電車から見る建築① 山手線:品川-渋谷 合理性と非合理性が織り成すカオスを味わう

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 東京大学生産技術研究所の大学院生、大塚光太郎君の持ち込み企画である。企画書を見て、即連載決定。苦しい角度から撮った建築写真の刹那性に萌える!(ここまで宮沢洋)

(写真:大塚光太郎、以下も)

 人間と同じで、建築も会うたびにその表情を変える。東京タワーが好きな筆者は歩いている時や、運転中、電車に乗りながらなど様々なシーンでその姿を眺めてきたが、やはりそのどれも見せる表情は違う。歩きながら見上げると、そそり立つ人工建造物としての存在を強く感じるし、首都高速からは、ビルの間をかき分けた先に現れる演出のおかげで一層格好良く見える。

 では電車から見た場合はどうだろうか。線路の両脇には建築が隣接することが多いので、その隙間からタワーが見えるのは一瞬である。また、車のように広範囲が見渡せるわけではないので、さらに見えるタイミングは限定される。思い返すと、少年時代の自分はこの一瞬のチャンスを逃すまいと窓にしがみついていたものだ。この刹那的な見え方こそが、電車から建築を見る醍醐味なのかもしれない。

J R浜松町駅付近を走る電車から見える東京タワー

 そこで、今回から始まる連載では都心を一周する路線「山手線」を対象に、電車内から見える建築を紹介していくことにした。初回は、山手線の中で最古の駅である品川から出発し、大崎、五反田、目黒、恵比寿、渋谷と巡っていく。通勤のお供に、東京観光の合間に、車窓を眺めるきっかけになれば幸いである。一応のルールとして、記事の中で一度だけ気になったところで下車し、詳しくレポートしようと思う。

NTTドコモ品川ビル(2003年、設計:NTTファシリティーズ)

 品川駅北側に、耳のついたロボットのような建築「NTTドコモ品川ビル」を発見。ドコモのビルといえば代々木に建つエンパイアステートビル風のものが有名だが、こちらもなかなか個性的だ。耳と表現した部分は、アンテナを外部に突出させつつ電波を透過する幕で覆うことであたかも建築の一部に見せかけたものだ。このビルは21世紀はじめにおける携帯電話の爆発的普及の象徴であると共に、「通信」という機能はビルの形そのものを変えてしまうパワーがあったことを認識させてくれる。

ソニーシティ大崎(2011年、設計:日建設計)

 大崎駅に着く直前に左窓を覗くと、「ソニーシティ大崎」が見えてくる。ドコモビルのようにカタチに特徴があるわけではないが、すだれのように外皮にかかる細いルーバーが気になったので、あとから調べてみると2つのことに驚かされた。1つはそのルーバーの中に水が流れていること。その水がルーバーの素材であるテラコッタ(焼いた土)に染み込みながら蒸発することで、その気化熱によって周辺が2℃程度涼しくなるのだそう。2つ目は設計が日建設計であること。いかにも工業的なデザインで環境を制御する姿に「パレスサイドビル」(1966年、設計:日建設計)を重ねていた筆者にとって、同じ日建設計が手がけたことを知り、妙に納得してしまった。

左:ソニーシティ大崎 右:パレスサイドビル

ポーラ五反田(1971年、設計:日建設計)

 ソニーシティから一駅進み、五反田駅を出ると太い二本足で仁王立ちする「ポーラ五反田」が左手に現れる。こちらもまた日建設計が手がけた建築なので、一駅挟んで新旧オフィスビルの歴史を追っているかのようだ。現代の目線でポーラ五反田を見ると、さして特徴的な外観ではないように感じるかもしれない。むしろ50年以上前に建てられた建築が今もなお、時代遅れとならずに「普通」に見えることが稀有であり、この建築の良さなのではないか。両脇に構造体と動線をまとめ、その間を無柱空間のガラス張りとする構成の先駆けと言っていいだろう。

日の丸自動車学校(1996年、設計:芦原太郎)

