高架下建築図鑑01:長屋状に店舗が並ぶ「浅草橋 軒下ダイニング」、ありそうでなかった連続感/画:遠藤慧

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鉄道高架橋の下に、都市の余白を活用して建てられる高架下建築。新連載「高架下建築図鑑」では、鮮やかな水彩イラストが人気の遠藤慧さんとともに、その魅力と奥深さをひもとく。技術の進歩により鉄道高架橋の構造が煉瓦造アーチ式から鉄筋コンクリート造ラーメン式へと変わり、様々な物語が高架下ごとに隠れている。

【取材協力:ジェイアール東日本都市開発】

(ビジュアル制作:遠藤慧)

一見、棟割り長屋のようでも…

 初回に訪れたのは、JR総武線・浅草橋駅の高架下だ。東口付近と西口付近の間は、駅のプラットホームを支えるためにコンクリート柱の上部が優美な弧を描きながら道路側にせり出し、「軒下」のような空間がつくられている。このようなカーブを持つ高架橋脚は珍しく、高架下マニアに人気が高い。

(画:遠藤慧、以下の3点も)

 浅草橋駅は1932(昭和7)年、両国駅を起点としていた総武線が関東大震災の復興事業により御茶ノ水駅まで延伸されたのに伴い開業。このときに高架下空間も生まれた。

 その一画に2019~2020年、「浅草橋 軒下ダイニング」と銘打った計画のもとに、5軒の飲食店が順次オープン。まちの印象を向上させるのに一役買っている。

「浅草橋 軒下ダイニング」(写真:特記以外は長井美暁)

 浅草橋という古い土地柄から江戸の下町をイメージした外装は、黒漆喰(しっくい)風の外壁に、木目ルーバーと濃紺のタイルを加え、表情を変えている。また、外装デザインを統一した5軒が連続することで、「長屋のように見せることも意識しています」と、現在このエリアの開発を担当するジェイアール東日本都市開発の早川実尋氏は話す。

 長屋のように見せているが、長屋ではない。5軒はそれぞれ独立している。「この高架下は柱の奥に耐震補強の界壁があるため、店舗空間は柱間に個別に、かつ鰻の寝床のように細長くつくらざるを得ませんでした」(早川氏)。高架下建築をつくるときは、高架橋の躯体には一切触れてはならないという制約をいかにクリアし、魅力的な空間に変えるかという問題が常に立ちはだかるという。同社の工務担当として計画を進めた菊池正吉氏は「5軒同時の開発ですから、もしこの耐震壁がなければ、中を自由に行き来できるような一体の建物も考えられたでしょう」と語る。
 

着工当時の様子(写真:ジェイアール東日本都市開発)

 また、高架橋脚には耐震補強として厚さ9mmの鉄板が巻いてある。そのままだと無機質なので、今回の計画では木目調の塗装を施すとともに、夜は橋脚のカーブが映えるように照明を取り付けた。その照明も、橋脚の補強鉄板に直接取り付けることができないため、建物から腕木を伸ばして設置している。照明は上下に配光するものを採用。橋脚のカーブが美しく浮かび上がるように、「現地に照明の現物を持ち込み、位置や角度を確かめてから取り付けた」(菊池氏)とのこと。

高架橋脚の補強鉄板への塗装は、台東区の木であるサクラをイメージ

 5軒はいずれも鉄骨造で、間口4500mm、奥行き7700mm。1階建ての1軒を除いて延べ面積は69.30m2(21坪)。高架橋に高さがあったことは幸いで2階建てが可能だったが、2階の平均天井高は2330mmだという。

高架下という制約の中で見いだされた解決策の面白さ

 5軒の中の1軒、ラーメン店「双麺 浅草橋店」に入った。1階に厨房とカウンター席とトイレ、2階にドリンク類を提供するための小さな厨房とテーブル席がある。「トイレが広いのは、東京都の条例で車椅子が入れる広さを確保しなければならなかったからです。階段もありますから、客席に割り当てられる面積はだいぶ小さくなります。そのため、テナント誘致には大変苦労したと聞いています」(早川氏)

 2階に上がってみると、天井が低いことが逆に屋根裏部屋のようで、隠れ家感があって楽しい。内装は外壁ALC板が一部現し、天井は屋根の角波鋼板の現し。「実は、外壁ALC板は室内側から建て込んでいます。室内空間をできるだけ広く確保するために、壁をギリギリまで高架橋の躯体に寄せた結果、施工スペースがなくなったためです」(菊池氏)

「双麺 浅草橋店」2階の客席

 屋根の張り方にも特徴があり、角波鋼板は外壁と同様に、母屋となるC形鋼の内側に張っている。内部空間を少しでも広く確保するための工夫だ。しかし、そもそも高架下建築に屋根は必要なのだろうか? 

