赤松佳珠子審査委員長の呼びかけに若手が奮起、長野県の松本養護学校はSALHAUS・仲JV、若槻養護学校はCOAに

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 「長野県スクールデザインプロジェクト(以下、NSDプロジェクト)」の初弾となる松本養護学校(松本市)と若槻養護学校(長野市)の整備事業で、長野県教育委員会は基本計画の策定支援者を選ぶ公募型プロポーザルを実施。2022年10月16日に長野市内で2校の2次審査を開き、即日に結果が出た。学校の基本計画づくりから建築設計者が参画するケースはまれ。NSDプロジェクトは、これからの学びにふさわしい県立学校をつくろうという取り組みで、長野県の意気込みが伝わってくる。

SALHAUS・ 仲建築設計スタジオ JVは学校の中心軸を通す

松本養護学校プロポの最適候補者による鳥瞰パース(資料:SALHAUS・仲建築設計スタジオ共同企業体)
同最適候補者によるラーニングストリートのパース (資料:SALHAUS・仲建築設計スタジオ共同企業体)
同最適候補者による2次審査用プレゼン資料の1枚 (資料:SALHAUS・仲建築設計スタジオ共同企業体)

 松本養護学校のプロポで最適候補者に選ばれたのは、SALHAUS・仲建築設計スタジオ共同企業体(JV)で、次点となる候補者はコンテンポラリーズ+第一設計JV、準候補者は古森弘一建築設計事務所だった。古森事務所は北九州市から単独で参加した。SALHAUSは22年9月、長野県佐久市の児童館併設型子育て支援拠点施設の公募プロポで、最優秀者に選定されたばかりだ。

 SALHAUS・仲建築設計スタジオJVの提案の特徴は、南北に走るラーニングストリートと、コネクトパスを配して学校の骨格をつくっていることだ。ラーニングストリートは、まさに学校の中心軸で、この軸に沿って特別教室が並ぶ。コネクトパスは各部を横断的につなぐとともに、新旧の校舎を結ぶ日常動線となる。普通教室は雁行配置として緩やかなたまり場をつくり、ここで学ぶ子ども、1人ひとりに細やかに対応できるようにする。

 松本養護学校の施設整備は、改修分が約440m2あり、約3600m2を解体し、約8300m2を新築する。今回の第1期整備では北側の既存校舎が残される。一方、若槻養護学校の施設整備は、解体分が約2100m2で、新築分が約6900m2。全面を改築する。知的障がい特別支援学校の松本に対して、若槻は病弱・身体虚弱特別支援学校だ。

若槻養護学校は伊東事務所出身者によるCOAに

若槻養護学校プロポの最適候補者による外観パース(資料:COA)
同最適候補者による学習空間のパース(資料:COA)
同最適候補者による2次審査用プレゼン資料の1枚(資料:COA)

 若槻養護学校のプロポで最適候補者になったのはCOA。ともに伊東豊雄建築設計事務所出身の長曽我部亮代表と岡野道子共同主宰によるパートナー事務所だ。22年に岡野道子建築設計事務所から名称変更した。次点となる候補者にはNASCA+Eureka JVが選ばれた。準候補者は該当者なしとされた。

 COAによる提案は、既存の風景や環境を生かした配置計画が特徴で、森に囲まれた静かな学びの場を生み出す。敷地北側の三登山を望むおおらかな風景、北側の学校林、芝生の校庭から連なる南側斜面のランドスケープなどを取り込む考えだ。中庭は雪に配慮しており、冬期のためにインナーガーデンもつくる。

「長野の将来を背負って立つとの認識を」

午前中のプレゼンテーション直前の会場。手前に審査委員が並ぶ。左下が赤松委員長(写真:森清、以下も)

 2次審査当日の流れを振り返っておこう。審査委員会の委員長を務めたのは、法政大学教授でシーラカンスアンドアソシエイツ代表の赤松佳珠子氏。赤松氏はNSDプロジェクトの実行に先立って組織された「県立学校学習空間デザイン検討委員会」の委員長でもあり、これからの学びにふさわしい施設づくりの在り方について、先頭に立って提言をまとめた。

