「風景」重視で生まれた長さ160mの南阿蘇鉄道「高森駅」、未来の漫画家たちにも刺激?

 2016年4月に発生した熊本地震で大きな被害を受け、2023年7月に全線が復旧した南阿蘇鉄道。全線開通に合わせて開業した「高森駅」は、その時点では計画の約半分の1期(駅舎)が完成した状態だった。その状態で本サイトでちらりと紹介しているが(こちらの記事)、2024年7月、第2期に当たるラウンジ棟・回廊・芝生広場が完成し、設計者が目指した「とにかく広いプラットフォーム」の全貌が現れた。

(写真:宮沢洋、特記以外は2024年9月に撮影)

 設計者は、公募型プロポーザルで選ばれたヌーブの太田浩史氏。発注者は高森町で、「くまもとアートポリス事業」の1つとして進められた。2018年に実施された公募型プロポーザルの審査委員長は伊東豊雄氏(くまもとアートポリス・コミッショナー)が務めた。優秀賞(次点)は千葉学建築計画事務所だった。

 当選したヌーブの案は、120m×16mの「とにかく広いプラットフォーム」を提案。「町と駅を近づける」「夕焼けを見る」「トロッコ列車の体験を豊かにする」「プラットフォームを旅する」の4つの視点からこうした案となった。伊東委員長は審査講評で、「最大の魅力は、建物そのものというよりは、この駅が風景をつくっている点だ。町から駅に入ってきた際に印象に残る新鮮な風景を持って、他の場所には無いような駅が誕生するであろうという点が最優秀案に選定した大きな理由であるといってよいと思う」と評していた。

これは1期の駅舎が完成したときの状態。右奥の旧駅舎(塔のある建物)を解体して2期のラウンジ棟が建った(2023年8月撮影)

 さて、2期が出来上がり、どんな建築になったのか──。

 以下、高森町の広報誌「広報たかもり」の紹介文(太字)とともに、写真を見ていこう。

上の写真と同方向から見る

世界にひとつしかない駅
 新しい高森駅には駅前ロータリーがありません。駅前には、塔と回廊で囲まれた芝生広場があります。改札口がなく、地続きの「とにかく広いプラットフォーム」となっています。こうした特徴は、高森駅が南郷谷の一番奥の高地にあり、壮大なカルデラを見渡すことができるという地形的条件から生まれました。現在の湧水トンネル公園の出水で線路の延伸が叶わず、夕日を眺めることができる西向きのプラットフォームになったことも大きな魅力となりました。終発着駅ということで、列車の入れ替え作業を間近で見ることもできます。新しい高森駅は、町に列車がやってくる喜びを表すために作られました。

 皆が集う交流の場に新しく完成した交流施設の魅力をご紹介します。熊本地震の大きな被害を乗り越えた、世界にひとつしかない駅に是非お越しください!

左側が1期の駅舎、右が2期のラウンジ棟

とにかく広いプラットフォーム
 総長160メートルのプラットフォームは西向きに作られているので、カルデラに沈む夕日を見ることができます。夕日と列車がおりなす雄大な風景をお楽しみください!

ステージ
 これまでの駅にあったステージの継承。交流施設から回廊が伸びているため雨天でも使用できるような設計になっています。

南郷檜の塔
 旧駅舎のイメージを継承するために、町から見える塔が作られました。夜になるとライトアップされ、ぼんぼりのような優しい光に包まれます。

芝生広場
 人々の集いの場にもなる芝生広場。高森駅のシンボルフランキー像も阿蘇山の景色や、夕焼けをバックにした写真スポットにピッタリです。朝から夜まで違った景色を楽しめる広場になっています。

回廊
 南郷檜でつくられた高森オリジナルの「修羅組み」が見どころ。「修羅組み」は場所によって伸びたり、縦方向に拡がったり、積み重なります。場所によって違う見え方ができ、木の表情を楽しむことができます。

みんなの書斎
 じゅうたん敷きの「みんなの書斎」は地元学生たちによるワークショップで提案された誰でも使えるまちのラウンジです。

 高森町の広報誌にもある「修羅組み」とは、三次元相持ちの木構造のこと。最近よく聞く言葉でいえば、レシプロカル構造(接合部に多くの部材が集中することを避け、部材同士が互いに支え合う構造)だ。

