香川県は旧香川県立体育館(設計:丹下健三、1964年)の利活用について、民間事業者から提案を募るサウンディング型市場調査の結果を1月17日に公表した。
1カ月も前の話をなぜ今書くか、というと、古巣の日経クロステックのこの記事を読んだからだ。
岐路に立つ旧香川県立体育館、利活用に向けた調査結果を県が発表(2022年2月16日公開)
すでにいくつかの報道で県の発表自体は知っていた(県の発表はこちら)。発表内容は下記だ。
・提案書を提出したのは9事業者、10提案。
・10の提案のうち9提案は、耐震改修を行い、利活用を行うもの。1提案は、耐震改修は行わず、建物の外観を都市のモニュメントとして保存する提案。
・耐震改修を行い、利活用を行うとした9提案のうち、2提案は、初期投資やその回収計画について具体的な提案があったが、その内容は、県が財政負担を行うことを想定したものだった。4提案は、資金の回収計画等に関して、数字を示しての具体的な記載はなかった。2提案は、耐震改修を県が行うことを前提とする提案だった。
・県は今回の調査の提案について、その実現可能性について精査を行い、旧県立体育館のあり方について検討を進めていく。
公式の資料には、この結果を県がどう受け止めているかという記述はない。先の日経クロステックの記事は、県教育委員会保健体育課の「非常に厳しい結果と受け止めている」「県が財政負担をすることを想定しているものや、具体的な数字が示されていない提案が多かった」というコメントを掲載している。
そうなのか……。私は前職時代の2014年、この体育館が3度にわたる入札不調の末、改修を断念して閉館する経緯を取材した(こちらの記事など)。なので、9者から提案があったということを前向きにとらえていた。そんなに関心を持つ企業があるのか、と。でも、県は「財政負担なしで、自費で耐震改修して活用する事業者」が現れると考えていたのか。それとも、県民への手前、厳しめにコメントせざるを得ないのか。
10年前の入札予定価格は何だったのか?
この記事で知ったことがもう1つ。県はサウンディング型市場調査を実施する際に、改修工事を試算し、工事費が約18億円に上る可能性を認識していたという。この金額にもびっくり。不落札となった2012年の入札の予定価格は、1回目が約5億7900万円、2回目が約5億9000万円、3回目が約8億1400万円だった。3回目と比較しても2倍以上に上がっている。10年でそこまで建設費は上がっていない。当時の予定価格は“予算ありき”の根拠のない数字だったのでは?と疑いたくなる。
県は新県立体育館が竣工する24年度までに旧県立体育館の対応を決める考えという。新体育館はSANAAの設計だ。
保存案件で急増するサウンディング調査
ところで、「サウンディング型市場調査」という言葉を初めて聞く人も多いかもしれない。
サウンディング型市場調査は、地方自治体がまちづくり事業や公共施設の有効活用・転用などを行いたい場合、そのアイデアや意見を広く民間事業者に求めるために直接対話し、条件整備をすること。これにより、民間事業者側は自らのノウハウと創意工夫を事業に反映でき、参入しやすい環境(公募条件)を生むことができる。「サウンディング」の語源は、地盤調査の「サウンディング(Sounding)」らしい。
このサウンディング型市場調査、ここ4~5年で急激に増えた。財政がひっ迫する地方自治体でPFI事業が増え、その“地ならし”のために増えているといわれる。岐路に立つ建築物の保存活用について実施される調査も多い。
試しに、「サウンディング型市場調査」「保存活用」で検索してみると、ざくざく出てくる。例えば……
・「旧第一銀行横浜支店」の新たな活用に向けてサウンディング型市場調査(横浜市、2021年3月)
・ 雲仙市みずほすこやかランドの民間活用に係るサウンディング型市場調査(雲仙市、2021年5月)
・赤レンガの銀行に関するサウンディング型市場調査(高岡市、2021年7月)
・千歳館利活用に係るサウンディング型市場調査(山形市、2021年11月)
といった具合だ。
坂倉準三の伊賀市旧庁舎(旧上野市庁舎)が「忍者回廊」に
こうしたサウンディング型市場調査がハッピーな利活用に結びついた例を、残念ながら私はまだ知らない。そんな中で注目しているのが、三重県伊賀市の旧市庁舎だ。旧「上野市庁舎」と言った方がピンと来るだろうか。坂倉準三の設計で1964年に完成した建築だ。
この建物についてはもう10年以上、保存か解体かという議論が続いていた。2020年にサウンディング型市場調査を実施し、その結果を受けて、PFI事業に動き出した。2021年10月からPFI事業の提案公募が始まっている。「伊賀市にぎわい忍者回廊整備(忍者体験施設等整備)に関するPFI事業」という名称だ。
以下は、伊賀市のサイトからの引用。
(伊賀市の)中心市街地では依然として高齢化や人口減少が進み、空き家・空店舗が増加するなど、地域活力の衰退が進んでいることから、まち・ひと・しごと創生法の目的及び基本理念に基づいた更なる取組が求められています。
そこで、東京の「上野恩賜公園と文化施設群」や京都の「南禅寺界隈の近代庭園群」などと同様に『日本の20世紀遺産20選』に選ばれた、「伊賀上野城下町の文化的景観」を構成する坂倉準三による近代建築群や伊賀上野城下町の歴史的な街並みの保全、アフターコロナ時代における観光まちづくりなどの視点も加えつつ、地域に根付く魅力溢れる資源を単体ではなく面として捉え、磨き上げることにより、人と地域が成長し続けることができる空間を創出するべく、上野公園から城下町エリアを結ぶ導線を「にぎわい忍者回廊」と位置づけ、PFI(Private Finance Initiative)手法を用いた公民が一体となった取組を推進します。(ここまで引用)
応募要項を見ると、事業は(1)旧上野市庁舎改修整備事業、(2)忍者体験施設整備事業、(3)まちづくり拠点整備事業(附帯事業)の3つ。そもそも「にぎわい忍者回廊」が何なのかが資料を読んでもさっぱり分からないのだが、上のイメージ図を見ると、旧庁舎は「図書館」あるいは「観光まちづくり拠点」としての利用を想定しているようだ。
市が事業者に支払う「サービス対価」の予定価格は「38億8500万円(税込み)」と記されている。なるほど、新規施設の整備と旧庁舎の転用をセットでやり繰りするスキームにしたわけか。それなら旧庁舎を単体で事業化するよりも事業者の選択肢は増える。かつては単体で図書館などに転用することを検討していたので、こうした方針への転換には、サウンディング型市場調査の影響があったのかもしれない。
提案書の締め切りは今年3月22日。5月ごろに契約候補者を決める予定。事業期間は20年間。
「サウンディング型市場調査をやって良かった」という先例になることを願う。(宮沢洋)