中銀カプセルタワーより早かった丹下流メタボリズム、「静岡新聞・静岡放送東京支社」が見えない耐震補強で再生

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 「東京・新橋」「メタボリズム」といったら、多くの人が思い浮かべるのは、黒川紀章氏が設計した「中銀カプセルタワービル」(1972年竣工)だろう。今年4月から解体が始まり、建築好きは悲しみに暮れているに違いない。しかし、その一方で、新橋のもう1つのメタボリズム建築が再生されたのをご存じだろうか。設計は黒川氏の師である丹下健三氏。竣工は1967年。黒川氏も大きな影響を受けたことは間違いないこの建築だ。

(写真:特記以外は宮沢洋)

 静岡新聞・静岡放送東京支社である。地下1階・地上12階建て。静岡新聞社と静岡放送(SBS)のほか、山梨日日新聞社と山梨放送(YBS)がテナントとして入っている。新幹線からも見えるので、東京以外の人でも「見覚えがある」という方は多いだろう。

 約1年間の改修工事を経て、今年5月に使用を再開した。改修の設計・施工を担当したのは大成建設だ。同社は新築時の施工者でもある。今回の改修設計を担当した大成建設設計本部専門デザイン部リニューアルデザイン室の渡邉ゆたかシニア・アーキテクトに、現地を案内してもらった。メディアではまだほとんど報じられていないので、貴重なリポートだ。 

正規メンバーではない丹下健三のメタボリズム建築

 「メタボリズム」は「新陳代謝」を意味するデザインムーブメント。1960年に日本で開催された「世界デザイン会議」を機にメタボリズム・グループが結成された。メンバーは評論家の川添登を中心に、建築家の菊竹清訓、黒川紀章、大高正人、槇文彦、デザイナーの栄久庵憲司、粟津潔ら。建築や都市の計画において「新陳代謝」という時間的な概念を導入することで、可変性や増築性に対応した空間を提案した。

 丹下健三は正規のメンバーではないが、メンバー以上にメタボリズム的な建築を実現した。その代表例が、1966年に完成した山梨文化会館(YBSの拠点)と、翌年完成したこの静岡新聞・静岡放送東京支社だ。竣工時の『新建築』1968年2月号では設計意図をこう説明している(太字部)。

 この建物は、東京計画(1960)、旧電通案と築地計画、山梨文化会館などを通じて提案してきた考え方を受け継いでいる。都市空間や建築空間の機能を構造づける手掛かりとして、我々はコミュニケーションに注目してきたのであるが、ひとつの解答として、建築化の際、コア・シャフトを考え、コミュニケーションの3次元的広がりの立体格子を視覚化するという提案を行ってきた。

 この場合、3次元的広がりということは、その方向への暗示にしかすぎないかもしれないが、そのような考え方での最小の単位、1本のシャフトによっても、そのシンボリックな性格を持つロケーションと相まって成り立ちうるのではないかということであった。(後略、文責:山岸冽)

 要約すると、「山梨文化会館で実現した“コア・シャフト”の考え方は、この敷地だったら1本だって可視化できちゃうぜ!」ということである。実際、敷地は200㎡を切っているのに、とてつもないインパクトだ。集客施設ではないが、静岡新聞や静岡放送にとっての宣伝効果は大きいに違いない。

外壁は竣工時の色に

 既に、何枚か写真をお見せしたが、まず、外観の印象が改修前とかなり変わったことがお分かりだろうか。
 
 これ↓が改修前の写真だ。

改修前の外観(写真:大成建設)
改修前の8階コアまわり。コアの外装はアルミキャスト。コンクリート打設時の型枠を兼ねている(写真:大成建設)

 以前は外壁の塗装が今より赤みを帯びていた。「濃いあずき色」の印象だ。それが今回、濃茶になった。改修前のあずき色は、93年の改修で塗装された色だ。今回、塗装を削って調べてみると、もともとは濃茶だったことが分かり、元の色に塗り直した(93年の改修時には、竣工時の塗装が退色のためか赤みを帯びており。その色で塗ったと考えられるという)。確かに竣工時の『新建築』の写真(モノクロ)を見ると、現在の重厚感に近い。

