20世紀を代表する彫刻家イサム・ノグチ(1904〜88年)の業績を紹介する東京都美術館の展覧会「イサム・ノグチ 発見の道」は、緊急事態宣言を受けて開幕翌日から臨時休館となっていたが、6月1日から再開した。会期は8月29日まで。東京工業大学修士課程に在籍する加藤千佳さんが本展をリポートする。(ここまでBUNGA NET)
本展は半世紀を超えるノグチの創作活動のエッセンスを抽出し、「1章 彫刻の宇宙」「2章 かろみの世界」「3章 石の庭」という章立てで、国内外から集めた90点超の作品を紹介している。
1章の展示室に進むと、岐阜提灯から発想を得たノグチが1950年代から晩年まで作り続けた《あかり》を150灯も宙に浮かべた幻想的なインスタレーションに迎えられる。そしてイサム・ノグチ財団美術館(ニューヨーク)の館長ブレット・リットマン氏によるテキストで紹介されているノグチの言葉に気づく。
「…諸芸術の実践があれば、秩序はハーモニーへと導き、…ぼくはとくに彫刻を秩序の芸術――空間を調和させ、人間的にするもの――と考えている。」(イサム・ノグチ著、北代美和子訳(2018)「近代彫刻における意味」『イサム・ノグチ エッセイ』みすず書房、p.36)
開幕前日の4月23日に行われた報道内覧会の展示解説で、担当学芸員の中原淳行氏は次のように話していた。「この展覧会は、彼の芸術的実践がどのようなものであり、それは我々にとってどのような調和をもたらしてくれるのかということを、感じていただけるものになっていると思う」
キーワードは「調和」、彫刻とは「関係をまとめること」
繰り返される「調和」という言葉は、「全体がほどよくつりあって、矛盾や衝突などがなく、まとまっていること。また、そのつりあい」という意味であり、2つ以上のものの「関係」の状態を説明する際に用いる。空間を「調和」させることとはつまり、空間に存在する「関係」をまとめることであり、これをノグチは彫刻と述べているわけだ。
会場の中心に配置された「あかり」インスタレーションは、展示空間全体を柔らかな光で満たし、15分間隔で点滅する。提灯から放たれた光によって周辺の作品は表情を変え、光と他の作品との関係を感じた。提灯というフォルムに限定されることなく、光を含めて《あかり》という作品名で呼ばれている意味がわかる。
一方、同じ1章に展示されている《化身》などの「interlocking sculpture」と呼ばれる作品群は、釘やネジを使わずに部材を組んでつくった彫刻だ。素材がもとからもつ物以外を使用することを嫌ったノグチによって、絶妙なバランスで部材が組まれて成立している。素材と素材の関係、部分と全体の関係という建築でもよく扱われる関係が彫刻自体の内に見いだされ、両関係においてつりあいを生み出している。
《あかり》に見られる関係は、フォルムの外側に広がる周辺環境と作品との関係であるのに対し、《化身》に見られる関係は、フォルムに限定された作品内における関係だ。つまり、いずれにもノグチは向き合っている。これは建築の設計者が、エレメント間の関係と同様に、建物と周辺環境の関係も検討する姿勢に似ているのではないだろうか。
このように「関係」について検討することは、建築の世界でも行うことだ。ノグチの創作活動がまとめている「関係」の内容を考察することで、ノグチの創作活動を知るのと同時に、建築や彫刻という枠組みを超えて横断的に捉える視点が得られる。
「関係をまとめること」に彫刻と建築との共通性
上で述べたように1章では、作品内における部材間の関係をまとめる実践と作品と周辺環境の関係をまとめる実践を知ることができた。続く2章と3章の展示作品からも、ノグチの創作活動に「関係をまとめること」を読み取ることができ、それは建築の世界でも共通して行われることであった。
