「どうする家康」で沸く静岡市歴史博物館、不測の“遺構発見”へのSANAAの対処に感嘆

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 大河ドラマ「どうする家康」に合わせて開催中の企画展「徳川家康と駿府」(2023年1月13日~2月26日)を、静岡市歴史博物館に見に行ってきた。といっても大河ドラマの熱烈なファンではなく、建物の設計者が世界のSANAAだからだ。同館は、1階の無料エリアを昨年7月から先行公開していたが、この企画展の開幕とともに2023年1月13日にグランドオープンした。

(写真:宮沢洋)

 このプロジェクトについては昨年の今ごろ、「計画変更通知をせずに工事着手した」というニュースが報じられ、ネガティブな印象を持っている人もいるかもしれない。が、出来上がった建築に罪はない(そもそもこのニュース、誰がどう悪いのかがよく分からなかった)。昨年のニュースでは工事が遅れることが危惧されていたが、そうか、大河ドラマのスタートよりも遅れるわけにいかなかったのか。

“ふわっとした石垣”から飛び出す展望室

 こんな建築だ。

手前は駿府城の堀
西(右奥)は静岡県庁

 近年のSANAAにしては、かなりシンプルな外観。場所は駿府城跡の石垣の南側なので、“ふわっとした石垣”をイメージしたようにも見える。

 ふわっと見えるのは、外壁の外側に、アルミのエキスパンドメタルを浮かした状態で張っているからだ。メンテナンスがちょっと心配にはなるが、うっすら透過したような見え方は初期の妹島和世氏の建築を思わせる。

おおっ、 遺構の“生展示” !

 内部は1階にある遺構の“生展示”が見どころの1つ。来館者は、長さ約30mにおよぶ戦国末期の「道」と「石垣」の遺構を、長いスロープでコの字に巡りながら2階の展示室へと向かう。

 展示室内(有料)は撮影禁止なのでここでは省く。それほど変わったものではない。

 内部のもう1つの見どころは、2階から3階に上り、3階展示室に入る手前の曲線状の展望室。駿府城跡や富士山がよく見える。

 この展望室は円弧ではなく、自由曲線が壁から飛び出した形になっている。観光地の文化施設に展望施設は珍しくもなんともないが、それをすごく価値あるものに感じさせるのはまさにデザインの力。

外観をモチーフにしたキーホルダーが売っていたので、思わず買ってしまった

地元紙のインタビュー記事で答え合わせ

 ……と、ここまでは、筆者が何の予備知識もなく見た印象を書いた。まだ、建築専門誌には詳細が載っていないようなので、ネットを検索すると、昨年6月にSANAAの2人が静岡新聞の取材に答えている記事が見つかった。そこに、筆者が想像できなかった事実が2つ書かれていた。

 1つは「雁行配置」へのこだわり。

 西沢(立衛)「稲妻の形で飛ぶ雁の群れのように、建物をぎざぎざに置く雁行配置は、日本の建築における重要概念の一つ。(京都の)桂離宮でも取り入れられている。今回は密閉された展示室の棟と開放感のある歴史体感の棟を雁行配置して、都市空間に抑揚を付けようという狙いだった」

 妹島(和世)「静岡駅の方から歩くと、駿府城の立派な石垣が見えてくる。公園に入ると、昔からの時間が流れていると感じた。ここは市街地と江戸時代の城をつなぐ場所。だから、まちの中を歩く体験から連続する形で博物館に入り、昔のまちのありようを経験してもらおうと。展示物を見せるだけでなく(過去と現在が)一体になる施設にしたいと話していた」(太字部は2022年6月29日の「あなたの静岡新聞」から引用)

 私が書いた「ふわっとした石垣」という表現は全くの間違いではなかった。だが、そこまで「雁行」を意識していたことは筆者の感性では読み取れなかった。これから行く人は意識して見てほしい。

遺跡は設計の与条件ではなかった

 現地で想像できなかった事実のもう1つは、1階の遺跡が設計の与条件ではなかったということ。再び静岡新聞の引用。

 2019年に建設予定地から戦国時代末期の道や武家屋敷の石垣が発掘され、設計の変更を余儀なくされた。だが「雁行」をキーワードに据えた全体の設計思想は変えなかった。

 妹島「遺構をどうするか。閉じた空間で見せるより、ここにあったんだなと分かる状態で見せた方がいい」

 4階建ての展示棟の2階から大きな屋根を延ばし、約30メートルに及ぶ遺構と学習支援スペース、ギャラリーをすっぽりと覆った。(太字部は2022年6月29日の「あなたの静岡新聞」から引用)
  
 これを読んで、そういえばSANAAが設計者に選ばれたのはだいぶ前だったな、と思い出した。調べたら、プロポーザルは2017年だった。その2年後に遺跡調査で、発見があったわけだ。

 プロポーザルの審査公表はこちら。遺構を生で見せるという説明は確かにない。ちなみに、次点は、安井建築設計事務所。他の参加者は、隈研吾建築都市設計事務所、佐藤総合計画 中部事務所、シーラカンスアンドアソシエイツ、企業組合 針谷建築事務所 、平田晃久建築設計事務所、UAoだった。

 プロポーザル後に前提を覆すような発見があって、どうする家康?、いやどうするSANAA?と、喧々囂々の議論があったはず。それを知ると、この1階の展示は改めてすごい。「雁行」という当初コンセプトを変えることなく、より魅力的な空間になっている。普通なら「時間や手間がかかって不運」となりそうなところだが、ここは「新たな目玉を引き当てた」とポジティブな見え方になっており、それはやはり世界のSANAAの力なのではないか。(宮沢洋)

■概要データ(公式サイトより)
静岡市歴史博物館
住所:静岡市葵区追手町4-16
構造:鉄筋コンクリート造 一部鉄骨造
階数:4階
敷地面積:4990.51m2
延床面積:4885.86m2
建築面積:2284.96m2
基礎:直接基礎
高さ:24.5m
展示室:1001.47m2
収蔵庫:561.26m2
設計:(有)SANAA事務所