越境連載「クイズ名建築のつくり方」01:代々木競技場の大屋根が参考にしたのはどれ?

「建設業しんこうWeb」で新連載「クイズ 名建築のつくり方」(画・文:宮沢洋)が始まった。一般財団法人建設業振興基金が発行している月刊誌「しんこう」のウェブ版だ。連載初回は、「国立代々木競技場 第一体育館」を取り上げる。前回の五輪で世界が注目した独創的な大空間は、何と設計開始から3年弱で実現した。

Q.国立代々木競技場 第一体育館の大屋根をつくるに当たり、参考にしたものはどれ?
(1)1957年に公開コンペの結果が発表されたシドニーオペラハウス
(2)エーロ・サーリネンの設計で1958年に完成したイエール大学・ホッケーリンク
(3)1962年に開通し、「東洋一の夢の吊り橋」と称された福岡県の若戸大橋

答えと解説はこちらへ。

越境連載「隈研吾の大ブレイクを読み解く」03:じわりと依頼主の信頼を得る隈研吾の高度なコミュ力

 高知県に“隈研吾の聖地”ともいうべき町がある。愛媛県との境界にある「梼原(ゆすはら町)」だ。この町は、隈研吾氏のコミュケーション能力の高さを象徴する町である。本連載の第1回で、隈氏はバブル崩壊から10年間、地方の仕事ばかりしていたと書いた。梼原町はその時代に関係を持った地方自治体の1つだ。隈氏は2000年に栃木県の2つの建築(那珂川町馬頭広重美術館と石の美術館)で“復活”を果たすが、その約10年後、2度目のブレイクの舞台となったのがこの梼原町でのプロジェクト群だった。

(イラスト:宮沢洋)

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いよいよ『隈研吾建築図鑑』発売、著者の想いを凝縮した「あとがき完全版」を特別公開

「あとがき」から本を読むという人は多いかもしれない。筆者もその1人だ。あとがきには、つくり手の想いが凝縮される。5月7日からアマゾンなどで発売になる書籍『隈研吾建築図鑑』(日経BP刊、書店発売は5月11日)は、本サイトを運営する宮沢洋の初の単著(画・文・写真)だ。スペースの都合で削った部分も含め、同書のあとがき完全版を掲載する。

インタビューに答える隈研吾氏(写真:宮沢洋)
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越境連載「隈研吾の大ブレイクを読み解く」02:丹下、黒川とは全く異なる隈研吾のコスパ感覚

 日本の建築史上、最もお茶の間に浸透した建築家、隈研吾氏。その人気の背景には、ビジネスにも通じるヒントがある──。書籍『隈研吾建築図鑑』を執筆した元建築雑誌記者で現在は画文家の宮沢洋が、「隈研吾ブレイクの理由」を5回にわたって読み解く。ビジネスサイト「JBpress」での短期連載。今回は、隈氏の「コスパ感覚」について。

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越境連載「建築シネドラ探訪」08:信長に認められた棟梁の乱心を描く?西田敏行主演「火天の城」

 映画「火天の城」は、織田信長の命を受けて、「安土城」の築城に挑んだ棟梁の物語である。「戦国時代の『プロジェクトX』」「第11回松本清張賞を受賞した歴史小説を完全映画化!」──。そんな触れ込みで、2009年に公開された。物語の面白さはさておき、「建築」の視点で見ると、正直、評価が難しい映画である。

(イラスト:、宮沢洋)

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越境連載「隈研吾の大ブレイクを読み解く」01:周回遅れの逆境が隈研吾を国民的建築家に押し上げた

 日本の建築史上、最もお茶の間に浸透した建築家、隈研吾氏。その人気の背景には、ビジネスにも通じるヒントがある──。書籍『隈研吾建築図鑑』を執筆した元建築雑誌記者で現在は画文家の宮沢洋が、「隈研吾ブレイクの理由」を5回にわたって読み解く。ビジネスサイト「JBpress」での短期連載。

(イラスト:宮沢洋)

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ステイホームに旅気分、「オリガミ・アーキテクチャー」展@エークワッド勝手にベスト10

 ようやく時間ができて取材に行ったのだが、記事を公開しようと思ったら、臨時休館になってしまった…。でも、ステイホーム期間に建築旅行気分を味わっていただくのにちょうど良いかもしれないので、再開を待たずに記事を載せることにした。リポートするのは「オリガミ・アーキテクチャー 一枚の紙から世界の近現代建築を折る」展だ。

(写真:宮沢洋)

 竹中工務店東京本店(東京・東陽町)の1階にある「GALLERY A4」(ギャラリー エー クワッド)で4月9日から始まった。緊急事態宣言のため4月26日から臨時休館となり、再開は5月12日の見込み。会期は、今のところ6月3日まで。