ノグチが日本文化から影響を受け、日本文化の特徴として「かろみ(軽み)」を取り入れた作品が並ぶ2章には、硬い素材である金属を使って「かろみ(軽み)」を表現する作品が多く展示されている。中でもメッキを使用している作品群には《雨の山》《宇宙のしみ》《ジャコメッティの影》などの詩的なタイトルが目立ち、工業化社会由来の物質がノグチによって美術作品に転じられたということが印象付けられた。
ただし、制作者と制作者が手を加える物との関係は、制作者が物を使ってデザインを実現させるという側面に限らない。物の性質からデザインが構想されるという側面も忘れてはならず、これら相互の作用をつりあわせる実践を3章で紹介されている作品から学ぶことができた。
3章にはノグチが晩年に取り組んだ石の彫刻が並ぶ。古来より西洋では、彫刻家の中にあるビジョンを石の中から掘り出す行為が彫刻であると捉えられ、彫刻家が素材に作用するという関係だけが注視されてきたのに対し、ノグチは「石の声」を聞いて石の手助けをする行為だと述べた。自然の中で形成され、場合によっては過去の石工が手を加えた痕跡が残る石と向き合い、特徴を読み取る。そしてその特徴を活かすように石に彫刻を施す。ノグチの制作活動では、ノグチのクリエイティビティーと氏が手を加える物とが相互に作用しあい、両者間の関係がつりあっている。
建築においても、設計者や施工者を含めた建築をつくる人々と材料との相互の関係は必ず存在する。設計者が考えたデザインを材料を用いて施工するのという側面があるのと同時に、コンクリート、鉄、木、どの素材で構造を成立させるかによって構法が決まるという側面があるからだ。他にも、近年盛んに行われているリノベーションは特に、設計者の創意と手を加える対象である既存建物との関係がつりあう分かりやすい例だ。例えば、既存建物に関係なく改修後の用途から想定した室を既存建物に配置することがある一方で、既存建物に残る歴史が刻まれたエレメントを見て、残す部分を決めることもあるだろう。設計者の創意と既存建物が相互に影響し合い、関係がつりあうことで、新しい建築が生まれると言えるのではないだろうか。
また、3章の展示室では香川県牟礼町のイサム・ノグチ庭園美術館の映像が流されており、庭に置かれた石彫が、時間や季節、天候を含めた自然環境との関係の中に存在していることが見てとれた。1章の展示において《あかり》に見る周辺環境との関係以上に壮大な関係が庭園美術館では実現されており、ノグチが晩年に行った関係のデザインが、彫刻や建築という規模を超えていることに圧倒された。
彫刻と建築を横断して語る視点、それを感じさせる展示構成
以上、ノグチの言葉に従い、彫刻を「関係をまとめる実践」と捉え、展覧会を鑑賞すると、作品内における部材同士の関係や作品と周辺環境の関係、ノグチの創意とノグチが手を加える物との関係をまとめる実践を知ることができた。
そしてこれらの「関係をまとめる実践」は建築の世界でも行なわれていることではないかと、その共通性を感じることができたのが驚きであった。ノグチが生きた時代にはアメリカ人美術評論家クレメント・グリーンバーグ(1909-1994年)がモダニズム芸術に対して分野ごとの自律性を求め、絵画は平面性、彫刻は立体性、建築は空間性といった独自の主題が追究されていた。そのような時代に既にキャリアをスタートさせていたノグチ作品から、建築と彫刻という分野に共通した視点を学ぶことができたということは、ノグチが同時代の彫刻家の枠組みを超えた存在であったのだろうと、興味深く思う。(加藤千佳)
〈展覧会情報〉
イサム・ノグチ 発見の道
会場:東京都美術館
開催期間:2021年4月24日(土)〜8月29日(日)(日時指定予約)
休館日:毎週月曜日(7月26日、8月2日、8月9日は開室)
開館時間:9:30〜17:30(入室は閉室の30分前まで)
料金:一般1900円/大学生・専門学校生1300円/65歳以上 1100円/高校生以下 無料
Webサイト:https://isamunoguchi.exhibit.jp/