 この疑問に答えるかたちで菊池氏が「建築基準法上、防火構造の屋根を架けて、確認申請を通さなければなりません」と教えてくれた。改めてまじまじと屋根を見ると、点検口も設けられている。これは高架橋の躯体を目視で検査するために付けているとのこと。狭小空間に与えられた制約の解決手法が詰まっている。

 断面図を見ると、基礎の形状も特徴的であることに気付く。もともと高架橋には建物の荷重をかけられないという制約があり、さらにこの場所特有の高架フーチングが地表に近いという課題もあったという。そのため地中梁は中央部分で高架フーチングの底面まで深くし、両脇を片持ちスラブとした。これにより高架に影響を与えず、建物を成立させることができている。

 「軒下ダイニング」で試みた空間づくりは、この5軒にとどまらない。2023年12月、駅の東口近くに2軒が新たにオープンした。この2軒では、外観は変えずに構造形式を少し変え、外側全体に鉄骨を回すのではなく、手前と奥の2本ずつの鉄骨柱で主に支える構造にしている。鉄骨量とともに総重量を軽減し、地下ピットを浅くするためだ。

 高架下建築は土木側との兼ね合いで制約が多いが、「制約の中で解決策を探り出すところに面白さを感じています」と菊池氏。早川氏も「高架下での建築的な苦労と技術を社会に発信していきたい」と話す。

 雑多な印象が強かった浅草橋の高架下が「軒下ダイニング」の延伸によって今後どう変わっていくのか。「双麺」のラーメンに舌鼓を打ちながら、高架下建築の四方山話に花が咲いた。(長井美暁)

【用語解説
・ALC板:珪石、セメント、生石灰、発泡剤のアルミ粉末を主原料とし、高温高圧蒸気養生という製法でつくられた軽量気泡コンクリート建材。名称は「Autoclaved Lightweight Concrete」の頭文字から。
・角波鋼板:金属製の外装材で、断面に角形の凸凹加工が施されている。
・C形鋼:C字形の断面形状を持つように曲げられた鋼材。
・フーチング:建築・土木構造物の基礎において底面を広くした部分。
・片持ちスラブ:「片持ち」は水平に持ち出し、跳ね出した形状にすること。「スラブ」は垂直荷重を支える構造床のこと。
・地下ピット:建築においては配管メンテナンス用の地下空間のこと。

■著者プロフィル

遠藤慧(えんどうけい):一級建築士、カラーコーディネーター。1992年生まれ。東京藝術大学美術学部建築科卒業、同大学院美術研究科建築専攻修了。建築設計事務所勤務を経て、環境色彩デザイン事務所クリマ勤務。東京都立大学非常勤講師。建築設計に携わる傍ら、透明水彩を用いた実測スケッチがSNSで人気を集める。著書に『東京ホテル図鑑: 実測水彩スケッチ集』(学芸出版社、2023)。講談社の雑誌『with』にて「実測スケッチで嗜む名作建築」連載中

長井 美暁(ながいみあき):編集者、ライター。日本女子大学家政学部住居学科卒業。インテリアの専門誌『室内』編集部(工作社発行)を経て、2006年よりフリーランス。建築・住宅・インテリアデザインの分野で編集・執筆を行っている。2020年4月よりOffice Bungaに参画。編集を手がけた書籍に『堀部安嗣作品集:1994-2014 全建築と設計図集』(平凡社)、『建築を気持ちで考える』(堀部安嗣著、TOTO出版)、編集協力した書籍に『安藤忠雄の奇跡 50の建築×50の証言』(日経アーキテクチュア編、日経BP社)など

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※本連載は2カ月に1度、掲載の予定です。連載のまとめページはこちら