五十嵐委員長の総評+全委員の推しコメント──みんなの建築大賞「ベスト10」はこうして選ばれた

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 こちらの記事のとおり、第1回「みんなの建築大賞」のノミネート作である「この建築がすごいベスト10」が決定した。1月15日に推薦委員会で選定し、各設計者への了解を得たうえで発表に至った。ベスト10は「熊本地震震災ミュージアムKIOKU」、「52間の縁側」、「後藤邸」、「SIMOSE」、「太宰府天満宮仮殿」、「地中図書館」、「天神町place」、「庭の床 福武トレスFギャラリー」、「花重リノベーション」、「学ぶ、学び舎」(以上、50音順)である。

選定会議後の集合写真(人物写真:長井美暁)

 本記事ではベスト10の選考過程と、委員28人の推しコメントを紹介する。まずは推薦委員会の委員長である五十嵐太郎氏の「総評」から。

総評/五十嵐太郎

 あらかじめ各推薦委員から3件ずつ推しの建築を募り、集計数の上位5作品は自動的に決定された。そのラインナップでは、見学しやすい東京の建築が有利かもしれないと思っていたが、岡山、福岡、広島も入り、地方が健闘したように思う。もっとも、推薦段階でも、最終的な10選でもそうなったが、西日本が強く、東北地方や北海道はほとんど皆無だった。東日本大震災後の復興プロジェクトが一段落したことも、その一因かもしれない。

五十嵐委員長

 みんなの建築大賞の10選を決める場では、新宿の会議室に30名弱の推薦委員が集まり、それに加えて数名がオンラインで参加し、想像以上ににぎやかな会となり、関係者の期待が大きいことを改めて感じた。これだけ多くの建築系の編集者が一堂に会することはめずらしいだろう。まず各委員がそれぞれ推しの3作品のプレ一堂にーションを約3分間で行った。これでおよそ2時間。休憩を挟んで、ベスト10の残り5作品を選ぶ作業に入った。委員長の五十嵐からは、2作品(熊本地震震災ミュージアムKIOKUと後藤邸)を推し、残りの3作品は推薦委員のプレゼンテーションを聞いて、やはり委員長がセレクトした7作品から、委員の全体投票によって決めることとした。

 なお、KIOKUは従来の軸線を強調するメモリアルとはまったく違う、柔らかい曲線によってランドスケープと融合しながら、新しい空間の体験を提示し、そのデザインが歴史的な意義をもつことを高く評価した。また後藤邸は、SNS上では魅力を伝えにくい建築だと思われたが、昨年実際に訪れ、高度に知的な形態操作に腰を抜かした作品である。「みんなの建築大賞」という名前だからといって、わかりやすい建築や街に開かれた空間だけを選ぶわけではないことを示すという意味を込めて選んだ。これは推薦委員が良いと思う作品を推すアワードである。そもそも複雑で一般にはわからないから、あらかじめ外しておくという態度では、これから投票に参加してもらう人に対して失礼である。

 前述した7作品は、52間の縁側、東京学芸大学「学ぶ、学び舎」、中銀カプセル再生プロジェクト、地中図書館、水戸市民会館、ミラトン、前橋ガレリアである。ここから投票を繰り返し、絞り込み、最終的に52間の縁側、東京学芸大学「学ぶ、学び舎」、地中図書館の3作品が、ベスト10に入ることになった。もっとも、落ちてしまった作品も、実はかなりの僅差だったことを記しておきたい。ちなみに、結果的に2023年に話題となった大型の再開発がベスト10に入らなかったが、開業したものの、まだフルオープンする前であり、その真価が問われるのは来年度の「みんなの建築大賞」でも良いのではないかと考えた。

