大阪・関西万博が開幕する前日の4月12日に公開した「勝手にベスト3、大阪・関西万博で体験すべき“空間”はこれだ!」という記事がすごく読まれた。筆者が選んだ空間体験ベスト3は、以下の3つだった。
・「休憩所4」(設計:服部大祐+新森雄大|Schenk Hattori+Niimori Jamison)
・ シグネチャーパビリオン「Better Co-Being」(設計:SANAA)
・「休憩所3」山田紗子|山田紗子建築設計事務所
記事が読まれたのはうれしいのだが、ここで取り上げなかった他の施設に大変申し訳ない気持ちになってきた。特に、プロポーザルで選ばれた“若手20組”の施設はどれも面白くて、上の記事で選んだ2件(休憩所4&3)との差はほんのわずかだ。開幕前にSNSなどで疑問視されていたものも含めて、チャレンジの意図は伝わってきた。全部見たうえで上の2件を選んだのだという証明の意味も込めて、“若手20組”の施設を全て紹介する。

その前に、“若手20組”とは何か。今回の大阪・関西万博では、公募型プロポーザルで選出された若手建築家20組が「休憩所」「ギャラリー」「展示施設」「ポップアップステージ」「サテライトスタジオ」「トイレ」などを分担して設計した。20組は2段階の公募型プロポーザル(書類審査とヒアリング審査)で2022年に選ばれた(「2025年日本国際博覧会 休憩所他 設計業務」)。256者の応募があり、評価委員会メンバーの平田晃久氏、藤本壮介氏、吉村靖孝氏の3人が審査して選んだ。公募参加資格の1つに「事務所の開設者は1級建築士で、かつ1980年1月1日以降生まれの人とする」という条件があったため、主に30代~40代前半の建築家たちだ。
では、1つずつ見て行こう。まずは西ゲート周辺(リングの西側)から。夢洲駅に近いのは東ゲートなので、1日で回ろうととすると東側と海側(南側)だけでタイムアウトになる可能性がある。建築好きは西の情報も知ってから、回り方の戦略を組み立ててほしい。(以下、太字部は開幕1年前の2024年5月にEXPO2025大阪・関西万博公式Webサイトで発表された概要データと設計コンセプト。細字部は筆者のひと言。連番は以下の地図に対応)

①展示施設(設計:小室舞)
設計者:小室舞| KOMPAS JAPAN 株式会社一級建築士事務所/主用途:展示場/階数:平屋建/延床面積:1,271.94㎡/構造:鉄骨造、木造

【設計コンセプト】
「非中心・離散」「多様でありながら、ひとつ」をテーマとしたこの関西万博の会場構成の特徴を取り入れた展示施設です。 夢洲の湿地帯をイメージした中庭周りにさまざまな展示やイベントが行われるユニット群が並び、それらをつなぐリング状の通路を巡って来訪者は自由に展示を回遊します。緑が絡む蛇篭の壁に光や風が流れて雨水を循環利用し、ランドスケープと建築が密接に結びついた中庭ではこれからの環境空間の実践を試みています。 木の葉のような屋根が連なる半屋外空間が散らばり、心地よい森のように緩やかにまとまりながらも多様な場を創出します。


小さな分棟の建物群(それぞれが小パビリオン)で、蛇篭の円筒に木の葉のような屋根が載っている。かわいい。「蛇篭(じゃかご)」というのは金属で編んだ籠に砕石を詰めたもの。本来は河川の護岸や斜面の補強などに使用される。建築のランドスケープにも使われるが、建物本体に使うのは珍しい。これだけでも構造としてもちそうだが、概要データを見ると構造形式は鉄骨造として設計したようだ。
隣接する木造のトイレ↓も、蛇篭壁ではないが、同じ形の木の葉屋根のデザインでかわいい。

