大成に受け継がれる円形校舎のDNA? 松山市の愛光学園に中高“8の字交(校)舎”が完成

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 愛媛県松山市にある中高一貫の私立校、愛光学園は、中国・四国地方ではトップクラスの進学校だ。ミッションスクールとして1953年に創設され、東京大学や国公立大学医学部の合格者を多数輩出。灘(神戸市)やラ・サール(鹿児島市)とともに「西の御三家」とも称される……と、今さら大学受験に興味はない筆者であるが、そんな進学校にユニークな校舎が完成したと聞いて見に行ってきた。

ドローンを飛ばさずにこんな写真が撮れた! 晴れ男の本領発揮(写真:宮沢洋、以下も)

 上の写真は、敷地東側の小山の上にある松山総合公園から見た全景だ。建物全体は大きく8の字を描く。新校舎は2学期(9月)から使用開始予定で、まだ生徒の姿はない。

 正門側(北側)からは、緩やかなスロープで向かう。茶系のタイルで覆われた本部棟は、逆円錐から三角柱をくり抜いたような形で、これは躯体も仕上げも施工が大変そうだ。

 円形のエントランスホールには、さまざまな賞状、トロフィーがずらり。単なる進学校ではないことが伝わる。

 愛光学園理事長のホアン・ベルモンテ神父と、設計を担当した大成建設設計本部の井内(いのうち)雅子設計室長が出迎えてくれた。

 理事長は流暢な日本語でこう言う。「井内さんを中心として、素晴らしい校舎をつくってくれました。学校は生徒たちがクライアント。ここは、どこにもない特別な空間で、生徒たちの記憶に残るものになると思います」  

 老朽化して建て替えとなる旧校舎も大成建設の設計だが、今回のプロジェクトは特命発注ではない。大成建設が指名コンペに勝って実現したものだ。「他社の案は、箱形の建物が並ぶものだった。井内さんの案は、条件を満たしながらも、他の案とは全く違っていた」と理事長は振り返る。

 コンペ案の基本的な考え方は現状とほぼ同じだ。ともに2階建ての中学校のリング、高校のリングを北西-南東方向に並べ、交点部分に教員棟、中学校リングの校門寄り(北側)にゲートとなる本部棟を置いた。中学・高校と教員棟が1点で交わる。勝手に「8の字交舎」と呼びたくなる。

 井内氏が円形を並べた案を考えたのは、冒頭の写真の松山総合公園から見下ろした際に、「周囲の豊かな緑をすべての教室から見えるようにしたい」と思ったからだという。

 リング部分の2階から見ていこう。中庭側にぐるりと廊下。床がフローリングなので、円形だと端部の処理が大変だ。

 2階教室内。2階は屋根形を生かした。両側から採光。どの部屋も微妙に正方形ではない(外周側が広い)。

 机は、学園の要望を取り入れ井内氏でデザインしたもので、キャスター付きで高さが変えられる。

 1階の教室もやはり両面採光。緑に囲まれた空間となっている。天井はフラット。

 各所に、自分の位置が分かるサインが掲示されている。

 ちなみに同学園は長く男子校だったが、創立50周年の2002年に男女共学化を実施しており、現在は男女の生徒がいる。

ガラス張りの教員棟へ

 交点部にある教員棟へ。

 2階の職員室。円形平面でガラス張り。「職員室から生徒たちの様子が見え、生徒からも職員室の様子がよく分かる」と理事長。外周をブレース構造で囲んでおり、室内に柱がない。

 職員室から1階に降りる階段。この階段にも柱がない。

 中庭の屋外廊下。円の中心で3つ股に分かれている。庇の描く曲線がシャープ。

円形校舎といえば坂本鹿名夫…

 ところで「円形校舎」と言えば、建築好きは、1950年代に全国で多数建設された円形平面の校舎を思い出すかもしれない。さらに、これを考案した人として「坂本鹿名夫」(1911年~1987年)の名を思い浮かべる人もいるに違いない。

 実は、坂本はもともと大成建設の設計技師だった。坂本は大成建設在籍中の1947年ごろから、文部省の委員会で校舎の標準設計策定作業に関わる。坂本は西戸山小学校の検討の際、「2棟の正円校舎を矩形平面の雨天体操場で連接」する案を提案するが採用されず、別の私立学校で円形校舎1棟のみが採用される。1954年に大成建設から独立し、建築綜合計画研究所を設立。その後、10年ほどの間に、円形校舎を100以上設計したという。(登録有形文化財の三重県朝日町立朝日小学校はこちら

 井内氏は、坂本の円形校舎のことを特に意識していなかったようだが、そうであればなおさら、「大成建設に受け継がれる円形校舎のDNAが70年たって再び開花した」と言いたくなる。

写真右奥(北)に見えるのが大成建設の設計・施工による旧校舎。間もなく解体工事が始まる。手前は学生寮

 取材を終えて帰ろうとすると、本部棟の東側出入り口(関係者用)の壁にこんなプレートを発見。メッセージのサインは「Masako Inouchi」だ。会社名が入るプレートも珍しいのに、組織に所属する個人名のプレートは初めて見た。

 これは理事長の提案で設置したものだという。「もしイタリアであれば、これは当たり前のこと。たくさんの人の努力で実現したものだが、ユニークなアイデアを出した人は名前を残すべき」と理事長。なるほど、そういう理解者があってこんな校舎が実現したのか。

 いつか、同校を卒業した著名人が「円形校舎の思い出」を語る日が楽しみだ。(宮沢洋)

■建築概要
愛光学園
所在地:愛媛県松山市衣山5-1610-1
敷地面積:9万2945㎡
建築面積:6104㎡
延床面積:9515㎡
階数:地上2階
構造:鉄筋コンクリート造、鉄骨造
建築主:学校法人愛光学園(理事長ホアン・マヌエル・ゴンザレス・ベルモンテ)
設計・施工:大成建設
設計期間:2017年5月~2019年12月
工事期間:2019年12月~2021年7月