1人3作の“推し”+投票でベスト10を決定

 年間ベスト10の選定過程は以下の通り。

<各委員からの推薦>
・年間10選の推薦委員会を編集者や建築史家など、「伝える側」のプロ約30人で構成。
・各委員は2024年1月8日(月)までに、「世の中に向けて熱く伝えたい建築」3件を選び、各90字の推しコメント(公開前提)を書いて、写真とともに事務局に送る。
・推薦する3件のうち1件以上は、可能であれば住宅(集合住宅含む)もしくはリノベーション(内装のみも含む)とする。
・投票数上位5件までは自動決定。残り5件は、推薦のあった建築の中からその年の実行委員長が全体のバランスを考えて決定。
・対象は2023年1〜12月までに完成、もしくは新作として雑誌発表された建築・住宅・リノベーション。
・初代の実行委員長は五十嵐太郎氏(建築史家、東北大学教授)。
・推薦者は実物を見ていることが望ましいが、推薦する理由が明確であれば見ていなくても可。

会議風景

<選定会議>
 1月15日に新宿で開催された選定会議には22人が対面で、4人がオンラインで参加した。

 上記ルールのとおり、投票数上位5件は自動決定。この5件は「天神町place」(10票)、「花重リノベーション」(6票)、「庭の床 福武トレスFギャラリー」(5票)。「SIMOSE」「太宰府天満宮仮殿」(どちらも4票)だった。会議では委員のプレゼンの後、まず五十嵐委員長の推しで「熊本地震震災ミュージアムKIOKU」と「後藤邸」が決定。続いて、五十嵐委員長が選んだ7件について第1回投票を実施。「52間の縁側」と「「学ぶ、学び舎」が決定。「地中図書館」と「カプセルプロジェクト」が同数だったため、再度投票を行い、「地中図書館」が決定した。

全委員の推しコメントを公開!

各委員の推しコメントは以下の通りだ(委員名の50音順)。

■有岡三恵/編集者、Studio SETO

庭の床 福武トレス Fギャラリー/武井誠+鍋島千恵/TNA
建物の内部に居ながらも雑木林の中に居る感覚を覚える、透明度の高い建築。不等辺三角形の平面が、より自然との一体感を高めている。林立する358本の鉄骨柱はφ=38mmと細く、驚きの純ラーメン。

神山まるごと高専 西上角校舎・学生寮(HOME)、大埜地校舎(OFFICE)/shushi architects/吉田周一郎・石川静 +須磨一清
過疎の町に15〜20歳の学生が住むという社会的インパクトが絶大な建築。学生寮や食堂、スタジオなど複雑なプログラムを、リノベと新築の2棟で鮮やかに解いている。地場産木材による大空間も清々しい。

Forestgate Daikanyama(フォレストゲート代官山)〉TENOHA棟/末光弘和+末光陽子/SUEP.
間伐材を用いたり、省エネ性能を高めたり、建築自体の再利用も可能なジョイントシステムを考案するなど、サステナビリティに本気で取り組む建築。運営者のサーキュラーエコノミーにも期待。

■飯田彩/編集者

水戸市民会館/伊東豊雄建築設計事務所・横須賀満夫建築設計事務所 共同企業体
木組みの広場をはじめ、開かれた居場所が豊か。ホワイエとつながる空間には造作家具を設え、市民の勉強や休憩の場として開放。イベントがない日も日常使いできる、これぞ“みんなの”市民会館。

52間の縁側/山﨑健太郎デザインワークショップ
介護施設=閉じた空間、というイメージを覆す開放的な建築。庭を駆け回る子どもを縁側でお年寄りが見守るというように、施設の利用者、地域住民や子ども達の多様な活動を長い縁側が大らかにつなぐ。

天神町place/伊藤博之建築設計事務所
圧倒的な魅力をもつ9層分の中庭空間がSNSでも大きな話題に。馬蹄型の住棟形状で、すべての住戸、さらに周辺地域にも光と風を通す。高層マンションが林立しつつある地域の現状に一石を投じた。

■猪飼尚司/編集者

地中図書館/中村拓志&NAP建築設計事務所
洞窟のように広がる地中空間には、複数の天窓から柔らかな光が差し込む。敷地の勾配と高低差を活かした「カメラ・オブスキュラ」建築で、地球と宇宙が体で感じながら本の世界に没頭する。

