づかされる。ブラタモリでもそういう視点をできるだけ盛り込みたいとやっていました。ただ、ブラタモリは、どちらかというと“人知を超えた話”なんです。人間ではどうしようもない地形とか気候とか潮の流れとか、そういう話がメインの番組なんですね。それに対して、建築って“人知”そのものじゃないですか。自分としては、それをちょっとやり残した感じだったんですね。

──それで、「すこぶるアガるビル」を企画されたと。

はい、企画書を書いて、城さんやスタッフと議論して最初の1本をつくりました。

──パレスサイドビル、日生劇場、京王プラザホテル、新宿三井ビルの4本立てでしたね。

最初はBSで90分の単発番組でした。

──そうか、最初は地上波ではなかったんですね。

結構、評判がいいということで、その後、1建築1話の番組を何本かつくりました。

──そして、今年は短期間とはいえ毎週放送。これには何か理由が?

いえ、上から言われたからで、理由はわかりません(笑)。

なぜ「建築」ではなく、「ビル」なのか?

──私が初回から感心していたのは番組タイトルです。「すこぶるアガるビル」。韻を踏む語呂の良さがキャッチ―で、かつ「建築」ではなく「ビル」なんだという所に、「そうか!」と思いました。自分も長いこと「一般の人に建築の魅力を伝えるぞ」と言いながら、私だったらたぶん「アガる建築」と固くしてしまうだろうと思います。

実は、タイトルを決めた後で、建築の専門家は「ビル」という言葉をあまり使わないんだとわかりました(笑)。

──えっ、「あえて」ではなかったんですね!

はい。でもこれを「建築」ってしちゃうと、たくさんの人が利用している感じが伝わりづらくなりますよね。「ビル」の方が視聴者の人も、「あのビル、入って遊んだことがある」とか、「飯食ったぞ」みたいな思い出と結び付きやすい気がします。普段使いといいますか。うまく言えないんですけど、はい。

──絶対に「ビル」で良かったと思いますよ。タイトルが「ビル」でも、専門家の先生方が出てくれるんだというのも私にとっては心強いです。それと、「アガる」というフレーズもいいですよね。これも企画の最初からですか。

確か最初は「すこぶるすごいビル」だったような気がします。最初の1本を一緒につくった若いディレクターが「アガる」はどうかと提案してくれました。結果的にそうして良かったです。「そうか、気持ちがアガるビルを選べばいいんだ」と、方向性が定まりました。

──そうそう、そこなんです。「すごい」だと、設計者とか番組制作者が評価しているように思えますが、「アガる」だと明らかに受け手の感じ方になっています。そこがいいです。

そんなに共感していただいて、ありがとうございます。

2024年4月10日放送「【読売会館】有楽町で逢いましょう!家電量販店は元百貨店」の回の撮影風景。この回の解説者は建築史家の松隈洋氏(NHK公式サイトの「アガるビル図鑑」より)

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 この後、取り上げるビルの選定や演出方法などについてインタビューは大いに盛り上がったのだが、長くなり過ぎるのでこの辺で。

 NHKの公式サイトに番組の制作エピソードをつづった「アガるビル図鑑」というページがあり、制作者の愛が伝わってくるのでご覧いただきたい(こちら)。そのページの下に「ご意見」のページがリンクされているので、建築好きの皆さん、「再開」「定期化」を要望しましょう!(宮沢洋)