風前の灯の坂倉準三「羽島市庁舎」、民間提案募集が「あるかも」と聞き、勝手に提案

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 坂倉準三が設計した三重県の伊賀市旧庁舎(旧上野市庁舎)が「MARU。architecture」の設計で再生されるかもしれない、という記事を書いた(こちら)。それを書いていたら、坂倉の生まれ故郷、岐阜県羽島市にある「羽島市庁舎」(1959年竣工)の“最後の姿”を見たくなり、名古屋出張のついでに行ってきた。

(特記以外の写真:宮沢洋、2022年6月8日撮影)
左が新庁舎。2021年11月から供用を開始した

 ご存じかもしれないが、羽島市には昨秋、新庁舎(設計:佐藤総合計画・アートジャパンナガヤ設計・川﨑建築設計室JV)が完成し、坂倉の旧庁舎は「解体を待つのみ」のように報じられている。今年2月28日に「旧庁舎あり方検討委員会」が市長に提出した答申にこう書かれているからだ(太字部)。

 本庁舎および教育センターについては、施設として使用・保存せず解体すること、また、中庁舎および北庁舎については、引き続き庁舎の付属施設として使用することが最良であると結論付けます。

 だから私も「最後にひと目」と思っていた。

 市の管財課に電話をかけて「壊される前に写真を撮りたい」と相談すると、「壊すとは決まっていない」と言う。そして、「現在、立ち入り禁止となっており、写真が撮れるのは規制のテープの外側からだけだ」とのこと。中に入れないのは残念だが、「壊すとは決まっていない」の真意が知りたくて、羽島まで行ってきた。

堀をわたるブリッジの先は立ち入り禁止

市長が方針を検討中、民間から提案募集の可能性も

 管財課の担当者によると、現状は、「旧庁舎あり方検討委員会」が市長に提出した答申を受け、市長が方針を検討している段階とのこと。正確に書くと、答申が出た後に市長はこんなコメントを出している。

 答申の内容を尊重し、今後の市の行財政運営への影響、建築物としての利用価値、周辺への安全性など、総合的な観点から改めて精査、検討させていただき、市としての方針を早期に決定します。(羽島市長)

 「今後の市の行財政運営への影響」「建築物としての利用価値」「周辺への安全性」のそれぞれがクリアできれば、残る可能性はあるわけだ。「早期に」なので、お尻が切られているわけでもない。

 だが、「市の施設」としては使用しない方針であるという。ならば、「これから民間の活用提案を求める可能性はあるのか」と尋ねると、担当者は「その可能性はある。ただし、その場合も市の費用負担はない」と答えた。

 そんなことはどの報道にも書いていなかったので、わざわざ羽島まで来た甲斐があった。

新庁舎
新庁舎から見下ろす

「市の費用負担なし」という高いハードル

 しかし、「市の費用負担はない」という言葉は重い。先の答申にはこんなことが書かれていた。

 一般公共建築物に求められる必要最小限の耐震基準(IS値)は0.6ですが、旧本庁舎のIS値の最低値は0.245、望楼の一部は0.23を示しており、建物全体において耐震性能が著しく低いです。外壁の剥離や崩落などコンクリートの劣化も著しく、現状での継続的な利用は不適当と考えます。

 最低でも「0.6」が求められるIS値が0.245というのは、確かにかなり低い。安全に使えるようにするには、耐震改修の費用が相当かかるだろう。

 しかも、東京に戻ってから調べてみると、今年5月に出た「広報はしま」(No.743)には、こんな追加情報が載っていた。

 旧庁舎の耐震性や保存・利活用をする場合の事業費など、関連情報をお知らせします。(中略)

■耐震改修工事の事業費
◇補強の種別により17億円または32億円が必要
旧本庁舎を長期的に保存・利活用する場合、大地震発生後も補修をすることなく使用できるだけの強度(Is値0・9)が必要です。
また、旧本庁舎は坂倉準三氏(市出身の著名な建築家)の設計であるため、建築物のデザインを妨げない工法で耐震化を図る必要があります。
これらの条件を満たす「耐震補強工事費」は、最も安価な「枠付鉄骨ブレース・RC壁増設」を採用した場合は5.7億円、最も高価な「免振レトロフィット工法」を採用した場合は20億円となります。
これらの「耐震補強工事費」に加え、地下10メートル前後の中間支持層までしか打設されていない基礎杭を補強する「(1)基礎増杭工事費」として1億円、建物の不同沈下を防ぐための「(2)液状化対策工事費」として3.7億円、建物の延命化を図る「(3)長寿命化工事費」として7億円が加算されます。
前述の「耐震補強工事費」のいずれかの工法を採用した場合の費用と、(1)(2)(3)の工事に掛かる費用を合計すると、約17億円または約32億円となります。

 うーん、1社でそんなに費用を出して、ペイする事業というのは私には思いつかない。「民間提案を求めたけれど、結局、駄目でした」という説明用のプロセスになりそうな気がする。

「ほおっておく」という勇気ある選択

 1つ救いがあるのは、解体完了の期限が切られていないということだ。すでに隣に新庁舎が稼働している。敷地は割と広くて、駐車スペースもけっこうある。数時間滞在しただけの人間が言うのも何だが、旧庁舎を今すぐ解体しないとすごく困ることがあるようには思えなかった。

 で、私はこう思うのである。「10年間、ほおっておく」というのはどうだろうか。10年間あれば、おそらくこの建築は重要文化財になる。そうすれば、市民の多くがその価値を認めるようになる。改修工事に補助金もつく。ビジネス界にも知られるようになり、コンソーシアムを組んで活用するような事業スキームを考える時間も生まれる。「ほおっておく」というのは、未来への勇気ある選択だ。

 「重要文化財」の可能性について言うと、坂倉準三の出世作である「旧神奈川県立近代美術館(1951年、現・鎌倉文華館 鶴岡ミュージアム)が、2020年末に国の重要文化財に指定された。そして今年(2022年)2月、丹下健三が設計した「香川県庁舎東館」(1958年、旧本館および東館)が、戦後の庁舎建築として初めて重要文化財になった。羽島市庁舎の完成は、香川県庁舎の翌年の1959年。「民主主義の精神を体現したモダニズム建築」としては、香川にひけをとらない。そして、何より羽島市は、坂倉の生まれ故郷である。重文指定の理由は揃い過ぎている。

 ほおっておくなら、差し当たって大きな費用はいらない。幸いにして、建物のまわりがぐるっと堀になっているので、近づけない。IS値が低いといっても、いますぐ倒壊するほど傷んではいない(実際、昨年10月までは普通に使用していた)。入り口のスロープの「立ち入り禁止」がさすがに見苦しいので、ここに植栽帯を新たに設けるくらいか。そのくらいの費用ならばクラウドファンディングで集められる。

 私も一応、民間企業(株式会社ブンガネット)の代表取締役なので、民間提案が募集されたら、そう書いて提出してみようかなあ。門前払いかもしれないけれど……。

 以下、今回は撮れなかった規制線内の写真を、相棒の磯達雄から借りて掲載する(2006年撮影)。本気で活用の提案をしようという方はじっくりご覧いただきたい。(宮沢洋)

(写真:磯達雄、2006年撮影 、以下同)