②ギャラリー(設計:金野千恵)
設計者:金野千恵| teco /主用途:展示場/階数:平屋建/延床面積: 644.38㎡/構造:鉄骨造

【設計コンセプト】
ギャラリーは、廃棄食材や食品残渣から制作するベジタブルコンクリートを用いて、暮らしの循環における廃棄物から“匂いある建築“を創出します。このギャラリーの展示空間としては、2つの異なるサイズからなる内部空間と、野菜スケールのピースが集積した大屋根の半屋外空間があり、運用によってその内外を繋ぎながら多様なアート空間が展開される予定です。


tecoの金野千恵氏は「春日台センターセンター」(神奈川県)で2023年の日本建築学会賞作品賞を受賞した人だ。家具のような優しさと精度で出来た春日台センターセンターに対し、このギャラリーは半透明の大屋根が覆うおおらかな構成。屋根架構の鉄骨のジョイントを見ると、吊り構造であるようだ。
屋根材の下のルーバーは一体何で出来ているのだろう。下から目を凝らしてもわからず。後で調べて、これは「ベジタブルコンクリート」と呼ぶ「食品の副産物を成形した屋根材」であることがわかった。
ベジタブルコンクリートの詳細については、原材料を提供しているお菓子の明治のサイトで。

③休憩所2(設計:工藤浩平)
設計者:工藤 浩平| 工藤浩平建築設計事務所/Kohei Kudo & Associates/主用途:休憩所、トイレ/階数:2階建/延床面積:504.23㎡ /構造:木造(建築物)、鉄筋コンクリート造+鉄骨造(工作物)

【設計コンセプト】
休憩所2では、仮設建築物を万博会期の半年間という短い時間の単位で考えるのではなく、人類や地球といった、なにかもっと原始的で壮大なスケールの時間感覚でつくれないかと考えています。 石は、何万年という月日を経て地球が創り出してきた「大地の資源」です。大阪城にも使われた瀬戸内産の石を、会期中は空へと持ち上げ、日除のパーゴラとして活用します。会期後は大阪湾の窪地の改善や海の生き物の居場所となるよう、石を海へと還元し、「海の資産」として未来へと引き継いでいきます。大地、空、海をまたぎながら、何万年も前の過去から、何万年先の未来へと時間をリレーする石の仮設建築物を設計します。


開幕前にSNSで大きな話題になっていたプロジェクトだ。筆者のようなおじさん世代は完成イメージ図を見て、「ああ、これはリスボン万博(1998年)のポルトガル館の系譜だな」とピンと来た。設計はポルトガルの巨匠、アルバロ・シザ。屋外広場を覆う80mの大スパンの屋根が、PC鋼線を入れたプレストレストコンクリートの板で出来ており、両サイドの建物の上部から吊られている。本来は重いものが軽々と空に浮かんでいる、という空間体験だ。(どんなものか知りたい方はYouTubeにあるシザのインタビューを)
この休憩所がそういう狙いであるとするならば、「重いものを軽く見せる」ということには成功している。下から見上げても重さを感じない。ただ、残念なのはそれにからみつく緑だ。見た瞬間に「フェイクグリーン」だとわかる。それによって、肝心の石も擬岩に思えてしまう。柱の足下の緑は本物なので、設計者は下から伸びるのを待つつもりだったのかもしれない。SNSで騒ぎが大きくなったための配慮なのだろうか。オーセンティシティが薄れてしまったのが残念だ。
構造上の安全については、万博の場で実現しているという時点で大丈夫だろう。以前に「森になる建築」でも書いたが、仮設建築物であっても建築基準法第20条(構造強度)については安全性の確認が求められる。工作物も然り。強度データをとって検査を受けているはずだからだ。
ただ、それでも「危ない」という声が上がるのは予測がついたと思う。相当の安全率を見て設計しているのだとは思うが、フェイルセーフとして吊り材を複数にするなどの対応があり得たのではとも思った。石は、現代建築では未開拓な素材だ。ここでの経験を無駄にせず、石のアーチとか石のドームとか、次なるチャレンジに挑んでほしいと思う。

④トイレ4(設計:浜田晶則)
設計者:浜田晶則| 株式会社浜田晶則建築設計事務所 AHA 一級建築士事務所/主用途:トイレ/階数:平屋建/延床面積:138.63㎡/構造:木造

【設計コンセプト】
人、植物、そして環境を土の壁でつなぐ、峡谷のような建築をつくります。自然界の形から抽出した有機的な形態の壁を大型の3Dプリンターで各地域の土地からとれる土を出力し、外壁やランドスケープを構成します。それらを依り代として人々が集まり、自然との共生や循環について考え休息する、現代の人間の巣のような建築像と社会を提示します。


