イラストで見る磯崎新氏の魅力と誤解──『建築巡礼』よりマイベスト3

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 建築家の磯崎新氏が2022年12月28日に亡くなった。享年91歳。これから多くの方が重厚な追悼文を書かれると思うので、ハードルが上がる前に筆者(宮沢)の個人的ベストスリーについて書かせていただき、たむけとしたい。

つくばセンタービルを見て驚いたのは…(イラスト:宮沢洋)

 Office Bungaの相棒、磯達雄との連載『建築巡礼』は、年が明けると丸18年となる。18年間の中で、磯崎氏が設計した建築を3つ取り上げている。自分が取材の段取りをしているからということもあるが、その3件は筆者が好きな磯崎建築ベスト3と重なる。

誰もが納得の“知の砦”、「北九州市立中央図書館」

北九州市立中央図書館(イラスト:宮沢洋)

 連載で最初に取り上げたのは、「北九州市立中央図書館」(1974年竣工)だ。初出は日経アーキテクチュア2005年5月30日号で、書籍『昭和モダン建築巡礼・完全版1965-75』に収録されている(アマゾンはこちら)。

 連載1年目の取材。その頃はまだ、「磯崎新=小難しい理屈で使いづらそうな建築をつくる人」というイメージを持っていた。しかし、同図書館を実際に訪れて、その偏見がパラパラとはがれ落ちた。その感動を鮮明に覚えている。

 何より、内部空間が美しい。まるで宗教建築のような荘厳さ。それでいて、図書館として無理がなく、たんたんと使われている。

 そして、外観が知的。この建築が映画『図書館戦争』の中で、「図書隊」の拠点である「武蔵野第一図書館」として使われているのは有名だ。室内のロケは、ここのほか、水戸市立西部図書館(設計:新居千秋)や十日町情報館(設計:内藤廣)が使われているが、外観は北九州市立中央図書館だ。私が制作スタッフでもここを選ぶと思う。日本に図書館の名建築は多いが、外観がこれほど“ 知の砦”にふさわしいものは他に思いつかない。

普通さにびっくり、「つくばセンタービル」

 連載で2番目に取り上げたのは、「つくばセンタービル」(1983年竣工)。初出は日経アーキテクチュア2009年4月27日号で、書籍『ポストモダン建築巡礼 第2版』に収録されている(アマゾンはこちら)。

 これは連載4年目の取材で、このとき、実物を初めて見た。この頃には磯崎建築の面白さが少しずつ分かり始めていたが、それでもこの建築は“ポストモダン建築の先駆け”として必ず挙がる建築だけに、「デザイン先行で使いづらそう」というイメージがあった。しかし、これも実際に訪れて、目からウロコだった。

 何に驚いたかというと、建築物としては意外に普通なのである。ありとあらゆる引用がデザインに盛り込まれているが、それは「分かる人だけが面白がれる」もので、気づかない人が見れば普通の駅前複合ビルなのである。

 その引用は大半が古典様式の建築からのものだが、中には「霞ヶ浦(茨城県)の輪郭」というベタな引用があったりもする。

 筆者が見た限りでは、それらの引用によって本来の機能が損なわれていることはなく、引用はあくまでプラスαのサービスなのだ。私が建築の世界に放り込まれた1990年には、ポストモダンは「機能<引用」という風潮だったので、1983年に竣工したこのビルは、それとは方向性が大きく違うものに見えた。

 そのときに描いたこの絵が、私の感動をよく表している。

人気が再燃中、「奈義町現代美術館」

 連載で3番目に取り上げたのは、「奈義町現代美術館/奈義町立図書館」(1994年竣工)だ。これは割と最近、日経アーキテクチュアに掲載されたもので(2022年7月14日号掲載)、まだ書籍には収録されていない(日経アーキテクチュア連載のWEB版はこちら)。

奈義町現代美術館/奈義町立図書館(イラスト:宮沢洋)

 これは開館した1994年以来の再訪で、今も魅力的であることに、というか「建ったとき以上に魅力的」であることに驚いた。

 今でこそ「その場所でしか見られない少数の常設展示」という手法は珍しくない。だが、そんなやり方は94年当時は聞いたことがなかった。開館時に見たときには、「素晴らしい。でも、10年後にやっているのかなあ(話題になるのは最初だけでは)」と思った。だが、その予想は見事に外れた。コロナ禍の中でも人気が高まり、2021年は開館1年目に次ぐ入館者数を記録したという。恐るべき先読みの力。

 記事では触れなかったが、常設展示以外に小さな企画展示室があって、その部屋について館の方が「磯崎さんの設計は展示がしやすい。磯崎さんはアート作品をどう展示するかがよく分かっている人だ」と話していたのが印象的だった。実は全く同じ感想を、以前、別件で取材した水戸芸術館の学芸員の方も口にしていた。

 磯崎建築を全部見たわけではないので断言はできない。それでも、私が取材した建築の中で言えば、「磯崎新=理屈先行で使いづらい」という図式は明らかに誤りである。

 磯崎氏の訃報の多くには、「ポストモダンのリーダー」「ポストモダンの騎手」という見出しがついていた。それを見て、「間違いではないけれど、磯崎建築の魅力は多くの人が思い浮かべるポストモダンとは違うだろうなあ…」と思った。インターネットを介して何でも見た気になる時代に、実は情報先行型の磯崎建築こそ、実物を見ないと分からない建築の代表であると筆者は思うのである。合掌。(宮沢洋)

(イラスト:宮沢洋)