園田の家/STUDIO COCHI ARCHITECTS/五十嵐敏恭
異なる形の建屋を立体パズルのように連結。居室に仕切りはなく、複雑なアングルが家族に多様な居場所を提供する。中庭を介して窓越しに互いの存在を意識し合あう。遠すぎず、近すぎずの関係が良い。

深大寺の家/CASE REAL/二俣公一
ベンガラ色の壁と周囲の緑地との色のコントラストが印象的なギャラリー兼住居。素材のセレクトと仕上げの緻密さが際立つ。緩やかな曲線のむくり屋根に映る光のグラデーションが最高。

■五十嵐太郎/建築史家、東北大学教授

庭の床 福武トレス Fギャラリー/武井誠+鍋島千恵/TNA
福武書店の迎賓館と庭園のリニューアルに際して、三角形プランを組み合わせたギャラリーが新築された。壁が一切なく(代わりに棚やテーブルが構造材に)、358本(!)もの極細柱によって樹木の風景に溶け込む。

金沢美術工芸大学の新キャンパス/SALHAUS+カワグチテイ建築計画+仲建築設計スタジオ
街に対し、公園のような場を提供する本当に開かれた大学。大屋根をもつプロムナードで引き込み、室内は展示に使えるアートコモンズを散りばめる。専門の違う各工房を整理しつつ配置し、その活動を可視化。

花重リノベーション/MARU。architecture
谷中霊園前の老舗の増改築。明治の店舗、江戸の長屋、戦前、戦後の建築が混在する敷地の時間を巻き戻し、別の歴史を歩ませたデザイン。鉄骨フレームの現代的なカフェ空間は遊び心をもち、既存木造とも呼応する。

■磯達雄/建築ジャーナリスト

熊本地震震災ミュージアムKIOKU/大西麻貴+百田有希/o+h・産紘設計
阿蘇の山並みに呼応する屋根のカーブは、同時に震災遺構の旧東海大学校舎をリスペクトしたものでもある。震災の記憶をつなげていこうとする意志が、建築の形にも現れている。

虎ノ門ヒルズステーションタワー/OMA、森ビル
都市のスカイラインを揺さぶる外観のデザインも斬新だが、周囲の超高層ビルや地下鉄の駅からの通り抜け動線を通したことが何よりも画期的である。

後藤邸/後藤武+後藤千恵/後藤武建築設計事務所
谷戸に挟まれた細い尾根の上に建てられた住宅。平面・断面の巧みな操作により、一つの場所が幾通りにも体験できる。空間の多重性を達成している。

■市川紘司/建築史家、東北大学助教

熊本地震震災ミュージアム KIOKU/大西麻貴+百田有希/o+h・産紘設計
震災遺構へのシークエンス、阿蘇の雄大な景観に寄りそう空間デザインが気持ちがいい。箱モノではない、建築的な工夫にあふれた記念施設。くまもとアートポリスの長年の蓄積も改めて注目したい。

学ぶ、学び舎/VUILD
「建築家」という職能にゆさぶりをかける若手建築家チームの新作。自社工場でデジファブしたCLT型枠=天井でおおわれた空間は迫力十分。いよいよ作品のスケールも上がってきた。内部空間への展開も期待。

■歌津亮悟/編集者、Japan-Architects Magazine

学ぶ、学び舎/VUILD
今までにないモノ・コトを生み出す教育プログラムのための工房。CLTの塊をCNC加工機で削り出しそれを組み上げ、RCの構造と一体となる。木部はRCの型枠であり内装仕上げでもある、全く新しいデジファブ建築。

天神町place/伊藤博之建築設計事務所
高層集合住宅に囲まれた旗竿敷地という悪条件ながら、馬蹄形に建物を湾曲させた大きな吹き抜け空間を住民の憩いの場とした。表面のテクスチャーや開口部を工夫することで無味な壁が立ち上がる状況を回避し、圧倒的な空間体験を可能にした。

