九州唯一の丹下建築・日南市文化センターのトークイベントに建築巡礼コンビが登壇!

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 宮崎県の日南市文化センター(設計:丹下健三、1962年竣工)で9月12日(土)にトークイベント「見る・伝える 建築っておもしろい!」が開催され、Office Bungaの磯達雄と宮沢洋が講師として登壇した。磯は単独での訪問もあって3回目、宮沢は日経アーキテクチュアの連載「建築巡礼」で2004年秋に同施設を取材してから、16年ぶりの再訪となる。

日南市文化センターの北側外観(写真:長井美暁、以下も)

日南市文化センターの鑑賞ポイント5つ

 イベントの主催者は宮崎県建築士会、共催は「ひむかヘリテージ機構」。宮崎県建築士会は2014年度から16年度まで、文化庁・宮崎県と連携して「ヘリテージマネージャー養成講座」を実施し、83人が修了した。修了生は18年6月に設立された「ひむかヘリテージ機構」に所属し、県内各地で地域の文化遺産を発掘する活動に取り組んでいる。

 講習会も開催しており、2020年度の第1回講習会となるのが本イベントだった。当日は会場のある宮崎県日南市や宮崎市、都城市、延岡市などから約50人が参加。前半は磯班と宮沢班の2つに分かれて施設内を見学した。講師である2人も、ガイドというよりは参加者と同じように興奮しながら施設を回った。

 「建築巡礼」では宮沢が「日南市文化センターには『裏』がない」と書いた。北側以外の立面は次の写真の通り。竣工時はコンクリート打ち放しだったが、2000年の大改修工事で外壁は白く塗装された。その塗装が剥げて現在の姿になっている。

エントランスのある西側
南側
東側

 見学前に磯が挙げた日南市文化センターの「鑑賞のポイント」は5つ。①丹下健三の設計であること、②鼓形の平面が立体に展開されていること、③影響の源としての宮崎の風景とル・コルビュジエ、④書家・篠田桃紅との交流、⑤コンクリート打ち放しのブルータリズム建築としての評価、だ。

 日南市文化センターは丹下が九州で設計した唯一の建物で、竣工時期は旧倉敷市庁舎(1960年、現・倉敷市立美術館)と代々木競技場(1964年)の間。平面は、台形を向かい合わせに置き、それらが少しずつずれて、重なり合ったような形をしていて、それがホールなど内部空間にも現れる。控え室も平行四辺形の平面で、壁が斜めになっていた。「平面と外観を統一的につくった。モダニズム建築の1つのポリシーを貫き通したデザインだ」と磯。宮沢は「平面の基本は台形なのに、“鼓形”と呼んだ丹下さんはすごい。鼓というと日本っぽくなる。丹下マジックだ」と話した。

北側の立面を横から見る
ホール。外観に通じる壁の凸凹
ホールの壁の凸凹がそのまま現れる裏側

 鼓形のパターンは、広島平和記念公園や代々木競技場、現・東京都庁舎といった丹下作品にも登場する。遡れば、デビュー前の大東亜忠霊神域計画にもある。

 磯は「鼓形のパターンを、平面だけではなく立体的につくったのが日南市文化センターの最大の特徴だ」と解説。類例として旧倉敷市庁舎の屋上にある野外音楽堂を挙げ、「日南市文化センターの原形といえるかもしれない。それを発展させ、複雑化した」と話した。

 日南市文化センターの特徴ある外観は、日南の山並みや海といった自然環境を表したものといわれている。日南海岸で有名なのが「鬼の洗濯板」と呼ばれる波状岩の連なりで、宮崎空港から日南市に向かう海沿いの道すがら、干潮時に見られる。

 また、コルビュジエの影響は、外観で目を引くガーゴイル、開口部の庇や水切り、外階段の窓の開け方などに見られる。

開演前のゲリラ豪雨で、ガーゴイルから激しく雨水が落ちる様子
外階段の窓の1つから眺めた日南市庁舎(設計:日建設計工務、1956年)は現在解体工事中

16年前の取材では見られなかったものが見られた!

 今回のイベントで巡礼コンビは、以前の取材では見られなかったものを2つ見ることができた。1つは篠田桃紅が手掛けた緞帳だ。

 篠田は書にとどまらない活躍を見せた書家で、壁画や壁書、レリーフといった建築に関わる仕事も多い。丹下と同い年の1913年生まれ、今もご健在である。建築と美術の融合は当時のテーマで、丹下は旧・東京都庁舎では岡本太郎、香川県庁舎では猪熊弦一郎とコラボレーションしたことはご存知の通り。

 篠田に前衛書道を発展させることを提案したのは丹下だったという。日南市文化センターには緞帳の他にもう1つ、ホワイエにも篠田の作品がある。これは篠田にとって、書という平面からの発展、石という新しい素材への挑戦だった。

 巡礼コンビが今回初めて見ることのできたもう1つは、展望台だ。ここは普段は入ることができない。

展望台への階段を見下ろす

 後半のホールでの講演会では、こうした日南市文化センターの魅力と意味を磯が解説。特に終盤の「ブルータリズム建築の世界的再評価の動き」には熱が入り、「日本のブルータリズム建築の代表として、この建築があることをぜひ知っておいてほしい」と聴講者に呼びかけた。

 この日、磯が着ていたTシャツにも注目。

磯(右)のTシャツに注目。Tシャツに使われた写真は左右が反転している

 アレキサンドラ・アトニフという女性音楽家のアルバム「リズミック・ブルータリズム」のカバー写真をプリントしたTシャツで、そこに写るのは日南市文化センターなのだ。「今日のような機会がいつかくると信じて買った。着たのは2回目だが、1回目は誰も気づいてくれず、がっかりした。今日はどこで買ったのかなどを聞かれてすごく嬉しい」と磯。アトニフがつくる音楽はテクノやノイズ、インダストリアルと呼ばれるジャンルだという。

 その後、宮沢がメインタイトルにもなっている「見る・伝える 建築っておもしろい」をテーマに講演。磯とは対照的なイラスト中心の緩い建築観を展開した。

ホワイエの資料コーナーには「建築巡礼」本も。日南市文化センターの記事は『昭和モダン建築巡礼 完全版 1945-64』(日経BP刊)に収録

 参加者も楽しんでいたようだが、最も楽しんでいたのは講師の2人だったかもしれない。(長井美暁、宮沢洋)