築200年超の木造寺院を“見える内装”として抱え込む「東京建物三津寺ビルディング」(大阪/2023年)─TAISEI DESIGN【イノベーション編】

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大組織に属する設計者たちがチームで実現した名建築にも、世の人々に知ってほしい物語がある。大成建設が設計を手掛けた名作・近作をリポートする本連載。第3回は、「イノベーション編」として、2023年11月に開業したばかりの「東京建物三津寺ビルディング」(大阪市)を訪ねた。(宮沢洋)

【協力:大成建設設計本部】

 ビジネスの世界でよく使われる「ウィンウィン(win-win)」という言葉。建築の世界であまり使われないのは、依頼主とつくり手の両者がハッピーなだけでは「いい建築」とは言えない、という考えが建築関係者の心にあるからではないか。その意味でいうと、このプロジェクトは「三方よし」「ウィンウィンウィン」であると将来いわれそうなプロジェクトだ。少なくとも、今の段階で筆者(宮沢)はそう感じた。

巨大なピロティに木造寺院がすっぽり!(特記以外の写真:宮沢洋)

 訪ねたのは2023年11月に開業した「東京建物三津寺ビルディング」だ。その合築手法の珍しさから、建設中も話題になっていた。敷地は大阪の中心部、心斎橋駅となんば駅のほぼ真ん中の御堂筋沿い。江戸時代に建立された木造の寺院本堂(築200年超)を「包む」というか、「抱き込む」というか、これまで見たことのないやり方によって、ホテル・商業施設併設の複合ビル(地下1階・地上15階)を建てた。

御堂筋の向かい側(西側)から見た外観

 ホテルは、筆者のような“風呂好き”にはよく知られているカンデオホテルズだ。中高層部に、客室数180室の「カンデオホテルズ大阪心斎橋」が入る。寺院は七宝山大福院・三津寺(みつてら)。地元の人々からは「みってらさん」呼ばれている。

 新ビルの建築主は東京建物。設計・施工とも大成建設が担当した。

東京建物が大胆スキーム、大成建設の知恵と技術で実現

 昨年10月に配信されたプレスリリース(東京建物が配信)にはこう書かれている(太字部)。

 本物件の開発にあたっては、三津寺を持続可能な形で存続させていくため、東京建物がプロジェクトマネジメントを担い、事業スキームの構築および建物開発を主導しました。三津寺の所有する土地に定期借地権を設定し、東京建物が借地権者となり、寺院・ホテル・商業施設一体型の複合施設を開発することにより、三津寺が抱えていた本堂の保存・ 継承や庫裏の老朽化といった課題の解決を実現しました。

 リリースに書かれているように、本堂を残したまま複合ビルを建てるという大枠は、東京建物が中心となって、カンデオホテルズや三津寺とともに考え出したものだ。しかし、こんなギリギリの敷地にどう建てるのか。具体策は大成建設の設計・施工チームと知恵を出し合って細部を詰めていった。

 今回は、関西支店で設計を担当した水野裕介アーキテクト(設計当時、2024年4月現在は設計本部建築設計第二部設計室(小林浩)プロジェクト・アーキテクト)に案内してもらった。

設計を担当した水野裕介氏

 筆者がまず驚いたのは、御堂筋から本堂が丸見えなこと。古い建物を守るための覆いのような建物を「鞘(さや)堂」と呼ぶが、鞘堂は普通、入り口からちらりとしか保存建物が見えない。ところがこの本堂は、御堂筋側の側面や、ピロティ側の妻面が敷地に入らずともよく見える。屋根堂、あるいはスケルトン堂か。

ホテルの入り口が賽銭箱の前!

 それ以上に驚いたのがホテルのエントランスの位置。普通のホテル併設ビルであれば、ホテルのエントランスは他機能と切り分け、ここでいえば南側の三津寺筋(地元の人はみってらすじと呼ぶ)につくりそうなものだ。だが、このホテルの出入り口は、御堂筋に面したピロティ内、本堂の賽銭箱の目の前にある。

右手がホテルの出入り口、正面が寺院の庫裡への出入り口
ホテルの出入り口から本堂を見る

 それが設計チームが強くこだわったことでもあり、今回の記事の核心でもある。「これまで閉じていたお寺をまちに開く」というメッセージなのだ。

 水野氏はこう説明する。「以前は、お寺の入り口は三津寺筋側にあった。御堂筋側には庫裡(くり=僧侶の住居や寺務所などを兼ねた建物)の高い壁が立っていたので、檀家の人以外が敷地内に入ることはほとんどなかった。地元の人以外はお寺の存在も知らなかったと思う。今回のプロジェクトを機に、お寺を都市に開くことを関係者の共通目標として進めた」。

工事前の三津寺。入り口のあった南側の三津寺筋から見下ろす。正面が本堂。左(御堂筋側)が庫裡(写真:株式会社デジクリ岩﨑和雄)

 なるほど。言われてみると、今では大阪の南北軸を象徴する「御堂筋」だが、実は1920年代から30年代にかけて整備されたもので、その歴史は100年ほど。その前からある三津寺は、東西方向に延びる三津寺筋に入り口を構え、結果として御堂筋のにぎわいに対しては閉じた形となっていたわけだ。それを今回、御堂筋に大きく開く形に変えたのである。