父子の家/畝森泰行建築設計事務所
大工だった父親が建てた作業場と離れの架構を残しながら、それを包み込むように新たな構造壁を用いて新築した住宅。父の手仕事を未来に伝えながら子(施主)の思いを反映させ変容させた。空き家問題解決の一助となる可能性を示すプロジェクト。

■加藤純/編集者、TECTURE MAG編集長

地中図書館/中村拓志&NAP建築設計事務所
草に覆われて大地に埋もれた外観と、本に囲まれてじっくりと内省する洞窟のような内部。最奥部には梁が支え合い丸い天窓をもつホールが現れる。誰をも惹きつけ親しみやすい建築で、現代の胎内めぐりを味わえる。

虎ノ門ヒルズ ステーションタワー/重松象平 OMA NY
超高層に否定的だったOMAが? だが大きいスケールメリットを活かしながらビルに無関係な人も最上層を楽しめる仕掛けをつくり、足元の東京らしい街の姿も残している。

花重リノベーション/MARU。architecture
東京・谷中の老舗花屋の木造建築をムクのスチールフレームで補強しながらリノベーション。空中に浮かぶテラスも含めて新旧と内外、建築と家具が融合した建物に。

■神中智子/編集者

天神町place/伊藤博之建築設計事務所
馬蹄形の棟に囲まれた中庭に注ぐ光、陰影を生む壁の質感に身震いがする。数百年前、地下水を得るために作られた階段井戸のように、未来の人びとが踊り祈る姿を想像したくなる悦びに満ちた空間。

花重リノベーション/MARU。architecture
創業150年、増改築の履歴を丁寧に読み取り、敷地を間引いて江戸から昭和の骨格を表す。敷地奥に新設したカフェを覆うのは切妻屋根を投影する細いフレーム。密集した住宅地に明るさを放つ。

移築 から傘の家/現設計:篠原一男、移築設計:奥山信一+大塚優/東京工業大学奥山研究室、現地協力事務所:Dehli Grolimund
存続が危ぶまれた「から傘の家」(1961)を調査・解体、スイスのヴィトラ・キャンパスに再建。方形屋根が架かるこの小住宅の価値を世界に決定づけた。日本の建築文化を未来につなぐ。

■倉方俊輔/建築史家、大阪公立大学教授

松原児童青少年交流センター miraton/御手洗龍建築設計事務所
どこを「ミラいのトンネル」と感じるかは多分、体の大きさや頭の柔らかさによって違う。ペタペタ貼ったり、遊んだり・・全部正解。新しい構成で、決めつけなさを育む、今の公共建築がここにある。

庭の床 福武トレス Fギャラリー/武井誠+鍋島千恵/TNA
新築棟は、風にそよぐ木々と同じ太さの柱や鋭角の床面で庭園と建物と道具の境を紛らわした、異色の和の継承。和風建物や庭園の再生と併せて、福武書店創業者が愛した場が、現代に呼吸している。

後藤邸/後藤武+後藤千恵/後藤武建築設計事務所
建築の構成に、依然として、このような力があるとは。せいの異なる3層の梁が積層した単純な構成が、通常の感覚を裏切って人を不安にし、自由にし、行為と風景と取り結んで、住み処を与えている。

■阪口公子/編集者、コンフォルト編集部

御所南の家/森博孝
京町家の改修。料理が趣味の主人のもてなしの場で、赤漆喰磨きのカウンターや上質な古建具が趣を添える。増築した2畳茶室は荒壁仕上げ、床柱にはお水取りの松明。厳選した石を据えたコンパクトな露地には腰掛待合も。

FUJIFILM Creative Village/富士フイルム デザインセンター+コクヨ
施主と設計者が協働したオフィス。素材や色を絞り、繊細な納まりとともに純度の高い空間に。サインも秀逸だ。躯体内に断熱材を入れたのも新しい試み。

■坂本愛/ライター

SIMOSE/坂茂建築設計
ザ・坂 茂建築ミュージアム。美術館、ヴィラ、レストランから成る複合施設のすべてを坂氏が設計している。水盤に設置された可動展示室は映え感満載。名作住宅をリメイクしたヴィラも面白い。

庭の床 福武トレス Fギャラリー/武井誠+鍋島千恵/TNA
軽やかにも程がある。雑木林とシンクロする、直径38mmの極細柱358本が作り出す建築は壁のない全面ガラス張り。内外の境界はもちろん曖昧で森林浴だってできる。自然と人工のハイブリッド?