 今回の2校のプロポーザル実施要領では、冒頭で審査委員会委員長のステートメントを掲げ、長野県のパートナーとして一緒に未来を考えてくれる設計者を求めた。若槻養護学校のプロポで最適候補者に選ばれたCOAの長曽我部氏は、「設計者が基本計画から携われ、しかも参加要件のハードルが下げられる。発注者や赤松さんの意気込みが感じられるこのプロポにぜひ参加したいという思いからスタートした」と、審査結果発表後に振り返った。同様に考えて参加した中堅や若手設計者は少なくないだろう。

 このほか審査委員は5人。西沢大良氏(芝浦工業大学教授)、寺内美紀子氏(信州大学教授)、垣野義典氏(東京理科大学教授)、高橋純氏(東京学芸大学教授)、下山真衣氏(信州大学教授)という顔ぶれだ。小野田泰明氏(東北大学教授)がアドバイザーとして加わった。

 午前中は、松本養護学校の候補5者のプレゼンテーションからスタート。それぞれの持ち時間は15分とされた。引き続き5者を一堂に集めて審査委員からのインタビューを75分の枠で実施した。5者はプレゼンの会場とは別に用意された部屋で、YouTubeで配信されるライブ中継を見ることができる。昼食をはさんで午後には、同様の時間配分で若槻養護学校のプレゼンとインタビューが行われた。

 委員長の赤松氏から結果が発表されたのは、予定の18時半を少し回ったころだ。2校の候補者計10者を前に説明が始まった。「皆さんの真摯なプレゼンには感銘を受けた。いつもならそちらに座る立場なので皆さんの気持ちは分かる」と、赤松氏は冒頭、声を詰まらせた。

 それ以上に印象的だったのは、喜びにあふれる最適候補者を目の前にして、赤松氏がきっぱりと語った言葉だ。「この2校はとても難しいプログラムだと思う。NSDプロジェクトのリーディング事業となるので、長野の将来を背負って立つプロジェクトだと認識し、設計者がいてよかった、NSD プロジェクト があってよかったと思ってもらえるようにしていただきたい」。

 第2弾となる事業の公募型プロポも進行中だ。伊那新校(伊那市)と小諸新校(小諸市)の施設整備事業で、基本計画の策定支援者を選ぶ。すでに1次審査を通過した各5者が公表されており、2次審査会は22年11月6日に開かれる予定だ。松本養護学校で最適候補者となったSALHAUSが単独で伊那新校、松本の候補者となったコンテンポラリーズ+第一設計JVが小諸新校でそれぞれ2次審査に残っている。SALHAUSの連勝なるか、コンテンポラリーズJVの再挑戦での勝利なるか、注目されるところだ。

勉強すればするほど分からなくなることも

SALHAUS・仲建築設計スタジオJVの主要メンバー。左からSALHAUSの日野雅司氏と栃澤麻利氏、仲建築設計スタジオの仲俊治氏と宇野悠里氏

 今回の審査結果発表後、審査会場で最適候補者にプロポーザルを振り返ってもらうとともに、今後の抱負を聞いた。まずはSALHAUS・仲建築設計スタジオJV。

 「早い段階から、仲建築設計スタジオと組もうと考えていた。松本と若槻のどちらに応募するか決める際、同スタジオに知的障がい者支援施設の設計経験があり、それを生かすならば松本がいいと判断した。我々にも教育施設の設計実績があるので両者の経験を持ち寄ることができる。松本のほうが、規模が大きかったことも理由の1つだ。松本と若槻の両方の敷地を見たうえで決めた」(SALHAUS共同主宰の日野雅司氏)。

 さらに、仲建築設計スタジオの仲俊治代表は、「敷地が今井の町や小学校に隣接しており、周りに畑も借りている。地域にふんだんに関わる可能性があり、とても興味を持った」と話す。

 このプロジェクトの魅力について日野氏は、次のように話す。「やはり基本計画から関わることのできる枠組みをつくっていただいたこと。通常のプロポのように設計から入っていきなりワークショップを重ねていくのは時間的にもコスト的にもきつい。前提条件をつくるところから参加できる意味は大きい」。

 「さらに、30年後の建て替えのマスタープランまで考えるというこれまでにない条件。とても息の長いやりがいのあるプロジェクトだ」(SALHAUS共同主宰の栃澤麻利氏)。