 建築家で東京工業大学名誉教授の故・茶谷正洋氏(1934~2008年)が生み出した「折り紙建築」の現在形を展示する。出展者は、下記の通り(五十音順)。
・有座まさよ氏
・五十嵐暁浩氏
・木原隆明氏
・古賀麻衣子氏
・茶谷亜矢氏
・茶谷正洋氏(出品作の製作は木原隆明氏)

 出展者の1人、五十嵐暁浩氏の作品のすごさについては、以前に下記の記事でリポートした。

建築の愛し方01:世界初?「3つ折りタイプ」で折り紙建築に新風─五十嵐暁浩氏
建築の愛し方02:収納性抜群の折り紙建築は“大人の趣味”に最適!─五十嵐暁浩氏(後編)

 本展の総作品数は約100点。この中から、私が強く惹かれた作品を10点選んでみた。えこひいきにならないよう、作家名を見ないようにしながら。

 選んだ10点を竣工年順に並べるので、何の建築なのか、クイズ感覚で想像してほしい。

01 自由学園明日館
1921年、設計:フランク・ロイド・ライト
折り紙建築設計:茶谷正洋
さすが創始者・茶谷先生! これぞ王道の折り紙建築。(宮沢評)

02 小菅刑務所
1929年、設計:蒲原重雄(司法省)
折り紙建築設計:五十嵐暁浩
五十嵐さん、モチーフがしぶ過ぎ! 確かに、折り紙向きの造形。(宮沢評)

03 聖ポール教会
1934年、設計:アントニン・レーモンド
折り紙建築設計:五十嵐暁浩
水平屋根から突き出す三角屋根。頂部の十字架も含めて影がきれい。(宮沢評)

04 ファンズワース邸
1951年、設計:ミース・ファン・デル・ローエ
折り紙建築設計:五十嵐暁浩
柱がない! でもこの透明感は実物以上にファンズワース邸!(宮沢評)

05 軽井沢の山荘
1962年、設計:吉村順三
折り紙建築設計:有座まさよ
静かなたたずまいが実物(見たことあります)とそっくり!(宮沢評)

06 もうびぃ・でぃっく
1966年、設計:宮脇檀
折り紙建築設計:茶谷正洋
山のようになだらかな曲面の表現がお見事!(宮沢評)

07 ソニービル
1966年、設計:芦原義信
折り紙建築設計:茶谷正洋
虫かごのような繊細さが文句なしに美しい。(宮沢評)

08 パレスサイドビル
1966年 設計:林昌二(日建設計)
折り紙建築設計:木原隆明+五十嵐暁浩
これ本当にたためるの? 林さんに見せたかった。(宮沢評)

09 反住器
1972年、設計: 毛綱毅曠
折り紙建築設計:五十嵐暁浩
もはや「建築模型」と言ってもよい完璧な再現性!(宮沢評)

10 東京都武道館
1989年、設計:六角鬼丈
折り紙建築設計:茶谷正洋
大小折り重なる屋根が1枚の紙でできている!(宮沢評)

 10個選んでみたら、茶谷先生が4つ、五十嵐氏が5つ。創始者と現役のエースが互角の勝負だ。折り紙建築は、過去のブームでは決してない。

 それにしてもこの展覧会、「建築史」の展覧会としても勉強になる。そもそもが「DOCOMOMO(ドコモモ) Japan」が中心となった企画なので、建築解説や年表が本気度100%。

 再開したら会場に足を運んでほしい(5月12日再開見込み)。そしてこれは、ぜひとも全国に巡回してほしい展覧会だ。何しろ、作品がすべてたためるので、輸送にお金がかからない。学芸の方、これはお薦めですよ!(宮沢洋)

公式サイト:http://www.a-quad.jp/

タワークレーンが20基以上、着工から1年の「北海道ボールパークFビレッジ」の現場を見た!