太宰府天満宮仮殿/藤本壮介建築設計事務所
屋根の上に、本気の林が鎮座している。3年という期間限定とは言え、その思い切りのよさに感心しきり。植栽を「SOLSO」、御帳と几帳を「Mame Kurogouchi」がデザインしているのも令和感。

■櫻井ちるど/編集者、建築画報

太宰府天満宮仮殿/藤本壮介建築設計事務所
鮮やかな朱塗りの楼門の先に森を纏った穏やかで美しい建築が現れる。124年ぶりの御本殿の大改修期間に参拝者を迎える3年限定の仮殿は、天神の杜との調和が見事で、屋根の上に森が存在するのに、軽やかで神秘的に感じる。

祇園甲部歌舞練場/大成建設(改修)
祇園を象徴する花街文化と伝統伎芸の継承を試みた令和の大改修。春の踊り公演「都をどり」や秋の温習会が開催される劇場で、100年を超える国の登録有形文化財の耐震補強と保存・再生のための改修プロジェクト。

天神町place/伊藤博之建築設計事務所
中庭から上を見上げると、まるで魚眼レンズをのぞいているような錯覚に陥る。まさに“映える建築”。外観も各住居も穏やかな曲線の連続で、優しさに包まれているような居心地の良さと、日の入り方によって表情を変えるテクスチャが存在感を際立たせている。

■白井良邦/編集者、慶應義塾大学SFC特別招聘教授

SIMOSE/坂茂建築設計
広島県大竹市の海沿いに現れた、坂茂の建築空間で「見て、飲んで食べて、泊まれる」という美術館。バージ(運搬用浮船)を利用した展示室や、坂茂の名作別荘を再現した宿泊棟など見所満載。

まえばしガレリア/平田晃久建築設計事務所
<白井屋ホテル>(設計:藤本壮介)など、“建築“で町興しが進む、前橋市中心部に出現した注目の建築。地上階にギャラリーやレストラン、上階はレジデンスで、街を建築&アートで刺激する。

学ぶ、学び舎/VUILD
迫力ある造形! これが秋吉浩気率いるVUILDが追及する、「デジタルファブリケーション」を駆使した“新しい建築”だ。木造に見えて実はRC造、CLTの塊を加工機で削り出し型枠に使っている。

■介川亜紀/編集者

天神町place/伊藤博之建築設計事務所
湯島天神付近の住宅密集地の敷地を巧みに活用した集合住宅。シンプルなファサードを抜けると、有機的な馬蹄形の中庭が出現。9層分の吹抜けを見上げれば青空、ヒノキ型枠による無骨な曲線の外壁はガウディの建築を思わせる。

松原児童青少年交流センター miraton/御手洗龍建築設計事務所
大小のアーチ状のトンネルが扇状に並ぶ、遊び心あふれる外観。屋内はこのトンネルの重なりと什器により、ちょっとした「隠れ家」的空間が随所に。子供たちのわくわく感を引き出す仕掛けに満ちている。

ジャジャハウス/藤田雄介+伊藤茉莉子+寺澤宏亮/Camp Design 青井哲人+青井亭菲
延べ床200㎡のこの住宅は公共空間が8割を占め、夫妻の専有は2割。2階を会所やオープンキッチンに割き、1階は賃借人等の個室、建物の中央を階段室兼書庫が貫く。地域の住民が集う様子に、人口減日本の住宅のひとつの解を見る。 