駅舎内(2023年8月撮影)
駅舎に併設された漫画家色紙展示室

 ところで、「高森町」といえば漫画好きはピンとくるだろう。2023年に熊本県立高森高校に公立初の「マンガ学科」が設置されたことで話題なのだ(筆者もテレビの報道番組で見たが、すごいレベル!)。同校はこの駅から徒歩数分のところにある。2018年時点で伊東委員長が「印象に残る新鮮な風景を持って、他の場所には無いような駅が誕生するであろう」と書いているのは予言的だ。きっと何年後かに、この駅の風景(もしくはそこから想起された風景)が登場するヒット漫画が生まれることは間違いない。(宮沢洋)

日曜コラム洋々亭64:隈研吾×シャープの空気清浄機デビュー、発表会で改めて思う隈氏の“位置付け力”

  何かと話題の隈研吾氏がシャープの「空気清浄機」の発表会に登壇するというので行ってきた。

シャープが9月26日、東京エディション虎ノ門で開催した発表会にて。左から2番目が隈氏、その右隣がシャープの沖津雅浩社長シャープは隈氏のデザイン監修のもと、外装に本物の木材を使用したプラズマクラスター空気清浄機<FU-90KK>を10月21日に発売する
プラズマクラスター空気清浄機FU-90KK。希望小売価格(税込)550,000円。発売日2024年10月21日。月産台数最大100台。大量生産できないため、メインの販売先は法人になるという
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愛の名住宅図鑑13:誰もが住みたくなる共感度マックスの巨匠の家~愛の名住宅図鑑13「前川國男邸」(1942年)

 筆者はこれまでたくさんの名住宅を見てきた。実際に訪れると、写真で想像していた以上に感動することが多い。だからこういう連載をやっている。だが、自分でも「住みたい」と思う住宅は、実は少ない。その少ない中の1つがこの「前川國男邸」(1942年竣工)だ。

(イラスト:宮沢洋)

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白井晟一の湯沢市の建築群を撮った高野ユリカ“情念”の写真展、日比谷図書文化館で開催中

 SNSでこの写真展がいいと書きこむ人がいたので、見てきた。本当によかった。建築の写真展でこんなに“強さ”を感じたのは久しぶりだ。高野ユリカ氏の『秋の日記』展。日比谷公園にある千代田区立日比谷図書文化館の1階特別展示室で、9月20日(金)から9月30日(月)まで開催中だ。今日を含めてあと4日しかないが、無理をして行っても損はない。

(会場写真:宮沢洋、以下も)
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木村松本建築設計事務所が大阪・日本橋の家で展覧会、迷路のような安藤建築と「架構」が併存

 「反復と日常 木村松本建築設計事務所 展覧会」が、10月15日まで大阪市中央区の「日本橋の家」で開催中だ。オープンしているのは基本的に土・日・祝日の午後1時から6時まで。最終日の10月15日のみ平日にオープンする。

 会場となる日本橋の家は、オーナーである金森秀治郎氏一家がかつて住んでいた住宅をギャラリーに改修したもの。「安藤(忠雄)さんが設計した空間をできる限り多くの人に体験してほしい」(金森氏)と、まずは名を知られる関西の建築家4組に声をかけ、彼らの建築展に来てもらうことで、その思いを実現してきた。木村松本建築設計事務所(京都市。以下、木村松本)が4組の最後を飾る。

1階エントランスを入ってすぐのテーブル。スタディ用の架構模型がぎっしりと並んでいる(写真:以下も特記以外は森清)
1階のいちばん奥のテーブルには実現したプロジェクトの架構模型を配している。こちらも100分の1のスケールだが、スタディ模型とは表現方法が異なる
日本橋の家の全景。安藤忠雄氏の設計で1994年に完成した。オーナーがここから引っ越したのを機会に2016年、改修工事を行いギャラリーに生まれ変わった。改修設計も安藤氏が担当。よりオリジナリティーを高めている
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レーモンドの建築群をつなぐ伊豆・JKAトレーニングセンター、三菱地所設計の設計で着工

 プロ競輪選手を育成している静岡・伊豆市の日本競輪選手養成所(JKA)で9月18日、「JKA次世代型総合トレーニングセンター」が着工した。設計は三菱地所設計。すでに本サイトでリポートしたように、JKAにはアントニン・レーモンドによる建築群が現存している(こちらの記事)。それらを“つなぐ”ように計画された新トレーニングセンターの完成イメージ図が、着工を機に公表された。