これは誰が見ても「地層!」と思える。そして、ものづくりに関心のある人であれば「これが3Dプリンターの建築か!」と思う。そういう意味で新技術に関心を向けることに成功している。この仕上げは「土風」ではなく、原材料は本当の土だという。セメントは混ぜず、マグネシウム系の硬化剤を加えて強度を高めた。こういう壁だと本体が鉄筋コンクリート造に見えてしまうが、実は木造というのも現実的。地層の上の植物も会期半ばごろには青々とし、より地層感を増すだろう。ちなみに緑化には本サイトでも紹介した大林環境技術研究所(愛称:大林緑化)の大林武彦氏が協力している。

⑤ポップアップステージ(西) (設計:三井嶺)
設計者:三井嶺| 株式会社三井嶺建築設計事務所/主用途:イベント広場/階数:平屋建/延床面積:87.84㎡/構造:鉄骨造 一部 木造

【設計コンセプト】
ステージは、人が集う目印があれば十分ではないでしょうか。鳥居やストーンヘンジのような門型にみられるように、柱2本が人間の作る場の最小単位のひとつです。しかし、それよりもシンプルな状態、例えば梁が一本でも十分ではないかと考えました。 梁は松の皮付き丸太。たった一本でも場をつくる堂々とした力強さと優しさを持ちます。梁の上に載る屋根は形をとどめずシーソーのようにパタパタと動いて緞帳代わりとし、祝祭を盛り上げます。そして、屋根は松葉葺き。会期中に松葉の青々しさを保つためには、多数のボランティアが必要です。皆が参加し当事者となることによって、本来の祝祭のあるべき姿を取り戻せるでしょう。ごく簡素ながら、祝祭の場にふさわしい、新たな原初性をもつ建築を作ります。


これは施工中を含めて「祭り」を仕掛けたという点が面白いプロジェクトなので、詳細は下記の記事を。その記事ではまだなかった「松葉葺き」は上の写真で。
⑥トイレ3(設計:小俣裕亮)
設計者:小俣裕亮| 小俣裕亮建築設計事務所一級建築士事務所 new building office/主用途:トイレ/階数:平屋建/延床面積:249.97㎡ /構造:木造 一部 空気膜構造

【設計コンセプト】
空気を入れてふくらませる風船のような屋根をもった建築です。 屋根を透過した柔らかい日差しが空間を明るく照らし、屋根自体も風速に応じて風量を変えることで形を変化させながら維持コストを抑えるとともに、気温に応じて膜屋根上部に水を溜めて冷却する仕組みをもった膜屋根を計画しました。 1970年の大阪万博で様々な実験がなされた空気膜構造を引き継ぎアップデートすることで、環境レスポンシブな構造をつくります。



うわ、しぶっ!と思わず声が出てしまう。武家屋敷の何かを想像してしまうが、中に入ると、「そうか膜屋根+和か」と狙いがわかる。中央に柱もなく引っ張り材もない。どうしてこんなにスパンを飛ばせるのだろうと思ったら、上の説明文を読んで二重膜構造なのだとわかった。1970大阪万博のお祭り広場大屋根やアメリカ館の延長線上ということか。
説明文にある「屋根自体も風速に応じて風量を変える」ってどういうこと? と思い、小俣裕亮氏のXを見てみたら、こんな説明があった。「天候によって空気膜屋根が膨らんだりしぼんだり風に揺られたり水浴びをしたりします。空気膜構造の送風コストを下げることで環境に応答する構造をつくりました」。「暑い日は内圧と重量がつり合うように屋根の上に水をためて、冷却したのちに加圧して押し流します」。なるほど、なかなか深い挑戦。動画が見たくなる。
⑦休憩所1(大西麻貴+百田有希/o+h)
設計者:大西麻貴+百田有希| 一級建築士事務所 大西麻貴+百田有希/o+h/主用途:休憩所、トイレ/階数:平屋建/延床面積:830.10㎡/構造:膜構造 、鉄骨造、木造