 話題のプロジェクトは建設段階から見たい(ツバをつけた気持ちになりたい)性分で、北海道北広島市の「北海道ボールパークFビレッジ」(HOKKAIDO BALLPARK F VILLAGE、以下Fビレッジ)の現場を見に行ってきた。「世界がまだ見ぬボールパーク」のキャッチコピーを掲げて建設が進む注目プロジェクト。最寄り駅は、新千歳空港と札幌の中間あたりにある北広島駅だ。駅に降りると、改札のすぐ前にこんなパネルが設置されていた。

(写真:宮沢洋、以下も)
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速報!群馬県沼田市で「NUMATA KUME DAY」開催、会場の一角でプチ宮沢画文展

 群馬県沼田市で4月17日(日)午後、旧久米邸洋館キックオフイベント「NUMATA KUME DAY」が開催された。そのイベント会場の一画に、画文家・宮沢洋(私)の作品パネルが展示された。自分について紹介するパネルって、初めて見た。かなり気恥ずかしい。でも、ちょっとうれしい。

(写真:宮沢洋、以下も)
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会期延長6月27日まで:大阪メトロもこの人!色部義昭氏監修の日本デザインセンター60周年展で「品の良さ」を考える

 日本デザインセンター東京本社(東京・銀座)で開催中の展覧会「VISUALIZE 60」(現在は「vol.2」)は、当初、今週金曜(4月16日)で終了予定だったが、密にならない環境で観覧してもらうために、会期を6月27日(日)まで延長する。入場無料、予約制。

 会期延長に伴い、原研哉氏、色部義昭氏、三澤遥氏によるギャラリーツアーも開催する。詳細はこちら。以下は「vol.1」開幕時のリポートなので、展示内容は異なる(2020年11月9日公開)。「vol.2」の想像を膨らませる参考に。

 日本デザインセンターが創業60年を機に企画した展覧会「VISUALIZE 60 Vol.1」が明日11月10日から東京・銀座の日本デザインセンター東京本社13階「POLYLOGUE(ポリローグ)」で始まる。展覧会のディレクターであるグラフィックデザイナーの色部義昭氏(日本デザインセンター取締役)に、ひと足早く会場を案内してもらった。

色部義昭氏。グラフィックデザイナー。日本デザインセンター取締役。1974年生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科修士課程修了後、日本デザインセンターに入社。2011年より色部デザイン研究所を主宰。国立公園ブランディング、草間彌生美術館・市原湖畔美術館・天理駅前広場CoFuFun・須賀川市民交流センターtetteなどのVIとサイン計画を担当。「富山県美術館の目印と矢印」などの展覧会デザインなど、グラフィックデザインをベースに平面から立体、空間まで幅広くデザインを展開(写真:宮沢洋、以下も)
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日曜コラム洋々亭31:建築の寿命は何が決めるのか──前川國男、西沢文隆、丹下健三そして青木淳から考える

 前々回・前回と2回にわたって帝国ホテル東京の建て替えについて書いたので、しばらくこの手の話題はいいや、と思っていた。だがその後、立て続けにその手のニュースを耳にし、これらを知らない人もいるかもしれないので、さらりと紹介しておくことにした。今回の主役は、前川國男、西沢文隆、丹下健三、青木淳である。

(写真:宮沢洋、以下も)

 1つ目の話題は「東京海上ビルディング本館」(現・東京海上日動ビル)の建て替えである。大丸有周辺ではさまざまな再開発が計画されていて、私もいろいろな噂を聞いているが、この話は全く知らなかった。調べてみると、本当に東京海上日動が発表していた(リリースはこちら)。

「建築確認不許可」をきっかけに大景観論争

 いわずと知れた前川國男の代表作にして、唯一の超高層ビルだ。1974年竣工。常に“正義の味方”的なポジションだった前川が、どちらかというと“敵役”にされながら完成に至った。世を騒がせる大景観論争があったのである。ざっくりいうとこんな流れだった。

 1966(昭和41)年、丸の内の同じ場所に本社があった東京海上火災が、既存ビルを取り壊して、前川國男設計による超高層ビルの建築確認の申請をしたところ、東京都の建築主事がこれを不許可にした。前川の当初案は地上30階・127m。
   ↓
 当時、周囲の建物は建築基準法(昭和39年以前)の高さ制限などで「百尺」(31m)で高さがそろっており、かつ皇居内を見下ろせる高さであることから賛否の議論が巻き起こる。
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 1967年、都の「不許可」に対して東京海上が、都建築審査会に不服の審査請求を提出。審査の結果、都の建築主事が負ける。
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 しかし、佐藤栄作首相が「国民感情の上からも望ましくない」とコメントするなど、その後も揉め、1970年に地上25階・99.7m(約100m)にすることで落着。

   
 1974年2月竣工。
(経緯は東京大学都市デザイン研究室のサイトを参考にした)

 正義の男、前川國男が世論を敵に回してもつくりたいと思った超高層ビルが、建築として凡庸なものであるはずがない。そのすごさを書いていると連載になってしまうので、ここでは写真だけにしておく。おそらく前川は、22世紀までは軽く持つくらいに考えて設計したのではないか。