■津川学/ジャーナリスト、建設通信新聞

天神町place/伊藤博之建築設計事務所
馬蹄形建築の配置計画と中庭に面した外壁のテクスチャーが、奇跡的とも言える異次元の空間を生んだ。陽光の少ない敷地環境の中で、中庭や住戸が心地よい居場所になるよう思考が重ねられた。

太宰府天満宮仮殿/藤本壮介建築設計事務所
屋上庭園(屋根の植栽)は神様の遊び心をくすぐるようなデザインに見えたが、ル・コルビュジエの近代建築5原則の一つであり、菅原道真公の「飛梅伝説」の文脈を加味したものでもある。

水戸市民会館/伊東豊雄建築設計事務所・横須賀満夫建築設計事務所 共同企業体
何と言っても4層吹き抜け木造架構のダイナミックな「やぐら広場」に驚かされる。市民が自由に使える屋内イベント広場だ。まさに、伊東氏の持論、「公共建築はもう一つの家」と言える。

■富井雄太郎/編集者、millegraph代表

オノツテ ビルヂング/NPO法人尾道空き家再生プロジェクト
木造3階建ての元産婦人科医院(1938年)を宿泊や古書店などの複合施設に再生(2023年)。豊田雅子さんの思いとNPOの15年に及ぶ活動がなければ、今日の尾道の姿はなかったはず。

ジャジャハウス/藤田雄介+伊藤茉莉子+寺澤宏亮/Camp Design 青井哲人+青井亭菲
家族以外の人と住むという小さな共同性を有し、空き家(空き部屋)問題に一石を投じている。束ね柱の間を通る建具などによって柔軟な使用に対応。共同設計者である施主夫妻の構想力も大きい。

麻布台ヒルズ/トーマス・ヘザウィック他
森ビルによる再開発で、まずその規模に驚く。低層部では無数の台地、かつての半島を思わせる造形が展開。防災や緑地の観点からも貢献が大きく、紋切り型の再開発批判を撥ね付ける底力を感じる。

■豊永郁代/編集者、コンフォルト編集部

末広の家/服部信康建築設計事務所、庭アトリエ(造園)
服部信康の住宅は「良質の住宅」以上。良い服が人の姿勢と気分を良くするように、住む人の HPを上げる。クラフトや家具にも詳しく、現代を意識した視線が生きる。造園家との協働も巧みだ。

天神町place/伊藤博之建築設計事務所
敷地の奥に行くほど広がる馬蹄形で、中庭と建物とテクスチャーが織りなすさまざまな表情が心に残る。光井戸のように中庭に注ぐ光を見上げると、ちょっとエキゾチックにも感じるのが不思議。

花重リノベーション/MARU。architecture
谷中霊園の入り口に立つ墓参者相手の数軒の花屋は、江戸の雰囲気を残している。そのリノベーションは、地域住民の「町並みは変えないで。でも面白くないといや」という要望に見事に応えた。

■中村光恵/編集者、リトルメディア

SCOP TOYAMA 富山県創業支援センター、創業・移住促進住宅/仲俊治・宇野悠里/仲建築設計スタジオ
地域の建築を志す高校生が提案した活用案を行政が引き継いでプロポーザルを行い、さらに設計者が既存の建物を新たな、生き生きとした場へと昇華させて地域の夢を広げている。

庭の床 福武トレス Fギャラリー/武井誠+鍋島千恵/TNA
時間を捉えている建築。文化振興の原点となる敷地のランドスケープや別棟との関係性を50年、100年と見据え、そこにある時間の継続の中に建築を置いているように感じられる。

Takahatafudo/山田紗子建築設計事務所
特殊な形態ではなくシンプルな平面外形の中で、建築が家族のあり方を表すかのようなプランニングが行われている。家族の多様性をどう引き受けて建築がその可能性を見出していくのかが見える。

■萩原詩子/編集者、ライター

福岡大名ガーデンシティ/久米設計・醇建築まちづくり研究所JV 
福岡のスカイラインを破る超高層ながら、工事中に危惧した圧迫感はなく、新たな人の流れを生んだ。特に広場が大人気。プロポの与件だが、配置は設計に拠る。いつ行っても賑わっている。

