連載「よくみる、小さな風景」03:土地に根ざした「聖ナル」場からの気づき──乾久美子+Inui Architects

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建築家の乾久美子氏と事務所スタッフが輪番で執筆する本連載。第3回は乾久美子氏による「聖ナル」≒「宗教空間」考。乾画伯のイラストにナビゲートされつつ、一緒に観察してください。(ここまでBUNGA NET編集部)

 今回は「聖ナル2」を取り上げる。「聖ナル」という言葉は、ちょっと変わった感じがするかもしれない。これは、オリジナルの「小さな風景からの学び」のメンバーである谷田一平君の命名で、当時はアニメ的なノリを面白がって決めた言葉だ。しかし、宗教空間は土地に根ざしたものが多く、「定着の作法=ナル」を多様な方法でみせてくれているともいえて、意外と的を射ている。引き続き調査を続けるにあたってこれ以上の言葉はないと思って、「聖ナル2」となった。

 こんな言い方をするとバチがあたりそうだが、宗教空間は多くのものが風景や地形と共にあって、本当によくできているデザインだな、うまいなと思う。その場所の空間構造が読み取られ、わずかな地形の起伏にさまざまな意味が見出され、そこに宗教的な想像力が加えられていく。そして、すこしばかりの地形改変や建造物が追加されることで空間は分節され、宗教的な世界観を体現する新しい構造が生み出されていく。さらに、自然環境と人工物とが一体となった空間構造のまわりにさらに意義深い地形の機微が発見され、宗教世界が補強されていく。このような生き生きとした相関関係が感じられる。

(イラスト:乾久美子)

地形と信仰が時間をかけて経験され、「定着」 する

 具体的な事例を解説してくれる書籍のひとつが樋口忠彦の『景観の構造』(1975年)だ。そこで取り上げられている事例すべてが宗教的なものではないけれど、変化に富む日本の地形について、その空間構成的役割がタイプごとに説明されていてものすごくわかりやすい。

 中でも「水分神社型」「隠国型」などは、山と川できた地形の中で、あきらかに焦点となる場所や、両側から山のせまる谷間の奥にあることなど、地形そのものが宗教空間へと昇華している事例で、地域を超えて全国的にみられる普遍解のようである(ちなみに「水分」は「みまくり」、「隠国」は「こもりく」と読む)。こうしたものは、時に宗教家による知的なアイデアも盛り込まれているとは思うが、多くは地形と信仰が時間をかけて集団的に経験されていく中で生まれたもので、まさに「定着の作法」そのものといえる。また、自然環境と人工物が有機的に結びつきながらひとつの世界観が練り上げられていく様子に、デザインという行為の原初の姿も感じる。

 「聖ナル2」で私たちが追っている小さな風景には、『景観の構造』で取り上げられているような事例がもつ洗練度はないかもしれない。しかし、宗教空間が長い時間をかけて漸進的に成長してきていることを考慮にいれると、それらの小さな風景が未来に展開する可能性はきっとあるはずだ。そんな風な時間感覚で眺めている。

墓地と生活が一体化したハイブリッド空間

 さて、日常的な宗教空間のひとつといえる墓地の事例をみてみよう。

長崎墓地風景(写真:乾久美子建築設計事務所、以下も)

 場所は長崎、日本二十六聖人記念館に程近いところで発見したものだ。山裾に寺ができ、その後背地として墓地が徐々に山の斜面を下から埋めていくように広がっていったかたちをしている。本来そこは生活空間から隔たれた場所であったはずだ。しかし都市化が進む中で山の中腹に道路が建設され、坂を下るように宅地開発が進んでいったようである。こうして、墓地と生活空間が一体化するような独特のハイブリッドが生まれている。

 都市部において墓地が宅地に隣接していることは珍しいことではない。しかし、長崎にみられるような急峻な土地を、領域を奪い合うように墓地と宅地が拮抗しながら埋め尽くしている様子には目を見張るものがある。特にこのあたりの墓地は周囲に塀などで囲われたものではなく路地がそのまま生活道へとつながっていて、あたかも小さな都市のような様相を呈している。長崎のお盆では、墓地でにぎやかに爆竹を鳴らし、花火を楽しみながら宴会が開かれると聞く。この墓地のあり方をみていると、こうした文化は、中国の影響もさることながら、死者の空間が当たり前のように生活の中に存在することから生まれ、文化として醸成されていったものなのではないかと感じてしまう。長崎のように死者への思いが強い場所で生まれ育つならば、死への恐ろしさはすこしばかり軽減されるのかもしれない。

自然地形をいかしながら場所を構造化

伊根町

 次は舟屋で有名な伊根町。急峻な斜面がそのまま海面へと落ち込む海岸線において、わずかな土地をやりくりしながら集落が形作られている。生業の場所である舟屋から神社、寺、そして墓地までが折り重なる風景であり、生から死の世界が段階的に、そして空間的に圧縮されながら展開している。ノルベルク・シュルツは『実存・空間・建築』(1973年)で、「己の住み着く世界を『無秩序な混沌の中の秩序ある宇宙』としてイメージしたい」という人間の普遍的欲求を指摘しているが、伊根の事例は、まさに、自然地形をいかしながら場所を構造化しながら、ひとつの世界像をつくりだしている現場であるように思う。面白いのは、この写真が表すように、この構造がもっとも明快にみえてくるのが海上である点だ。逆に、伊根湾沿いに細長くつづく集落の中を貫く道からは、こうした関係性に気づくことはできない。漁を中心とする生活の中では、舟にのっている時間のほうが陸にいるよりも長かったからだろうか。

(写真:高橋健治)

乾久美子(いぬいくみこ):1969年大阪府生まれ。1992年東京藝術大学美術学部建築科卒業。1996イエール大学大学院建築学部修了。1996?2000年青木淳建築計画事務所勤務。2000乾久美子建築設計事務所設立。現・横浜国立大学都市イノベーション学府・研究室 建築都市デザインコース(Y-GSA)教授。乾建築設計事務所のウェブサイトでは「小さな風景からの学び2」や漫画も掲載中。https://www.inuiuni.com/

※本連載は月に1度、掲載の予定です。連載のまとめページはこちら↓。

イラスト:乾久美子