 東京海上日動のリリースにはこうある。「2021年12月から順次移転を開始し、2022年6月までに移転先(東京都千代田区大手町二丁目6番4号常盤橋タワー)への移転を完了する予定です。東京海上日動ビル・本館は 1974 年の竣工であり、災害対応力や環境性能等を一段と強化するとともに新しい働き方にも柔軟に対応していく観点から、新館と一体での建替えを予定しております。詳細については現在検討している段階であり、具体的な計画、スケジュール等は確定しておりません」

 つまり、三菱地所が建設中の「常盤橋タワー」(東京駅前常盤橋プロジェクトの小さい方、詳細はこちら)が完成すると、東京海上日動の本社が移り、現本館は新館とともに建て替えが始まる、ということのようである。うーむ……。

西沢文隆が「庭」にこだわった「ホテルパシフィック東京」

 四題噺なので、ちょっとペースを上げていこう。2つ目の話題は、品川駅高輪口の目の前に立つ「ホテルパシフィック東京」(現・京急イーエックスホテル および品川SHINAGAWA GOOS)の建て替えだ。これは今まで何度も取り壊しの噂があったが、ついに本決まりとなった。

 坂倉建築研究所の設計で、1971年に竣工。創設者・坂倉準三(1901~69年)の後を継いだ西沢文隆(1915~86年)が中心になった。外観もすっきりしてきれいだが、当時の「新建築」を読むと、西沢が特にこだわったのは庭園と建築との関係だったようだ。庭園の研究者でもあった西沢が、がっつり力を入れた広大な庭を記憶に刻もうと思って見に行ったのだが、ホテルは3月31日に閉館となり、敷地内には入れなかった。無念……。

手前のオレンジの屋根の建物は竣工当初はなかった

 京浜急行電鉄は、跡地にトヨタ自動車との共同で新ビルを建設する。完成予想図はこちらのリリ―スを参照。予想図を見ると、現在の庭園が残る気配はない。

旧・電通本社ビルも解体開始、丹下健三は何を思う?

 3つ目は、丹下健三が設計した築地の旧・電通本社ビル(1967年竣工)。これもしばらく使われておらず、取り壊しも時間の問題と思っていたが、ついに解体工事が始まる。工事看板によると解体工事期間は2021年4月18日~22年7月31日。

 敷地内には入れないが、プレキャスト部材の使い方の面白さは外からもよく分かる。

 この建築の詳細を知ろうと、1967年ごろの「新建築」を見てみたのだが、あれ、載ってない……。建築史家の藤森照信氏が丹下氏と共同で書いた大著「丹下健三」をめくってみても、ない。

 どちらも、載っているのは、有名な「築地計画・電通第1次計画案」の模型写真だけ。「新建築」には、丹下が「築地計画」について書いた長い解説文の最後に、さらりとこう書かれている。

 「この設計は着工直前の段階で中止となり、私たちは現在第2次案で工事中であるが、この変更は、(電通の)吉田社長死去後の、電通の組織の方針と変化が反映されたものであった」。

 よっぽど悔しかったんだろうなあ。丹下が生きていたら、解体は残念なのか、ほっとしているのか、どっちなんだろう。

青木淳氏への個人的期待

 そして最後は、少し趣を変えて最新の建築へ。ちまたで話題になっている「ルイ・ヴィトン 銀座並木通り店」に、ついでに行ってみた。2021年3月20日オープン。外装設計は青木淳氏。おお、確かにすごいインパクト。

 私はネットで見て、この外装はリノベーションなのかと思っていた。2004年のリニューアル時の外装設計も青木氏のデザインだったからだ。調べてみると、建て替えだった。1981年に誕生した日本初の直営店を、約3年かけて建て替えたものだという。建築本体と外装の設計は、AS(旧・青木淳建築計画事務所)が担当。施工は清水建設が担当した。
 


 2004年のリニューアルの外装も独特だった。以前の並木通り店の外装は、ASのサイトで見ることができる。

 で、最後になぜこの話題を取り上げたのか。別に「40年で建物を壊すなんてもったいない」と言いたいわけではない。この規模の商業施設ならばやむなしなのだろう。私が注目したいのは、青木淳氏の外装のデザイン力だ。日本で商業建築の外装をデザインさせたら、ピカイチ。日本のジャン・ヌーヴェル、あるいはヘルツォーク&ド・ムーロンか。

 青木氏にはぜひ、超高層ビルの外装のリニューアルをやってほしいのである。日本でこれほど巨大ビルがあっけなく壊されるのは、リノベーションの成功例がほとんどないからだと思う。当然、超高層も外装をやり替えてはいるが、「前とイメージが変わった」「改めて行ってみたい」というものはほとんど思い浮かばない。

 これはちょっと言いすぎかもしれないが、「建築の寿命」は「元の形を守ろう」という意識が強すぎると、かえって短くなるのではないかという気がしている。「どんどん変えながら気楽に使おう」。そんな価値感の方が、結果的にはC02排出抑制につながるのではないかと、ぼんやりと思うのである。(宮沢洋)

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日曜コラム洋々亭30:「人間のおろかさ」をヒューマンな都市づくりの原動力に──帝国ホテル建て替えに思う(後編)

栃木県初のPFIで梓・大成らの設計による巨大体育施設がオープン、「専兼の壁」は過去の話?