太宰府天満宮仮殿/藤本壮介建築設計事務所
全容もさることながら、楼門越しの景色がいい。土の深さを感じさせず、輪郭をシャープに見せる屋根形状が巧み。冬枯れも美しく、仮殿の役割を終えるまでの3年の変化が楽しみだ。

SIMOSE/坂茂建築設計
建築的には集成材の傘型の構造が見どころだろうが、それよりもミラーガラス遣いが印象的だった。天候が移ろうにつれて建築内外の風景も変化し、見る者に新鮮な驚きを与えてくれる。

■八久保誠子/編集者、LIFULL HOMES PRESS編集長

天神町place/伊藤博之建築設計事務所
間口が狭い旗竿地、高低差もある不利な条件の土地に光と緑をあきらめない都会の集合住宅を創り出した。馬蹄型の設計はデザインだけでなく、随所に住まいの工夫もみられる秀逸な賃貸住宅。

潮騒レストラン/坂茂建築設計
世界初となる構造体は、ヒノキを圧縮し鉄骨のような形状をした木製L型アングルのトラス架構。構造体の美しさがそのまま建物の特徴となっている。木造建築のバリエーションを拡げた建築。

■平塚桂/編集者、ぽむ企画

京都市立芸術大学・京都市立美術工芸高等学校/乾・RING・フジワラボ・o+h・吉村設計共同体
教育施設が豊作でどこも複雑な与件をまとめているが、ここはさらに余白の生み出し方が秀逸。芸術系大学に必要な”原っぱ”的な創造の余地をつくり出している。

house T / shop O/木村松本建築設計事務所
RC2階建を改修した住居兼美容室。職住一体の名手による新作だが、職の部分の解体再編、住の部分のメンテナンス的改修に惚れ惚れ。裏と表、完成と未完成の境界が極限まで薄められている。

梅元町の村バイソン/西村組ほか
廃屋買い取り・素人施工・廃材利用という特殊解と、補助金活用や建築家の参画という普遍的手法の併せ技で、アートやシェア居住の複合施設へと空き家再生が着々となされている。振り幅がすごい。

■宮沢洋/画文家、BUNGA NET編集長

熊本地震震災ミュージアム KIOKU/大西麻貴+百田有希/o+h・産紘設計
災害展示につきまとう重苦しさがほとんど感じられない。柔らかな建築空間の魅力に加えて特筆すべきは、震災遺構へと自然に導く“柔らかい軸線”。丹下健三的な強い軸線とは別のレイヤーの建築。

52間の縁側/山﨑健太郎デザインワークショップ
細長いプランは形の遊びではない。それは介護業界のイノベーターである石井英寿氏の介護哲学の表れであり、計画実現の旗印だった。安全性や耐久性を言い訳にする現代建築の根底を問う建築。

福岡大名ガーデンシティ/久米設計・醇建築まちづくり研究所JV
小学校の跡地開発ということは知っていたが、校舎が「創業支援施設」として残っていることに驚いた。大通りから超高層下のトンネルをくぐると校庭が広がる。記憶を取り込んだ新しい巨大開発。

■森清/編集者、BUNGA NETプロデューサー

花重リノベーション/MARU。architecture
建築保存の概念が変化の兆しを見せている。保存と改編をどう均衡させるか。150年超の生花店を保存しつつ、奥を庭にして家型の無垢のフレームでつなぐ。古い木造が多い地域の解としても秀逸。

天神町place/伊藤博之建築設計事務所
東京・湯島のホテルの建て替え。馬蹄形の中庭を持ちカサ・ミラに例えられるが、上層階の開放的な外部空間、低層部の室内から望む天空への抜けなど、自分なりの快適さを見いだせる賃貸集合住宅。