150tの本堂を計3回、曳家(ひきや)で動かす

 この計画は本堂が元の位置のままでは成立しない。最良の位置に配置するために、重量約150tの本堂を計3回、曳家によって動かした。

(資料:大成建設)

 まず庫裡など既存施設を解体。1度目の曳家工事で本堂を15m南側に移設して仮置きする。その間に、本堂が鎮座していた旧基礎部分を解体して北側工区の地下工事を行い、2度目の曳家工事で御堂筋側へとL字形に20m、6mと2度移動する。2021年8月4日、計3回の曳家が完了。その後、南側工区の地下工事を行い、本堂を包み込むようにビルを建てた。

 本堂は、高層ビルに覆われるかたちとなって、3層吹き抜けのピロティ空間内に鎮座する。

後から本堂正面に加えられた唐破風の張り出しは撤去され、すっきりした屋根に

 本堂は、今回解体した旧庫裡が1933年に建造された際、正面部分の屋根の張出(向拝)の増築や西側の軒の撤去が行われるなど変更が施されていた。本プロジェクトでは、本堂を以前の姿に戻す工事も行った。

免震ではないが、地震時の挙動が異なるため、ビルの柱と本堂の庇の間にクリアランスをとった

 本堂の庇とビルがくっついているようにも見えるが、両者の間には地震時の互いの変形が干渉しないように120~200mmのクリアランスを設けた。

本堂を「内装」として扱い、定期借地権を設定

 プレスリリースにも書かれていたように、新ビルは「三津寺の所有する土地に定期借地権を設定」して建設された。本堂は文化財ではないので、法規上「ないもの」にはできない。既存建築物の立っている上空に、定期借地権を設定できるものなのか? この疑問を水野氏に問うと、本堂は建築基準法上、新ビルの内装の一部という扱いになっているのだという。

本堂内陣の天井にもスプリンクラーを設置

 そのため、本堂には現行法規の内装の規定がかかる。ピロティ天井には放水スプリンクラーを設置しているが、本堂内陣も居室扱いになるため、スプリンクラーが必要になる。そのため、スプリンクラーの位置にある天井板だけは取り外し、その部分は花卉(かき)図を模写した板をはめて穴を開けた。

ホテルは屋上の大浴場がすごい

 ビルの外装は、横連窓を基調とし、三津寺の本尊である十一面観世音菩薩像が放つ柔らかな光と「カンデオ」のイメージを体現する特殊塗装を施した。カンデオはラテン語で「光り輝く」の意味だ。

(写真:伊藤彰/アイフォト)

 風呂好きの筆者としては、ホテルに宿泊して大浴場も見てほしい。筆者はせっかくなのでここに1泊して、屋上階の大浴場に夕・夜・朝と三度入浴した。この光景を見れば、何度も入りたくなるのがわかるだろう。

 ビルの完成後、前住職の父親(加賀哲郎氏)から住職を継いだ加賀俊裕氏は、「本堂は雨が直接当たらないので、建物が傷みにくい。これで100年後にも本堂を伝えることができるだろう」と安堵する。「本堂を壊してビル内に再建する案を出してきた会社もあったが、寺としては歴史も愛着もある本堂をそのまま残したかった。かといって、本堂を元のまま大規模に改修するには檀家さんからかなりのお布施をいただくことになる。今回は誰も損をしなやり方で本堂を残すことができた」と加賀住職は話す。

加賀俊裕住職。前向きで話も面白い。こういう人だから、こんな大胆なプロジェクトが実現するのだと納得

まちの人々のエネルギーを引き込む

 冒頭に「ウィンウィン」ではなく、「ウィンウィンウィン」だと書いた。それは門扉の近くで10分も様子を見ていればわかる。明らかに観光客とおぼしき人たちが「これは何?」と興味を持ち、寺だと気づくとお参りしていくのだ。ホテルに宿泊する外国人も、ホテルに出入りする際にしげしげと本堂を眺めていく。設計チームの「都市に開く」というテーマが単なるお題目ではないことが伝わる。

御堂筋に面した仏様にお参りする人も多い

 住職も、ふらりと参拝する人が増えたことを歓迎している。「お寺はかつて街のエネルギーの中心だった。そういうエネルギーを取り戻しつつあるのかもしれない」と話す。

 ちなみに、ピロティの入り口部分には重厚な門扉↑があるが、これは夜も閉じない。だから夜中でも早朝でもお参りできる。住職によると、「本堂の前では悪いことはできないという気持ちになるのか、夜に開けていても今のところは問題になるようなことは起こっていない」とのこと。いろいろな意味で、都市型寺院の今後を考えるうえで参考になりそうだ。(宮沢洋)

■建築概要
東京建物三津寺ビルディング
所在地:大阪市中央区心斎橋筋2-7-12
用途:寺院、ホテル、物販店舗
建築主:東京建物
設計・施工:大成建設
鉄骨造、一部鉄骨鉄筋コンクリート造
階数:地下1階・地上15階
延べ面積:9530.50m2
施工期間:2021年1月~2023年9月

■参考文献
大成建設WEB「関西支店(仮称)三津寺ホテルプロジェクト新築工事作業所 2度の曳家工事を経て寺院本堂とホテルを一体化」

大成建設設計本部のサイトはこちら↓。

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