 かつて「建設会社設計部に就職する」ということは、「公共建築は一生設計しない」ということを意味した。私が日経アーキテクチュアに配属された30年前には、公共建築の設計発注には「専兼(せんけん)の壁」という高い壁があり、専業(設計事務所)と兼業(建設会社設計部)の活動領域は明確に分けられていた。かつては、こんな巨大な公共建築を、建設会社設計部の人に堂々と案内してもらうことは考えられなかったのである。

写真は4月3日の様子(写真:大成建設)
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越境連載「建築シネドラ探訪」07:「建築家は偏屈」という“半分真実”から生まれたリアルドラマ「結婚できない男」

 このドラマを見て、阿部寛という俳優が好きになった人は多いのではないか。筆者もその1人だ。今回、取り上げるのは、2006年に放映された「結婚できない男」。15年ぶりに全話見返してみたが、主人公である建築家・桑野信介の偏屈さは、阿部寛そのものではないかと思えてしまうほどはまっている。そして、文句なしに面白い。

(イラスト:宮沢洋)

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越境連載「池袋建築巡礼@JBpress」05:婦人之友社ビルがライト風?と思うのにはワケがある

 「池袋」「フランク・ロイド・ライト」といったら、思い浮かぶのは「自由学園明日館」(1921年、国指定重要文化財)だろう。我がOffice Bungaの事務所から徒歩十数分の住宅街にある“池袋の宝”だ。その南東側にライト風のオフィスビルがあるのをご存じだろうか。自由学園の講堂(設計:遠藤新)ではない。それは南西側。明日館を背にして左手の方にある3階建てのオフィスビルが今回の巡礼地だ。婦人之友社の本社ビルである。

(写真:宮沢洋)

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読んで損なし!これぞBUNGA NET的独自ニュース(自薦)・ベスト10

 「ここでしか読めない」or「どこよりも早い」──。私(宮沢)がBUNGA NETを立ち上げるに当たり、掲載基準とした2つのハードルである。小所帯のサイトだが、志は高い。サイト開設1周年を機に、前回は「読まれた記事ベスト10」を掲載した。今回は、「BUNGA NETらしい独自記事ベスト10」(宮沢自薦)を紹介したい。ベスト10内に順位はなので、公開した順番にいく。

〈1〉2020年3月2日公開
グッゲンハイムでAMO+コールハースの都市展が8月14日まで

(写真:宮沢洋、以下も)

 BUNGA NETが正式オープンしたのは2020年4月1日だが、スタート日にそれらしく記事が上がっている状態にするために、3月から(URLを誰にも知らせずに)記事をアップしていた。一番最初に書いたのがこの記事。2020年2月末にニューヨークのグッゲンハイム美術館で見たAMO+コールハースによる「Countryside, The Future」展のリポート。コロナの急拡大により開幕から3週間ほどで休館になった。初めて書いた記事なので、見出しのあおり方が弱いが、たぶん他では読めないリポート。

〈2〉2020年3月12日公開
この見え方は今だけの「クウェート大使館」、建て替え着手は否定

 これも正式公開前にアップしていたリポート。丹下健三の中ではあまり知られていない「クウェート大使館」が、「今、よく見えるぜ」という記事。それだけでは大手メディアは記事にしづらいが、こういう情報は、小回りが利くBUNGA NET向き。年間ベスト10にこそ入らなかったが、いまだにコンスタントに読まれている記事でもある。

〈3〉2020年4月28日公開
世界遺産ブラジリア写真ルポ01:遷都60年!ニーマイヤーの奇跡、三権広場へ

 会社を辞めて、ずっと見たかったオスカー・ニーマイヤーの建築群をブラジリアで巡った。「晴れ男」なので、空の濃さと日差しがすごい。ブラジルには2020年2月に2週間滞在(その頃はブラジルではコロナのコの字もなかった)。このブラジリア編以外に、サンパウロ編やリオデジャネイロ編も書けるのだが、それはいつか本気で書いて書籍にしよう。ブラジル、また行きたいなあ。