円筒の内側から鋼板と炭素繊維シートで補強

案内してくれた大成建設リニューアルデザイン室の渡邉ゆたか氏。補強部がわかる地階の階段室にて(曲げ補強)

 色を塗り直した、というのは今回の改修のごくごく一部。改修の本丸は「耐震補強」だ。

 前述の山梨文化会館は、全体に免震を施す改修を2016年に実施した。しかし、この静岡新聞静岡放送・東京支社は、敷地に余裕がなく、免震のクリアランス(可動域)が確保できない。かといって、中空部分に柱や筋交いを建てるような耐震補強では、原設計のコア・シャフトのイメージが台無しになってしまう。

 大成建設の設計チームが目を付けたのは、中央の円筒コア(鉄骨鉄筋コンクリート造)の内側だ。

(資料:大成建設、以下も)

 円筒コアにはトイレなどのユーティリティ、エレベーター、設備配管類が納まっているが、いったんこれらの大半と下地材を撤去。階段、RC壁、幹線を除き円筒の内側をほぼ空にした状態で、1階床上から5階床下までに9mm厚の鋼板をアンカーで打ち付けてせん断力を補強。1階と地下1階の間には曲げ補強として、炭素繊維シートを貼り付けた。

 地震応答解析の結果、構造補強は建物下部だけで済んだ。

 補強した後に、ユーティリティ、エレベーター、設備配管類を更新・復旧しているので、何が行われたのかはほとんど分からない。通常階で、その痕跡が分かるのは2階の女性トイレ前。ここはあえて、ガラス越しに構造補強の鋼板が見えるようにした。

右の丸窓から補強した鋼板が見える

 関係者以外立ち入り禁止だが、地下1階に降りる階段からは、鋼板・炭素繊維シートともよく分かる。

上のグレーの部分が鋼板とアンカーによる補強部(せん断補強)、下の紺色部分が炭素繊維シート補強(写真:熊谷直樹写真事務所)

屋上や室内もご覧あれ

 建物内に入って改修後の状態を見ていこう。

エントランス。低層部の印象を変えるために1、2階の軒天、幕板、サッシは黒色にした
1階エレベーターホール。床・壁は建設時の石を残した

 エレベーターでいったん上に上がって、上から見ていく。

9階北側の屋上
8階南側の屋上。左側が新橋駅方向
9階のコアからは、丸窓越しに屋外が見える。運がよければ新幹線も。これは元からあったもの
3階、4階のオフィスにはテナントが入る予定
コアの両側部分には、開閉できる窓を新設した。上部片開き窓は換気用でプリーツ網戸を設置。
下部の突出し窓はメンテナンス用
2階のコワーキングスペース
夕景。片持ち部分の軒裏をライトアップできるようにした。なお、オフィスなので建物内は見学できない。外から見て味わってほしい(写真:大成建設)

 いかがだっただろうか。「中銀カプセルタワービル」(下の写真右)の解体は確かに残念だ。一方で、理解ある建て主によって、適切に改修され、新たな命を吹き込まれる建築もある。一般メディアの方々には、ぜひ“残る名建築”の方も取材していただきたい。元の建築がすごいことに加え、残すための技術力も世界トップレベルである。(宮沢洋)

■静岡新聞・静岡放送東京支社リノベーション計画
計画地:東京都中央区銀座8-3-7
建築主:静岡放送株式会社
建物用途:事務所
階数:地上12階/地下1階/搭屋3階
構造種別:S造、SRC造、耐震補強
敷地面積:186.72㎡
建築面積︓:161.70㎡
延床面積:1493.10㎡(451.66坪)
工事事期間︓解体着⼯2021年5⽉〜竣⼯2022年5⽉
元設計:丹下健三+都市・建築設計研究所(構造:青木繁研究室、設備:森村協同設計事務所)
改修監修:ピー・エム・ソリューション株式会社
改修構造監修:株式会社 小堀鐸二研究所
改修設計:大成建設株式会社一級建築士事務所
元施工・改修施工:大成建設株式会社