これは日本のモダニズム建築再生にとって、とても重要な一歩である。現地を見て、確信を持ってそう言えると感じた。
解体寸前だった坂倉準三の旧上野市庁舎(伊賀市旧本庁舎)をマル・アーキテクチャ(MARU。architecture)が改修して「図書館+ホテル」に再生するプロジェクト。そのホテル部分が2025年7月21日にオープする。


7月19日、ホテル、カフェ、ショップが伊賀市民(公募抽選)やメディアに先行公開された。

坂倉が設計した旧上野市庁舎は1964年、当時の上野市(2004年からは伊賀市)の庁舎として完成した。敷地は、伊賀上野城の旧城域。坂倉は地上2階建て(現行法規では地上3階)の細長い建物を設計した。延べ面積約6000m2。伊賀鉄道伊賀線・上野市駅の北側から、伊賀上野城のある上野公園に向かって南北に延びる。外周でリズミカルに並ぶコンクリート打ち放しの列柱が目を引く。

「丘の上のパルテノン」、忍者体験施設とセットで再生の道を開く
当時、これを担当した坂倉建築研究所の大阪事務所では、後に事務所の代表となる西澤文隆がリーダーシップを執っていた。だが、“坂倉ワールド“ともいえる上野市の一連の仕事は、坂倉が特に力を入れており、坂倉の直轄案件だった。坂倉建築研究所OBの好川忠延氏はこう振り返る。「坂倉さんは、城のある公園と市街地とを、低く延びる市庁舎で自然につなぐことを重視していた。我々が頭に描いていたのは、丘の上に立つパルテノンだった」。(日経アーキテクチュア2022年7月28日号から引用/執筆は筆者)
周辺には坂倉の設計で同時期に建てられた伊賀市北庁舎(旧三重県上野庁舎)や公民館があったが、ともに2012年度に解体されている。下の模型写真の右上が北庁舎、右下が公民館だ。

伊賀市の庁舎機能は2019年1月、日建設計が設計した新庁舎に移転した。この旧庁舎も、新庁舎の計画段階では取り壊しの話が出ていたが、保存活用を掲げる岡本栄前市長が2012年に当選。以後、保存か解体かをめぐる議論が長く続いた。
伊賀市は2020年にサウンディング型市場調査を実施し、その結果を受けてPFI事業に動き出した。2021年10月からPFI事業の提案募集を行った。それは庁舎活用とは結びつきにくい「伊賀市にぎわい忍者回廊整備(忍者体験施設等整備)に関するPFI事業」という事業の名称だった。
この事業は「旧庁舎の転用」と「新施設(忍者体験施設)の整備」をセットでやり繰りするスキームを採っていた。旧庁舎を単体で事業化するよりも、新施設と併せて考えた方が事業者の選択肢は増える。それによって民活再生の道が開かれた。

その事業提案募集の結果(優先交渉権者)が2022年5月に発表になった。当選したのは「伊賀マネジメントグループ」だった。
代表企業:株式会社ヒト・コミュニケーションズ
構成企業:
・株式会社図書館流通センター
・株式会社JNCエンタープライズ
・船谷建設株式会社
・有限会社マルアーキテクチャ
・株式会社伊藤工務店
・株式会社丹青社
代表企業のヒト・コミュニケーションズ(ヒトコム)は人材派遣から出発した会社だ。マルアーキテクチャはこの段階からチームに入っていた。
2022年9月の伊賀市議会で、伊賀市旧庁舎(旧上野市庁舎)のPFI事業に係る契約議案が可決された。マル・アーキテクチャを含むSPC(株式会社伊賀市にぎわいパートナーズ)が伊賀市とともに設計、改修、活用を進めた。

施工を担当した地元の船谷グループがホテルも運営
それから約2年。いよいよホテル部分が開業を迎えた。

ホテルの名称は「泊船(はくせん)」。事業者チームの中で建設工事を担当している船谷ホールディングスグループ(本社:三重県伊勢市村松町/代表取締役:船谷哲司)がホテルを運営する。
プレスリリースの説明文を引用しながら(太字部)、建物内を見ていこう。
■スモールブティックホテル『泊船』:言葉の海を漂う、静謐な時間
『泊船』は、全19室のスモールブティックホテル。ホテル名は、伊賀の地がかつて琵琶湖の底だったという伝承と、来春オープンする館内の公共図書館を「言葉の湖(うみ)」に見立てたイメージから生まれました。その海で、心豊かな時間を穏やかに過ごしてほしい、という願いが込められています。「本を手に、言葉の湖に漂いながら、静かに泊まる」――『泊船』だからこそ叶う、知的で穏やかな滞在を提案します。


■再生設計:MARU。architectureが紡ぐ、モダニズムの静かなる対話
建物に設けられたガーゴイル(あまどい)は、雨水が流れる様子をあえて見せることで、自然とのつながりを表現するという坂倉の意図であろうと考えられます。細部にわたるこだわりから、建築家の思想が現代に息づいているのを感じられるでしょう。

客室は、NOTA&design が手がけたインテリアスタイリングにより、温もりのある素材感と静けさに満ちた空間に仕上がっています。坂倉準三建築研究所が手がけた天童木工の家具や、当時の建築の雰囲気に調和する調度品が配され、空間全体に穏やかな調和が生まれます。視線が低く設計された空間は、外の賑やかさから離れ、心地よいプライベート感を演出します。NOTA&designは、客室を「生き物のように、時間とともに育まれる空間」と捉え、宿泊者の気配や流れが静かに深まるような設えを施しています。