〈4〉2020年5月18日公開
7人の名言04:吉村順三「建築の勉強は実物を見なければダメだと思う」

(イラスト:宮沢洋)

 サイトを立ち上げるも、いきなり「緊急事態宣言」が発令され、内覧会も発表もなくなる。コンテンツに困って始めた企画の1つが「7人の名言」。その中で一番読まれたのが、吉村順三だった。2位は宮脇檀、3位は黒川紀章。林昌二(4位)を抑えての黒川紀章3位はちょっと意外だったので、黒川を読みたい人はこちら

〈5〉2020年6月28日公開
日曜コラム洋々亭08:祝!酒井一光本2冊同時発刊、本当のゴールは「売れること」

 BUNGA NETは、単なるブログではなく、ニュースサイトにしたいと思っていた。なので、スタートからしばらくは、「想い」や「よもやま話」は書かないようにしてたのだが、やっぱりそういうものが書きたくなってきて「日曜コラム洋々亭」を始めた。これは建築史家の故・酒井一光さんの本がクラウド・ファンディングで実現したという話。他のメディアでも取り上げられた話題ではあるが、出版社側目線で書いているのがこの記事のミソ。

〈6〉2020年7月8日公開
建築の愛し方01:世界初?「3つ折りタイプ」で折り紙建築に新風─五十嵐暁浩氏

(写真:五十嵐暁浩)

 実は、前職時代はあまり「インタビュー」(一問一答)という形式の記事が好きではなかった。それは、大手メディアのインタビューでは「旬の人」に「誰もが知りたい話」を聞かなければならないからで、はっきり言えば、アポさえ取れれば誰でも聞けるのである(もちろん聞き出すテクニックにうまい下手はあるが)。自分が本当に面白いと感じるインタビューは、そういうものではなくて、「あまり知られていない人」に「とにかく自分が聞きたい話」を聞くインタビューではないかと思って始めたのがこの「建築の愛し方」。ぼんやりと「いつかやろうと」と思っていたところに、五十嵐暁浩さんの折り紙建築のすごさを知り「今やろう」と思った

〈7〉2020年9月10日公開
建築の愛し方07:日本一の建築探訪サイト「うらくんのページ」、運営者はこんな人だった!

 そんな想いで始めたインタビューコラム「建築の愛し方」で、「いつか話を聞きたい」と思っていた人の最上位が「うらくん」さんだった。何本か記事の実績を積み上げたうえで、メールで依頼を送ってみると快諾! リアルな「うらくん」さんを知っているのは私だけ?

〈8〉2020年10月8日公開
池袋建築巡礼04:西口娯楽のシンボル「ロサ会館」、巨大なピンク外壁の理由が分かった!

 「池袋建築巡礼」はサイト開設時からの企画。なかでもお気に入りがこの「ロサ会館」。私は「保存運動」というものがあまり好きではなくて、それは壊されることが明らかになったところでいきなり所有者を悪者にする傾向があるから。この「ロサ会館」も遠からず建て替えの見込みだが、残っている間はその歴史を知り、建物を大事に使いましょうよ、というスタンスの記事。

〈9〉2021年3月2日公開
震災から10年、陸前高田は隈・伊東・内藤・丹下で「建築観光」にも注力

 震災10年のタイミングでBUNGA NETとして何を書くかを相当考えて、結局、あまり考えがまとまらないまま陸前高田を訪ねたら、始まったばかりのスタンプラリーに出会った。まさに、神の啓示。企画者である陸前高田市観光物産協会の方に、この記事をとても喜んでもらえたこともうれしい。

〈10〉2021年3月4日公開
分離派に注目07:モデル・女優・知花くららさん──時代のうねりのなかで声を上げた人たちがいた

知花くらら(ちばな・くらら):1982年生まれ。沖縄県那覇市出身。上智大学文学部教育学科卒業。2006年のミス・ユニバース世界大会で準グランプリに輝き、以降、各メディアで活躍。2013年から国連WFP(国連世界食糧計画)日本大使を務め、アフリカやアジアなど食糧難の地域の声を伝える活動を行う。2019年に初の歌集『はじまりは、恋』を出版。また同年から、大学の通信教育課程で建築を学ぶ(人物写真:栗原論 ヘアメイク:山口朋子 スタイリング:清水けい子)

 こんな小サイトにモデルで女優の知花くららさんが!! 「建築・都市・デザイン」という売りがあって良かった。そして、公開翌日の3月5日、知花さんは自身のインスタグラムで第2子の妊娠を発表。逆算すると、取材時もかなり体調悪かったのでは…。本当にありがとうございました! 前後編2本の記事ですが、個人的にはこの後編が好き。