【設計コンセプト】
人間の五感を使って感じられる、生き物のような建築を計画します。まるで毛皮のような屋根や、柔らかい布をめくって入る開口部、すべすべで触りたくなる壁など、建築の要素をやわらかく、親しみやすいものにすることで、これからの建築の可能性を広げていく建築です。組み立てが容易で、テント地・毛皮が外皮を覆う円形平面の大屋根空間は、モンゴルのゲルのようでもあり、人々が集う空間は、視覚はもちろん、触覚、聴覚、嗅覚などを触発する空間とすることで、さまざまな人に開かれたインクルーシブな空間となります。

o+hの大西麻貴、百田有希両氏は「山形市南部児童遊戯施設シェルターインクルーシブプレイス コパル」で2023年の日本建築学会賞作品賞を、「熊本地震震災ミュージアム KIOKU」で2024年度のJIA日本建築大賞を受賞し、若手というよりもすでに“大御所”の感がある。柔らかさを追求する2人がここで取り組んだのは光を通す屋根。タンゴのダンサーがスカートを翻すような躍動感のある形状。半透明の膜素材の上に、布を重ね張りしてケバケバ感を出した。上で取り上げた小俣氏のトイレと「新しい膜屋根」という着眼点は同じだが、全く回答の方向性が違うのが面白い。
ネットを張った子どもの遊び場の裏側には、アメーバ状にトイレが広がる。トイレの個室に入っても、上から色鮮やかな光が差すのが楽しい。若手といってもすでにSANAAと競うポジションなので、上記のベスト3には入れなかったもののさすがのクオリティー。




+α(おまけ):万博サウナ「太陽のつぼみ」(設計:小室舞)
リングの西側にはもう1つ、若手が設計した施設がある。①の「展示施設」を設計した小室舞氏(KOMPAS)による 万博サウナ「太陽のつぼみ」だ。

これはプロポーザルで選ばれた若手20組の施設とは関係なく、小室舞氏が事業主体から設計者に起用された。以下、事業主体である太陽工業のプレスリリースより。
「太陽のつぼみ」は大阪・関西万博のテーマである「いのち輝く未来社会のデザイン」が体感できるサウナです。花びら風の空気膜クッションが集まって一つのつぼみとなり、太陽に向かって伸びていくような生命力溢れる美しい造形が特徴です。太陽のエネルギーが海、草⽊、⾵の空気をまとって「太陽のつぼみ」に降りそそぎます。繊細で⼒強い膜が創り出す空間に、⾃然のエネルギーが満ちていき、私たちの⼼と体を調わせ、⼈としての原点に回帰させていくことをイメージしています。

「太陽のつぼみ」では、自然光を透過するETFEフィルム膜材に覆われた空間の中で、期間中に約1万5千人の方が水着でサウナを楽しむことができます。米メルセデス・ベンツ・スタジアム(ジョージア州アトランタ)など、これまでもETFEフィルムを活用した先駆的な建築物は作られてきましたが、「太陽のつぼみ」の躯体では、構造体も兼ねた最小限のアルミフレームとETFEフィルム(厚さ0.25㎜、重さ440g)と空気だけで構成したテトラ形状のユニットを初めて採用しました。テトラ形状にすることで、最小部材で最大限の空気のボリュームを包むことができ、軽量ながら断熱性を備えた膜ならではの柔らかなデザインを実現しています。光を拡散する梨地ETFEを採用することで、太陽の光を鮮やかに映し出し、サウナの中からも自然のエネルギーを感じられます。「太陽のつぼみ」は、つぼみのように中の熱を閉じ込めるサウナ、光に染まり風が抜けるラウンジ、3Dプリンター技術で作った水風呂の3棟のテトラ型ユニットで構成されています。3棟がデッキスペースで接続されており、繊細で⼒強い膜の技術と⾃然の⼒が織りなす全く新しいタイプのサウナとなります。
また、空気を抜くとコンパクトに収納できるユニット型の躯体や移設しやすい基礎構造により、大阪・関西万博閉会後も新たな地で再構成・再利用することが可能です。
構造材はETFE(エチレン・テトラフルオロエチレン共重合体)なのか。普通、ETFEは平面として張るか、二重膜にして膨らませて使うので、こんな造形は初めて見た。展示されていた模型もかっこいい。小室舞氏、今後が要チェックの建築家だ。

サウナは好きなのだが、メディアデーでは時間がなく、今回は体験できず残念。公式サイトはこちら→https://www.taiyo-tsubomi.jp/
次回は海側の若手施設6件(下の図の水色丸)を紹介する。(宮沢洋)

「若手20組の万博“新風”総まくり(中)」はこちら。↓