東急歌舞伎町タワー/久米設計・東急設計コンサルタントJV
超高層ビルにはオフィスが付き物。そんな常識を覆しエンタメに特化した。店舗の上に劇場や映画館を重ね、高層部は二つのホテルを重層。噴水のような外観、風揺れ・振動対策などの構造と一体で実現。

■山根一彦/編集者

天神町place/伊藤博之建築設計事務所
エントランスから奥へガクッと下がった中庭は、古代遺跡や採石場に迷い込んだ風情。明るくフラットなものが求められがちな集合住宅に、建築の根源たる廃墟性を見ることができる稀な例では。

本牧の住宅「小林邸」改修/原設計:林雅子、改修設計:安田幸一
林雅子の逝去直後に竣工した住宅の改修。docomomoなどにも認定されない比較的新しい建築を残す際にも、素材の選択とディテールが改修計画で最重要と改めて認識させられる。

川場ベース/宮崎浩
母屋と離れが連なる形式の町役場。母屋である庁舎は、地場産の杉の製材を用いた跳ね出しトラスの屋根架構で、風圧を負担する無垢材の方立と連続して、大胆かつ軽快な構成となっている。

■山田兼太郎/編集者、DISTANCE.media(NTT出版) 

裏参道公衆トイレ(The Tokyo Toilet Project)/マーク•ニューソン
明治神宮北参道近くの、うらぶれた高架下。そこにかわいらしい傘を被ったキノコが生えた。日本財団が運営する公共トイレの一つである。場所も地味、建物もさりげない。されど道が明るくなった。

Bunkamura ル•シネマ渋谷坂下/中山英之
映画館のロビーとは、いまここではない世界への入口である。光溢れるスクリーンに対して、ロビーを影の空間に見立て、黒灰色の絨毯をひいた。暗から明への階調が、昭和から続く映画館を蘇らせた。

京都市立芸術大学/乾・RING・フジワラボ・o+h・吉村設計共同体
外を内に取り込んでいく、内を外にはみ出していく。そのために、門や柵を設けず、開かれた道をつくった。崇仁地区という、京都市民が避けてきた場所がどう変わるのか、今後が楽しみだ。

■吉田和弘/編集者、草思社

虎ノ門ヒルズ ステーションタワー/重松象平
なぜ人は巨大建築に惹かれるのか。答えはこのビルにある。爬虫類の鱗のように波打つ外皮と大胆にツイストする形態は、高層ビルの愉しみが詰まっている。紅白で星野源がここに立ったのも納得。

トレーラーカプセル/鈴木敏彦
惜しまれつつも解体された中銀カプセルタワービル。しかしそのコンセプトは継承・再生される。その第一号はなんと車!移動するというコンセプトは、カプセルの次の人生の門出に相応しい。

水戸の美容室/青木弘司
塀のようなものの上に、三角形が乗っかっている。これはきっと建築だろう。梁、柱的なものもあるが、何を支えているのか?語りたくなるのと同時に、語るのを拒まれるような悪魔的魅力がある。

■和田菜穂子/建築史家、東京家政大学准教授

SIMOSE/坂茂建築設計
美術館の外壁にはミラーガラスが用いられており、周りの景色が映り込むため建物自体の存在を消しています。水辺に浮かんでいる可動型の展示室は夜になると光のボックスに。レストラン、宿泊施設もあり、坂茂の建築を思う存分堪能できます。

聴竹居/藤井厚二(保存修理等整備事業/竹中工務店)
木造モダニズムの傑作。台風、地震による被害の復旧と外構を含む保存整備事業を終え、2023年から閑室と茶室(下閑室)も公開されることになりました。聴竹居倶楽部が見学会を開催しています。

花重リノベーション/MARU。architecture
谷中霊園の入口にある老舗の花屋。奥に進むとカフェがあり、木造の梁などの架構をそのまま残しています。鉄骨造のテラスを新たに設け、街に開いたオープンスペースを形成しています。

 本記事ではベスト10に選ばれたもの以外で、選定会議で議論になったものを中心に写真を紹介掲載した。ベスト10の詳細は下記のページへ。