さらに、坂倉建築のシャープなラインやコンクリートの質感に対し、人の手が生み出すアート作品が持つ「肌触り」や「感情」が、空間に新たな対話をもたらすと信じ、各客室にアートを迎え入れました。アート作品は、建築が持つ静謐なムードを壊すことなく、そこに親密な温かみを加え、滞在する人それぞれの感性に語りかける存在となるでしょう。それは、空間を単なる「箱」ではなく、訪れるたびに新たな発見のある、生きたギャラリーへと昇華させます。





■ ホテル概要
施設名:泊船(はくせん)
ホテル開業日:2025年7月21日
公共図書館:2026年春開業予定
所在地:三重県伊賀市上野丸之内116 旧上野市庁舎 SAKAKURA BASE
施設内容:ホテル(全19室、バリアフリー客室1室含む)、公共図書館、観光案内、カフェ
運営:船谷ホールディングスグループ
公式サイト:https://hakusen-iga.com/
設計:MARU。architecture
スタイリング:NOTA&design
家具:天童木工(坂倉準三建築研究所デザイン)
アート:安永正臣、壺田太郎、藤本玲奈
ロゴ・サイン:UMA / design farm
ウェブサイト:SHEEP DESIGN Inc.
■ 運営会社概要
会社名:船谷ホールディングスグループ
創業年:1877年
本社所在地:三重県伊勢市村松町1364番地8
代表者名:船谷哲司
公式ウェブサイト:https://funatani-hd.jp/
来春オープン予定の図書館も◎!
…と、内覧会に参加したメディアも、いかに詳しく書いたとしてもここまでだろう。だが、筆者(宮沢)のこの建築への愛と熱意が伊賀市に届いて、特別に図書館部分も見せてもらうことができた。

“愛と熱意”というのは、これまでに書いた下記の記事のことである。(見出しをクリックすると記事に飛びます)
坂倉準三の旧上野市庁舎、民間企業との「対話型」調査で保存なるか(2020年3月23日)
風前の灯の坂倉準三「羽島市庁舎」、民間提案募集が「あるかも」と聞き、勝手に提案(2022年6月14日)
日曜コラム洋々亭39:旧香川県立体育館の保存問題とともに注目してほしい坂倉準三・伊賀市旧庁舎の行方(2022年2月20日)
【続報あり】坂倉準三・伊賀市旧庁舎再生事業の交渉権者決定、「MARU。architecture」の参画でさらに期待(2022年9月30日)
日曜コラム洋々亭42:民間提案不採用で坂倉準三・羽島市旧庁舎の解体が決定、活用に進む伊賀市との差は何か?(前編)(2022年12月11日)
日曜コラム洋々亭43:活用へと進み出した坂倉準三・伊賀市旧庁舎の写真を見ながら、解体決定した羽島市庁舎との差を考える(後編)(2022年12月18日)
【工事前写真公開】マル・アーキテクチャが改修を手掛ける坂倉準三・旧上野市庁舎のホテル部分、2025年夏の開業決定2026年春に公共図書館もオープン予定(2024年11月4日)
古巣の『日経アーキテクチュア』(WEB掲載は日経クロステック)にも気合の入った記事を2回書いた。
坂倉のパルテノン、覚醒──異例の複数一体PFI、交渉権者が決まり再生へ始動(2022年7月28日)
解体免れた「旧上野市庁舎」、ホテル+図書館で25年以降に順次開業へ(2023年12月21日)
図書館についてはあまり詳しく書くと、王道の建築メディアの皆さんを敵に回しそうなので、写真だけお見せする。









西隣に立つ伊賀市上野西小学校の体育館(旧上野市立西小学校体育館 、1966年)↓も坂倉の設計だ。以前、中を見学させてもらったが、これもすごかった。

前述の「伊賀市にぎわい忍者回廊整備(忍者体験施設等整備)に関するPFI事業」のもう一方の核である忍者体験施設は線路の南側、ホテルからは徒歩10分ほどのところに「伊賀流忍者体験施設『万川集海』」として8月27日にオープンする(公式サイトサイトはこちらhttps://iga-nin.com)

来年春に図書館が正式にオープンしたら、庁舎時代とのビフォーアフターなどを改めて詳しくリポートしたい。(宮沢洋)
■建築概要
伊賀市旧庁舎(旧南庁舎)再生プロジェクト
所在地:三重県伊賀市上野丸之内116
ホテル名称:泊船(はくせん) ※施設全体の名称は未定
主要用途:図書館、観光交流施設、宿泊施設(ホテル客室数19)
構造:RC
規模:地上3階(既存)
延床面積:約6,000m²
改修設計:MARU。architecture
構造設計:構造計画研究所
設備設計:シンフォニアエンジニアリング
環境デザイン:deXen
施工:船谷建設・伊藤工務店・上野ハウス
公式ウェブサイト・グラフィックデザイン:UMA/designfarm・SHEEP DESIGN Inc.
施設運営:船谷ホールディングスグループ
開業予定:2025年夏
(全体の概要データはMARU。architectureウェブサイト プロジェクトページより)