 ということで、2年目も独自の記事を(マイペースで)発信していきますので、引き続きご愛顧のほどを。月イチのメルマガをご希望の方は下記に。(宮沢洋)

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戯れ言が現実に!日経ビジネスの高架下イラストルポが「Marketing Awards2021」でグランプリ

 1年前の今ごろ、「どうせやるならば、日経BPのMarketing Awardsで1番を目指しましょう」と笑いながら話していた。本音では「何かの賞の引っかかればいいな」とは思っていたものの、まさか本当にグランプリを取ってしまうとは……。

 日経BPが主催する「第7回日経BP Marketing Awards2021」で、ジェイアール東日本都市開発の企業広告が「グランプリ」を受賞した。3月30日に、日経BP社のウェブサイトや日本経済新聞紙上で発表された。

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祝1周年!BUNGA NET「読まれた記事」ベスト10

 2020年4月1日に正式スタートしたこの「BUNGA NET」。「小さな組織のWebサイトは更新が続かない」と忠告を受けつつも、生来のミーハー気質がそんな「Webあるある」に打ち勝ち、昨年4月~今年3月で計164本の記事を投稿した(外部寄稿者の投稿も含む)。

 1周年の区切りとして、1年間で読まれた記事(ページビュー数、いわゆるPV)ベスト10を発表する。世の中のサイトにはページビュー数を増やすために、ページ割りを細かくするサイトが少なくないが、BUNGA NETは長い記事でも1ページ(だから読みやすいでしょう?)。ページビュー順=実際に読まれた順である。

 10位から1つずつ上がるのはまどろっこしいので、1位からにしよう。なお、記事内に挿入したグーグルマップが、仕様変更により表示できなくなっているので、ご容赦いただきたい。

〈1位〉
東工大に隈研吾氏の丘状建築「Taki Plaza」竣工、さらに高まる建築濃度を写真ルポ
2020年12月14日

(写真:宮沢洋、以下も)
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日曜コラム洋々亭30:「人間のおろかさ」をヒューマンな都市づくりの原動力に──帝国ホテル建て替えに思う(後編)

 帝国ホテル本館を建て替えるというニュースを聞いて、日比谷公園脇の「帝国ホテル」から丸の内の「みずほ丸の内タワー・銀行会館・丸の内テラス」へと歩いてみた、というのが前回の記事だった。(日曜コラム洋々亭29:大丸有散歩で「人間のおろかさ」を愛おしむ──帝国ホテル建て替えに思う

 今回も、あまり好きではない「保存」という言葉を考えながら、大丸有(大手町・丸の内・有楽町周辺)を散歩する。

(写真:宮沢洋、以下も)
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池袋建築巡礼07〈未来編〉:にぎわいはサンシャインの先へ、造幣局跡地開発の総仕上げ──東京国際大学新キャンパス

 池袋にかなり詳しい人でも、サンシャイン60よりも東側に行ったことのある人は少ないのではないか。実は池袋に20年以上住む私にも、その辺りはうっすらとしか記憶がない。そのサンシャイン60の東隣、2016年まで造幣局東京支局があった一帯に、このようなものができる。

(資料:特記以外は大成建設一級建築士事務所)
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建築の愛し方12:象設計集団「御前湯」から始まった“建築打率10割”の自己分析──竹田市の首藤勝次市長(後編)

 孤軍奮闘で九州一の“建築天国”をつくり上げ、間もなく市長職を退任する大分県竹田市・首藤勝次市長の後編である。前編は、その“天国ぶり”のリポートで終わってしまった。

建築の愛し方11:わずか15年で九州一の“建築天国”をつくり上げた仕掛け人──大分県竹田市の首藤勝次市長

 本当に読んでほしいのは今回のインタビューである。話の皮切りは、前編には登場していないこの建物(↓)だ。長湯温泉に1998年に完成した「御前(ごぜん)湯」。設計は象設計集団だ。

まるでジブリのアニメのようなロケーションと外観(写真:宮沢洋、以下も)
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世界初・CLT折板構造の音楽ホールを速報! 隈研吾氏らによる桐朋学園仙川キャンパス第2弾が完成

 東京都調布市の京王線・仙川駅から南に徒歩10分ほど。桐朋学園仙川キャンパスの正門右手に、隈研吾都市建築設計事務所デザイン監修、前田建設・住友林業JV設計による木造の音楽ホール「桐朋学園宗次ホール」が完成し、3月22日午後に内覧会が行われた。構造設計は、稲山正弘東京大学大学院教授が主宰するホルツストラが監修した。

