オフィス空間をすっぽり包む木造耐震フレーム、SALHAUSが東京・恵比寿の9階建てペンシルビルで新機軸

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 東京・恵比寿駅から近い駒沢通り沿いに2023年1月、間口約5m×奥行き約14mの9階建てテナントビルが誕生した。5階まで続く外部階段は特徴的だが、決して周囲から突出したファサードデザインではない。しかし、オフィス空間に足を踏み入れると、部屋奥まで連続する木造架構に驚かされる。恵比寿周辺のまちづくりに取り組むサッポロ不動産開発による「Sreed EBISU+t(スリードエビスプラスティ)」だ。1月28日に建築関係者向けの見学会に参加したので、当日の説明を基にアウトラインをお伝えしよう。

3階の事務所スペース。内部には、アーチ材を斜材でつないだ耐震フレームが連なる。天井高は5階までの低層階オフィスが3020~3220mm、6階から上の高層階オフィスが3160~3240mm。鉄骨柱の奥行きは250mmに抑えている(写真:以下も森清)
3階の耐震フレーム見上げ。アーチ材はカラマツ集成材で、斜材にはヒノキ製材を用いた。木構造の加工と施工は藤寿産業が担当した
南側ファサードの見上げ。敷地面積は103.45m2で、建築面積は80.09m2
駒沢通りに面したビルのアプローチ。施工はサンユー建設が手掛けた

 設計者のSALHAUSは設計プロポーザルで選ばれた。1~2階に貸店舗、3~9階に貸事務所を配している。当初は鉄骨造で計画していた。発注者の「木造にできないか」との要望を受けてSALHAUSが出した答えが、鉄骨造と木造のハイブリッドビルだ。柱や梁の鉄骨フレームの中に、入れ子状に耐震木造フレームを挿入。建物全体の地震力の3割強を負担する。

 9階建ての耐火建築だが、短期の耐震部材は耐火の制約を受けないことから、現しの木造フレームが実現した。5階までの低層階オフィスでは、アーチ材を斜材で連結したトンネル状のラチスシェルが南側の入り口から北側の部屋奥まで連なる。オフィスの椅子に座れば、緩やかな木の空間に包まれたイメージだ。北側の壁面に開口のない低層階と、開口のある6階から上の高層階とでは、地震力の大きさも踏まえて耐震木造フレームの組み方を変えている。

 耐震フレームは、5階までの2時間耐火と6階から上の1時間耐火の違いも加味している。火災時に燃焼した場合、所定の時間以降、ガセットプレートを介して柱や梁に熱の悪影響が及ばないよう、耐震フレームが燃え落ちる設計とした。構造設計は佐藤淳構造設計事務所、防耐火は桜設計集団が担当している。

テラスなどの共用空間を立体的に配置

 このテナントビルのもう1つの特徴が、共用のコモンテラスを随所に設けていることだ。ポストコロナを踏まえ、リモートワークが浸透した環境のなか、出向く価値のある場を提案した。屋上のルーフテラスをはじめ、2階から6階にはコモンテラスを設けた。6階には無人コンビニが配置されており、ランチもとれる。オフィスワーカーがリラックスするとともに、屋外階段を行き来してテナント同志の交流が生まれるように配慮したものだ。屋外階段は避難階段も兼ねている。

 最近は、企業や個人にSDGs(持続可能な開発目標)が求められ、長期的な企業評価でESG(環境・社会・ガバナンス)が重視されている。特に環境の側面から都市部のペンシルビルで、より多くの木材を、より手軽に導入できる仕組みは重要だ。その1つのモデルに、「Sreed EBISU+t」の例はなり得る。さらにオフィス空間では、ウェルビーイングの考えも注目されている。心身が健康で、社会的にも満たされた状態のことで、幸福度ともいわれる。木材が持つリラックス効果や、立体的な交流空間はウェルビーイングにも貢献するだろう。

 屋上南側のルーフテラス1
屋上北側のルーフテラス2。正面に渋谷の街を望む
9階の事務所スペースを北側から見通す
7階の事務所スペース。4階とともにサッポロ不動産開発がサテライトオフィスにあてている
6階北側のコモンテラス。飲み物や軽食が買える無人コンビニを導入
6階のコモンテラスから5階に続く外部階段
5階の事務所スペース。5階から下を、アーチを用いた耐震フレームとして6階から上と変えている
5階南側のコモンテラス

 オフィスのテナントとして想定しているのはスタートアップ企業だ。オフィス家具については、インターオフィスと協力してサブスクリプションの仕組みも提供する。テナントがメニューを選んで料金を払うことで、手ぶらで入居できる。そのため、テナント企業の業績が急拡大した場合も移転しやすくなる。

 今後、同様の考え方のビルを展開していくには課題もある。1つは内装制限への対応。小規模ビルは比較的有利だが、少なくとも、厨房まわりは対応が必要だ。もう1つが鉄骨躯体と木造耐震フレームの取り合い。今回のアーチ材を用いた低層階の納まりでは、耐震フレームの施工に逃げはなく、鉄骨柱の建て方に高い精度が求められるとともに、多くの部材から成る耐震フレームの組み立てに労力を要した。このビルでは、木構造の加工と施工は福島県郡山市の藤寿産業が担った。

4階事務所スペースの西側壁面。鉄骨の柱に耐火被覆などを施したうえで耐震フレームを施工した。家具はインターオフィスと組んでサブスクリプションの仕組みを用意
4階の耐震フレーム見上げ。耐震フレームはラチスシェル構造で、内部を包み込むように連なる
SALHAUSの3人の共同主宰者。左から安原幹氏、栃澤麻利氏、日野雅司氏

 これまで都市木造では、木造部材を外観に現す建築が多かった。そのなか、「Sreed EBISU+t」は新たな方向性を示している。同ビルは昼間、外部から木造耐震フレームは目立たないものの、夕方になると耐震フレームが浮かび上がり、外部とのつながりを増す。都市部に数多いペンシルビルに木造を導入しながら付加価値をどう生むか。そんな観点から、このビルは新たなプロトタイプになる可能性が高い。(森清)

駒沢通りを挟んで全景を見る(写真中央)。周囲には間口の狭いペンシルビルが立ち並ぶ
「Sreed EBISU+t」の東側のブロックには、シーラカンスアンドアソシエイツ設計の救世軍・恵比寿SAビルが立つ (写真中央)
通りを挟んだ斜め向かいにはプランツアソシエイツ設計のテナントビル「いちご恵比寿グリーングラス」(旧:恵比寿グリーングラス、写真中央)が立つ
クリエーティブディレクターの佐藤可士和氏(SAMURAI代表)がデザインした「恵比寿駅西口公衆トイレ」。「Sreed EBISU+t」の北西に位置する恵比寿公園には片山正通 / ワンダーウォールがデザインした「恵比寿公園トイレ」もある。ともに日本財団による「THE TOKYO TOILET」プロジェクトの一環