竣工イメージパース。アントニン・レーモンドの設計による「日本競輪選手養成所」(旧日本競輪選手養成所)の各施設群の中心に、 それぞれの機能をつなぎ合わせるようにして「JKA 次世代型総合トレーニングセンター」を計画した(写真提供:三菱地所設計)

■JKA 次世代型総合トレーニングセンターについて

 オリンピックの正式種目である日本発祥の「ケイリン」をはじめ、今日、国際的な競技の場で本 施設で学んだ競輪選手が活躍しています。日本競輪養成所は伊豆の地に1968年の開校以来、卒業生は一万人を超えています。

 毎年選抜された候補生が、約11か月間かけて、現施設群の機能を最新の設備とより効果的な「トレーニング」だけではなく、休養を含めた「リカバリー」環境の両輪を訓練を行い、最大120名までのプロ育成が可能な建築となります

 既存のアントニンレーモンド氏設計の建築群を残しつつ、この建築で既存施設群をつぐことで、各建築がシームレスにつながり、各施設を往来する時間が節約された結果、訓練時間を新たに2週間生み出すことができました。

現在のJKAの鳥瞰。新施設は写真右のスペースにつくられる(写真提供:三菱地所設計、©Masao Nishikawa)
現状の全体構成

 さらに、プロのアスリートを同時に約120人をも生み出す建築は、世界に類がない唯一無二のプログラムであり、その選手の訓練データを活用することで、さらに強い競輪選手生み出す、まさに次世代型トレーニングセンターとなります。

もう一度、竣工イメージパースを…(写真提供:三菱地所設計)

■計画概要
施設名称:(仮称)JKA 次世代型総合トレーニングセンター
計画地:静岡県伊豆市大野 1827(日本競輪選手養成所内)
事業者:公益財団法人 JKA
設計監理:株式会社三菱地所設計
施工:ピーエス・ナカノフドー建設工事共同企業体(株式会社ピーエス・コンストラクション、株式会社ナカノフドー建設)
敷地面積:270,026 ㎡
延床面積:約13,000 ㎡
構造/規模:S、一部 SRC・RC 造/地上 3 階
工期:2024年9月~2026年秋(予定)

 プレスリリースには書かれていないが、設計の中心になっているのは、JKAに残るレーモンド建築群のことを教えてくれた三菱地所設計の須部恭浩フェローだ。見学記をまだ読んでいない方はぜひお読みいただきたい↓。すごいの一言! (宮沢洋)

「ゆる柱」が林立するユニバーサルスペース、三井嶺氏設計による柏高島屋「BeARIKA(ビーアリカ)」開業

 「ユニバーサルスペース」とは、モダニズム建築の大巨匠、ミース・ファン・デル・ローエが提唱した「床・天井・壁・最小限の柱で構成される空間」のことだ。「柱が少ない」=「何にでも使える」がモダニズムの基本原理と言ってよいだろう。その考え方は、ポストモダニズムの時代に移っても基本は変わらなかったが、ここに来て、新たな柱の意味を考えさせる空間が現れた。

10階のポップアップ。ワークショップなどを行うスペース(特記以外の写真:宮沢洋)
カフェがあるオープンスペース(10階)。9月29日まで「パリオリンピック報道写真展」を開催中
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空き家の記憶を継承する一軒分の廃材と、そこから再生された日用品の数々

 建築が解体されるとき、それはどの時点から建築でなくなるのだろうか? そんなことを考えさせる展示イベント「中園町で逢いましょう」が始まった。会場は山口市の山口情報芸術センター(YCAM)。ホワイエ・スペースの大空間に、古い建築の部材が積まれ、その脇で食器などの日用品が売られている。これらのすべては、一軒の空き家を解体して生み出された廃材であり、その一部をアップサイクルしたものである。

展示が行われているホワイエ・スペースの全景(写真:磯達雄、以下も)

 今回の展示は、YCAMが市民参加型のアートプロジェクトとして一昨年から続けてきた「meet the artist 2022 メディアとしての空間をつくる」の最終成果発表として開催されている。このプロジェクトは、山口市内にある空き家を、時間をかけて少しずつ解体しながら、その場でイベントを行っていくというものだった。なぜ空き家が取り上げられたのか。それは地域にとって、重要な問題となっているからだ。

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