(写真:宮沢洋、以下も)
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日曜コラム洋々亭29:大丸有散歩で「人間のおろかさ」を愛おしむ──帝国ホテル建て替えに思う

 「帝国ホテル東京が建て替えの方針」と日本経済新聞などが3月17日に報じた。これは開発関係者の間では以前から話題になっていたことで、そのニュース自体は私も驚かなかったのだが、ほとんどのメディアが報じた大ニュースなのに、建て替え後の詳細がまるで語られていないことに驚いた。全くの白紙でこんな情報を書く(書かせる?)はずがなく、計画は相当進んでいるのだとは思う。だが、もしかするとこれは、「世論の反応を見たい」という意図のリーク記事かもしれないので、「世論の1人」として思うことをつらつらと書かせていただく。

(特記以外の写真:宮沢洋)
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越境連載「建築シネドラ探訪」06:傑作コメディー「テルマエ・ロマエ」は建築の真理を学ぶ高度な教科書である

 この記事を読まれる方のほとんどは、映画「テルマエ・ロマエ」を見たことがあると想像している。大ヒットした映画だし、傑作コメディー作品である。邦画コメディー史上ナンバーワンと言う人もいる。しかし、「建築家の映画」だと認識している人は少ないのではないか。今回はその視点でこの映画を見返してみたい。

(イラスト:宮沢洋)

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越境連載「池袋建築巡礼@JBpress」04:娯楽ビル「ロサ会館」がピンク色である予想外の理由

 「池袋建築巡礼」4回目の今回は、池袋西口利用者ならば誰もが知っているであろう、それでいて地元民にも詳細が分からない「ロサ会館」だ。西口のロマンス通り沿いにそびえるピンク色の総合アミューズメントビルと言えば分かるだろうか。私は、池袋駅徒歩圏に住んで20年になるが、この建物の設計者をずっと「黒川紀章」だと思っていた。

(写真:宮沢洋)

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分離派に注目08:イラストで見る分離派メンバー「その後」─『昭和モダン建築巡礼』より

 京都国立近代美術館で開催中の「分離派建築会100年展 建築は芸術か?」が、3月7日(日)で閉幕となる。本当に残念なことに、展覧会の会期とコロナによる自粛期間がぴたりと重なってしまった。緊急事態宣言が解除された京都・大阪の人で興味のある方は、ぜひ残る会期に足をお運びいただきたい。

 「一緒に分離派建築会の展覧会を盛り上げてもらえませんか」──。展覧会の担当者である本橋仁・同館特定研究員に声を掛けていただき、共催社である朝日新聞社の協力を得て、下記の記事を発信してきた。

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分離派に注目07:モデル・女優・知花くららさん──時代のうねりのなかで声を上げた人たちがいた

【取材協力:朝日新聞社】

京都国立近代美術館で2021年3月7日まで開催中の「分離派建築会100年展 建築は芸術か?」に合わせて、BUNGA NETでは3人の方にインタビューを行った。今回はモデル・女優の知花くららさんの後編をお届けする(前編は「建築展は手描き図面や模型を見るのが喜び」)。

知花くらら(ちばな・くらら):1982年生まれ。沖縄県那覇市出身。上智大学文学部教育学科卒業。2006年のミス・ユニバース世界大会で準グランプリに輝き、以降、各メディアで活躍。2013年から国連WFP(国連世界食糧計画)日本大使を務め、アフリカやアジアなど食糧難の地域の声を伝える活動を行う。2019年に初の歌集『はじまりは、恋』を出版。また同年から、大学の通信教育課程で建築を学ぶ(人物写真:栗原論 ヘアメイク:山口朋子 スタイリング:清水けい子)
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分離派に注目06:モデル・女優・知花くららさん──建築展は手描き図面や模型を見るのが喜び

【取材協力:朝日新聞社】

京都国立近代美術館で2021年3月7日まで開催中の「分離派建築会100年 建築は芸術か?」展に合わせて、本展をどう見るか、分離派建築会をどう捉えるか、などを3人の方に話してもらった。最後に登場いただくのは、モデル・女優であり、建築学生でもある、知花くららさんだ。

知花くらら(ちばな・くらら):1982年生まれ。沖縄県那覇市出身。上智大学文学部教育学科卒業。2006年のミス・ユニバース世界大会で準グランプリに輝き、以降、各メディアで活躍。2013年から国連WFP(国連世界食糧計画)日本大使を務め、アフリカやアジアなど食糧難の地域の声を伝える活動を行う。2019年に初の歌集『はじまりは、恋』を出版。また同年から、大学の通信教育課程で建築を学ぶ(人物写真:栗原論 ヘアメイク:山口朋子 スタイリング:清水けい子)
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