 若槻養護学校については、COA代表の長曽我部氏に聞いた。「責任の重大さをかみしめている。養護学校について勉強すればするほど、分からなくなるところもたくさんあったけれど、これからの本番では、いろいろな関係者の方々と話し合いながら詰めていきたい」。

 「1点気づいたのは、養護学校として考えてきたことがけっこうどの学校にも当てはまり、ひいては建築全体の問題にも行きつくのではないかということ。例えば心地いい空間というのは誰にも共通しており、そうした観点からも非常にやりがいがあるプロジェクトだと思う」(長曽我部氏)。

左からCOAの長曽我部亮代表と岡野道子共同主宰

良い答えを見いだす県のパートナーを探す

 以下、審査結果の発表後、赤松委員長に会場でインタビューした。

――松本養護学校、若槻養護学校とも、満場一致で最適候補者が決まったということでした。それぞれ最適候補者が次点である候補者を上回ったポイントを教えてください。

赤松委員長 まず、松本の最適候補者であるSALHAUS・仲建築設計スタジオJVについては、プレゼンテーションで説明してくれた内容と、その後の質疑応答での受け答えから、本当にきっちりと考えられていることが伝わってきました。質問をしたとき、さらにその先のところまできちんと答えが戻ってくる信頼感、安心感が素晴らしかったと思います。

 もちろん次点のコンテンポラリーズ+第一設計JVも非常に細部まで考えられていたし、教室に沿って南北に続く外部空間「まちのみち」は、とても魅力的でした。ただその場所が本当にどのぐらいまで機能するのか。冬の期間が長いということから、なかなか難しい部分もあるかなと議論しました。

 次に若槻について。最適候補者のCOAは、様々な場所に対する細やかな考え方を示してくれました。また質疑応答の中での受け答えには、言葉数はそんなに多くないけれども、すごくしっかりとした芯を持っているという信頼感があった。もちろんNASCA+Eureka JVも深く考えてくれていましたが、それをしのいでいたと思います。

 場所の在り方などを含めてCOAの提案は非常に魅力的でした。全部実現するかというと、なかなか難しいだろうという議論もありました。しかし、そこのところは今後の話し合いの中で十分に対応してもらえるだろうと判断しました。

――審査体制についてお聞きします。今回の審査委員は建築を中心とした専門家だけで、発注サイドや学校サイドの意見が反映されないのでは……。

赤松委員長 専門家間での議論をカバーするため、それぞれの学校の校長先生にオブザーバー的に入っていただき、審査の中で、必要に応じて校長先生に意見を求め、細やかに議論しています。

――今回は、基本計画支援者を選ぶということで、審査の観点として、通常の基本設計者を選ぶプロポとは違いがありますか。

赤松委員長 かなり設計の内容まで踏み込んだ提案が出てきていますし、それについての議論もしています。けれども、基本計画からスタートするということで全部が全部、細かいところまで決まってないところがあります。それを一緒に議論しながら、良い答えを見いだしていけるパートナーを探すという側面が大きいですね。これから様々な議論を経て提案は変わっていくことにはなると思います。

――基本計画支援者として今回選ばれた設計者には、基本設計や実施設計も基本的には継続してやってもらう仕組みですね。審査委員会の関わり方はどうなりますか。

赤松委員長 基本設計や実施設計を進めていく中で、このまま本当に最後まで今回の設計者に任せて大丈夫かというところは、審査委員に限らず、県側がチェックすべきだと思っています。その辺は要所要所でレビューという形で、しっかりと設計の質を担保できるようにしていく考えです。

 そのレビューを通して、適任であることがきっちりと了承を得られなければその先に進むのは難しくなるかなという部分があります。しかし、今日のヒアリング、質疑応答を聞いていると、問題なく信頼できる方々であるというふうに見ています。

――同じ日に2つのプロポの審査をやることには無理なはいのでしょうか。また、このままずっと続けていくのでしょうか。

赤松委員長 確かに審査委員の負荷は大きいですね。今年度はあと2校のプロポが進んでおり、11月6日に2校を合わせた2次審査を予定しています。来年度以降、どのような形になるのかは、今まさに事務局のほうで議論しています。(森清)