 ここまで、品川や五反田というエリアの特性からか渋めのオフィスビルばかりを見てきたが、ここで一転、衝撃の建築が現れる。目黒と恵比寿の中間あたり、左窓に見える「日の丸自動車学校」だ。衝撃というのは、もちろん黒い壁にくっつく赤い球体のインパクトでもあるが、筆者はそれ以上の違和感を感じた。是非はともかく、地方の巨大宗教施設のように周囲から浮いた存在のような違和感である。その理由を探るべく、恵比寿駅で下車して近寄ってみることにした。

 敷地北側から近づいてみると、日の丸を支える建物が極限まで薄くなっていることを知る。その上、線路に対して正面を向いて建っているので、電車から見た時に球体以外の立体感がまるで無かったという訳である。さらに周囲を歩いていると、目黒-恵比寿間とは思えないくらい閑静な昔ながらの住宅街が残っているエリアだと分かった。そんなエリアに突如赤い球が現れるのだから、違和感を感じたのだろう。隅田川沿いに建つアサヒビール社のスーパードライホールと同年代かつ似た造形の手法を用いてるが、街への溶け込み具合は大きく異なる。

 この違いはどこからくるのだろうか?  アサヒビールの周辺は、区役所などの周辺の開発と背景となる東京スカイツリーの登場により、規模感が統一された景観をつくっている。一方、日の丸自動車学校の周辺は大規模な開発が行われなかったため、周囲とのギャップは残ったままなのである。建築の印象は単体のデザインだけではなく、周囲との相対的な関係で決まるということを強く感じた。

左:日の丸自動車学校 右:スーパードライホール

恵比寿EastGallery(1992年、設計:鈴木エドワード)/オクタゴン恵比寿(1990年、設計:高松伸)

恵比寿EastGallery 
中央、丸い窓を有するのがオクタゴン恵比寿

 恵比寿-渋谷間では、日の丸自動車学校に引き続き1990年代竣工の建築が連続で出現する。恵比寿を出てすぐ右手に「恵比寿EastGallery」、その直後左手に「オクタゴン恵比寿」だ。どちらも、通常イメージする壁や窓の概念を脱ぎ捨てており、「これでも建築になり得るんだぞ」という強いメッセージを感じた。立地上、オクタゴン恵比寿は恵比寿西一丁目交差点を通るわずかな一瞬のみ側面が見える程度なので是非、目を凝らして探してみてほしい。

渋谷清掃工場(2001年、設計:荏原・東急・竹中共同企業体)

 少しずつ渋谷のガヤガヤした雰囲気を感じ始めた頃、右窓に収まらないほどの白く細長い塔が目の前を通過した。「渋谷清掃工場」の煙突だ。清掃工場は区が管理していることから、国鉄時代に国が所有していた土地に清掃工場は多いという話は聞いたことがあったが、まさか渋谷の繁華街近くにあるとは思わなかった。ちなみに煙突の高さは149mなので窓の下から覗かないと全景は見えないのでご注意を。

SANYO新東京本社ビル(1998年、設計:大江匡)

 清掃工場を過ぎ、渋谷駅のホームに差し掛かる寸前に「SANYO新東京本社ビル」がチラッと見える。果物を包む網のような構造体は、設計者である大江匡がたまたま見かけた竹籠から構想を得たとのこと。実は最初に紹介したNTTドコモ品川ビルの近くにも同じ手法で建てたオフィス「ソニーシティ」がちらりと見えるので、山手線を何周もしながら探してみて欲しい。

 今回は結果的にオフィスビルを多く紹介した。しかし単にオフィスといっても、品川や大崎付近はビジネス街らしい質実剛健で合理性の高い建築、目黒や恵比寿付近では合理性だけでは語れない魅力を持つ建築、とエリアの特性が色濃く表れていたのではないだろうか。次回乗車予定の渋谷-新宿間では、どんな建築と出会うことができるか、続編を楽しみにしていただけると幸いである。(大塚光太郎)